101.彼の知らぬ会話。(2)
貴門側にある高級住宅街の一室で、二人の男が密談をしていた。
既に深夜だというのに部屋を明るく照らしているのは魔道具であり、それだけでもこの家の持ち主が裕福であることが伺える。
深く沈み込むような柔らかなソファに座ってワインを飲んでいるのは、セザールという男だ。
肥えた腹が前に膨らみワインを飲む度に揺れている彼は、その顔に嫌な笑みを浮かべながら尋ねた。
「それで、アナベラを排除する手立ては順調なのだろうな?」
彼が問いかけた先にいるのは、妙に鋭い目が印象に残るやせ細った男だった。
その体格からすれば貧弱ささえ感じられるはずの彼はしかし、そうさせないだけの重く暗い雰囲気を纏っていた。
「・・・アナベラ?知るかそんなもの。俺はセイレンが築き上げたものを壊したいだけだ。」
「分かっておる。10年前にセイレンが助力しカルメラがスラムを纏め上げたのだ。そしてその後釜にアナベラが座っているのだから、あれを排除して儂が地位につけばセイレンの築いたものは壊れる。何度も言うが金ならいくらでも使っていい。だから頼むぞ?スルホ。」
「・・・。」
返事をしないスルホを見て、全く気味が悪いとセザールは内心で悪態をつく。
だが、これはようやく巡ってきた千載一遇のチャンスなのだ。
現在の王都の情勢の不安定さに加え、裏社会で名高かった組織『灰蛇』の王都流入、もはや女神が自分に微笑んでいるとさえ思えてくる。
こういった状況では、金が何よりも力を持つのだから。
「再度確認しておくが、アナベラは自身が相当な使い手だ。もともとセイレンの強さを見て、支配者には力が必要だと判断したカルメラが後釜に据えたくらいだからな。これまでにも何度か人を雇って襲わせたが全て返り討ちにあっておる。」
「三下共の成果などどうでもいい。それに、既に手は打ってある。」
「そう言うな。実際お前たちは、セイレンの排除に失敗しておる・・・!?」
セザールはそう指摘した瞬間、自分の首筋に鋭い痛みが走ったことに気付く。
そっと自分の首筋に手を当ててみると、その手には血がいくらか付着していた。
「次に同じ話題を出してみろ、例え依頼人だろうが殺す。」
「す、すまなかった。」
セザールはそう言うと、少し震える手でワインを全て飲み干した。
そしてグラスを慌てて置くと席から立ち上がる。
「そ、それでは儂は失礼させてもらおう。こちらは惜しみなく金を払っているのだからしっかりと頼むぞ!」
そう言うと、足をもつれさせながら部屋を出ていった。
そうして部屋に残ったスルホは、セザールが出ていったことになど何の関心も持たず、ただ忌まわしき記憶を思い出していた。
『まさか自分は安全圏にいるとでも思っていたのかな?まぁ確かに、卑怯な手を使ってくるだけあって保身には手が込んでいたかもしれないが、所詮は平和ボケした連中のお遊びだね。別に俺を狙ったのなら狙ったでいいさ。ただ、そうしたからには覚悟を持ってしかるべきというだけだ。』
一人で『灰蛇』の拠点に乗り込んできたセイレンは、そう言って組織を壊滅させた。
セイレンの前に立ちはだかったのは100人を超える構成員たち、それにも関わらず誰一人として彼を傷つけることさえ叶わなかった。
そう、スルホ自身もまた自分の力がまるで通用しなかったのだ。
「セイレン・・セイレン・・・セイレンっ!!!」
絶対の自信を持っていた拠点の隠蔽を苦もなく見破り、まるでつまらないものを見るかのような目で壊滅させ、そして地面を這いつくばって逃げる自分に気付いていながらも追ってさえこなかった。
「どこまでも舐めやがって・・・!俺が人生をかけて築き上げたものを壊したんだ。お前にも築いたものを壊される覚悟があるのかみてやろう。」
まずはセイレンが最初に功績を残したとされるこの王都だ。
お前がお遊びと称したやり方で、必ず後悔させてやる。
彼はそう誓いを立てて、暗闇へと消えていった。