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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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109.彼は正直。

 現在の国王は若干16歳にして即位したフェリクス・ラディス・グレラントだが、彼の父親である前王アルファド・クロード・グレラントは41歳という若さで亡くなっている。


 その死因は心臓発作であると正式に公表されているが、彼の治世において大きな心労を与えるような出来事はそう多くない。

 そもそもアルファド国王の在位年数は十余年であり、その間に大きな戦争や国を揺るがす食糧難、あるいは流行病は起こっていないのだ。


 そのような中、彼が亡くなった際に一部の者たちに真しやかに噂されたことがある。

 心臓発作を起こす程の心労、それはアルファド国王がまだ即位して間もない頃に起こった『王宮襲撃事件』がその最たるものだったのではないかと。


 この事件は即位して間もなく実績を欲したアルファド国王が、当時問題となっていたスラムに騎士たちを派遣し整理しようとしたことに端を発している。

 その際には黄金騎士さえも数名が同行したというのだから、彼の力のいれ様がわかるというものだろう。


 だがその結果は散々なものであり、当時まだ無名だった『狂人』セイレンによって逆に王宮に攻め込まれるという前代未聞の事態となった。

 セイレンの力が知られている現在であれば周囲の評価はまた違ったものとなっていたのかもしれないが、この事件によりアルファド国王の権威は早々に失墜している。


 さらに、これによりスラム街は人々の注目をしばらくの間集めることとなったのだが、いつの間にかスラムの治安は大幅に改善されており、アルファド国王は意味のない派兵を行い上記の事態を引き起こしたという更なる無能者の烙印を押され、周囲からグレラント国史上類を見ない愚王とまで評された。


 後にセイレンの力が知られ、またアルファド国王の内政はそれなりの評価を得ていたことにより愚王の名は払拭されることになるのだが、心臓発作との正確な因果関係はともかく長年の間大きな心労をもたらしたことは否定できないだろう。


 さて、これら一連の出来事について語られるときに必ず登場するのは『狂人』セイレンであり王宮を襲撃したのは実際に彼なのだが、スラムの治安改善については彼以外にも活躍した人物たちがいる。

 彼ら4人はセイレンに比べるとその影が薄れるものの、スラム平定において大きな活躍をしたことは間違いない。


 コンラート。彼はかつて白銀騎士団の副団長にまで上り詰めたものの、アルファド国王即位に伴う政争に巻き込まれてその地位を追われ失墜した人物だ。その武は非常に優れており、報復として襲撃してきた者たちを須らく撃退したという。

 

 アレク。彼は親に捨てられたところを、カルメラによって拾われた人物だ。当時スラムの抗争に巻き込まれまいと多くの商人たちが取引を拒否する中、彼は食料を始めとした物資調達を請けおい後方からセイレン達を支援したという。


 ルベリ。彼はかつてゼファシール教の神官であり、高位神官を目指して見聞の勤めに出たものの半ばで挫折。そして失意の中にいるところをカルメラに救われた人物だ。主に情報収集を担い、彼からもたらされた情報にセイレン達は幾度となく救われたという。


 レナート。彼はかつて国内にその名を轟かす商人であったが、街の外で魔物に襲われ妻を失ったことにより廃業した。妻を失った悲しみと残った莫大な資産を持て余す中で懸命に人々を救おうとするカルメラと出会い、やがて彼女を支援するようになる。スラム平定の際にも惜しむことなく援助したという。


 セイレンがいなくなった後も彼らはカルメラのもと、以前のような犯罪と貧困、怨嗟と叫泣が蔓延する場所にならぬよう分割してスラムを治めていた。


●●●●●


「ようやっと来たかルベリ。お主で最後じゃぞ。」

「それはすみませんね。少々立て込んでいたものですから。」


 セイランスたちが案内された部屋とは異なる場所で、コンラートは自分以外の幹部たちが集まるのを待っていた。

 最初に来たのは一番年下のアレク、その次にレナート、そして予定していた鐘を少し過ぎてからやってきたのがルベリだ。


「ルベリさん、その後ろにいる方たちは何です?」

「あぁ、彼らですか。今は物騒ですからね。子飼いの部下たちは常に私から離れて動いていますし、自分の身を守るのも務めと雇ったんですよ。二人とも元Cランク冒険者です。」


 既にセザールが裏で動いていることを把握しているルベリは、自分の後ろで待機している岩のような筋肉を持つ男と、2mを越えようかという巨大な獣人を側に置いているようだ。


 Cランク冒険者、その一つ下は当然Dランクだが、この2つの間に立ちはだかる壁はDより下位のランク間で立ちはだかるものよりも圧倒的に大きい。

 Dランクまでならば長年の研鑽と経験を積めば誰であっても到れる地位であり、だからこそセイランスもクリークの権限で2段階飛ばしに昇格することができたのだが、Cランクというのはいわゆる才能がなければ至ることができない領域だ。


 それは人よりも優れた魔力であるかもしれないし、スキルであるかもしれないが、平凡な肉体と魔力、そしてスキルを持たない身では決して辿り着くことができない。

 だからこそ才能の壁を一つ超えている彼らを二人護衛につけているというのは、十分な力を示すものといえるだろう。


 とはいえ、ここに『元』という文字がつくとまた少し話は違ってくる。


「ルベリさん、彼らを脅したんですね。」

「あなたじゃあるまいし脅したとは心外ですね。ただ真実を丁寧に並べて、快く引き受けて頂いただけですよ。」


 アレクの少し呆れたような問いかけに、ルベリはそう返事をした。


 冒険者でいるための条件というのは緩く、荒事から退いたわけでも出世したわけでもないのにそれを辞めているというのは、その緩い条件を満たせなくなった後ろめたい何かがある者たちということだ。

 アレクはルベリがその情報網で彼らの弱みとなる何かを掴み、拘束期間が長く面倒な護衛を引き受けさせたと判断したのだろう。


 それに対して、今まで黙って会話を聞いていたレナートが口を開いた。


「ルベリ殿も心配性ですな。アナベラを葬れば支配体制を崩せるのだから、わざわざ我らにちょっかいを出して要らぬ負担を増やしはせんでしょう。我らがその気になれば、外部から流入してきた組織などに頼らずともセザールのやつを容易く潰せる。」

「レナートさんは自信過剰ですね。ですが、確かに一理あります。アナベラも手を出せば我が身が滅ぶと確信させる程のものを持っているといいのですがね。いくら個人の武勇が優れていようとも、運良く成り上がってきただけの金貸しに侮られ、翻弄されるのですから我らの上に立つ支配者たる資格はないでしょう。コンラートさん、育成に失敗したようですね。」

「それを今からカルメラ様と話すのだろうて。上に立つ者には強さを、それがあの方が望み求めたことであり、儂はそれに応えただけじゃ。不適格ならば殺されぬうちにすげ替えれば良いし、何なら事態が落ち着くまでカルメラ様に戻って頂いてもよい。」

「僕はカルメラさんの元で育てられた後輩として親しみがあるんですが、まぁ器じゃないなら仕方がないですよね。」


 その会話からはアナベラに対する敬意の念も、そして彼女を守るために自分たちが動こうとする意志も感じられない。

 彼らからすれば、カルメラやセイレンと共にスラムを平定し治めてきた自分たちこそが今のスラムを築いてきたという自負があり、アナベラはあくまでカルメラの要請に応じて支配者の座に置くことを同意した人形のようなものだ。


 そしてその人形が役割を果たせていないのだから、さっさと替えるか次が用意できるまでカルメラがその座に戻った方がいい。

 彼らはそう判断しているし、それを話すためにカルメラが住まうこの場所を訪れたのだった。


●●●●●


 普段からカルメラの住まう場所にいることが多いコンラートの先導で彼女がいるはずの部屋の前に到着すると、ルベリは後ろに続いていた者たちに指示を出す。


「あなた達は扉の前で立っているように。もしも何かの異変を感じるか、私に呼ばれたならば速やかに応じて部屋の中に入ることを許可します。カルメラさんの前です、失態を犯せばどうなるか分かっていますね?」


 二人の男が顔を青くさせて頷いたのをルベリが見届けると、コンラートは部屋の扉を叩く。


「カルメラ様、全員が揃ったので少々お時間を頂きたい。」

「あら、いらっしゃい。どうぞ入っていらして?」


 いつもの穏やかな声と共に入室の許可が下りると、彼らは部屋の中へと入っていく。

 そして視界に微笑みを浮かべるカルメラ以外の者たちがいることに気づくと、彼らは眉をしかめた。


「アナベラか、どうしてここに居る?」

「久しぶりだねぇ、コンラートさん。どうしても何も、幹部たちの集まりがあると聞いてやってきたんじゃないか。隠居したはずのカルメラさんまで動員されるのだから、現役である私がいるのは当然のことさ。」

「ふむ、お主を呼んだ覚えはないし、本人の前で話すには我々も心が痛む内容なんだがのう・・・どうする?」


 コンラートが他の者たちにそう尋ねると、しばらく間が空いたあとにルベリが返事をする。


「よいではないですか。確かに彼女の言う通りですし、情報を掴んだのは評価してもいいことです。」

「私も構いませんな。ただ、そこにいる獣人は何だろうか。いや、アナベラが例の稚児趣味で冒険者を一人雇ったというのは聞いているが、この場にいるというのは些か場違いですな。そこの君、悪いが出ていってもらえるかね?」


 レナートがそう告げると、全員の視線がアナベラの隣にいるセイランスへと向けられる。

 彼はその視線を受けて困ったような顔をしながら、口を開いた。


「初めまして、アナベラさんの護衛をしているセイランスです。先代のカルメラさんと、アナベラさんの許可はもらってあるのですが不十分だったでしょうか。」

「不十分ですな。アナベラはどうやら正常な判断ができていないようだし、カルメラさんは優しい方だから許可に応じたのだろう。いいかね、今から大事な話をするのだ。ルベリでさえも護衛を外で待機させているし、どこの馬の骨かも分からない者を同席させるわけにはいかない。」


 カルメラはともかく名目上は自分たちの上に立っているはずのアナベラを蔑ろにした発言だが、その内容自体は比較的真っ当なものだ。

 だがレナートの言葉にアナベラが反論するよりも早く、セイランスは手をポンと叩いて笑顔で告げた。


「あぁ、つまり馬の骨じゃなければいいんですね。きっとこういう時に使うものだと思うんですが、これでいいでしょうか。」


 彼はそう言うと、少し古びた肩掛け鞄から短剣を一つ取り出してレナートたちへと見せる。


「それが一体・・・!?」


 『それが一体何だというのか』と問おうとして、その短剣に木をモチーフにした紋章が刻まれていることに気づいた彼らは言葉を詰まらせる。


 セイランスが取り出したのは、サモンド子爵に権力を貸してほしいと要望した結果、後日渡された紋章入りの短剣だった。

 それはサモンド子爵家がセイランスの身元を保証しているというものであり、その後ろ盾となるということを示すものでもある。


 そしてこれをただの少年、それも社会的に決して良い立場と言えない平民の冒険者が持っているという意味は大きい。

 なにせ確固たる証明であるのだから、それがどんな場面であれ使用されれば関わり合いがないと傍観を決め込むことはできない。

 つまり、セイランスがこれを悪用すればサモンド子爵家に悪影響を与える可能性も十分にあり、それでも渡されるだけの信頼があるということだった。


 セイランス本人はおそらくそこまで理解していないだろうが、少なくともこの場にはかつて白銀騎士団に籍を置いていたコンラートがおり、その意味を十分に理解していた。

 実際のところ公の場ではない以上それでも何か理由をつけてセイランスを追い出すことはできるが、そのインパクト故に沈黙が流れている間にカルメラが結論を告げていた。


「あらあら、これはさすがに馬の骨と言えないわねぇ。皆さん、実はセイランスさんを最初にこの部屋に招待したのは私なの。申し訳ないけれど、私の顔を立ててもらえないかしら。」

「・・・いいでしょう。」

「カルメラさんがそう言うなら僕も文句はありません。」


 本来ならば自分たち4人とカルメラだけがいる場に予定外の2人がいるという状況に顔を顰めながらも、彼らはそれを認めると各々が席についた。

 カルメラはそれを見届けると、まるで要件など知らぬとばかりに彼らに問いかける。


「それで、今日は一体どんなご用なのかしら。アナベラを除いて話がしたいだなんて言われたから、驚いていたのよ。」

「アナベラが辛かろうと思いましての。とはいえ、こうなってしまってはもはや遠慮もせぬが、我らはアナベラの資質に疑いを持っておるのです。最近のセザールの暗躍とそれに関わる彼女の対応についてはルベリから既に情報が言っておりましょう?」

「えぇ、聞いているわ。何でも帝国で名を馳せた灰蛇という組織を使って、アナベラの地位を脅かそうとしているみたいね。それに対してアナベラは後手に回っているらしいわ。」


 それを聞いてアナベラは苦い顔をするが、彼らはさらに話を続けていく。


「我らがアナベラを上に置いたのはカルメラ様の要望であると同時に、彼女がその地位を揺るがさぬことを期待したからです。だが現状はセイレンに一度滅ぼされたという死にかけの組織相手に翻弄され、自分の身を守るために護衛を雇う始末。我らの上に立つ者としては多いに不安が残るのです。」

「あら、けれどアナベラを鍛えたのはコンラート、あなた自身でしょう?それに、自分の配下が少ないのだからできることが限られてしまうというのも無理がないわ。」

「それに関しては、儂の不徳の致すところとしか言いようがありますまい。そしてだからこそ厳しい目で見なければならないし、配下が少ないというのも器が足りぬ証です。我らがいくらか派遣した者たちを掌握しても良いし、自分で新たに築いても良い。我らが子守せねばならないなら、それこそ誰だって良いのです。」


 アナベラの立場に立ったカルメラの意見にも、そう言ってコンラートは反論していく。

 そもそも話し合いという名目を取ってはいるが、アナベラ本人を加えようとしなかった時点で既に結論は出ており、実質的にはただの報告とカルメラの承認を求めているようなものだ。


「アナベラ、彼らはこう言っているけれど、あなたからは何かあるかしら。」

「そうだねぇ。とりあえず言っておくが私は今もこうして元気だし傷一つ負っちゃいない。解決に手間取っているのは否定しないが、結論が早すぎるんじゃないのかねぇ。」


 アナベラのその言い分に対してレナートは淡々と告げる。


「だからこそですな。まだ君が無事なうちに対処してしまいたい。私達から頼りないと見られている時点でそれはもう駄目でしょうに。このスラムを治めるだけならば私達だけでも十分できるのだから。君に求められているのは我らの体制の象徴として、誰が何をしてこようとも揺るがず安定していることだ。役目も満足に果たせないならばさっさと退くべきではないのかね。」


 その容赦のない言葉にアナベラは唇を噛む。


 彼女とてカルメラの後を継ぐ者として努力をしてきたし、その地位にいる今も少しでもより良い場所にするべく日々働いている。

 だが、彼らからすれば彼女のすべきことはただ地位を守ることであり、彼らの求める役割を果たせないならば簡単に切り捨てるという。


 アナベラはしばし瞑目したあとに、静かに呟いた。


「・・・じゃあ私がカルメラさんに拾われてから、これまでしてきたことは何だったんだろうねぇ。」

「何もあなたを全て否定しているわけではありませんよ。これまで我らの上に立ちスラムの支配者としてやってきたことは評価しましょう。ただ、どうもあなたの資質や器が足りないことが分かったので、退いて欲しいというだけです。」


 そろそろ話は終わりだとばかりに、ルベリはそう告げる。


 一見優しい言葉をかけているように見えて、その実はアナベラなど彼らの求めるものを満たせないならば用はないと宣言したに等しい。

 この場にいる多くの者がこの話し合いが終わりを迎えつつあるのを感じる中、カルメラはアナベラの隣にいる少年へと話かけるのだった。


「今回の一件について知っていて、私達の体制に関しては部外者のセイランスさんは何か意見があるかしら。部外者だからこその意見というものもあるでしょうし、この場にいることを全員が承認したのだから遠慮せずに言ってかまわないのよ。」


 その言葉を受けたセイランスは、全員の視線が集中する中『それじゃあ』と言って口を開いた。


「何というか皆さん性格が悪いですよね。正直ちょっと引いています。」

「なっ・・・!?いきなり僕達を侮辱する気ですか!?」

 

 ある意味この上なく正直で遠慮のない感想に、4人の中で一番若いアレクはそう反応した。

 もっとも、他の3人は反応しなかっただけで彼と似たような思いと憤りを感じていることだろう。


「あらあら、確かに遠慮のない意見ね。どうぞ続けて?」

「それじゃあ、幼気な少年の純粋な疑問なんですが、皆さんって今いくつくらいなんでしょうか。」


 重い雰囲気の中で彼らの性格について感想を言ったかと思えば、今度は突然年齢を尋ねるという意味不明な言動に対して、マイペースを崩さないカルメラが返答する。


「そうねぇ、確かコンラートさんは既に60を越えているはずよ。レナートさんは40代後半、ルベリは30代後半、アレクは30を少し過ぎたところだったかしら。アナベラは23で、私の年齢は秘密よ。」

「秘密なら仕方がありませんね。えっと、俺の認識がおかしいなら申し訳ないのですが、アナベラさんは皆さんよりも年下で、立場は上ということになるんですよね。じゃあ、要求に応えられないなんて当たり前だと思います。」


 セイランスのその言葉に何を言っているのか皆の理解が追い付かない中、彼は話を続ける。


「まだ20歳ちょっとのアナベラさんが、30歳を越えている人たちから見て頼りないって、それはそうなんじゃないでしょうか。むしろ完璧に要求を満たせるほどの人物ならもっと大きいことをやった方がいいと思います。」

「あらあら、確かにそれはそうかもしれないわねぇ。」

「それに年下の女性に過大な要求をした上で、自分たちは裏の支配者気取りで高みの見物をしながら『資質や器が足りない』なんてやっぱり引いてしまいます。どこの世界でも少年期特有の病は治りにくいものなんでしょうか。」


 最後の一言はどういう意味か分からないが、かつてセイレンと共に立ち上がりスラムを平定し、今日に至るまで治め続けてきた自分たちを盛大に非難したということだけは分かった。

 特に元神官らしく丁寧な口調で話すものの、その実一度沸点を超えると酷く感情的になるルベリは大声で叫んだ。


「エリク!ローラン!今すぐこの身の程知らずをつまみ出しなさい!!」


 自分たちの弱みを握っている雇い主のその声に、二人は巨体を揺らしながら勢いよく中へと入ってくる。

 状況はよく分からないが場違いと思われるような人物は一人しかおらず、彼らは座っているセイランスの首を掴むと勢いよく持ち上げようとした。


「何をしている、早くしなさい!」

「うるせぇ!さっきからやっている!!」


 二人にとっても想定外の事態に、彼らは自分たちの立場も忘れてルベリをそう怒鳴りつける。

 先程から二人がかりでセイランスを動かそうとしているのだが、彼は微動だにせず臀部を座面から僅かに浮かすことさえしていないのだ。


 そしてようやくセイランスは動き出すが、それはエリクとローランの成果ではなく彼が腕で片方ずつ二人の体を掴んだからだった。


「あの、アナベルお姉ちゃんの今後に関わる大事な話し合いの最中なので、遊びたいなら外でお願いします。ちょうどモニカさんが食後の運動をしたいところなんじゃないでしょうか。」


 セイランスはそう言うと、腕を部屋の窓に向かって振り下ろす。


「おいっ!?」


 まるで彼らの巨体がハリボテであるかのようにセイランスはそれぞれの体を腕の動きに従って持ち上げ、そのまま窓へと放り投げた。

 それまでに彼が微動だにしなかったことと合わさってそれはより一層衝撃的な光景となり、窓ガラスが割れて巨体が地面へと着地する音が現実であることを告げる。


 街中では派手な魔法を使えないとあって、ルベリが連れてきた二人は物理的な能力に優れた者たちであり、そもそもエリクに至っては同じ獣人でありながらセイランスより三回り以上大きかったのだ。

 そして、まるで物理法則を無視したかのような光景は、その場にいたコンラート達の記憶を刺激する。


 今となっては10年以上前の出来事であり、種族が違うため顔の細かな作りを区別しにくいことと合わさってその顔は朧気なものとなってしまっているが、それだけは脳裏に焼き付いていた。


 まるでお菓子で作られた脆い壁のように敵の拠点を粉砕し、騎士たちが着ていた鎧をハリボテのようにへこませ、そして身の丈ほどもある大剣を自由自在に振り回す。

 幾度となく自分たちを驚かせ、そして助けてくれたその圧倒的な力を持つセイレンの姿と、今のセイランスの姿がどこか重なったのだ。


 騒音の後に続く痛いほどの静寂、それを破ったのは作り出した張本人だった。


「えっと、それでもう少し格好いい対応をした方がいいと思うのですがどうでしょうか。それに、アナベルお姉ちゃんに感謝している人たちを俺は知っています。」


 そのどこかボケたような言葉は、重なっていたセイレンの姿を消し去ってセイランスの姿を映し出す。

 彼らの記憶にあるセイレンの言動はもっと強引なものだったし、偉そうなものだったのだから。


「あらあら、随分と派手だったわねぇ。皆さんが思い出に浸っているところを申し訳ないのだけれど、そういえば私も一つ思い出したわ。あなた達って、昔言うほど勇ましかったかしら。確かコンラートさんはセイレン様にボコボコにされていたし、アレクは襲撃の度にオロオロしていたし、レナートさんは出すのはお金だけと引きこもっていたし、ルベリは敵に捕まって泣いていた所をセイレン様に助けられたと思うのだけれど。」

「なるほど、過去の武勇伝なんてそんなものですよね。」


 彼らがセイレンと共に立ち上がり平定のために尽力したのは間違いのないことだが、結果はともかく過程というのはよく脚色されるものだ。

 カルメラは指摘によって顔を赤くする彼らに穏やかに告げた。


「ねぇ、私達はアナベラから本当の名前や喋り方まで奪って彼女をその座につけたのよ。だったら、責任を押し付けるのではなくて、責任を最後まで負う必要があるのではないかしら。」


 彼女の本来の名前はアナベル、だがそれでは支配者として可愛らしく相応しくないという理由で、カルメラの名から一文字取ってアナベラとなった。

 彼女は本来もっと平坦な喋り方をする、けれどそれでは幼く見られるという理由で、今の喋り方をするようになった。


 彼らはアナベラを支配者の座に据えるために個性さえも奪い取っていた。


「カルメラさんの後を継ぐことは私自身が望んだことなんだけどねぇ。」

「えぇ、分かっているわ。そして私達もそれを望んだの。だからこそ少年期特有の病とやらを治さなければいけないのよ。」


 成人もしていない少年に自分たちの幼さを指摘され、挙句の果てに武勇伝の現実を暴露された彼らは、これ以上反論することもできなかった。

 その後改めて現状の再確認が行われると、アナベラたちは引き続き灰蛇の対処を行い、コンラートたちはセザールに対処することとなる。


 『その気になれば容易く潰せる』と豪語した彼らによって、セザールはどのような破滅を迎えるのだろうか。


●●●●●


 全てが終わった後、セイランスだけがカルメラと共に部屋に残っていた。


「ところで、何で俺だけまだここにいるんでしょうか。」

「あら、だって私はあなたとお話がしたくてこの部屋に招待したのだもの。私の家の窓ガラスを壊しておいて、お話にも付き合ってもらえないのかしら?」


 そう言いながらカルメラがその視線を、風通しのよくなった窓へと向ければセイランスは即答した。


「実は俺ももっとお喋りがしたかったところです。」

「お互いに同じ気持ちで嬉しいわ。それじゃあ、さっそく一つお聞きしたいのだけれど。セイランスさんってセイレン様と同郷の方かしら。」


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