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異世界で生きよう。  作者: 579
1.彼はこうして異世界に至る。
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1.彼は菓子折りがほしい。

―ここは?


 静寂の中で目覚めると目が痛くなるような真っ白な空間にいた。


 下へと視線を向ければ一応足が付いているため地面のようなものは存在しているのだろうが、こうも分かりにくいとユニバーサルデザインとしては不適切だ。

 難しいことを語って格好つけたいお年頃の高校生としてはそのようなことを考えながら、一体何故こんなところに居るのか思い出そうとする。


 そう、確か学校が終わって自宅へと帰る途中に小さな女の子が横断歩道を渡っている場面を目撃したのだ。


 だけどそこにトラックがやってきて正義感の強かった俺はとっさに・・・いや、嘘だ。

 楽しみにしているアニメの時間に間に合わせようと、横断歩道の信号が赤にも関わらず無理に突っ込んだのだ。


 きっと死んで記憶が混乱しているのだろうが、死んだ側から嘘を付くとは閻魔大王様への印象が最悪だ。

 ここに菓子折りは売っていないものだろうか。


 そうして改めて辺りをよく見渡してみれば真っ白な空間の一角で人が並んでいることに気が付いたが、これは一体何の列だろうか。


「はいはい、そこのあなた。ちゃんと列に並んでくださいね。」


 俺が困惑していると、背中から白い羽の生えた女性が話しかけてきた。


 死んだ後に現れる白い羽の生えた存在などただ一つしか思い当たらないのだが、俺はそれ以上にこの場所が気になって彼女へと問いかける。


「あの、ここは一体どこでしょうか。」

「どこでしょうね。抽選会場みたいなものでしょうか。」

「抽選会場ですか?」


 もしも抽選会場に隠された意味がないのならば、一体どうして死後の世界に抽選会場があるのだろうか。


 確か死んだ後は閻魔大王様の裁きによって天国行きか地獄行きかを決めたと思うし、抽選会場を隠語として使用するのはセンスを疑わざるを得ない。

 閻魔大王様が職務放棄をして抽選に身を委ねるシステムに変わった可能性も考慮していると、彼女は俺にこう告げた。


「この抽選会場は、神様の慈悲により開かれているものです。昨今、生前に悪行を働く方が増えました。あまりにも地獄に行く方が多くて見ていられないということで、運の良い方には閻魔様大好物のつぶあん饅頭を差し上げることになったのです。」


 随分と回りくどい慈悲だが、つまりそれは閻魔大王様への菓子折りが手に入るということでいいのだろうか。


 地獄の沙汰も金次第とは言うが、よもや金をもって来ていない者達のために菓子折りを手に入れるチャンスがあるとは思わなかった。

 あるいは俺のようにうっかり思い出す過去を間違ってしまう者もいるのかもしれないが、天界も存外に親切らしい。


「ちょうど菓子折りを探していたところです。ぜひ挑戦させて下さい。」

「では、あちらにどうぞ。」


 彼女に案内されて、俺は少しぼやけた姿の者たちが形成する列の一番後ろへと並んだ。


 無論少し思い出す過去を間違ったくらいで地獄行きになるほど生前の行いが酷いわけではないし、ついこの間も隣の家のおばあちゃんが草むしりをしている時に手伝ってあげた記憶がある。

 どう考えても天国行きではあるのだが、人を訪ねる時の基本である菓子折りを蔑ろにしたくないという純粋な気持ちは大事にするべきだと思うのだ。


●●●●●


「はい。次の方どうぞ。」


 生前に重ねた善行を思い出しながらしばらく並んでいると、どうやら俺の番がやってきたようだ。


 四角い箱が置いてある机の前には手に宝石が埋め込まれた杖のようなものを持った女性がいた。

 彼女はミロのヴィーナスが霞んで見えるプロポーションを持ち、クレオパトラより美しい顔で微笑んでいるが、きっと性格だって素晴らしいのだろう。


「あなた様が神様でしょうか。」

「えぇ、私が神です。それと、私を持ち上げても何もありませんよ。」


 彼女が何を言いたいのかよく分からなかったが、俺は更なる確認のために口を開いた。


「あの、持ち下げた場合は・・・」

「安心してください、何もありませんよ。」

「あぁ、そうなんですね。それじゃあ、さっそくですが引かせて下さい。」


 無論そんな理由で目の前のお姉さんを褒め称えたわけではないのだが、少しフランクな態度になった俺は箱の中へと手を入れた。


 手の感触からすると丸い玉がいくつも入っているらしく、しばらく玉をかき混ぜた後にその中の一つを掴んだ。

 勢い良く腕を抜き取ると手に握られているのは赤い球のようで、彼女は慣れた様子でそれを受け取ると箱の横に置いてあったハンドベルを鳴らす。


「おめでとうございます、当選されたようですね。それでは景品の・・・あれ?」


 当選を告げられて喜ぼうとしたのも束の間、何やらお姉さんの様子がおかしい。


 何事かを呟きながら杖をぶんぶん振ったり叩いたりしているのだ。

 やがて状況を把握したのか、彼女は軽く咳払いをした後で困ったように口を開いた。


「困りました、これは景品が切れたみたいですね。ここの空間はあまり長居ができないので、おそらく今から景品を仕入れてきても間に合わないでしょう。」

「えっと、分かりました。このまま閻魔大王様の元へと旅立ちますよ。」


 父親が言うには、人を許すことができる者こそが格好良い男であるようだ。


 それに先程から善行を思い返していたが、やはり天国行きは間違いないだろう。

 それならば無理に菓子折りに拘るのも考えものだと軽くそう返事をしたのだが、お姉さんの次の言葉に動揺する。


「そうですか?あなたがそう言うのであれば結構ですが、このままいくとおそらく地獄行きですよ?」

「・・・俺が一体何をしたのかお聞きしてもよろしいでしょうか。」

「そうですね。間近な例で言えば、飲み差しの空き缶を放り投げて草むしりをしていた隣の家の老婆に当てていました。」


 やはり記憶が混乱しているらしく、お婆ちゃんの草むしりを手伝う心優しい少年はどこへ行ってしまったのだろうか。


 そう言えば善行を振り返りはしたものの悪行については振り返ろうとしなかったことを思い出しながら、俺は彼女の言葉を聞いていた。


「さすがにそれで地獄行きにはなりませんが、規則違反が原因であなたは親より早く死にました。親より早く死ぬこと自体が必ずしも悪いわけではないですが、今回の場合閻魔大王の心証は良くありません。とはいえ、凶悪な罪を犯したわけでもありません。菓子折り持参ならばどうにかなるでしょう。」

「ごめんなさい。やっぱり景品が欲しいです。」


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