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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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104.彼は出戻りする。

 首から熱い血液が流れていくのを感じながら、俺は襲ってきた相手が去っていく足音をどこか遠くで聞いていた。

 既に意識は朦朧としてきており、切られた直後に感じていた痛みが無くなり逆に心地よさすら覚えてくる。

 そのまま心地よさに身を委ねて瞳を閉じると、全身から力が抜けていくのが分かった。

 

 それからどれくらい経っただろうか、流れ出た血液が冷え不快さを感じるようになった頃、俺はようやく体を起こす。


「あぁ、本当に死ぬかと思いました。」


 そう呟きながら首筋を触ると、そこには血液でベトベトしているものの傷のない肌があった。

 何度か手を閉じ開きしてある程度身体に力が戻っていることを確認すると、俺は立ち上がる。


 ついでに、うっかり独り言を呟く癖が出来てしまったため更に言葉を続けた。


「特殊系スキル『起死回生』。自分から一定範囲内にいる者の致命傷を回復させられるおかげで、何とか生き残れたみたいですね。」


 いつの間にそんな便利なスキルを身に着けたのか知らないが、きっと頑張っている俺のためにお姉さんが急遽追加でもしてくれたのだろう。


「アナベラさんにこのスキルがバレてからついていません。命を狙われているとかで、多くの時間を側にいさせられるんですから。挙げ句の果てに今度は歩いていたら酔っぱらいに襲われるんですか。そんなに腕っ節は強くないのに、本当勘弁してほしいです。」


 そう呟いた後、時折怯えながら周囲を警戒する仕草も忘れない。


 そして獣人界の孔明としての仕事が熟せた事に満足し、宿に戻ろうと視線をふと帰路に向けたところで、籠を持ってこちらに歩いてくる女性と目が合った。


「あぁ、すみません。すぐに片付けるのでちょっと待っていて下さい。」


 地面が血溜まりのままでは歩こうにも歩けないため水魔法で洗い流そうとするのだが、ここで俺は一つ失念をしていたのだ。

 自分が今どういう状況で、そして一般的な女性とは異常事態に普通どういう反応をするものなのかを。


 すなわち・・・


「きゃあああああああ!!!」


 地面に広がるのは血溜まり、そして俺に付着しているのも大量の血となれば叫ばれるのは当然の成り行きだった。


●●●●●


 俺は血で汚れた身体をどうにかするべく、とりあえず少し熱めのお湯でタオルを絞って拭き始める。

 本来ならば思い切りお湯を浴びたいのだが、場所が場所であるため仕方がないだろう。


 時間をかけて上半身を念入りに拭き終わると、今度は下半身に移るべくズボンに手をかける。

 そしてちょうどズボンが膝まで降りた辺りで、いきなり扉が開き中へと人が入ってきた。


「きゃっ!ノックくらいして下さい。」

「・・・お前は取調室を私室代わりに使わないと気が済まないのか。ふざけていないでとっとと座れ。」

「お役所仕事は融通が聞かないからいけませんね。」


 そう、女性が叫べばやがて巡回中の青銅騎士たちがやって来て、彼らがやって来れば血まみれの俺は当然事情を聞かれることになる。

 そうして連れてこられたのが、再びの取調室というわけだ。


 血まみれの身体を清潔にする時間さえ与えてくれなかったため仕方なくここで清拭していたのだが、どうやらこのまま事情聴取を受けなければならないらしい。


 先日ヨルムンガンドさんと一緒にいた男性の前に大人しく座ると、俺は口を開く。


「確か副団長のソラルさんでしたよね。副団長がわざわざ事情聴取をするとは意外です。それと、被害者にはもう少し優しく接するべきだと思います。」

「先日の件に関して、事情を知らぬ騎士に余計なことを話されても困るから俺が担当するのだ。それと、お前は今加害者としての疑いがかかっている。血まみれの身体にも関わらず本人には傷一つない。それじゃあ、その血は誰の血だという話になるだろう?」


 彼は鋭い目でそう告げるが、言われてみると確かにその通りだ。


 女性の叫び声で青銅騎士達が現場に来てみれば、そこにはしゃがみ込む女性と、そして血溜まりの地面に血まみれで佇む無傷の冒険者。

 まず真っ先に疑うのは、その冒険者が誰かを殺傷した後という展開だろう。


 だが、その一方で俺には治癒魔法があるのだから、そういった範疇にはいないとも思うのだ。


「ソラルさんは知っていると思いますが、俺は聖属性の魔石を持っていますから。」

「ふむ、残念だが俺とて無知ではない。現場にも、そしてお前自身にも大量の血が付着していたそうだな。大怪我を負っているとまともにイメージをすることが出来ず、魔法は行使することが出来ない。これは戦いに身を置く者、あるいは魔法を教わる者の基本だ。」

「あれ、おかしいですね。そういった理由で魔法が使えなくなるのは、ただ単に瀕死の極限状態での戦闘経験不足だと俺は教わりましたよ。何度か経験すれば安定して魔法を行使できるようになるんですが、大概そのまま死んでしまうので、そういう一般論が存在しているだけじゃないでしょうか。多分ちゃんとしたところなら、そうやって教えてくれると思います。」

「俺は中央学院の騎士過程でそう教わったのだがな・・・。」


 そんないい加減なことを教えるとは、中央学院で学ぶクラリネスは大丈夫だろうか。


 確かに魔法や魔物素材を始めとして、魔人族と普人族にはそれなりに格差が存在するのかもしれないが、これに関してはそれとはまた違う話だ。

 つまり、瀕死の重症を負いながらも戦い抜き、そして生き延びてきたような者たちがいないということになる。


 いや、そうやって考えてみると、そんな人達が貴族やエリート平民の集まる中央学院で教鞭を取ったりはしないのかもしれない。

 あるいは魔人族の中でも一般論で、大魔王一味の常識がおかしい可能性もあるのだった。


 思考が随分と横道に逸れたため、一旦横において俺は話を続ける。


「とりあえず、そういうことなので別に俺が加害者というわけじゃありません。というか、完璧に被害者です。」

「・・・では仮にそうするとして、お前は襲われた相手に心当たりがあるのか?あるいは行きずりの犯行か?」

「行きずりの犯行ではないと思いますよ。終始殺気を纏ったままですし、俺をナイフで切った後も立ち去るふりをしてしばらく見張っていたみたいですから。」


 さすがに酔っ払いが最初から最後まで殺すつもりで金をせびってくるとは思えないし、立ち去った後に見張るはずもない。

 だが一方で、純粋に俺を殺しに来たというのもしっくりこないのだ。


 それならば、わざわざ酔っ払いのふりをしているのに殺気を隠そうとしないのは不自然だし、その後の見張るという行動も謎だろう。


「さしずめ、最近アナベラさんの側についた俺の実力確認といったところでしょうか。それにしても、しがない冒険者のためにそこまでするとは『灰蛇』もなかなかですね。」

「・・・待て。お前何かまた厄介事に関わっているのか?」

「そんな頻繁に関わっているみたいな言い方をしないで下さい。ただ単に縁あってアナベラさんの護衛依頼を受けたら、『灰蛇』と敵対することになっただけです。ついでに油断を誘うため、素直に襲われてみたらこうなりました。」

「詳細を話せ。」


 詳細と言われても、どこから話をしたものだろうか。


 最近の出来事をいえば『愚者の毒』に対して『聖魔王の涙』で対処していたら毒のグレードが上がってきたため、あえてそれも飲んで毒が効かないことをアピールしてもらったくらいだろうか。

 相手がなかなか毒を止めなかったせいで、当初の予定から少しずれてしまったことは否めない。


 さらには相手に鋭い者がいるのかアグレッシブに俺が疑われたため、予定を変更してよく分からないスキルで適当な理由付けをすることにもなってしまった。

 さすがにヴェノムサラマンダの毒が効かないというのは、やり過ぎたのかもしれない。


 基本的にはこちら側に非がないため、俺は一部を除き大まかな成り行きを素直に話した。


「・・・なぜ黄金騎士や総騎士団長まで巻き込んだ盗賊騒ぎの数日後に、今度はそのような厄介事に関わっているのだ。いや、数ヶ月前には子爵令嬢の誘拐事件にも関わっているのだったか。どれも、騎士団に10年勤めて1度関わるか関わらないかといった次元だぞ。」

「俺に言われても困ります。デルムでの出来事は孤児院の依頼を受けたら何故かそうなっただけですし、盗賊の方はむしろあちらからやって来たんです。ついでに、今回の件も騎士団が解決してくれればそれで済む話ですよ。『灰蛇』を見つけて、セザールを捕まえて下さい。」


 俺が素直にソラルさんに事情を話したのは、もともと王都の治安を守る青銅騎士団の領域だと思ったからだ。

 それこそ、アナベルお姉ちゃんの護衛を俺がしている間に『灰蛇』をどうにかしてくれればいい。


 だが、俺の言葉に対してソラルさんは首を横に振る。


「お前の話が全て真実だったとして、セザールはまず証拠がないから捕まえられない。ましてあいつは、一部の貴族に金を融通しているからな。そして『灰蛇』の方はまだそいつらの仕業と断定できる殺人が起きていないから、やはり対処は出来ない。青銅騎士団が動くとしたら、実際に被害者が出てからだ。それにしたって、相手が分かりやすい証拠でも残さない限り、おそらくは途中で捜査打ち切りになるだろう。」

「どうしてですか?」

「こんなことを面と向かって言うのが正しいかは分からないが、割に合わないからだ。青銅騎士団とて暇ではないから、スラムの住人が殺されたからといって、いつまでも労力を割きはしない。さらにいえば、今回のお前だってそうだ。もしも真実だったとして、荒事の多い冒険者が襲われたからと本腰を入れて調べはしない。」


 つまり、スラムの住民と中級冒険者のために青銅騎士団はそこまで気合を入れて活動はしない、ということだろうか。


 アナベルお姉ちゃんが騎士団に頼らないのは面子の問題かと思っていたのだが、こういうことを理解しているのかもしれない。

 いずれにせよ、そうなってくると騎士団はあてにしない方向で解決する必要があるだろう。


 俺は席を立って、ソラルさんに告げる。


「俺は『希望の宿』で寝泊まりしています。それとギルドの方にも一度訪れて拠点を移してあるので、この件で俺に用事があったら連絡してもらう方向にして欲しいのですがいいでしょうか。」

「あぁ、構わない。今のところ遺体が発見されたという報告もないようだし、とりあえずはお前の言い分を信じよう。ただし、今言ったようにお前の置かれた状況が真実だったとしても、青銅騎士団は深入りしない。」

「分かりました。それじゃあ失礼しますね。」


 俺はそう言って部屋を出ようとするのだが、ドアノブに手をかけたところでソラルさんから声がかかる。


「・・・待て。先日の件もそうだが、お前は何故当たり前のように受け入れる?」

「あの、何の話でしょうか。」

「自分の手柄を騎士団の都合で無かったことにされたことだ。普通であれば怒るだろう?今回にしてもそうだ。王都の治安を守る青銅騎士団が、命を狙われたお前を実質的に見捨てるのだぞ。何故そうも平然としていられる。」


 そう問われて、ドアノブを握る手を離して考える。

 ソラルさんの疑問はもっともなのだが、そういえばどうしてだろうか。


 例えばこれが前世だったならば、俺は確かに今彼が言ったような理不尽さに対して腹を立てる気がするのだ。

 そうしてしばらく時間が経ってから、シンプルな結論へと至る。


「そうですね、その程度のことならば気にすることでもないからでしょうか。」


 別に昼夜を問わずに人外の領域にいる魔物達が襲ってくるわけでもなければ、現状が絶体絶命のピンチというわけでもない。

 アルセムの大魔窟の魔物達に比べれば騎士団の手柄横取りなどかわいいものだし、大魔窟で死にかけた時よりは現状の方がだいぶやさしいだろう。


 今世は何というか色々と濃すぎて、少し理不尽なことが起きた程度ではあまり気にならなくなっているみたいだ。


「・・・ふざけた答えだな。」

「結構真面目に返事したのに酷いですね。それと、仮に自力で解決したとしても、街の中で起きている以上は青銅騎士団が絶対に関わってくると思います。そういう質問をするくらいに何か思うところがあるならば、その時に出来る範囲でいいので助力してくださると嬉しいです。」


 現状アナベルお姉ちゃんを護ることは出来ても『灰蛇』の居場所を突き止めることは出来ていないため、騎士団が権力を使って調べてくれるのが一番なのだが仕方ない。


 俺の言葉に対して、ソラルさんは短く答えた。


「考えておく。」

「はい、考えておいて下さい。ちなみに幼気な少年というところが重要なポイントです。」


 俺はそう言って、部屋を出ていった。


ベルナディータ「一般的な女性・・・?普通の反応・・・?どうやら一度話し合いをする必要があるようですね。」

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