102.彼はツンデレを選ぶ。
神殿での出来事の後に、俺はクレアさん、カルラさんと共に王都を歩いていた。
今日こそは宿を探そうとしていた俺に、それならば実家の宿にぜひ泊まっていって欲しいとカルラさんから誘われたためだ。
クレアさんも今はそこに泊まっているらしい。
「そういえば一つ確認しておきますが、外観がピンク色だったり、女装した男性がいたりしませんよね?」
「何を言っているんだ、そんなことあるわけがないだろ。」
「そうですよね。変なことを聞いて申し訳ありませんでした。」
あれは例外だと分かっているが、念のために確認しておきたかったのだ。
俺の不安を払拭するように、カルラさんは実家の宿について説明し始める。
「私の実家は『希望の宿』という。貴族の屋敷をイメージした外観が特徴だな。」
「それはまた、随分と雰囲気が良さそうな宿ですね。」
「あぁ、それに何といっても他の宿と差別化を図るべく取り入れたシステムが人気で、多くのリピーターを排出している。クレアもすっかり気に入っているみたいだ。」
クレアさんの方を見ると、彼女も頷いているから実際に満足しているようだ。
そうして期待を胸に到着した宿は確かに貴族の屋敷をモチーフにしているらしく、丁寧なことにちょっとした門や庭まで用意されていた。
そうしてそのまま中へ入ると、メイド服を来た女性が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、お坊ちゃま。あら、カルラお嬢様ではありませんか。」
「ミランダ、済まないがセイランスには最高のオプションを付けてもてなしてくれ。私の恩人だ。」
「かしこまりました。どうぞこちらへいらして下さい。」
この時点で何やらおかしなことに気付き始め確認の意を込めてクレアさんの方を見ると、彼女は何故か執事風の男性に出迎えられていた。
「お帰り、クレアお嬢。外は暑かっただろ?部屋に何か持っていこうか?」
「それじゃあ、アイスティーをお願いしようかしら。」
「あぁ、すぐに用意するから部屋で待っていてくれ。」
その様子を横目にミランダさんに連れて行かれた先では、少し変わったメニュー表を見せられる。
そこには、「優しい系」「ドジっ子系」「有能系」などというよく分からない大項目があり、そこからさらに小項目へと別れていた。
「あの、これは何でしょうか。」
「無論お坊ちゃまが好むメイドの系統でございます。ここ『希望の宿』では自分好みの執事やメイドを選んで、屋敷の主のように過ごして頂くことをコンセプトとしております。」
つまり、「希望の宿」の希望とはそういうことらしい。
俺はメニュー表を確認しながら、ミランダさんへと告げた。
「俺はこの『主人のことを大事に思っているけれどもついつい強く当たってしまう』メイドさんでお願いします。」
「かしこまりました。」
こうして、俺は王都にいる間滞在する宿を決めたのだった。
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「べ、別にもう帰ってこなくたっていいんだからね!・・・でもまぁ、帰ってきたら歓迎してあげなくもないわ。」
翌日、ついつい強く当たってしまうメイドことヴェーラさんに見送られてスラムへと発った。
俺の趣味嗜好はさておき、昨日アナベルお姉ちゃんに向かう先を尋ねたところ、貧民街に入れば案内人がいるはずだと言われている。
移動ルートすら話をしていないのに大丈夫だろうかと心配しながら歩を進めていると、やがて平門側と貧門側の境目とも言える領域に差し掛かった。
すると、石段に腰掛けていた少し出っ歯の男性が俺の方へと近づいてくる。
「へへへ、そこの坊っちゃん。どこに行くのか分かりやせんが、よければあっしが案内いたしやしょうか。」
「あぁ、もしかしてアナベラさんが言っていた案内人ですか?」
「おや、まさかアナベラ様のお知り合いですかい?」
彼がアナベルお姉ちゃんの用意してくれた案内人かと思ったのだが、どうも違うようだ。
その後少し話を聞くと、彼はここで貧民街に入る者達相手に案内役をすることでお金を稼いでいるらしい。
どうも彼だけでなくそういった者達はあちこちにいるようで、一人でふらつくことによる危険を減らすことができるようだ。
デルムの街で臨時保護者さんに案内役を勤めてもらったが、あれの正式版といったところだろうか。
「そういうことでしたら、ぜひお願いします。目的地はアナベラさんのお宅です。」
「へい、かしこまりまして。」
そう返事をすると、彼は背中を丸めながら歩き出した。
後をついていきながら改めて周囲を見渡すと、意外にも子供たちが外を元気に走り回り、奥様方は外で洗濯している光景がみられる。
無論家は劣化しており、彼らが着ている服もまた平民のそれと比べて薄汚れているのだが、あまり悲壮感が漂っていないのだ。
俺は疑問に思い、目の前を歩くおじさんに尋ねてみる。
「皆さん元気ですね。もう少し薄暗い雰囲気をイメージしていました。実際、デルムも貧しい人達がいる場所は暗かったですから。」
「それはアナベラ様のおかげでさぁ。配下に指示して毎日1回炊き出しをしてなさる。もっとも牢屋で出される飯よりも尚まずい酷いもんですがね。まぁ、飯は最低限食えるから悲壮感が漂っちゃいねぇってことでさぁ。」
どうやら、アナベルお姉ちゃんは好き勝手に支配しているわけではないらしい。
「スラムは掃き溜めなんて言われちゃいますが、いるもんにはそれぞれ事情があるでしょう。ガキや羽休めしているもんはまずい飯食いながら機を待ちゃいいし、人生に疲れちまったもんは静かに生きながらえりゃいい、それすらも望まねぇなら静かに朽ちてきゃいい。あっしも、かつては静かに朽ちていこうかと思ったんですがねぇ。人ってやつは腹が減っちまってそこに飯がありゃあ、食っちまう。そんで飯を食えば体力が出て来るし、贅沢なもんでもっとうまい飯ってのを食いたくなってくる。気づけばこうして小銭稼ぎなんてしている次第でさぁ。」
そう言って笑うおじさんの口から覗くのは所々が無くなった黄色い歯だが、そう悪くない笑顔だ。
アナベルお姉ちゃんがいなくなれば、少なくとも俺が今見ている光景は崩れてしまうのだろう。
その後もおじさんの身の上話などを聞きながら進んでいくと、ビルのような建物が見え始めた。
「あそこが、アナベラ様が普段いらっしゃる場所でして。いや、それにしても最近どうも物々しいんで、あっしはここまでということでよろしいでしょうか。」
「えぇ、ありがとうございました。」
俺はお金を払いまた出会った場所へと戻る彼を見送った後、建物ではなくその周囲を見る。
そこには何十人という男たちが屯しており、確かに物々しい。
「とはいえ、物々しさに実を伴っているかは話が別ですよね。ここは護衛役として一つ確認でもしましょうか。」
いや、決してあの中に近づいていくのが面倒なわけではなく、あくまで護衛役として警備具合を確認するという名目であることを忘れないで欲しい。
俺はマントを傷つけて風景と同化させると、それを身に纏う。
そして駆け出したところで、突如大声で叫ぶアナベルお姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「侵入者だよ!警戒しなお前たち!!」
上を見上げるとアナベルお姉ちゃんがベランダから姿を現しているのだが、まさかこの状態の俺にこの距離で気付いたのだろうか。
彼女が手に持っているコップを投げると、中身を撒き散らしながら狂いなく1秒前まで俺がいた場所へと衝突する。
警告に応じて屯していた男たちも反応するものの、俺の場所が分からないらしくコップが衝突したのを受けてその場所へと殺到していた。
既に気付かれているがやり始めたものは仕方がないため、彼らを素通りしてそのまま建物の壁を登り、アナベルお姉ちゃんがいる場所から中へと侵入する。
「ちっ。『灰蛇』の一員かい?聞いていたよりも大胆な行動を取るんだねぇ。」
「それが昨日言っていた組織の名前ですか?」
「・・・そうだよ。あんた、なんて入り方してんだいセイランス。」
声を聞いて正体がわかったらしく、正確に俺の首を狙っていた刃物は途中でその動きを止める。
マントを外して姿を現した俺を見ると、確信へと変わった彼女は呆れた顔をしているようだ。
「いえ、警備具合を確認しようかと思いまして。まさか外に屯している人達じゃなくて、アナベルお姉ちゃんが警告するとは思いませんでしたが。」
「私はそういう力に長けているからねぇ。全く、驚かせるんじゃないよ。けどまぁ、外にいるやつらが奇襲で役に立たないのは分かった。」
「姿は隠していましたが気配は消していなかったので、確かに少し頼りないかもしれませんね。見たところ普人ばかりでしたし、獣人の数を増やした方がいいですよ。」
センサーカメレオンが絶滅しているためこのマントも確かに珍しいが、所持している者も中にはいるだろう。
それに敵の拠点に真正面から乗り込んでくることなど滅多にないのだから、奇襲に対応出来ない時点で意味がない。
「それもそうだねぇ、手配しておくよ。」
「それともう一つ、先程中身が入ったままのコップを投げてきましたよね?」
「あぁ、まさか中身がもったいないとでも文句を言うつもりかい?」
冗談めかしてそう尋ねる彼女に、俺は告げた。
「いえ、あれ毒が入っていましたよ。」
「・・・なんだって?」
獣耳愛玩用護衛としてやって来たはずなのだが、どうやら想像以上にまともなお仕事もしなければならないらしい。