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3-白髪の反面教師

 旧東京は《黙示録の迷宮》を中心にして半径約三十キロメートルの荒廃した世界のことを指して言う。その周辺には高さ十メートルの石の壁があり、一般人や小動物などの部外者の侵入を防いでいる。もしもそれが侵入しようものなら、旧東京に――黙示録の迷宮外に出てきた魔物に殺されてしまう恐れがあるのだ。それ故に、好奇心があろうとも普通の人間は侵入したりしないし、動物たちも野生の勘に訴えるものがあるのか無闇に立ち入ったりはしない。つまり、この僕がこの内部に侵入したと言うのは、相当命知らずな行動な訳で、教団側としても、僕の通う学校側としても、そうそうに無視できるものではないのだ。


 というわけで、いざ教団支部に来たものの、早速一対二でお説教と言うわけだ。

 僕の正面に座るのは、向かって右のシスター姿が高校担任の鎮目川先生で、その隣がこの支部の支部長の篠田だ。なぜ篠田だけ呼び捨てなのか、と言うことなら答えは簡単。何を隠そう、彼はこの僕の引き取り手であり、先生であり、そしてなによりこの僕をけしかけた張本人なのだ。僕は彼の言葉で旧東京を訪れ、そして死にそうになった。まぁ結果アインとで会えたからよかったのだが、もしあのまま死んでいたら僕はこいつを呪い殺していただろう。

 まったく、こいつはどの面下げて僕に説教をすると言うのだろうか。知れたものではない。


「…………とにかくです。分かっているのですか? 死んでもおかしくなかったんですよ!?」

「……はい。すみません鎮目川先生」


 とても新味になって説教をしてくれる鎮目川先生。なんて便りがいのある教師なのだろうか。こんな廃れた時代で子供一人の身の安全をここまで考えてくれるなんて。僕の目は気がつけば涙で潤んでいた。

 僕もやはりバカだった。あんなバカの言葉を鵜呑みにして旧東京に足を踏み入れるだなんて。


「そうだぞ? しっかり反省するんだ。わかったな?」


 くそが、なにが反省だ、白髪オヤジめ。まずこちらを見ていない上にまったく感情のこもっていない台詞。よくもまぁしゃあしゃあとそんなことが言えたもんだよ。なにが「旧東京に天使が訪れた」だ。確かに天使と契約できればそれはもう相当な力が手に入るかもしれないが、そもそも天使なんてものは地上に降りることがまれなんだから僕なんかと口を利くはずだってないだろう。おまけに魔物討伐成功したら迷宮につれていくとかいって、ご丁寧に武器と地図まで用意して、まったく迷惑な先生だ。


「はいはい。分かりましたよ。支部長どの」


 あえて語尾を強調して嫌味ったらしくいう。この状態の僕にはせいぜいこのくらいが限度だ。あまり鎮目川先生を困らせるわけにもいかない。


「分かってくれれば良いのです」


 ある程度話を終えると、終始困ったような顔をしていた鎮目川先生はにっぱりと慈愛に満ちた笑顔になり、両手を会わせ祈りをすると、そのままさくさくと荷物を整えた。


「渡辺くん」

「はい?」

「これだけは、一応いっておこうと思います。あなたの命は、あなただけのものではないんですよ。あなたの命は、あなたと時間を共にするみんなの大切な宝です。だから、くれぐれももうこんな危険な真似だけはしないでくださいね?」

「……はい。わかりました」


 慈愛に満ちたその言葉は、僕の心の深く突き刺さった。きっと生涯忘れることはないだろう。永遠に胸のうちに残るものだ。

 そのころ篠田はというと。僕と鎮目川先生とのやり取りを馬鹿馬鹿しいとでも言うような態度で両手をパタパタさせていた。先生に見えていなからといって調子に乗っているようだ。くっそ腹立たしい白髪め。




「では、これで私は失礼しますね」

「はい。お気をつけて!」


 教団支部から帰路につく鎮目川先生を、僕は両手を振って見送った。やはり彼女は素晴らしい教師だ。白髪とは全然違う。

 そうやって僕が別れの余韻に浸っていると、後ろにいた白髪が声をかけてきた。


「おいマモ、そろそろ本題に入るぞ」

「分かってるよ。…………先生」


 彼の言う今日の本題。僕も始めここに来るときは説教があるとは考えていなかったから、やっとかといった感情がある。

 それは、教団から言い渡された簡単なテストだ。いままでは鎮目川先生もいたからこの場にはいなかったが、もう入ってもいいだろう。


「アイン」


 僕が声を響かせる。すると少し離れたところにあった鉄扉がきぃーと金属音と発ててゆっくりと開く。そこからはすらりとした白い足が歩いてくる。美しい白髪を揺らす彼女だ。

 彼女はさも待ちくたびれたといった様子であくびなんかをしていた。歩くたびに垂れた細長い尻尾がゆらゆらと揺れ、その脱力感を伺わせる。


「アイン、出番だよ」

「おお、そうか。やっとか。私はもう待ち飽きたぞ」

「悪かったな。――――さて先生。この子が俺と契約した悪魔の、アインです」


 僕は向き直り、篠田に言った。アインも彼を見ていて、その表情はあまり冴えない。それもそのはず、篠田は彼女たち魔の嫌う《術式武器》を携帯しているのだから。それは教団独自に開発した対魔戦闘用の兵器。その武器に刻み込まれた神の御言葉により魔術的な神聖を付与し、邪な魔を退ける。そういった仕組みらしい。それに対し、僕の手にした彼女アインのように、魔が魔を食らうと言う理屈で成り立つ武器を《障魔武器》という。これら二つを活用し、今人類は自らの運命と戦っている。黙示録の迷宮の攻略にあたって。


「ほぉ、このちっこいのがねぇ」

「護よ、私はこいつ嫌いだ」


 アインは僕の後ろから離れないまま、一言だけそういった。


「おぉおぉ、早速嫌われちまった。まぁ、別に好かれても困るがな」

「いちいち一言多いですよ」

「なんだ? やけに庇うじゃないか。もしかしてあれか? 惚れたか?」


 にやにやとしながら言い放つ篠田の顔に一発グーを入れたくなるのは恐らく僕だけではないはずだ。めちゃくちゃムカつく。


「違いますよ。パートナーのことをかばうのは当然だと思いますが? まだ出会ったばかりだけど、僕はアインを信用しています。なによりも、アインが昨日僕に声をかけてくれなければ、僕はきっと助からなかったでしょうしね」

「護…………」

「そうかいそうかい。そりゃ結構なこった。けどもよマモ、あまり悪魔様を信用しすぎるのもどうかと思うぞ? 目前にして言うのもなんだが、悪魔ってのは利害における駆け引きを最も大事にする。心や感情で動く俺たち三次元生物と違って、その先の結果や利益、損害を一番に計算して行動をする。間違ってねえよな? えっと、アイン、だったっけか」

「……うむ。間違ってはいない。私たちは行動のその先にあるものにしか興味はない。そういう我々の観念から言うと、貴様たち人間のいうやってみる、チャレンジ精神と言うものは理解ができんな。まぁ、そんなことはとにかくとしてだ。確かに、護が私との契約を成立させられなくなったりでもしたら、その命を、体を奪うかもしれんな。なにより、この次元における私たちは不安定すぎる」

「だとよマモ。しかしなるほど、チャレンジ精神が理解できないと言うところだけは、俺は悪魔様と意見が会うかも知れねえなぁ。俺もできない可能性のあることはしない質だ」


 真面目な会話が続くなか、ときおり篠田は余計なことを挟む。しかし、彼自信のいう通りこいつは無駄なことを好まない。まぁ、自分が楽しいから、という理由でなら無駄なことをしそうだがそれはとりあえず。もしかしたら、篠田はなにか思うところがあるのだろうか。ついついそんな詮索をしてしまう。


「どした、マモ」

「あ、え、いやなんでも」

「……そか」


 唐突に篠田に声をかけられた。もしかして僕の心を読んで……いやまさか、篠田でもさすがにそこまではないだろう。僕の考えすぎだ。

 何はともあれ、いい加減テストに移りたいところだ。


「一方的な自己紹介もここまでにして、はやくテストに移ろうよ」


 構わず提案する。なに、問題はあるまい。


「そうだな、流石にもう詮索も面倒だ。さっさとテストに移ろうか。訓練室にいくぞ」


 頷いて、僕も歩き出す。

 訓練室とは、この教団支部において黙示録の迷宮に挑戦する人員を養成するための空間で、地下空間であるがゆえに広々とした空間を確保し、様々な設備が施されている。

 入室すると僕らを歓迎したのは真っ白い部屋だった。床には等間隔で黒のラインが引かれており、まるでボーリング場のようだとはじめは思った。まぁ、本物を見たことはないのだが。聞いた話だ。

 次に天井だ。一面ガラス張りでその上からいくつものライトが照らしていた。正直眩しいとさえ思う。


「さて、ここでやるテストと言えば、まぁわかるよな?」

「まぁ、なんとなくね」


 いきなりアインに負担をかけてしまいかねないが、仕方あるまい。


「これより、模擬戦による戦闘テストを実地する! これに勝てれば晴れて教団支部を拠点とし迷宮の探索に挑める! 異論はないな?」

「ない!」

「ふっふっふー。いい返事だ。――さぁ、始めるぞ!」

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