side.クレア
「ゴブリンが出たぞ!」
「あぁ、もうまたなの?」
私はその声に思わず愚痴を呟いた。
ゴブリンというのは、小動物から生まれた魔物のうち2足歩行を行う存在の総称だ。
その性質上ランク自体は大人であれば倒せるというFだが、逆を言えば大人でなければ倒せないとも言えるし、何より小動物から生まれるだけあって数が多い。
私が視線を向けた先にも20に近いゴブリン達がいた。
「クレアはブルーノさんを守ってくれ。俺たちが前に出る。」
「分かったわ。」
今回護衛として雇われたのはソロの私と、パーティーを組んでいるバイロン達だ。
依頼主であるブルーノを放置しておくわけにはいかないから、普段連携を取りなれていない者がその役割を担うのは妥当だろう。
私はブルーノが様子を伺おうと顔を出している馬車へと近づいていく。
「ちっ。またゴブリン共か。」
「すぐに対処するわ。今はそういう時期なのかもしれないわね。」
「そんなことはどうでもいい、それよりもさっさと片付けろ。これでは今日の休憩地まで辿り着けんぞ。」
だからすぐに対処するといっているでしょうが、喉まで出かかった言葉を引っ込める。
これでも一応依頼主なのだから最低限の礼儀は持たねばならない。
視線を先へと向けると、バイロン達はゴブリン達との戦闘を開始していた。
いくら相手がゴブリンとはいえ20対4ではどうしたところで時間がかかるだろう。
無論魔法を使えば戦闘時間は短縮できるが、魔力とは言うまでもなく有限だ。
戦闘で発揮する力が大きいからこそ魔法は切札のような扱いであり、可能な限り武器で戦うというのが基本になる。
ゴブリンがバイロン達を抜けてこちらにやって来た時のことを警戒して腰の鞭へと手を添えていると、ふとお尻を撫でる気持ち悪い感触が襲った。
「ちょっと!ふざけるんじゃないわよ!!」
「依頼主を安心させるのも護衛の役目だろ。突っ立っているだけなのだから尻くらい撫でさせろ。」
全く嫌な依頼主に当たったものだが、護衛依頼を出す商人の時点でこういった者の割合は低くないと聞く。
言うまでもなく商売において安定というのは重要な要素なのだから、大手の商人ならばまず間違いなく自前の護衛というものを持っている。
つまり冒険者に依頼する商人というのは、自前の護衛を持てないような者達だ。
低ランク冒険者に柄の悪い者が多いように、商人としてランクの下がる彼らもこういった手合の者が少なからずいる。
私はこちらへと近づいてくるゴブリンを視界に収めると、苛立ちをぶつけるように握った鞭を振るった。
───パァン!!
サンドスネークの尾で作られた刃が連なる鞭は、しなりと共にその鋭さをゴブリンへと叩きつけて体を切り裂き粉砕する。
「ひっ。」
ブルーノからそう声が漏れたのを聞き取ると、私は彼をちらりと見て告げた。
「冒険者の女って気性が荒いのよ?気をつけなさい。」
「何を生意気な!?」
彼はまだ何事かを言っているが、もうこれ以上相手をするつもりはない。
馬車からいくらか距離を取り、ゴブリンがやって来れば対処できる位置ながらも会話するには遠い位置へと移った。
既にゴブリン達の数は片手で数えられるまでに減っており、時期に片がつくだろう。
一応警戒を続けながらもそう判断をしていたのだが、最後のゴブリンをバイロンが切り捨てた瞬間に突如として周囲から男たちが姿を現す。
「あんた達一体何なの!?」
少し古びてはいるものの男たちは明らかに武装をしており、突然ここに現れたこととあいまって私は強い警戒心を抱く。
「おう、今回は女もいるのか。こりゃいいな。」
私の問いには答えず、右目に眼帯を付けた男はニヤついた笑みを浮かべながらそう呟いた。
その間にも男たちの数はどんどんと増していき、現れなくなった頃には30を越えていた。
「もうどういうことか気付いているよなぁ?どうする、抵抗してみるか?」
男の問いに視線をブルーノへと向けると彼は先程までの威勢がどこへやら馬車の片隅で震えており、バイロン達を見れば剣を構え反抗の姿勢はとっているものの覇気は感じられない。
直前までゴブリン達の相手をしていたのだから疲弊していて当然だ。
「随分と都合のいい時に現れたものじゃない。」
「ハッ。手際のよさに惚れちまったっていうんなら後で存分に奉仕させてやるよ。もっとも、惚れていようがいまいが関係ねぇんだけどな。」
あぁ、これならばブルーノに尻を撫でられていた方がまだマシと思える事態になりそうだ。
ゴブリンとの戦闘後という状況で、5倍以上人数差のある相手に勝機を見出すのは困難だ。
いっそこの場で戦うことも選択肢ではあるが、自暴自棄こそ避けるべきだろう。
私は鞭から手を放し、バイロン達も勝機がないことは分かっているのかそれぞれ武器を手放した。
「お前らが抵抗を選択せずに何よりだ。この前抵抗したやつら、ありゃ悲惨だった。話を聞きたいか?剣の一刺しで死ねりゃ幸せ、最後まで生き残ったやつなんざ気の荒いやつらがまだ痛めつけ足りねぇと散々いたぶってな、しまいにゃ殺してくれと懇願しやがる。」
「もう良いわ。そんな話聞かせてくれなくて結構よ。」
「そうか?こういった話は他にもあるんだが、また後でゆっくりと聞かせてやる。」
眼帯の男は黄色い歯を見せながらそう言うと、フードを深く被り様子を覗うこともできない者へと視線を向ける。
「スペースゲート」
彼が唱えたものは私が予感していた通り空間魔法だった。
彼らは突如としてこの場所に現れたのだからそれを使える者がいるのは確実だったのだが、そもそもそれ自体がおかしいのだ。
本来であればこうして集団移動を行えるレベルの空間魔術師は全て国の管理下にいるはずなのだから。
デルムの街にいた者もそうだが、各街にいる空間魔術師は国から派遣される形で赴任している。
それは空間魔法のもたらすものが国家レベルで有益なものであると共に、こうした犯罪に利用されることを防ぐためでもある。
「何故こんなところに空間魔術師がいるのかしら?」
私の問いに答えが返ってくることはなかった。
クレアは59話と82話で登場した女性です