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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
115/159

100.彼は受け取らない。

 さすがに成り行きとしては急だったため護衛は明日からで良いということになり、俺はベルナディータさんを神殿へと送り届けていた。


「それでセイランスさん、獣人界の孔明とは何だったのでしょうか。」

「探検者たちのアイドルと並ぶ俺の称号ですよ。」

「幻人という称号がちゃんと付いているのは忘れていないですよね?」


 そう言えばそういう称号もあったが、今ひとつ愛着が湧かない。

 それによくよく考えると、幻人として認識されていないのに幻人という名前が付けられている時点で少し間抜けさを感じるのだ。


 ダルク様の耳に入ったら笑われそうだから、ぜひデルムの街でひっそりとしていてほしい。


「欲しければあげますよ、ベルナディータさん。」

「私はルイエントで『導きの乙女』などと呼ばれていましたから、もう間に合っております。」


 どうやら彼女も既に称号を持っていたようだ。


 何故か俺を全然導いてくれないベルナディータさんと共にゼファシール教の神殿へと到着すると、何やら慌ただしい様子に気付く。

 無論神殿なのだから人が訪れること自体は不思議ではないのだが、どういうわけか馬車や荷車が大勢止まっているのだ。


 首を傾げながらさらに神殿へと近づいていくと、こちらに向けて声が響いてきた。


「あぁ、ようやく戻られたのですね!」


 その声の主に目を向けると、分殿長のクリフォードさんのようだ。

 困った様子でこちらに駆け寄ってくるため、俺はベルナディータさんから一歩下がって彼女に告げる。


「どうやらベルナディータさんに用があるみたいですね。」

「そうですか?クリフォード様の視線はセイランスさんに向いているように思いますよ。」


 彼女の言葉にもう一度クリフォードさんを見ると、確かに彼は俺を見ていた。

 何故ゼファシール教の分殿長が俺を待っていたのか全く理解出来ずにいると、彼は大声で尋ねてくる。


「性の垣根を超えようとした神官セイランスとはあなたのことでよろしいですか!?」


 次の瞬間、俺は何もないところで足を躓かせて転びそうになった。

 どうして彼から俺の黒歴史が飛び出してくるのかがまず分からないのだが、それよりも神殿の前で公表するのをやめてもらえないだろうか。


 周囲を見渡せば、変なものを見るような視線が俺へと集まっているのが分かる。


「先程から性の垣根を超えようと・・・」

「分かりました、分かりましたからその話は中でお願いします!!」


 俺は急いで彼の言葉に被せると、喋らないように一生懸命ジェスチャーを送りながら走っていった。

 後ろから聞こえてくる小さな笑い声は、間違いなくベルナディータさんのものだろう。


●●●●●


 ダルク様と別れて以来の冷や汗をかいた俺が神殿の中へと入ると、そこには職人のような者から商人らしき者、果ては執事らしき者まで一貫性のない者達が一箇所に集まって待機していた。

 いや、よく見ると彼らのほとんどは側に若い女性が付き添っている。


 彼女たちは俺を見た瞬間、口々に声を上げた。


「この人、この人よおじいちゃん!」

「彼が性の垣根を超えようとした神官様です。」

「騎士になんてお礼をしなくていいから彼にお願い!!」


 彼女たちの顔をよく見ると、見覚えがあることに気が付いた。


「もしかして、捕らわれていた方たちですか?」

「えぇ、そうよ。神官セイランス。」

「クレアさんじゃありませんか。それに、カルラさんも。」


 俺に返事をしたのは、青銅騎士達に分断されて別れを告げて以来のクレアさんだった。

 その隣には、バーナードを殴り飛ばしたカルラさんもいる。


 ちなみにカルラさんは、殴り飛ばした際にバーナードに顔を見られていないから知らぬ振りをしたようだ。


「元気そうで良かったです。どうしてここにいるんです?」

「あなたにちゃんとお礼をしたいっていう彼女たちのまとめ役みたいなものよ。さすがにあんな目に会った子達をギルドに向かわせるわけにはいかないから、神官を名乗っていたしこっちに連れてきたの。」


 確かに先程のギルドの様子を見るに、冒険者たちはあまり素行が良いとは言えなかった。

 理由は分かったのだが、俺にはもう一つ疑問がある。


「お礼なら、あの時言ってもらいましたよ。」

「あんなのお礼のうちに入らないわよ。」

「というよりも、家族が青銅騎士達に礼をしにいくなんて言い出すもんだから、皆慌てて礼はお前にって説得したんだよ。血の誓約で真実を口に出来ずとも、感謝する相手を選ぶのは私達の自由だ。」


 どうやら、彼女たちは改めて俺にお礼を言うために神殿まで訪ねてくれたようだ。

 顔を見るとまだ暗い表情をしている女性はもちろんいるが、とりあえずこうして外に出られるくらいには回復しているらしく一安心する。


「皆さん、わざわざ訪ねて頂いてありがとうございました。」


 俺はそう言って頭を下げたのだが、どういうわけか皆の視線はこちらに集まったまま動かない。

 もう少しちゃんとしたスピーチが必要だっただろうか。


「セイランスさん、普通お礼をしにいくといったら言葉だけではなく物も伴うものですよ。」

「物ですか?」


 ベルナディータさんの説明に俺が尋ね返すと、彼らの中から身なりの良い老人が前へと出てくる。


「青銅騎士様への礼は儂の気持ちとしてさせて頂くが、それとは別に孫がお前さんに礼をしたいというならばそれに応えんといかん。いや、助けていただいた青銅騎士様に礼をせず、お前さんに礼をしたいとは何とも不思議な話だ。よく分からんが、儂も礼を言っておこうかのう。お前さんの配慮に深く感謝しておる、ありがとう。」


 彼はそう言って頭を下げた後、横に置いてあった重そうな袋を指さした。

 両腕で抱えられそうな袋からは金色に光る硬貨が大量に顔を覗かせている。


「しがない商会の会長では名誉は与えてやれなくて済まんが、お金で良かったら受け取ってもらえんか。」


 彼がそう言ったのを皮切りに、礼と共に色んな人達が声をかけてくる。


「俺もよく分からないが本当にありがとう。馬車に最近流行の宝石をいくらか積んである。どうかもらってくれ。」

「娘にだけでも会わせて頂いてありがとうございます。王室にも献上しているお酒を持ってきたのでどうぞ納めて下さい。」

「お嬢様の帰還を旦那様は大変喜んでいらっしゃいます。ぜひ一度我が家にお越し頂きたく存じます。それと、こちらの金子をお受け取り下さい。」


 いや、お礼をしてくれるのは嬉しいのだが、なぜこうも内容がいちいち大げさなのだろうか。

 今朝焼いたパンをどうぞと言われるくらいならばともかく、これでは困ってしまう。


 俺が困惑していると、クレアさんが補足説明をしてくれる。


「セイランス、彼らは空間魔術師がいた分本来なら手を出せない自前の護衛を用意できるような人達も襲っていたのよ。それにそもそも、お金がなかったら金品の伴った礼なんてわざわざしに来ないわ。」

「いや、事情は分かりましたが本当にお礼を言ってくれるだけで十分ですから。」

「セイランスさん、今回あなたはそれだけのことをなさったんですよ。自分がした行いに相応しい物を受け取るというのもまた、大事なことです。」


 そうは言っても、盗賊達はアルセムの大魔窟の魔物と比べれば子供のようなものだったし、使った魔石は魂システムに由来しているから費用もさしてかかっていない。

 実質的に俺が頑張ったのは女装だが、さすがにそれに対する見返りとしては大き過ぎると思うのだ。


 女装すれば金品が大量に入ってくるのならば、今頃乙女の館の妖精さんたちは大金持ちだろう。


 かといってこのまま受け取らずにいられる雰囲気でもなかったため、さてどうしたものかと迷う。

 そして視線を漂わせながら考えていると、ふと少年神様の像へと目がいき、一つの作戦を思い浮かんだ。


 そう、そもそも俺は冒険者セイランスではなく、神官セイランスとして彼女たちを助けたのだ。


 俺は少年神様の方を向くと、腕をクロスさせながら口を開いた。


「そもそも俺は、今回神官と身分を偽っていました。ならば皆さんから頂けるものは、ゼファス神、ひいてはゼファシール教に納めるのが筋というものです。どうか身分を偽った俺にゼファス神から許しが頂けるよう、ゼファシール教に納めることを認めて頂けないでしょうか。」


 これならば彼らは俺にお礼をしたことになるし、俺は女装の対価としては過分なものを受け取らずに済むし、ゼファシール教は潤う。

 皆が納得出来る素晴らしい作戦ではないだろうか。


 そう思っていたのだが、その後に流れたのは沈黙だった。

 それからしばらくして、ベルナディータさんが溜息を吐くと発言する。


「本人がこう言っておりますので、それで納得して頂けないでしょうか。」

「・・・確かに本人がそう言うのならば仕方あるまい。儂はレイス商会のヨゼフだ。何かあったら頼ると良い。行こうか、カルロッタや。」


 それから一人、また一人と俺に身分を告げて彼らは去っていく。


 ようやく神殿が落ち着きを取り戻した頃、クレアさんが話しかけてきた。


「セイランス、あなたって馬鹿ね。あれだけあればしばらく遊んで暮らせたでしょうに。」

「馬鹿じゃありません、策士と言って下さい。」


 あれだけの金品を受け取ってしまうのは、そのまま平穏を求めてしまいそうで実は少しだけ怖かったのだ。

 俺はこちら側でまだまだ行きたい場所があり、したいことがあり、そして最後にはまたあのアルセムの大魔窟を乗り越えなければならない。

 

 彼らが俺に感謝してくれているというのはよく分かったが、今の俺には必要ないものだ。


 そう思っていると、思考を遮るようにクリフォードさんが盛大な握手をしてきた。


「神官ベルナディータへの助力と、この度のゼファシール教への多大なる援助、分殿長として必ず本神殿へとお伝えします。大丈夫です、本神殿は必ずあなたの厚い信仰心に応えるでしょう。」

「えっと、そうですね?」


 厚い信仰心どころかゼファシール教に入信した覚えもないのだが、本神殿は一体俺の何に応えるというのだろうか。


 何だかんだで100話となりました。更新の遅い本作品を読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。

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