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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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113.彼は尊大。


「とは言っても、何も無理難題は申しませんよ。」


 ベルナディータさんは、そう言って軽く微笑む。


「ただ今日一日は、尊大な態度を取って頂ければいいのです。」

「えっと、つまり偉そうにすればいいんでしょうか。」

「えぇ、そうですよ。これはスキルに基づいたものなので安心してください。従って頂ければ、必ず事件の早期解決にだけは繋がることをゼファス神に誓いましょう。」


 彼女はそう言って、両腕をクロスさせた。


 確かに彼女の言う通り内容は酷く単純なのだが、どこか引っかかりを覚えるのは気のせいだろうか。

 果たして単純すぎることに引っかかるのか、それとも導いてくれることに引っかかるのか、結局答えが出なかった俺は確認するようにもう一度尋ねる。


「本当に今日一日偉そうにしているだけでいいんですね?」

「えぇ。繰り返しますが、この事件の早期解決に繋がることだけは保証致します。」


 やはりどこかに違和感を覚えながらも、俺は彼女の言葉に従うことを決めた。


 何も幼女趣味故にモニカと過ごす時間を増やしたいのではなく、純粋にそろそろ一段落したいのだ。

 灰蛇と事を構えながらモニカの面倒を見て、その上さらにセイレンの仲間がやって来るなど幼気な少年のキャパシティを越えてしまうことは想像に難くない。


 俺は一度瞑目すると、神に祈りを捧げ神官の導きに従う敬虔な信徒の如く、態度を改めることにした。


「・・・よかろう。今日は一日お前の言う通りに動いてやる、ベルナディータ。」

「信じて頂けた様で何よりです。普段とは違う勇ましさが感じられて頼もしいですね。」


 彼女はそう言って褒めるのだが、その顔に浮かべている笑いを堪えたような顔が全く似合っていないことを暗に告げていた。

 

 敬虔な信徒の如く演技をするための参考人物が、敬虔という言葉から程遠いことはさておき、言葉だけでなく態度もまたそれに準ずるべきだと思うのだ。

 さしあたって、この後の予定を少し変更しなければならないだろう。


 俺は次の行動を決めると、魔石を手に取りながら口を開いた。


「『サウンドコール』アナベラ、今日はお前から俺のもとに来い。」


 空間魔法の場合視認できない距離の移動にはマーキングが必要であり、音魔法をこういった用途に用いる場合にも同様の処置が必要になるのだが、一つ違う点をあげるとしたら後者の方がより簡易的であることだろうか。


 音魔法の場合はあくまで音だけを伝えればよく、また空間などというややこしい概念について考えを巡らせる必要がないため、離れた距離にいる相手に伝えるための消費魔力は小さくて済み、マーキングも容易である場合が多い。

 

 もっとも今回の音魔法における一番の問題点は魔法云々ではなく、スラムの支配者を自分の元へと呼びつけたことだと思うのだ。

 言動とは裏腹に戦々恐々としている俺に、ベルナディータさんは問いかけてくる。


「もはや音魔法について触れるつもりはありませんが、護衛対象を一人で歩かせて大丈夫なのですか、セイランスさん。」

「問題ない。俺がアナベラの護衛として活躍できるのは、絡め手に関わる分野だからな。夜は護衛していないのもそうだが、夜襲にしろ街中にしろ単純に襲われるだけならば、あいつは大丈夫だ。」


 壁が云々という話をするのならば、アナベルお姉ちゃんもまたそういう類の領域にいると俺は思っていた。

 それにも関わらず、カルメラさんは一体俺に何を期待しているのか未だによく分からないのだ。


 アナベルお姉ちゃんを待つ間、予定外に時間が空いてしまったため、俺は先程の話の続きをベルナディータさんに尋ねることにした。


「当時の魔王は大魔王と聖魔王、小魔王の他には誰がいたんだ?」

「セイランスさんは魔王に興味をお持ちなのですね。他の二人は人魔王アベルと獣魔王エンマですよ。」

「エンマだと?」

 

 何の偶然か俺がこの世界に来るきっかけとなった存在と同じ名前の魔王を尋ね返すように呟くと、彼女は頷いてから言葉を続けた。


「獣魔王は当時の獣人王率いるウォルフェン軍の本隊を唯一人で喰い止めたことから名付けられた称号です。この魔王は軍属だった他の4人とは違い、在野の人物だったために現存する二人の魔王ですら面識はないと言われています。また、戦いとは関係のない逸話も多い人物です。」

「ふむ。」

「魔王という称号の由来になったことや、後にディランドの名物になる食べ物を開発したこと、また菓子を贈る文化を生み出したことなど、戦果とのギャップも相まってそういった逸話が後世に伝わっているようです。」


 それはまた随分と愉快そうな魔王もいたものだ。


「人魔王は普人族でありながら、魔族に味方して普獣連合に多大な被害を与えたことから名付けられた称号です。先程の通り最弱とされているのは小魔王であるため、この人物が連合側として戦っていれば歴史は大きく変わっていたかもしれません。自分の種族を裏切った報いなのか、非業の死を遂げた魔王としても知られています。」


 ゼファス教が今もまだ繁栄していたとしたら当然の如く俺は差別の対象であり、今頃は肩身の狭い生活を送っていたことは間違いない。

 彼の裏切りによって今の世があるというのならば、俺は深く感謝をしたいと思った。


「アナベラさんはまだいらっしゃらないようですし、最後に現在の魔王についても少しお話しましょう。現在は有名な大魔王、聖魔王に加えて豪魔王、血魔王、遊魔王がいます。」

「ふむ、その3人はどんな魔王なんだ?」

「そうですね、特にこれといったものはありません。」


 ベルナディータさんのそのシンプルな返事に、俺は今の自分のキャラクターも忘れていつもの調子で問いかける。


「いや、何で急に投げやりになるんですか。」


 自分で話をするといっておいて、特にないとはどういうことなのだ。


「言葉が戻っていますよ、セイランスさん。それに、あくまで魔王としてみた場合の話です。彼らの功績自体はいくつも知っております。」

「・・・だったらなぜ言うことがないんだ?」

「功績を上げている人物ならば、普人族や獣人族にだっているからです。過去も含めて、武闘大会によって魔王となった方々の中で『魔王としての畏怖』を抱かせるに至った者はほんの一握りと言えるでしょう。」


 その言葉を聞いて、ようやく言うことがないと告げたベルナディータさんの真意が分かった。

 彼女がこれまでに説明していたのは魔王としての活躍だ。


 小魔王は普人族の中で最も強かった勇者や聖女を滅ぼし、獣魔王はウォルフェン軍を唯一人で喰い止め、そして人魔王は勇者を凌ぐ力を持ちながら魔族に味方し連合の勝利を妨げた。

 どれも皆『魔王』の称号に相応しい偉業だろう。


 一方で現在の魔王たち3人の功績は、冒険者や探検者、あるいは兵士や騎士として見た場合に偉業だったとしても、魔王として畏怖を抱かせるには足りていないのだ。

 そしてそれこそが、原初の魔王たちとの埋められない差なのかもしれない。


「もっとも、今は魔王としての畏怖を抱かせるだけの功績をあげる機会がないとも言えます。そのため、魔王に相応しい実力がないことにはなりません。例えば数年前にSランク冒険者が一人豪魔王に戦いを挑んでいますが、敗れているようです。あぁ、この話は一般的には知られていないので、内密にお願い致します。」


 彼女はそう言って口に手を当てるが、さり気なくゼファシール教の情報力をアピールするのは止めてもらってもいいだろうか。


 そういう事情ならばモニカの口止めをしなくていいのかと、隣に視線を動かしてみればその姿は存在せず、さらに動かした先でメイドさんたちに頭を撫でられながらお菓子を頬張る姿があった。

 どうやら興味のない話に飽きてしまったらしい。


「ところで、結局どういう理由であの子を預かることになったのでしょうか。」

「今更だな。だが、実際のところ俺もまだよく分かっていない。話を要約すると、いい経験になるかららしいんだが・・・。」 

「経験ですか。もしそうならば、今日一日ここで過ごしてしまうのは勿体無い話ですね。」


 俺は彼女の返事を何の気無しにそのまま聞き流しそうになるが、その意味に気づくと急いで尋ね返す。


「おい、ちょっと待て。今日は一体何が起こるというんだ。」 

「いやですね、セイランスさん。私は予知能力者ではありませんから、具体的に何が起こるかなんて分かるはずがありませんよ。ほら、それよりもアナベラさんが怖い顔をしていらしています。」

「話をそらすな。第一ついさっき連絡したばかりなのにもう来ているはずが・・」


 ない、と言おうとしてベルナディータさんの視線を追ってみれば、そこに居たのは紛れもなく怖い顔をしたアナベルお姉ちゃんだった。

 服装や息が乱れた様子は見られないが、この短時間で到着した以上間違ってもゆっくりと歩いてきたわけではないのだろう。


「確かに昨日は醜態を晒してしまったが、私を呼び出すとはお前も偉くなったもんだねぇ。」


 この短時間での到着とは裏腹に、そう呟きながらゆったりと近付いてくる彼女に、俺は何とか言い訳をしようとする。

 だが、偉そうな演技をしながらどう言い訳をすればいいというのだ。


「よく来たな、アナベラ。だがお前も見る目がない。」


 意訳すると『呼び出して申し訳ありませんでした。特別な事情があるに決まっているじゃありませんか。』と言っているのだ。

 果たして無事に通じただろうかとアナベルお姉ちゃんの返事を待っていると、彼女は怖い顔のまま口を開いた。


「大した部下も持てていない私だ、見る目の無さは否定できないねぇ。そっちが本性なのかい?」


 何ということだろうか、むしろさらに深く喧嘩を売ってしまっているではないか。


 俺は何とか誤解を解こうとして、先程の説明すれば説明するほど事態が悪化していく状況を思い出す。

 人とは学習をする生き物なのだから、ここは作戦を変更するべきだろう。

 そう結論を出すと、視線でアナベルお姉ちゃんをベルナディータさんへと誘導し、彼女に関わる特殊な事情があるのだとアピールする。


 幸いにも、アナベルお姉ちゃんには俺の言いたいことが伝わったらしく、顎に手を当てながら口を開く。


「なるほどねぇ、そちらの嬢ちゃん関係ということか。そういうことならいいさ。昨日の一件を踏まえてお前がそういう言動を取るのならば、恩があったとしても立場上許容することはできないからねぇ。」

「今日だけの話だ。」

「ならばいいさ。どういう意味があるのかはこれから向かう先でじっくりと見せてもらおうかねぇ。」

 

 果たしてカルメラさんにそのままの俺でいて欲しいと言われた翌日にこのような態度になっていることも許容してもらえるのかは分からないが、このまま誤魔化すべく俺は彼女へと尋ねた。

 

「行くって、どこへ行くんだ?」

「アルドス準男爵のもとにさ。もともとお前に呼ばれずとも、外出する予定だったんだよ。」


●●●●●

 

「準男爵といえば下級といえども貴族。つまり貴門側に向かうということか。」


 希望の宿を出てからしばらく無言で歩き続けた後、俺はアナベルお姉ちゃんにそう尋ねる。

 

「間違っちゃいないが、外で貴族を貶すとは本当に今日のお前はいつもと違うんだねぇ。」

「下級貴族は下級貴族、俺は事実を言ったまでだ。どこで言おうが臆する必要はない。」


 そう返事をしながらも、視線は当然のように周囲を確認していた。


 目的地が貴門側とあって、俺たちが現在いる場所は平門側の中でも一等地というべき場所だ。

 そこに賑やかさはなく歩行者も僅かであるため、少なくとも俺の言葉を耳にした者はアナベルお姉ちゃん以外にはいないだろう。


「それで、そのアル何とかというのはどういった奴なんだ?」

「どういったも何も、お前が先程言った通りさ。何でもかつて王都近くに存在した魔窟が氾濫した際に、先祖が大活躍をして位を賜ったらしい。所謂救国の英雄というやつだねぇ。だが、残念なことにアルドス家の血筋が優れていたというよりはその英雄が異端だったようで、その子孫たちは誰もぱっとしない。今でも一応白銀騎士を排出し続ける家柄ではあるが、まぁ辛うじて生き残っているってところだねぇ。」


 その後の彼女の話によると、白銀騎士を排出してはいるが出世できた者は皆無に等しく、最近引退した現当主も分隊長という経験さえ積めば誰もがなれる地位で終わったようだ。

 このままだといずれは白銀騎士を排出することさえ出来なくなるか、貧困により没落するのではないかというのが、妥当なところらしい。


「そんな落ちぶれた貴族が一体何の用なのだろうな。」

「さてねぇ、それはもうすぐ分かる話さ。だが、わざわざ使用人を拠点によこしたんだから、お巫山戯ってわけじゃないだろう。それよりも入り口が見えてきた。」


 彼女の言葉に釣られて遠くを見ると、まるで貴門側と平門側を隔てるように低い壁が存在していた。

 そして道の中央には関所のようなものが設けられており、王都の中にもう一つ門が存在しているようだ。


 今も主に商人を始めとして、身なりを整えた者たちが列をなしては検閲の順番待ちをしている。


「貴族と平民では同じ王都でも住んでいる世界が違うということか、面倒な話だ。」

「奥には王城があるから、やむを得ない部分もあるんだけどねぇ。それに、今回はあちらに並ぶ必要はないさ。」


 アナベルお姉ちゃんはそう言うと、並んでいる場所ではなく少し離れた所にある小さめの門へと向かって歩いていく。

 誰もがそこに向かわずに大人しく待っている辺り、どう考えても特権階級用の入り口だと思うのだが、彼女にそれを気にする様子はない。


 本来ならぜひ突っ込みを入れたいものの、今のキャラクターを考えると堂々と付いていくしかないのだろう。

 順番待ちをしている者たちから奇異の視線を向けられながらも小さな門へと進むと、アナベルお姉ちゃんは立っている門番に向けておもむろに手紙のようなものを取り出す。


「通るが構わないねぇ。」


 見せられた手紙の封蝋に刻まれた印璽を見た門番は、少し顔を顰めながらもそれ以上は何も言わずに俺たちを通した。

 

「どういうことなんだ?」

「私は非公式とはいえ、王都の4分の1を支配しているからねぇ。あいつらの人生を容易に壊せるって意味じゃあ、十分権力者なんだろうさ。」


 なるほど、まして正式な招待状まで持っているのだから余計な恨みを買いたくないということらしい。


 無論彼らも業務に伴う危険に対してある程度の保証はあるのだろうが、アナベルお姉ちゃんが言うところの『騎士団が一生守ってくれるわけじゃないんだ。いなくなった後は分かっているんだろうね。』という話に違いない。


 そうして、門を潜るとまず目に入ったのは色鮮やかなモザイクが施された地面だった。


 この世界では主に土魔法で建物や道が造られているが、その場合にできるものは通常単一色とあって、その事実が美しさを一層引き立てている。

 さらには馬車の交通量が多いためか歩道と道路が明確に区別されており、馬車同士がすれ違えるだけの幅が十分確保されていた。


 アナベルお姉ちゃんが門を潜った後に向かったのは、入り口付近にある馬車の停車場だった。

 そこには荷馬車から乗合馬車まで何台もの馬車が停められていたが、彼女はその中でも紋章が刻まれた少し古ぼけた馬車へと近付いていく。


 すると、俺たちに気付いたのか御者台に座っていた壮年の男性が立ち上がり丁寧に頭を下げる。


「アナベラ様ですね、お待ちしておりました。私、案内を務めますアンドルと申します。」

「あぁ、出迎え悪いねぇ。」


 アナベルお姉ちゃんはそれだけ言うと、男性が開いた扉から馬車の中へと入っていった。

 先程の件もそうだが、随分と慣れた様子のためこれまでにも何度かこうした招待を貴族から受けたことがあるのかもしれない。


 だがそんな彼女の後に続こうとすると、男性は扉を塞ぐようにして俺の前へと立ちはだかった。


「申し訳ありません。主はアナベラ様だけをお呼びです。お供の方はご遠慮ください。」

「・・・ふむ、そうか。分かった。」


 招かれたのはアナベルお姉ちゃんだけであり自分は拒絶されたことを知ると、素直にそう返事をする。

 そもそも深く考えずに彼女に付いてきたが、冒険者という身分を考えればこれは当然の成り行きでもあるのだ。


 俺はそう判断をした後、立ち塞がる彼を退けながら馬車の中へ入ろうとする。


「なっ!?お待ち下さい。私の話を聞いていましたか?」

「あぁ、聞いていたとも。俺は招待されていないから同行できないのだろう?」

「だったら・・」

「だが、その上で同行することにしたのだ。精々拒絶するがいい。」


 俺はそう告げると尚も何かを言おうとする彼を無視して無理矢理に乗り込み、そのまま苦笑するアナベルお姉ちゃんの前へと腰掛けた。


「無茶苦茶だねぇ。」

「無茶はするためにあるのだ。覚えておけ。」


 そう返事をしながらも、ベルナディータさんの要求は無理難題だったのではないかと悟り始めていた。


ベルナディータ「何のことでしょうか。」

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