12-対立と挑戦
どこまでも続くのではないかと思えた大草原。雲の先まで続く、大きな岩山。いつ見たのかも、いつ聞いたのかもわからない、そんな泡のような記憶。自分のものなのか、はたまた見聞で得たものなのか。それすらもわかり得ない。
そんなことを思えば、よく姉に言っていた。楽しげにはなす僕を見ては、姉は笑顔で言ってたのだ。
「いつかまた、見れるといいね」
その言葉の意味は、いま思い出してみてもわからない。ただわかるのは、その姉がもうこの世にはいないという、信じがたい事実だけだった。燃え盛る火焔と、荒れ狂う世界。狂気が闊歩し、そこはまさしく地獄と呼ぶにふさわしいものだった。文明と呼べるものはなく、原始とも言いがたい。そもそもそれは異界のものであったのだから。
僕をかばい命を落とした姉の後ろ姿は、気がつけば僕の世界から無くなっていた。僕は忘れてはいけないそれを、ずっと忘れていたのだ。
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まず耳に響いたのは、吉野の声だった。昨日の演習で出会った弱々しい彼は、どうやら僕と相部屋だったらしく、朝こうして起こしに来たのだ。
寮の部屋は基本原則二人一部屋で、男女は混ぜず、しかし契約悪魔に限りは同室となる。さらにその部屋は内部で二つの小部屋があり、そこがそれぞれのプライベート空間となるのだ。おまけに部屋には備え付けのベッドもあって、なかなかのものだ。
ここシーカー養成校イルミナはやや交通の機関からは遠く、外出についての規則も多いので、寮にて暮らしている生徒は心なしか隔離されているような錯覚を覚えるというのだ。おそらくこれも狙いあってのものだろうが、ここで暮らしていない生徒についてはどうなるのか、やや気になるところだ。
「護さん! 起きてください!」
起こしに来てくれるのはいいが、一周回ってうるさいな。
僕は扉の奥に向けて一度、大きく返事を返し、それに返答があるのを確認すると、ソファの上から降りた。もちろんこの部屋にも備え付けのベットは存在するが、どうにも落ち着かないのでそちらはアインに譲ったのだ。
「アイン、もう起きろって」
「んにゅ~、もう少し、もう少し寝かせろ……」
どうにもアインは朝がダメなようで、地下でなくとも寝起きは悪いようだった。
「はぁ……」
まぁ、まだ登校までは少し時間がある。ゆっくり寝かしておくとしよう。
とりあえず僕は身支度を済ませることにした。
朝食を終えると、昨日同様食後のデザートだ。僕のではなくアインのだが。
僕はまた上着を脱ぐとアインに背中を向けて座った。彼女は僕の肩をつかみ、ゆっくりと口を開く。ひんやりとした舌の感覚が肩口をたどり、二回目の吸血が行われた。相変わらずの不思議な感触に、僕は言葉がでない。痛みはあるものの、不思議な快楽を伴うこれは、そうそう慣れるものではない。
「やはり微妙だな」
「……」
吸血されたがわとしてはその台詞は少々かんに障る。だがしかし、僕には血の味などわからないのでなにも言いようがないのは、残念なことだ。
「ほら、終わったならどいてくれよ。服着るから」
「まぁまて、溢れた血がもったいないだろう」
言うと、再びアインは僕の肩口に口を近づける。まるでミルクを飲む子猫のように舐めるものだから、くすぐったくて笑ってしまった。そうするとアインから「動くな!」と叱咤が飛ぶのだから理不尽なことだ。
そんなこんなで、僕らは朝の時間を過ごしていた。そして結局、登校時間ギリギリになってしまうような時間に寮を出ることになってしまったのは言うまでもあるまい。
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学期はじめからもう三ヶ月通っているだけあって、吉野は軽やかな動きでエレベーターを起動させた。といっても、ただ生徒証をスキャンするだけなのだが、僕にはそう見えたのだ。
そうして下っていき、地下一階、教室フロア。しかし、今日は一時限が集団演習なので、そのまま教室へは向かわずに階段を降り、地下三階まで向かう。その途中、吉野は用事があるとのことで僕とは離れ、僕は一人で目的の部屋へと移動した。そこは昨日の種別演習と同じ第一演習場、三つある演習場のなかでもっとも大きな場所だ。
「護くん、おはようございますぅ」
不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこにいたのは三河さんだった。
「ま、待ちなさいよ……」
彼女の後ろからは御子も走ってきた。おそらくは相部屋だったのだろうか、御子が三河さんのバッグを持っていた。一日目にしてバッグを持たせてそそくさと向かってくるとは、なんというフリーダムだろうか。ふわふわ恐るべし。
「それで、今日は何をするんでしょうかぁ」
「集団演習ってなんだろうね」
「なによ、あんたたちそんなことも聞いてないわけ? はぁ、仕方ないわね。このあたしが説明してあげるわ」
なにやらない胸を張って「えへん」と説明を始める御子。いままでの疲れきった様子もどこへか、かなり偉そうにしている。
「いいこと? まず集団演習って言うのは、五人一チームで行うものなの。まずそこはいいわね? で、やることは主に三つあるわ。まず一つに、単純なコンビネーションを鍛えること。これは結構暇ね。で、次が、戦闘技術向上のための戦闘訓練。これはたまにしかやらないわね。んで、最後が一番面白いわ。チーム対抗戦よ。どう? 大体わかったかしら?」
依然胸を張ったまま「ふふん」と超どや顔を決める御子。しかし僕や三河さんより背が低いためどうもむなしく見える。内心思ったことは言わず、僕はとりあえず頷いた。
「――これはこれは随分と偉そうだね、御子?」
御子のどや顔説明にげんなりしているところ、今度は誠也たちがやって来た。呆れた調子でいる彼の後ろには友田がいて、しかし彼――いや彼女は今日もズボンをはいていた。やはりいきなり恥ずかしいという意識を取り払うのは無理があるようだ。少しばかり残念。
「おはよう、誠也、友田」
「おはよう護」
「おはよう……」
友田の挨拶がどうもぎこちないが、まぁいいだろう。
「そういえばさ、護?」
「ん?」
「きっともう大層偉いであろう御子から話は聞いてると思うけど、この演習は五人のチームを組む。そこで僕は――いや僕らは、君に参加してもらいたいんだ。僕と御子と友田、それと護とほのかさんで、ちょうど五人だ」
「え……」
誠也の言うことはよく分かる。いやもう分かりすぎるくらいに。だがしかし、いいのだろうか、彼らは元々組んでいた人たちがいたはずなのに。
《いいじゃんか、願ってもない提案だろう?》
(まぁ、そうなんだけど……)
どうも、決めがたい。本当に僕なんかでいいものかと。
――そんなとき、奴等は現れた。
「――おい、そこの転校生」
全員が黒の制服をまとい、どこかに純白に近いしかし細かな装飾入った武器――術式装備を持っていた。五人組はみな見覚えがあった。幾度も僕と突っかかっている五人組、術式を使い悪魔と交流を持たないことに誇りをもつ人間のクズどもだ。
「僕に何か用か?」
「ああ、昨日は世話になったな。今日は礼を言いにきたんだよ」
「何だって?」
「俺たちと対戦しないか? まぁ、クズのお前がチーム組めればだけどな? だが、後ろにいる同類たちがきっと力を貸してくれんだろ?」
「……」
どうする、ここで誘いに乗るか、でもそれだとみんなを巻き込むことになる。
トン。
誠也が僕の肩に手をおいた。振り替えると、誠也が口を開く。
「護、戦おう。ここまでバカにされて、黙ってはいられないよ。僕らが力を貸す」
「誠也……。わかった、戦おう――!」
学校二日目。術式組との対戦が始まった。これが、僕らの本当の対立の幕開けだった。




