7-新たな一歩
居住許可領域の端――府中の地から、歩いて少しと錆びた電車で三十分。そこはシーカー養成学校イルミナ八王子校。今日から僕らの通うことになった学校だ。この学校は血十字教団経営の学校で、表向きには普通の進学校ということになっているらしい。というのも、教団側からしても無闇やたらと迷宮攻略に力を入れてほしくないようなのだ。おかしな話だとは思うが、そういうことを聞くと立場が弱くなってしまうため、誰も言わなかった。
ちなみに、僕は今日から毎日府中の地下からこの学校に通う。というわけではない。ある種厄介払いも含めてだろうが、篠田がこちらで生活するための物資を送ってくれることになったのだ。といっても、さすがは教団経営だけあって、この学校には学生寮が存在する。そこに住むことになっているので、篠田から送られてくる物資といってもほとんどが食料や金だ。家具やらなにやらは備え付けのものと、元々持っているものをつかえ、だそうだ。とはいっても・・・・・・
「持っていく必要あるのって、このコップとか小物くらいのものなんだよな・・・・・・」
これまで地下暮らしだっただけあって、僕は裕福ではない。薄暗くこもった空気の中で生きてきて、必要なものといってもそうない。学校にいくために勝手もらった教材も、ここに転校するのでは必要ない。すべて売った。精々この金を少しの足しにするとして、さてこれからどうしたものか。正直困っている。
《――護よ、早いことその正門を抜けろ》
脳内に心地よく響き渡る声が、門前で立ち尽くしていた僕を急かす。
「だって、すごく入りづらいんだもん。それにまだ心の準備が・・・・・・」
僕は腰に刺した刀を掴み、返答する。ここイルミナでは、常に武器を所持していなければならないという決まりがある。それはつまり、アインのような悪魔は常に武器の姿でいなければならないということであり、ある意味では差別を作る校則だ。
しかし、学校の正門と言っても、ごくごく普通の校舎の正門だ。というわけで、きっと他人から見たら今の僕は多少おかしな人ということになるだろう。
《全く情けない。こんなへたれが我が主とは・・・・・・末代までの恥だ》
「え、なんかそれ酷くない!?」
なんだよ、府中を出るときは気を使ってくれたりして優しかったのに、冷たいんだか優しいんだかわからないやつだな。
悪魔といっても悪い訳じゃないと思ったのに、勘違いか?
「――あのぅ・・・・・・」
「ん?」
声に反応した振り返った。見ると、明らかに今来て遅刻だというような人が立っていた。しかし、見るからに僕と同じ転校生だ。僕同様、イルミナの生徒とは違った制服を来ている。ここでは転校生が多いから、制服は後日送られてくるのだそうだ。
して、目の前にいる女子生徒だが・・・・・・ここまで相当走ったのか、今にも倒れそうな勢いで息を荒くしている。汗の所為で整えていたであろう黒い前髪も所々はね、後ろで束ね首の右へと持ってこられた髪は首にへばりついていた。
「あの、えっと、私、遅刻でしょうかぁ?」
「いや、時間的には完全に遅刻の時間だけど・・・・・・えっと君は、転――」
「――わあぁぁ!」
驚いた。いきなり声をあげるもんだから。しかもそこから泣き出す始末。
「遅刻ですかぁぁ!」
頭を抱えてさも絶望だという表情。こちらの話を聞いてもくれないとは。
「ねえちょっと、君は転校生なの?」
こちらも少しばかり声をあげて聞いてみることにしよう。
「ふえぇ、私はえっと、今日この学校に転校してきました、三河ほのかですぅ。よろしくお願いしますぅぅ」
「よ、よろしく・・・・・・」
ここへ来ていきなり個性豊かなのが出てきたものだ。この先僕はやっていける気がしないぞこれじゃ。
《衛ー、その女煩いぞ、黙らせろよ・・・・・・》
外の状況が武器の姿でもよくわかるようで、悪魔様からまた無理難題が出てきた。僕だって目の前で女の子に泣かれるのは気まずいし、早く泣き止んでほしい。それにこの状況だとやりづらいのも確かだ。早急に黙ってもらおう。というか普通に泣き止んでもらう方法がある。
「あの、僕ら転校生は別にまだ大丈夫な時間だよ?」
「えぇぇ、ほ、本当ですかぁ?」
「ほ、本当です」
「よかったぁぁ!」
しまった、僕の考えが甘かったようだ。
泣き止むかと思いきや、今度は喜びと安堵のあまり大号泣と来たか。本当忙しい人だなこの子・・・・・・。
《はぁ、護、どうやら失敗したみたいだな》
(なにも言えん・・・・・・)
さて、今度はどうするか。このまま放っておくこともできるが、それはとても可哀想だ。
――と、思った瞬間だった。
僕の腰に刺してあった刀が鞘ごとぐるりと動き、制服との接点を軸にして思い切り三河さんの脳天を叩いたのだ。この光景に言葉がでない。本当になにも言えない。理解が一瞬遅れるほどだ。
「痛いですぅ! なにするんですかぁ~!」
むむむと黙ってこちらを睨む三河さん。
いや確かに黙りはしたけど、おかげで理不尽な怒りが僕に降りかかろうとしているよ。
「ごめん三河さん、今のは僕の意思じゃないから、今のは僕の相棒が悪いことであって僕は悪くないから、お願いそんな怒らないで」
「むむ、むぅ?」
この子は普通に会話をするってことができないのかなぁ?!
さすがに僕も疲れてきたしイライラしてきたよ。その妙に可愛いげのあるところが余計に腹立たしいよ。
「相棒さんですか?」
「うん、そうそう。今は校則があるから刀の姿をしてるけど、ちゃんとした僕の相棒なんだ」
若干刀をアピールする形で説明をしてみた。できるだけ早く誤解(?)が溶けてほしいからだ。
「あ、なるほど、つまり君は私とおんなじってことですねぇ~」
先程まで泣きじゃくっていたのとは一変、今度は綺麗な・・・・・・いやむしろ眩しいくらいの笑顔で言った。「仲間ですぅ~」とか言って手をぱちぱちしている。本当に忙しい子だな・・・・・・。
「同じって、えっと、それは三河さんも悪魔と契約してこうしているってことで、間違いないよね?」
「そうですよぉ。私はケットシーのミーちゃんと仲良しなんですぅ」
彼女のにこにこした笑顔がかえってウザったくなってきたが、どうやら彼女も僕らと同じような関係であるらしい。恐らく今はそのミーちゃんとやらも武器になっているんだろう。
「――おっと、さすがにそろそろ行かないと。三河さんも一年校舎だよね。行こう」
「そうですね、そうしましょ~。あ、そうだ、あのぉ、お名前、教えてもらっていいですか?」
そういえば、こちらが自己紹介を忘れていた。
「僕は渡辺護。よろしく」
「護くんですね、改めてよろしくお願いします」
「いやそんなお辞儀するほどのことじゃないでしょ。ほら、早く行こう」
「そうですねぇ」
このマイペース女子は、どうやらそのふわふわした感じからは分からないがかなり礼儀正しい方なのかもしれないな。
しかし、相変わらずずっとにこにこふわふわしているのは大丈夫なのかと、少々心配でもあった。
先程から怒りを見せる以外にあまり声を出さないアインは、どうやら三河さんが苦手なようだった。