95.彼は銀貨の重さに気付く。
青銅騎士団副団長のソラルは、その強面に似合わない落ち着かない様子で自室をウロウロと歩き回る。
そしてドアのノック音を聞くと、諦めたかのように静かに椅子へと座った。
「入れ。」
そうしてやって来たのは、同じ平民上がりの部下エーリクだった。
「ソラル副団長、黄金騎士団のアールノ・アルムガレンド様がお着きです。」
「・・・分かった。すぐに向かう。」
立場上仕方のないこととはいえ、平民上がりの自分に近衛騎士の相手は辛いとソラルは思う。
騎士になるためには中央学院の騎士課程を修める必要があり、その門戸自体は広くないものの平民にも開かれてはいる。
だが卒業後に平民が配属されるのは大概街の防衛を司る青銅騎士団であり、貴族は城内の防衛を司る白銀騎士団に配属されることが多い。
そして王を身近で護衛する近衛騎士の役割を持つのが黄金騎士団だ。
彼らは家柄だけでなくその実力も重視されており、騎士の中でも選りすぐりのエリートと言えた。
青銅騎士団の活動自体は、普段は各街にいる兵士達とそう変わらない。
成り行き上副団長の地位についてはいるソラルであるが、例え副団長であったとしても青銅騎士団と黄金騎士団では決して平等な立場にいないのだ。
ならばいっそへりくだってしまいたい所だが、今度は曲りなりにも副団長という立場がそれを許さない。
内心で早く片付けと思いながら歩く内に、ソラルはやがて応接用の部屋へと到着する。
「ご足労頂き申し訳ない、アールノ殿。この度は私の管理能力不足で貴家にご迷惑をおかけした。」
「気にすることはない。平民にそこまで求めはせぬさ。我が家への此度の損害は、白銀騎士団にも入れぬ愚か者を切り捨てられなかった父上の甘さによるものだ。」
そう冷たい顔でアールノは告げる。
彼はバーナードとは違い短髪に浅黒い肌をしており、確かに鍛えられた肉体が見て取れた。
白銀騎士団には貴族が配属されることが多いが、では全ての貴族がそうかと言われるとそれは違う。
なにせ王城というのは限られた空間であり、必然的に必要とされる人員は決まってくる。
そして白銀騎士団に入れなかった者達の配属先は当然青銅騎士団であった。
「あの愚か者は実力がない癖に野心だけは一人前にあった。おそらくはそこを二杖の光に利用されたのだろうよ。まぁ、もうすぐいなくなる者のことなどいい。今回私が訪れたのは此度の一件の落とし所について伝えるためだ。」
アールノは何でもないことのようにそう言うが、通常黄金騎士団に所属する者が伝令などするはずがない。
「青銅騎士団とはいえ曲りなりにも騎士が盗賊達と繋がっていたという事実は、王が病で臥せる今公にされることは好ましくない。私がそのように進言した所、団長はそれに賛同し総騎士団長へと伝えてくださった。」
「つまり・・・」
「青銅騎士バーナードは潜入捜査により盗賊達の拠点を突き止め命がけで騎士団へと情報を伝えるも殉職、青銅騎士団は情報を元に盗賊団を壊滅、被害者を保護した。これが今回の真実だ。」
確かに国として不安定なこの時期に、騎士の不祥事を公にするわけにはいかないだろう。
家名の失墜は免れ得ぬ今回の事態にも関わらず、何故こうもアールノが余裕の態度を取っているのかと思えばそういうことかと、ソラルは納得する。
無論ある程度の被害は覚悟しなければならないが、それは最小限に抑えられたといっていい。
いや、賞賛すべきは自分の家の不祥事にも関わらず、黄金騎士団団長へと進言してみせたことだろうか。
「そして伝令後は、徒に民に混乱をもたらさぬよう事態を収拾する監督の役目も仰せつかった。」
「承知した。我々青銅騎士団も民のために尽力しよう。」
ソラルはそう言いながら、酷い茶番だと内心で溜息を吐く。
要はアールノの思惑に乗ってやるから、責任を持って事態を収拾しろということなのだろう。
それと同時に、ソラルはどこかでほっとしている自分にも気付いていた。
今回の件が公になれば責任を大々的に追求されるのは副団長の立場にいる自分とて同様なのだ。
どうやら昔なりたくないと思っていた大人に、自分もなってしまっているらしい。
●●●●●
今回の件に関わっている者達のうち、盗賊は全て牢獄へと収容済みだ。
その特殊性を踏まえれば、おそらく近日中にも処刑が執行されることになる。
血の誓約を結ばされて盗賊行為に手を染めていた者達は事情が複雑だが、おそらくはその行為に応じて罪を受けることになるだろう。
街の外に出てしまえば自己責任というのが一般的な認識であり、どのような事情であれ旅人達を襲っていた事実は変わらない。
そして被害を受けた女性たちは治療の後解放されることになる。
「盗賊共は死人に口なし、男はいくらかの減刑を条件として口外しないように血の誓約を結ばせた。女の場合は救済名目の金で釣って結ばせる。これに関しては我がアルムガレンド家が負担する。」
「既にどちらも全員が血の誓約を済ませたことを確認済み。後は・・・」
彼らが話をしながら到着したのは、取調室と思われる部屋の前だった。
「ここが例の者達がいる場所か。」
「盗賊団の壊滅及び捕縛、青銅騎士バーナードの捕縛、被害者の救出を行った冒険者セイランスと神官ベルナディータ。アールノ殿、一つ尋ねるが・・・」
「心配無用だ。今回この様な処置を取ることが出来たのは、壊滅させたのが馬の骨だったからだ。不必要に恨みはせん。」
確かにアールノの言う通り、もしもこれが大規模な集団や名のある者達だったならば、こうはいかなかっただろう。
「一応こちらが得ている情報については伝えておく。神官の方は現在神殿に問い合わせ中だが、冒険者の方はギルドから返答が来ている。」
そう言ってソラルが情報記載された紙を渡すと、興味がないのかアールノはそれを眺めようともせず彼へと返すと、そのまま扉を開いた。
そしてしばらく沈黙した後、ソラルへと静かに尋ねる。
「青銅騎士団では取調室を宿か何かと勘違いしているのか?」
「一体何の話・・・何だこれは!?」
アールノの質問の意味が分からなかったソラルだが、部屋の中に入り視界に映った光景を見て声を荒らげる。
そこには、ベッドで寝そべるセイランスの姿と、柔らかそうな絨毯の上で座るベルナディータの姿があった。
セイランスは二人が入ってきたことに気付くと、軽い調子で告げる。
「あぁ、確かソラルさんでしたよね。少し過ごしにくかったので色々と整えさせてもらいました。後でちゃんと仕舞うので気にしないでください。」
「セイランスさん、申し訳ありませんがお茶のお代わりをよろしいでしょうか。」
「えぇ、いいですよ。」
いいわけがないだろう、喉まで出かかった言葉をソラルはかろうじて飲み込む。
彼らは今回の特殊性を踏まえ、門を通らず不法侵入したという名目で一時的にこちらで拘束をしておいたのだが、確か昨日の時点では何も持ち込んでいなかったはずだ。
「これはどういうことだ?どこから持ち込んだ!?」
「空間収納からですよ。まぁ、馬の骨なので細かいことは大目に見て下さい。」
そう言って、セイランスは微笑む。
明らかに扉の前での会話が聞こえていた様子だが、この部屋は外からも内からも声が漏れない防音措置が取られており、普通ならば扉に耳を当てていたとしても聞こえないはずだ。
「随分とふざけた冒険者のようだな。」
「愉快と言って下さい。えっと、あなたはどちら様でしょうか。」
「アールノ・アルムガレンドだ。愚か者が世話になったようだな。」
彼のその言葉を聞くと、セイランスは理解したのか手をポンと鳴らした。
「あぁ、昨日の騎士のご家族ですね。どういったご用件でしょうか。」
「・・・此度の一件、バーナード青銅騎士は潜入捜査により盗賊の拠点を突き止め命がけで騎士団へと情報を伝えるものの殉職、青銅騎士団は情報を元に盗賊団を壊滅、被害者を保護したこととなった。これが真実だ。」
「そうなんですね。それで俺の青銅騎士団叙任式はいつなんでしょうか。」
そう言ってセイランスは首を傾げる。
確かに彼が青銅騎士団の一員ならばそれはそれで一つの解決を迎えるが、生憎とただの冒険者が騎士課程も終えずに加入できるはずはない。
「なるほど、確かに愉快なやつだ。だが、結果までは愉快にならないがな。騎士団によって解決されたのだから、お前の功績はないし、報酬もない。ただし、受け入れれば我がアルムガレンド家に傷を付ける一因となったことには眼を瞑ってやろう。」
「本当ですか?ならそれでお願いします。火の粉が降ってくるならそれはそれで別にいいんですが、降らないならそれに越したこともないですから。」
「事件を解決したセイランスさんがそれでいいというならば、私も異存はありませんよ。」
その返事に、ソラルは内心で意外に思いながらも事態が無事収拾できそうで安堵する。
今回のセイランスの功績が認められればランクの更なる上昇や報酬等、得られるものはそれなりに大きい。
確かにアルムガレンド家の恨みを買わないというのは大きいが、もう少しゴネて更なる条件を引き出そうとしてもおかしくないと思っていたのだ。
だが、気を抜いたのがいけなかったのか、次の会話で緊張の糸が張り詰めることになる。
「では、血の誓約で今回の件について口外しないことを誓ってもらおうか。さすがに口約束で済むとは思っていまい。」
「え?嫌ですよ。」
アールノの要求に対して、セイランスはあっさりと拒否してみせる。
「・・・どういうつもりだ?」
「どうもこうも、血の誓約はお断りします。そもそも、普人の方々は安易に血の誓約を使い過ぎですよ。あれはヴァンパイア族の血を体内に取り入れることで発動させる魔法です。言い換えれば、体に自分とは異なる魔力が混ざり込むといってもいいでしょう。最悪拒絶反応を起こして死に至る魔法です。例として出したくありませんが、使い方としては二杖の光のように命を賭けて使うものです。」
他の属性は他人が使用する際に魔石を用いるが、血魔法だけはヴァンパイア族の血を媒介として魔法を発動させる。
血の誓約は体内に媒介となる血を取り込むことにより半永久的な効果の持続を可能としているが、その反面で体内に血属性を取り込むともいえるため、体質や過剰な摂取によっては命に関わるものだ。
一方で、今セイランスが言ったことはあくまで可能性の話でしかなく、口約束で済ませられないものに血の誓約を使用するのはおかしなことではない。
つまり、アールノにとって彼の言い分はただの言い訳にしか聞こえないということだった。
「血の誓約がこの件を済ませる条件だ。受け入れろ。」
「お断りします。」
「断るというならば、情報を漏らす可能性がある以上騎士団としてもアルムガレンド家としてもお前を野放しには出来ない。せっかく穏便に済ませられる方法なのだぞ?棒に振るう気か。」
「あぁ、やはりご家族ですね。昨日も言いましたが、血の誓約をしなければならない時点で穏便も何もありませんよ。」
セイランスの言葉に、アールノは溜息を吐いた後静かに告げる。
「これが最後だ。血の誓約を行え。」
「お断りします。そして俺に口外する気もありません。これで話は終わりならそろそろ失礼しますね。王都の景色も早くみたいですし。」
「出られると思っているのか?」
アールノのその言葉に追従するように、ソラルは厳戒態勢を告げる魔道具へと手を伸ばした。
「それが騎士団の下した決定ならば青銅騎士団の副団長としては俺も従う義務がある。」
「あぁ、仕方がありませんね。しばらく王都で過ごしたかったのですが早急に出るとしましょう。」
「だから、生きて出られると思っているのか?」
『コンコン』
後数秒後には弾けていただろう重い空気を先に破ったのは、扉をノックする音だった。
その音と共に一旦セイランスは机の上のお茶へと手を伸ばし、ソラルは逆に魔道具から手を話す。
そしてアールノは苛立ちを含ませながら声を発した。
「取り込み中だ。下らない用ならば覚悟は出来ているだろうな。」
「はっ!神殿からの返答が来たため、至急伝令に参りました。」
そう言って入ってきた男は、どこか慌てた様子でこう告げた。
「ゼファシール教神殿グレラント分殿長から神官ベルナディータ・ノルマリアンの身柄拘束について厳重な抗議と、即時解放を求められています。応じない場合はゼファシール教神殿本神殿長からグレラント王国に対して抗議が来るだろうと。」
ゼファシール教神殿は各地に立てられており、グレラント分殿というのは王都に存在する神殿だ。
今回ベルナディータについて問い合わせを行ったのもグレラント分殿に対してであり、そこの分殿長から抗議が来たことになる。
そして本神殿というのは、言うまでもなくゼファシール教の総本山だ。
かつてゼファス教が一因となって大戦が引き起こされたように、国家レベルで見ても宗教とは決して無視できるものではなく、本神殿長ともなれば確かに国家に対して抗議できるだけの権限も持ち合わせている。
問題は何故ベルナディータが拘束されているというだけでそのような話に発展するかなのだが、それについてもセイランス以外の者達は既に理解できていた。
全員の視線が集まる中、ベルナディータは立ち上がると頭を丁寧に下げた。
「そういえば、正式な自己紹介をしたことはセイランスさんにもなかったでしょうか。私はゼファシール教の神官、ベルナディータ・ノルマリアンと申します。また、祖父はゼファシール教の本神殿長を務めておりますサムエル・ノルマリアンと申します。」
そう、孫娘が身柄を拘束されていると知ればサムエルが動こうとするのは当然だ。
ベルナディータは頭を上げると、アーノルとソラルを見て首を傾げる。
「さて、それはそうと、私は今騎士団が己の都合のために血の誓約を強要する、珍しい場面を目撃しているように思うのですが気の所為でしょうか。」
「・・・何が言いたいのだ。」
彼女はその問いかけに対して、腕をクロスさせながら話を続ける。
「ご存知かと思いますが、私達は見聞の勤めによって得たものを神へとお伝えすると同時に、その中でも特に珍しい物事は神殿にも納める習わしです。祖父もきっと、孫娘の私が元気な姿で帰還し、旅の中で得た珍しい物事を本神殿に納める日を楽しみにしていることでしょう。もう一度伺います。私は今珍しい場面を目撃しているのでしょうか?」
「・・・やむを得まい、今回は引こう。だが、他の者たちは皆既に誓約済みだ。今回の件、漏らすようなことがあればその時はどうなるか分かっているな?」
「さっきも言ったとおり、筋書きには納得していますよ。別にそこまでお金に困っているわけでもなければ、手柄がほしいわけでもありません。」
セイランスがそう告げるとしばしの沈黙が流れた後、アーノルは部屋を退出し、それに続くようにソラルが退出する。
その場に残った二人のうち、ベルナディータがセイランスへと話かけた。
「私は未だ見聞の勤めを果たす身、祖父の名を出すのは好ましいことではありません。これは貸しにしておきましょう。」
「いや、俺結構ベルナディータさんのために頑張ったんですけどね。」
「何を言っているのですか。それについてはセイランスさんを護衛として雇ったのですから当然です。」
それを聞くと、セイランスはお茶を啜りながら呟いた。
「あぁ、銀貨1枚って重いんですね。」
セイランスは銀貨1枚でベルナディータの護衛として雇われています。