side.新人受付嬢シーラ
皆さんこんにちは。
こちら冒険者ギルドグレラント王都支部、新人受付嬢のシーラです。
皆さんご存知かもしれませんが、ここグレラント王都支部は受付嬢の身から支部長の座へと昇りつめたあの『伝説の受付嬢』エステルさんが運営しています。
受付嬢はその多くが地位を確立した冒険者や依頼に来た富裕層と結婚をして職場を去っていくそうですが、私もやがては彼女のように出世を果たすことが出来ればと思っています。
さて、そういう目標を持つ私ですから、もちろんエステルさんのことは尊敬しており可能ならばお近づきになって、彼女が築き上げた受付嬢としてのテクニックなどを学ばせて頂きたい所存です。
ですが所詮は新人受付嬢、ギルド支部のトップと親しくさせて頂く機会になどそう恵まれるものではありません。
そんな中、先日開かれた受付嬢同士の飲み会に何とエステルさんが一緒に参加なさって、そこで先輩たちと冒険者の話題で盛り上がっているのを目撃しました。
確か、ギルドにやって来た変な冒険者、という話題だったと思います。
その時は全く会話に加われず悔しい思いをしましたが、何と本日、私のもとにもついに話題に出来るような変な冒険者が現れてくれたのです。
これで次にエステルさんがいらっしゃった時には親しく会話出来ること請け合いなのですが、今回は皆さんにもその話をお裾分けしましょう。
●●●●●
私が最初に彼を見たのは、依頼書を整理している時でした。
ふと入り口の方を見ると、お金に困った冒険者が扉の前で待機をしていたのです。
お世辞にも素行が良いとは言えない冒険者たちは多く、ギルドが仲裁を行うとそれだけで業務が滞るため、基本的には冒険者同士の争いには関与しません。
そのため、ギルド内にも関わらずああいった行動を取る冒険者が後を絶たないのですが、関与しないだけでしっかりと昇進の際の情報として記録されているのを知らないのでしょうか。
ちょうど私が依頼書の整理を終えようかという頃に、ギルドの扉が開くのが分かりました。
扉の前にいた男性は入ってきた人物を見てニヤリと笑うと、勢い良く前に飛び出します。
そして衝突すると尻もちをつき、手を抑えながら叫んでいました。
「いてぇ、いてぇよ。こりゃ骨が折れちまったかもしれねぇ!」
その程度で骨が折れるならば早急に冒険者を引退するべきだと思うのですが、彼は難癖を付けることに成功したようです。
哀れな被害者は誰なのかと目を向けると、そこにいたのはまだ若い獣人の少年でした。
私は不運な少年に同情しつつ成り行きを見守っていると、彼は何事かを呟いた後肩掛け鞄から金貨を取り出したのです。
「それは失礼致しました。こちら少ないですがどうぞ。」
「治療費を払えこのやろ・・・お、おう?悪いな。」
「いえいえ、気にしないでください。」
少年はそう言うと、開けたばかりの扉を潜り外へと去っていきました。
そのあまりにも潔い行動に仕掛けた男性はもとより、成り行きを見ていた者達は私を含めてしばらくポカンとしていたのですが、やがてギルド内は冒険者たちの爆笑の渦に包まれました。
「ぎゃははは!おい、バルト!!お前運が良かったじゃねぇか。いくら貰えたんだ?」
「・・・金貨2枚だ。」
「まじかよ!?おい、今日はバルトが酒を驕ってくれるらしいぞ!バルトと根性のねぇガキに乾杯だ!!」
その光景を軽蔑の眼差しで眺めながら、同時に私はあの少年にも溜息を吐きそうになります。
確かに悪いのは扉の前にいた男性なのですが、絡まれた瞬間一切の抵抗もせずにお金を差し出すというのはあまりにも情けないのではないでしょうか。
いくらギルドが冒険者たちの争いに不干渉とはいえ、さすがに少年が怪我をしそうになったら間に入るくらいのことはするのです。
恰好を見るに彼もまた冒険者だったのでしょうから、せめて言い返すくらいの根性は見せて欲しかったです。
●●●●●
それからお金に困っていた他の冒険者がギルドの周囲を確認しにいったようですが、どうやら既にあの少年はいないらしくカモを逃したような顔で戻ってきていました。
冒険者である以上はギルドに訪れないわけにはいかないと思うのですが、今後の彼が少し心配になりました。
そのようなことを考えていると、突如としてギルド内がざわつき始めます。
「ありゃあアナベラだぞ。」
「馬鹿野郎、目を合わすな!女の身なりをしてはいるが、絡んだやつが翌日大怪我を負って路上に放置されていたって話を聞いたことがある。」
「おい、それよりもアナベラの後ろにいるやつって、さっきのガキじゃないか?」
その会話に反応して階段付近を覗くと、確かに先程の少年がいました。
その状況を見て、先程まで彼を金づるとしか見ていなかった者達が、憐れみを含めながら視線を向けているのが分かります。
それはそうでしょう、彼にとっては柄の悪い冒険者にお金を差し出していた方がまだ良い事態になってしまったのですから。
外に出たはずの彼が一体どうしてここにいるのかは分かりませんが、スラムを支配する人物に目を付けられてしまったとあっては、もはやギルド職員に過ぎない私ではどうしようもありません。
私もまた同情を含む視線で彼を眺めていると、何故かこちらへと向かってきます。
もしかしたらギルドに助けを求めるつもりなのかもしれませんが、それは無理なのです。
「あの、すみません。依頼を・・・」
「申し訳ありません。私ではあなたをどうすることも・・・依頼ですか?」
「えぇ、何で謝られたのかよく分からないのですが、依頼です。こちらにいるベルナディータさんからの依頼完了とそちらにいるアナベラさんからの依頼を受けたいです。それと、こちらの街に新しくやって来たのでよろしくお願いします。」
そう言って、少年は頭を下げます。
どうにも様子を見るに、助けを求めに来たのではなく依頼の処理をしに来たようです。
私はしばらく呆然とした後、その意味に気付くと慌てて姿勢を正しました。
ここは受付窓口で彼は依頼の処理をしに来たのですから、疑問を棚においても仕事をしなければなりません。
「それでは、ギルドカードを預かってもよろしいでしょうか。依頼と活動拠点の移転処理を致します。」
私は彼から預かったギルドカードを確認すると、そこに記載されていた項目を見て思わず呟いてしまいました。
「デルムで登録・・しかもDランク・・・。」
「はい、デルムの街で活動していたセイランスです。好きなものは妖精族、嫌いなものはヒヒイロノカネです。3サイズも必要でしょうか。」
彼は何やらよく分からないことを言っていますが、私は先程の出来事と合わせて少し混乱をしていました。
登録試験のあるデルムの街で冒険者登録を行い、僅か14歳にしてDランクまで登りつめている。
それはいわゆる、エリートというものではないでしょうか。
言うまでもなく、先程彼に絡んでいた男性とは比べ物にならない程冒険者として優れているはずであり、それこそギルドカードを提示するだけで問題は解決できたはずです。
私は業務も忘れて、思わず尋ねていました。
「何故先程大人しくお金を渡したのですか?」
「先程?あぁ、入り口の時ですね。今はちょっと暴力路線から軌道修正を図っている最中なんです。」
「セイランスさんが申し訳ありません。どうぞその疑問は深く考えずに、彼の気まぐれ程度に解釈してください。」
何故か本人からは謎の答えが返ってきて、これまでの依頼主だったらしい神官の少女から補足説明が返ってきました。
ランクから考えればあり得ない行動だったため、彼女の言う通りに単なる気まぐれだったと解釈してデルムから王都までの護衛依頼の達成処理を行います。
ちなみに、危険な街の外での護衛依頼を銀貨1枚で受けているのも気まぐれだったのでしょうか。
そう尋ねたくなった気持ちを堪えて業務に集中し、今度は新しく受けたという依頼の処理をしようとします。
そして、今度は堪えきれずに再び口に出して彼に尋ねていました。
「暴力路線から軌道修正しているのに、また護衛依頼を受けるのですか・・・?」
「そこはやむを得ない事情というやつです。それに、必ずしも暴力だけが護衛に繋がるとは限りませんよ。久しぶりに獣人界の孔明として頑張ってみるのも悪くありません。」
「セイランスさんが申し訳ありません。今度は私にも理解できないのですが、依頼をしっかりとこなすつもり程度に解釈してください。」
またしても本人からは謎の答えが返ってきて、神官の少女からは困ったような補足説明が返ってきました。
さらにはその光景をスラムの支配者と顔に傷のある怖い男性が黙って眺めているのですから、そろそろ私の頭が理解を拒み始めます。
私自身のためにも早急に彼らの処理を済ませると、ギルドカードをセイランスさんへと返却しました。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。あ、それとよろしかったら皆さんでこちらを食べて下さい。」
彼はそう言うと、ディランド名物魔王クッキーと書かれた菓子折りを置いて受付を去っていきます。
私はその箱をしばらく眺めた後、とりあえず休憩所へと運ぶことにしたのでした。
セイランスの関係者一同「エリート・・・?」