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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.灰蛇

 スラムの一角では、セイレンにより一度壊滅した『灰蛇』のメンバーが集まっていた。


 最盛期には100人を超える規模だった彼らも、襲撃により死んだ者や捕まった者、あるいは消息不明になった者達を除く今は10人を超える程度であった。


 この場には現在監視や情報収集、あるいは工作に回っている者達を除き4人が集まっており、現状について議論している。

 もっとも、彼らの間に重い空気が流れている点から見て、その現状というのは望むものではないようだ。


「アナベラがまだ生きているのはどういうことだ?」


 そう、計画では既に死んでいるはずのアナベラがまだ生きているのだ。


 彼らは依頼を達成する際によく、ターゲットの周囲に干渉して間接的に命を狙う手段を取る。

 失敗あるいは発見されたとしても、周囲の者達に殺されるかもしれないというプレッシャーを与えられるのが利点だ。


 そういった意味では、本来ならばアナベラがまだ生きているからといって焦る必要はない。

 特に愚者の毒は今回のように慣れない土地で仕事をする際に用い、様子見の側面を併せ持っている。


 では、何故彼らの間に重い空気が流れているのかといえば、それは既に愚者の毒よりも先の段階に進んでいるからだった。


「愚者の毒だけならば、生きている場合もある。あれは3つの成分が噛み合わなければ効果を発揮しないからな。だが、その後のポイズンリリーの毒や、果てはヴェノムサラマンダの毒まで効果がなかったのはあり得ない。」

「その2つはアナベラ行きつけの店で従業員に混入させて、実際に飲んでいるところを私達が確認しているものね。しかもヴェノムサラマンダの毒なんてあからさまに臭いで分かるものを摂取して、無事というのは・・・」

「帝国でも遭遇したことのない事態だな。」


 ヴェノムサラマンダの毒は大型動物すらも容易く沈めるような強力な毒である反面、それとわかるほどに刺激臭がある。


 愚者の毒が上手く作用しなかった場合に取る手段というのはいくつか存在しているが、今回彼らがとった手段はさらに強い確実性のある毒へと切り替えていくことだった。

 無論、毒が強くなる程臭いや色でそれと分かるようになっていくため、飲んで殺すことを目的としたというより、さらに精神的に追い込んでいくことを目的としていた。

 

 だが色んな意味で彼らの予想を裏切り、アナベラは愚者の毒よりも強いポイズンリリーの毒を摂取し生きており、それならばとヴェノムサラマンダの毒を仕掛けたがそれもまた同様であった。


 帝国内で活動をしていた頃に毒で仕留められなかった者達というのは確かに存在したが、摂取を避けるならばともかく、摂取して尚平然としている者には出会ったことがない。

 特にヴェノムサラマンダの毒は本来ならば、人が摂取すれば数秒で死に至る類のものだ。


「さすがにこれだけの毒に対する抗体を身に着けているとは考えられん。そうなると、毒に対して何か特別な手段を持っているということだ。」

「特別な手段・・・ねぇ。」

「いずれにせよ、思った以上に厄介な相手を仕留めなければならないということらしい。いくら田舎国家とはいえ、王都のスラムを纏めるだけのことはあるのかね。それで、ここからはどう動くんだ?ボス。」


 話をしていた内の一人は、そう言って黙って聞いていたスルホに問いかける。


 今回の一件はセイレンへの復讐も含まれているが、それと同時に『灰蛇』がまだ健在だということをアピールするためでもあった。

 現在の段階ならばまだ過去の実績により国外では体裁が保たれているが、ここで依頼を失敗すればいよいよ『灰蛇』の名は地に落ちることになるだろう。


 スルホは、質問に対しては直接答えずにこう尋ねた。


「・・・最近アナベラの側にいるという冒険者はどうだ。」

「王都にやって来て日が浅いらしく情報はほとんどないが、目立って優秀というわけではないようだ。何か引っかかるところがあるのか?」


 彼らが情報収集した限りでは、別段アナベラを護るために何かをしている様子はみられないし、本人自身も絡まれたらすぐに金を差し出すような人物だ。


 つまり今言ったような評価を下すのが妥当ではあるのだが、彼らも、そしてその冒険者もこの町に来てから日が浅いことを考えると、適切な情報収集ができていると言い切れずにそう尋ねる。


 それに対して、スルホは静かに質問を重ねた。


「そいつはどういう雰囲気だった?」

「どうも何も呑気にアナベラの横を歩いていたが・・・ふむ、そういうことか。」

「・・・そうだ。今のアナベラの状況で、呑気に横を歩いていられる者が普通なわけがない。それに、俺たちはアナベラについて一通り調べた上で毒という手段を選択している。確かにこの国に来て日が浅く情報収集が確実とは言えないが、これほどの想定外が起こっているのならば、それはアナベラについて最初調べたときに無かった要素、つまりそいつを疑うべきだ。」


 スルホは見た目と実力が必ずしも一致するとは限らないことを理解しているが故にそう判断した。


 この世界には魔法があり、スキルがあり、そして複数の種族が存在するのだから、普人族を基準に見た目で判断することが不適切な場合もある。


「確かにアナベラが命を狙われていると知ってそうならば異常だな。」


 スルホの指摘を受けて改めて考え直すと、その異常性が浮かび上がった。


 少なくとも普通の者が組織立って狙われている相手の側にいて、平然としていられるわけがない。

 そんなことが出来るのは余程の馬鹿か、あるいは修羅場をくぐり抜けてきている者だけだ。


「そうなってくると、そいつを狙うという選択肢も考えられるわね。」


 あくまで仮定の話ではあるが、その冒険者が障害になっているのならばそれを取り除くのもまた一つの手段だ。


 少なくとも、本人に直接手出しするのが難しい場合や、大きく障害になっている者がいる場合に、まずそちらを狙うというのは今までにも幾度となく行ってきている。


 それからまたしばらく黙っていたスルホだったが、やがて結論を口にした。


「・・・一度そいつに手を出して反応を見る。」


 ここでその冒険者を無視して事を進めようとしないのが、『灰蛇』が帝国において頭一つ抜き出た組織でいられた一因なのだろう。


 スルホの決断を受けて、3人のうちの1人が名乗り出る。


「ならば、俺が様子を見てくるとしよう。」

「・・・カーティス、街のチンピラを装って襲え。可能ならばそのまま殺してこい。」


 その言葉を受けると、カーティスは実行に移るべくその場から去っていった。


●●●●●


 カーティスは服装を着替えた後、冒険者が宿への帰り道に通る路地裏で、酒を飲みながらその者がやって来るのを待っていた。

 調査した段階では脅威と判断していなかった相手の帰宅通路まで把握しているところからも、『灰蛇』が未だその実力を有していることが伺えるだろう。


 時折通りかかる者たちの視線を気にせずにそのまま酒を飲み続けていると、やがてターゲットがやって来る。

 

 白いズボンに黒いシャツ、その上から緑色の革鎧を身に着けて黒いマントを羽織ったその姿は、以前カーティスが監視していた時と同じものだ。

 彼は酒をもう一度大きく流し込むと、千鳥足で歩きながら叫んだ。


「おい、そこのてめぇ!酒飲む金をよこしやがれってんだ!!」

「あれ、酔っぱらいでしょうか。カルラさんが付けてくれたオプションで、今日はヴェーラさんから夕飯を食べさせてもらう予定だというのについていませんね。」

「何をごちゃごちゃいってやがる!よこさねぇってんなら奪うぞボケェ!!」


 そう脅した後に、カーティスは懐からナイフを取り出す。


 無論相手がどういう対処をしようとも彼はこのまま襲う予定だが、もしもスルホの危惧するような人物ならば容易く退けるはずだ。


 相手が肩にかけた鞄から金を取り出すのを視界に納めながら、さらに距離を縮めていく。


「あぁ、もう。危ないですからナイフは仕舞って下さい。ほら、お金ならあげますから・・・ちょっと待って下さい。お金ならここにあります。何で近づいっ・・カヒュッ・・・」


 差し出された金貨を素通りしてそのまま射程範囲に収めると、カーティスはナイフで相手の頚動脈を切り裂く。

 当然、切り裂かれた相手は首から血を流しながら地面に崩れ落ちた。


「・・・拍子抜けだな。今回はボスの考え過ぎだったみたいだ。」


 地面が血で赤く染まっていく様子を眺めながらそう呟くと、彼は人が集まる前に素早くその場を離れていった。


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