92.彼はお邪魔する。
ゲートが開いたのを見て、バイロンは覚悟を決める。
所詮自分は冒険者、真っ当な人生からの転落など珍しいことではない。
冒険者はデルム等の特別な街を除けばほぼ無条件でなれる職業だが、一方でその数は増え続けることなく横ばい状態にある。
それはつまり、冒険者になる者と同じくらい冒険者では無くなる者がいるということだ。
昨日までいつもの日常を送っていた者が翌日には地獄の日々へと落ちる、昨日まで共に酒を飲んでいた者が翌日には死ぬ、それが冒険者だ。
自分はそのような事になるまいとデルムの街で冒険者となったのだが、結局そうなってしまったらしい。
近くにいる死んだ目をした者達を見て自分もやがてはこうなるのだろうと、どこか他人事のように感じながら彼は皆と同じ様にゲートへと歩を進め始めた。
「おい、どうなっている!?クライドさんが入った瞬間ゲートが閉じたぞ!」
だが、その言葉と共に彼の足は止まることとなった。
何事かと彼が周囲を見渡せば、確かに現れたゲートは消えておりクライドという盗賊団のリーダーだけがいなくなっている。
「空間魔術師、お前どういうつもりだ!?」
「待て、俺の意志じゃない。誰か知らないが魔法を打ち消したようだ。面倒な事態になった。」
「当然だ!早くクライドさんの元に駆けつけるぞ!さっさともう一度ゲートを開け!!」
そう怒鳴る盗賊達に対して、空間魔術師は首を横に振る。
「違う。問題はそっちじゃない。俺の空間魔法が打ち消されたということは、俺よりも高位の空間魔術師がいたということだ。そして空間魔術師は国に所属している。」
「まさかあの二人は囮だったってことなのか!?」
空間魔術師の言いたいことにようやく気づいた盗賊達は動揺の声を上げる。
魔法を打ち消すという行為は、両者に相応の実力差があって成立するものだ。
つまりゲートが打ち消された以上相手は高位の空間魔術師であり、それほどの空間魔術師が囮になっているということはこの盗賊団が国に目を付けられていることに他ならない。
「・・・派手に動きすぎたか。俺はこれからバーナード様にこの事態を伝えにいく。」
「待て!クライドさんは・・・」
「もうそんなことを言っている状況じゃないのは分かっているだろう。お前達とこれ以上話をしている時間も惜しい。」
空間魔術師はそう言うと、まだ何か口々に叫ぶ盗賊達を無視して新たなゲートを潜っていった。
「もしかしてどうにかなるのか?」
空間魔術師と盗賊達とのやり取りを聞き、バイロンの心に僅かな希望の光が灯る。
辺りをざわめきが支配する中、突如として閉じたはずのゲートが再び開いた。
すると中からは、一人の獣人少年と女性神官が姿を現すのだった。
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「お邪魔します。こちら盗賊団のお宅でよろしいでしょうか。只今被害者無料救出サービスを行っております。お手数ですが盗賊の皆さんには順番に並んで捕まって頂けると幸いです。」
少年は姿を現した後そう言って頭を下げた。
まるで訪問販売を行っているかのような行動にその場にいる者達はしばらく思考が追いつかなかったが、やがて声を荒らげる。
「なんだお前は!?囮がなぜそのまま乗り込んできやがるんだ!」
「おとりですか?何の話かよくわからないのですが、多分勘違いをしていると思いますよ。あぁ、それよりもまずはベルナディータさんの安全を確保しないといけませんね。」
獣人少年は盗賊達とまともに会話する気がないのか、手を一つ叩くと腰にある魔石を取り出し女性の方を向いた。
「空精よ、かの者を万象から拒絶せよ ここはこの世にありてこの世にあらず 只全ては過ぎ去るのみ」
少年がそう唱えた後に魔石を女性の足元へと放ると、彼女の周囲を覆うように空間が歪んだ。
「セイランスさん、これは?」
「結界のようなものですよ。とりあえずそこにいれば安全だと思います。」
彼らがそのような会話をする一方で、盗賊達の中には波紋が広がっていた。
「どういうことだ。空間魔術師はあの神官の方じゃないのか?」
「知らん。だがあの獣人は魔石を使っていたぞ。ということは、国が関与はしていないんじゃないのか。」
「ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇよ。要はあいつら捕まえて吐かせりゃいいだけだ。」
国の関与の可能性が低いと分かった途端、盗賊達はもっともシンプルな方法に辿り着く。
盗賊達はもともと彼らを襲うつもりだったのだ。
そう考えれば、獲物の方からわざわざやって来たと捉えることもできる。
「せっかく俺たちが勘違いしていたんだ。そのまま逃げりゃあ良かったのにな。」
「やっぱり並んではもらえないんですね。まぁ、俺が同じ立場でも素直には並ばないでしょうから仕方がありません。」
そう言って盗賊達の方を向く少年を見て、バイロンはこの異様な事態に汗を流していた。
盗賊達は頭から離れているようだが、少年達は少なくともクライドを倒しているのだ。
それに、いくら魔石があるとはいえ本職の空間魔術師の空間魔法を打ち消し、さらにはこの場所へとたどり着いた事実は何も変わらない。
何よりも異様なのは、盗賊の本拠地に乗り込み数十人の武装した男たちに囲まれているにも関わらず、まるで散歩しているかのように穏やかな言動をしていることだ。
「中には血の誓約で縛られている人達もいるんですよね。申し訳ありませんが、区別なしにやらせてもらいます。骨の一本や二本は折れるかもしれませんが、男なら我慢してください。」
そう言うや否や、少年の姿がブレる。
そして次の瞬間には、5m程離れていたはずの男の側に移動していた。
「っ!?」
男は少年の姿を捉えるが、体を動かすよりも早く少年の拳が男の胴体を捉える。
その一撃は何気ないものだったにも関わらず、拳を受けた男は悶絶しながら気を失った。
その光景を見て自分達の拠点へと乗り込んできた少年が只者ではないと気付いたのか、少年に向けていくつもの魔法が放たれる。
「ごめんなさい。中途半端な魔法攻撃はあまり意味がないです。」
少年は飛んでくる魔法を避けようともせずそう言うと、そのまま火球や土矢をその身に受ける。
魔法が直撃した様子を見て笑みを浮かべる盗賊達だったが、しばらくして無傷の少年が姿を現すとその笑みを凍らせた。
「一体どうなっている!何かのスキルか!?もういい、直接やっちまえ!」
誰かの声が辺りに響くと、少年に向けて周りの男達が一斉に襲いかかった。
いくつもの剣が、槍が、斧が、その体に振り下ろされる。
『ガキンッ』
だが、その結果聞こえてきたのは少年の叫び声でも骨を断つ音でもなく、堅い何かにぶつかったような音だった。
「ごめんなさい。物理攻撃はもっと意味がないです。」
少年は刃物を身に受けながら申し訳なさそうにそう言うと、その中の一つを手で掴みそのまま握りつぶした。
その光景に戦闘中にも関わらず沈黙が漂うが、一人の男が声を荒げた。
「だったらこうすりゃいいだけだ!」
彼はそう叫びながら女性神官の元へと走り出す。
どうやら、彼女を人質にするつもりのようだ。
だが、彼が彼女の元へとたどり着き手を伸ばすと、その手は途中で消えて彼女の背中側へと現れた。
「は?」
「ごめんなさい。空間魔法の結界だから、そもそも触れることさえ出来ないです。」
「じゃあ、どうすりゃ良いってんだ・・・」
魔法攻撃は効かず、物理攻撃も効かず、人質を取る事も出来ない、そんな相手をどうすればいいのだと、誰もが思う。
それに対する答えを告げたのは狙われているはずの本人だった。
「強い攻撃魔法なら通用するから大丈夫ですよ。なんでしたら少し詠唱するのを待ちましょうか?」
その発言に男たちはプライドを刺激されるが、そもそも優れた魔法を使えるならば盗賊などに身をやつしているはずもなく、また盗賊などに捕まるはずもなかった。
こうして、この場にいる男たちの命運は決定付けられる。
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「盗賊の相手は別にいいんですが、問題はこっちですよね。どうしましょうか。」
自分以外に動く者がいなくなった後、少年はそう呟く。
戦いの最中とは打って変わり困った顔をした彼は、地下に続く階段へと視線を向けていた。