93.彼は救出する。
俺の鼻は、地下へと続く階段から漂う臭いを感じ取っていた。
とりあえずは背後からやって来るベルナディータさんの方を振り返ると、軽く話しかける。
「お疲れ様でした。敵が襲い掛かってきたのに微動だにしなかったのはさすがですね。」
「いえいえ、セイランスさんの方こそお見事でした。さすがは『幻人』の二つ名を持つだけのことはあります。まさに肉体のみで生物を圧倒する幻の人族の様でした。」
何故かお互いに賞賛し合った後、俺は本題の方へと移った。
「ただ、問題なのはこちらの方です。おそらく地下に捕らわれている人達がいます。」
「でしたらすぐに救出に向かいませんと・・・」
「そうなんですが、俺の予想通りなら事はそう単純じゃありません。」
そう、世の中にはシンプルに解決できない事もあるのだ。
俺はなんとか解決策を見出そうとその場でしばらくの時間考え、そして一つの結論に至ると黙ってこちらを見守っていたベルナディータさんに要求した。
「ベルナディータさん、一つお願いがあります。」
「何でしょうか。私に出来ることならば協力致しますよ。」
「ありがとうございます。では、ベルナディータさんの服を着させてもらえないでしょうか。」
次の瞬間に彼女が浮かべた顔を、俺はしばらく忘れることがないだろう。
繊細な男心では全てを詳細に表現する事に耐えられないが、汚物を見るような目をしていたとだけ言っておきたい。
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「あぁ、神よ。どうか全ての者に等しく慈愛をお与え下さい。例えどのような趣味嗜好があろうとも、全ての者はあなた様の愛しき子なのです。」
予備の服を渡してくれた後、いつも以上に熱心に神へと祈り続けるベルナディータさんに俺は話かける。
「さて、準備も終わったので行きましょうか・・・あの、本当にそろそろ行きたいので祈るのを止めて下さい。」
「えぇ、分かっております。大丈夫ですよ。神はあなたを見捨てません。」
「いや、その返答は絶対に何も分かっていませんからね?」
彼女が何故こうも熱心に祈りを捧げ始めたのか心当たりがあり過ぎて強くは言えないのだが、こちらは至って真面目なのだ。
「そんなことよりもこちらを見て確認して下さい。ちゃんと神官の格好ですよね?」
「・・・えぇ、大丈夫ですよ。どこからどう見ても女装した神官の格好をしています。」
「なら良かったです。乙女の館にいる間に化粧の仕方を学んでおいて正解でしたね。」
俺がそう言うと、またも彼女は祈り出した。
護衛に雇った者が突然自分の服を着たいと言い出して化粧し始めた事態には、さすがの彼女も平静を保てなかったらしい。
「あぁ、もう。とにかくいきますよ。」
祈る彼女に何とか言い聞かせて、俺たちは地下へと続く階段を降りていく。
地下は薄暗く、一定間隔で置いてある松明の光だけがその空間を照らし出していた。
臭いを辿っていくと、途中で地下牢に閉じ込められている女性を一人発見した。
「あれはクレアさんじゃありませんか。変な縁もあるものですね。」
どうやら彼女は被害を受けていないらしく、目立った外傷は見当たらない。
俺はその事実に少し安堵した後、鉄格子越しに彼女へと話かけた。
「クレアさん、大丈夫ですか?先日一緒に依頼を受けたセイランスです。助けに来ました。」
「セイランス!?助けに来たってどうやって・・・」
俺の言葉を聞き彼女は驚きの声を上げながら振り向いたが、俺の姿を視界に納めた瞬間絶句する。
助けが来たのだから、もう少し喜んでもいいのではないだろうか。
「あなた一体どんな目に遭ったっていうの!?」
何故か地下牢に入っている側の人間に心配されるという不思議な経験をしながらも、俺は鉄格子の間に手を入れそのまま人が通れる大きさまで捻じ曲げた。
「鉄格子を素手で破壊するって・・・あぁ、もう。突っ込みどころが多すぎるのよ。」
「捕まっていた割には元気そうで何よりです。それにちょうどいいですね、それだけ元気なら一緒に来てもらってもいいでしょうか。女性は一人でも多いほうが安心するでしょうから。」
未だ小さく祈り続けるベルナディータさんと事態が飲み込めていないクレアさんを連れて最終的に辿り着いたのは、やはり一つの地下牢の前だった。
「なんて酷いことを・・・」
「・・・私もこうなるところだったってことなのね。あいつら、一人残らず始末してやりたいわ。」
中の光景を目にした二人は、思わずそのように呟く。
そこにいたのはクレアさんと同様に、捕まった女性たちだった。
ただし彼女のように無傷ではなく、明らかに殴られたような痣があちこちに見て取れ、虚ろな目をしている者やすすり泣く者もいる。
格好もほとんど全裸に近い。
「あぁ、予想はしていましたが、実際に見るのはしんどいですね。」
俺は深呼吸を一つして気持ちを切り替えると、先程とは違って鉄格子の鍵穴だけを静かに壊した。
中に誰かが入ってきたのを理解すると、女性たちはこちらへと視線を向ける。
「あぁ、神よ。愚か者には罰を、罪なき者には救いを。」
俺はベルナディータさんが普段している祈りを真似て両腕を胸の前でクロスさせた。
中に入ってきたのが盗賊ではない事に気付くと、気の強そうな目をした女性が問いかけてきた。
「・・・あんた達は誰?」
「見聞の勤めを果たしているゼファシール教の神官です。私は神官セイランス、隣にいるのが神官ベルナディータ。そしてこちらが私達の護衛を務めてくださっている冒険者クレア様です。」
俺がそう告げるとベルナディータさんは小さく、そういうことですか、と呟いた後にさらに言葉を続けた。
「私達も盗賊達に捕らわれそうになったのですが、生憎と神官セイランスはかつて冒険者をしていた身です。性の垣根に疑問を抱きやがて神の教えに目覚めましたが、その腕は衰えていません。クレア様の助力もあって彼らを返り討ちにし、こうしてここにいるのです。これもきっと、神のお導きでしょう。」
「そういうことね。あなた達、もう大丈夫よ。怪我をしている者は神官セイランスの治療を受けたほうがいいわ。彼、性の垣根を超えることに邁進するあまり治療方面にとても詳しくなったそうだから。」
そう言って援護してくれるのだが、どこか複雑な気持ちになるのは気のせいだろうか。
「無論、盗賊達の所業を思えば性の垣根を超えられなかった私に怯える方もいることでしょう。無理にとは言いませんが、出来ることならばどうか私が垣根を越えようとして得たものを、罪なき者の救いに役立たせてほしいのです。」
そう言いながら再び腕をクロスさせると、女性たちの間に困惑が広がる。
彼女たちの判断をそのまま静かに待っていると、先程の女性が口を開いた。
「あんた達の言い分は分かった。嫌がるやつには無理に治療をしないってことでいいんだね?」
「勿論です。皆様の意志を尊重することを神に誓いましょう。」
「なら最初に私を治療してもらおうか。」
彼女はそう言うと、裸体にも関わらず俺の前へとその姿を現した。
どうやら激しく抵抗したらしく体のあちこちに痣があり、腕に至っては大きく腫れ上がっていた。
「神よ、この者に慈愛をお与えくださいませ。」
まずは空間収納から体を隠せそうな服や毛布を取り出し、一枚を女性へとかぶせた後残りを他の者達へ配るよう二人に目配せする。
「失礼致します。腕の方は骨にヒビが入っているようですね。体の痣に重篤なものは無さそうですが、痛みますでしょう。『聖精よ、かの者に神の慈愛をお与え下さい 痛みには安らぎを あるべきものをあるべき姿に かの者の気高き有り様に相応しき癒しをお与え下さい』」
意識して普段とは違う詠唱を行いながら、治癒魔法を発動する。
女性の体にあった痣は消え、腕の腫れが引いていくのを見ると他の者達からざわめきが聞こえるのが分かった。
治療を終えると、彼女の顔から険しさが少し消えたように感じる。
「・・・どこも痛くない。あんた達、どうやらこの神官の腕は確かな様だよ。あいつらから受けた傷をいつまでも残しておきたいかい?」
その言葉に、いくらかの女性たちが反応する。
「あの・・・私も治療してもらっていいですか?体の傷を見ると今にもあいつらを思い出しそうで・・・」
「えぇ、勿論です。ゼファス神の愛は遍く者に注がれているのですから。」
そう言って腕をクロスさせた後、治療を望む者の元へと向かう。
未だ拒絶の意志を示している者や反応がない者もいるが、とりあえずはどうにかなったようだ。
明後日の方向ですが彼なりに頑張りました。