表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人魚の海に聴く

作者: 奈瀬理幸

 第一海『王子様の物語』



 王子様が生まれました。

 とても愛らしく、美しい王子様です。

 乳母のクラゲたちは口々に言います。

「なんて綺麗な純白の鱗でしょう。王子様は大きくなったらきっと虹色の鱗になりますわ」

 黄金の鱗の王様と、白金の鱗のお妃様は、大層喜びました。


 大きなシャコ貝をゆりかごに眠る人魚の国の王子様。ときどき、オパールでできているような尾ビレをピチピチと動かしています。

 ふと、目を開けました。そして、すぐに閉じてしまいました。

 その透き通った濃い青色の瞳は、どんな夢を見ているのでしょう。





 第二海『いつもの物語』



 カモメたちが飛びながら鳴いています。

 トビウオたちが波しぶきとともに跳ねています。

 ウミガメたちが海面に浮かんで日光浴をしています。

 海の上では、今日も太陽がみんなを照らしています。


 イルカたちが高い声で歌っています。

 クジラたちが低い声で歌っています。

 ときどき遠くからシャチたちも歌います。

 海の中では、今日も音楽が奏でられています。


 桃色の人魚は、髪を留めるための貝殻を選んでいます。

 藤色の人魚は、サメの歯で爪を磨いています。

 青緑色の人魚は、カニたちの並ぶ順番を決めてあげています。

 藍色の人魚は、ナマコたちに子守唄を歌ってあげています。

 海の奥には、今日も美しい人魚たちが暮らしています。





 第三海『幼馴染の物語』



 エメラルドの指輪が落ちてきました。

 人間の美しい落とし物。人魚たちはかわりばんこに指にはめ、誰が一番似合うかはしゃいでいます。

 やがてみんなは口をそろえて言いました。

「深緑の人魚が一番似合うわ」

 選ばれた深緑の人魚はキラキラ輝く指輪を受け取りました。


 その夜。

 深緑の人魚は指輪を持って門へ泳いで行きました。

 そこには真紅の人魚がいました。

「来てくれたのね」

「もちろんよ。これはみんなからの贈り物。幸せになってね」

 深緑の人魚は真紅の人魚に指輪を渡しました。

「まあ、素敵」

 真紅の人魚は指輪をはめました。真っ赤な鱗に緑色の宝石がとてもよく似合いました。

「ありがとう。大切にするわ」

 そして真紅の人魚は遠くの国へ嫁いでいきました。





 第四海『氷の世界の物語』



 流氷のかたまりの下をクリオネが泳いでいました。

 きりりと冷たい海の中。氷のあいだから青い光と白い光が射し込んでいます。

「こんにちは、妖精さん」

 鈴を転がすような声がどこからかやって来ました。

「上まで一緒にオーロラを見に行かない? 今日は雪が積もっていて静かなの」

 銀色の人魚です。

 クリオネは背をピンと伸ばして答えます。

「ごきげんよう、銀色のお嬢さん。お誘い嬉しいが遠慮しますぞ。海底に落ちてしまう前にワルツの相手を見つけねばならぬのでな」

 そしてくるりと回ってみせました。

「では、あなたに素敵な出会いがありますように」

 銀色の人魚はほほえんでクリオネにキスをしました。

 クリオネは翼をひらりひらりと羽ばたかせ、また泳いでいきました。

 銀色の人魚はクリオネを見送るとオーロラを見に海面へ上がっていきました。





 第五海『七歳までの物語』



「流れ星がほしいわ」

 突然、人魚の王女様が言いました。

 執事のマンタは、無表情のまま聞きます。

「なぜ急に?」

 王女様は答えます。

「お姉様たちが昨日見てきたって言うのよ。なのに私はまだ王宮の外には出ることを許されていないじゃない。不公平だわ」

 執事のマンタは言います。

「七歳のお誕生日まで我慢なさいませ。そうすれば自由に外へ出られます」

「イヤよ。そんなに待てない」

 王女様はほっぺたを膨らませます。

 執事のマンタは小さくため息をつきました。

「……そうおっしゃると思いました」

 執事のマンタは一度部屋の外へ出て、すぐに戻って来ました。そして、王女様に貝を二つ差し出しました。

「どうぞ」

 王女様が貝たちのふたを開けると、中にはキラキラ光る大きな珠が一つずつ入っていました。

「なんてきれいなの……。これはなあに?」

「流れ星です。昨夜、空から落ちてきた流れ星を二つ、捕まえておきました」

「まあ、すごいわね!」

「耳に飾って差し上げます。流れ星はそうやって使うものです」


「わあ、とってもきれい」

 二つの丸い流れ星を耳につけ、鏡に映る自分の姿に喜んでいる王女様を、執事のマンタは無表情のまま見ています。

「王女様は我が儘が過ぎます」

「あら、あなたはちゃんと叶えてくれるじゃない」

 王女様は嬉しそうに笑いました。



「ご苦労でした」

「いえいえ」

「いつでもどうぞ」

 王女様の部屋の外。執事と貝たちが互いにお辞儀をしています。

「それにしても、いつまで流れ星だと信じているかねぇ」

「本当は真珠だって、いつ教えてやるんだい」

 アコヤ貝たちに聞かれ、執事のオニイトマキエイは無表情のまま答えます。

「……七歳に、なりましたら」





 第六海『小さな二人の物語』



 咲いたばかりのイソギンチャクがぽわっと泡をはきました。

 あたたかい波いっぱいに腕を伸ばし、ユラユラと揺れています。

 まわりでは縞模様の魚たちがおいかけっこをしています。


 小さな灰色の人魚が泳いできて、イソギンチャクに話しかけました。

「こんにちは。わたしは灰色の人魚。あなたはだあれ?」

 イソギンチャクは答えます。

「イソギンチャクよ」

 小さな人魚は、まだ何にも飾られていない自分の頭を指して言いました。

「あなた、わたしの髪飾りになってくれない? そうしたらわたし、きっと可愛くなれると思うの。だってあなたはとてもきれいなピンク色なんですもの」

 人魚にそう頼まれて、イソギンチャクは嬉しそうに答えました。

「もちろんいいわ」

 灰色の人魚はイソギンチャクを岩からすくって、頭にそっと乗せました。

 イソギンチャクがふんわり体を伸ばすと、人魚の髪に花が一輪咲いたようになりました。


「うふふ」

 人魚が笑います。

「ぷくく」

 イソギンチャクも笑います。

 ピンク色のイソギンチャクと灰色の人魚。これから二人は一緒に泳いでいくのです。





 第七海『君と僕らの物語』



 背比べをしているハリセンボンたちがいました。

 ぷくーっと膨れ、針を目一杯伸ばし、どちらがより大きいか競っています。

「僕のほうが大きいよ」

「いいや、僕だね」


 その時、二匹の腹ビレの下に小さな魚が現れました。

「お兄ちゃんたち、ボクの仲間?」

 それは、丸っこくてトゲトゲした、マンボウの坊やでした。ハリセンボンたちの針と自分のトゲトゲが似ていたので、話しかけてきたようです。

「ううん、僕らはハリセンボン。君とは違う魚さ」

 ハリセンボンたちは背比べをやめ、それぞれ針を引っ込めてみせました。

 もとのツルリとした姿に戻ったハリセンボンたちを見て、マンボウの坊やは言いました。

「ちょっと前までみんなと一緒だったんだけど、ボク一人になっちゃって。仲間を探してるんだ」


 二匹のハリセンボンとマンボウの坊やは喋りながら泳ぎます。

「どこから来たんだい?」

「南のほうから」

「仲間はたくさんいたのかい?」

「うん、いっぱい」

「これからどうするんだい?」

「東へ行くんだ。この海流に乗って」

「そうかぁ。がんばれよ」

「うん。ありがとう」

「気をつけてけよ」

「うん。さようなら」

 二匹はマンボウの坊やに胸ビレを振りました。


 しばらくして、一匹が言います。

「あんなボウズが頑張ってるんだ。僕らもくだらないことはよそう」

 もう一匹も言います。

「そうだな。どっちが大きくたって、そんなのどっちでもいいよ。どうせ僕だし」

「なんだって、僕だよ」

「まだ言うか」

「そっちこそ」


 二匹はまた針を伸ばし、おなかを膨らませ、二度目の背比べをはじめました。





 第八海『月に歌う物語』



 満月の夜。

 月光に照らされる海底の砂に、一本のガラス瓶が埋まっています。海の上から落ちてきた物です。

 興味津々の人魚の少年たちが集まってきました。

「人間たち、また落としたな」

 黄緑色の鱗の少年が言いました。

「満月の夜はいつもそうさ」

 橙色の鱗の少年は空に浮かぶ月を指差しました。


 水色の鱗の少年が砂から瓶を引き抜くと、チャポン──と音がしました。

「空じゃない。中身が入ってる」

「何だろう。開けてみようよ」

 朱色の鱗の少年が言います。

「あ、おじさん。ちょうどいいや。この瓶、ちょっと開けてくれない?」

 四人の人魚たちは、近くを散歩していたカラッパのおじさんに瓶を差し出します。

「お安いご用」

 ──パッキン。

 カラッパのおじさんは大きなハサミで、瓶の柄をいとも簡単にちょん切ってくれました。


 瓶の口から、トロリとした琥珀色の液体が広がっていきます。

 少年たちの目がキラッと輝きました。

「お酒だ」

「上等なやつ」

「赤くないやつ」

「いい匂いのやつ」

 一人の少年がぺろりと一口舐めてみました。

「おいしい」

 それから少年たちは順番に瓶に口をつけ、中のお酒をすっかり飲んでしまいました。


「空っぽの瓶が一本~」

「人間たちの落とし物~」

「船の上はどんなところ~」

「人間たちが騒いでるところ~」

 酔っぱらってしまった人魚の少年たち。人間の真似をして歌い出します。



  西の丘と東の海原

  どちらを選ぶか聞くのはバカさ

  俺たちゃ海賊

  恥と罪と恐れを名乗る

  囚われるべきは自由

  海こそ俺たちの自由


  知らない酒と娘と宝

  どれを選ぶか聞くのはバカさ

  俺たちゃ海賊

  恥と罪と恐れを名乗る

  溺れるべきはロマン

  海こそ俺たちのロマン



 このあと、騒ぎを聞きつけた大人たちに少年たちはしこたま怒られるでしょう。

 それでも懲りることのない少年たちは、次の満月の夜を楽しみに待つのです。





 第九海『迷路での物語』



 コンブの森に、一人の人魚が迷い込みました。

「困ったわ……出口がさっぱりわからない」

 幾重にも続く緑の壁をかきわけながら進んでいると、目の前にラッコが現れました。

「おや。若草色の人魚さん」

「あら、こんにちは」

 若草色の乙女はにっこりほほえみます。

「こんなところで何してるのさ」

「それがね、迷っちゃったみたいなの」

 若草色の乙女は少し困ったような顔で笑います。

「それなら、ほら」

 ラッコは人魚の手を取りました。


 海面へと昇った二人。

「ここから見れば簡単なこと」

「あら、本当だわ。私ったら」

 若草色の乙女はおかしそうに笑います。

「どう? 帰れそう?」

「ええ、大丈夫」


 コンブのトンネルをぬけて、人魚はよく知った海の道へ戻ってきました。

「どうもありがとう。これ、お礼になるかしら」

 人魚は若草色の鱗を一枚、ラッコに渡します。

「硬いからきっとあなたの役に立つわ」

「ありがと。大切に使うよ」

 ラッコは早速、おやつを獲りにコンブの森へ消えていきました。

 若草色の人魚も、今度はコンブの中に入らないよう気をつけながら泳いでいきました。





 第十海『色の物語』



 ウニたちが行進しています。

 たくさんある足を器用に動かして、誰もずれることなく歩いています。

「オレたちみたいに見事な行進をするやつなんて他にいないだろう」

 ウニたちは、自分たちの作る真っ黒な列をいつも自慢に思っていました。


 ある日、ウニたちはウミウシの行列と出会いました。

 赤や青や黄色や白。色とりどりの体でゆったり歩くウミウシたち。

 その様子があんまり綺麗だったので、ウニたちは思わず見とれてしまいました。

 すると、あんなに自慢だった真っ黒な列が一瞬でバラバラになってしまいました。


 あるウニが言いました。

「黒以外の色もいいと思う」

 別のウニも言いました。

「みんなの色が違うのもいいと思う」


 そこで、ウニの隊長はウミウシの隊長に会いに行きました。

 ウミウシの隊長は、華やかな色に模様が入った体をしていました。

 全身真っ黒なウニの隊長が言いました。

「ウミウシ殿。とてもきれいな色のあなた方に、ぜひオレたちウニと友達になってほしい」

 ウミウシの隊長が答えました。

「ほんとうですかぁ。わたしたちぃ、ウニさんたちが真っ黒でかっこいいねぇって、みんなで話してたんですよぉ。ありがとうございますぅ」


 こうして、ウニたちとウミウシたちは友達になりました。

 同じ岩の上に並んで座り、今日も仲良くお喋りをしています。





 第十一海『約束の物語』



 案内役のチョウチンアンコウが振り返って言いました。

「ここだよ、嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

 お辞儀をしたのは五色の鱗を持つ人魚。

 到着したのは難破船の前。


 少し経って、向こうから小さな明かりが近づいてきました。

「ここさね、お若いの」

「どうもありがとう」

 会釈をしたのは三色の鱗を持つ人魚。

 案内してきたチョウチンアンコウは戻っていきました。


 三色の人魚が五色の人魚のもとへ泳いできます。

「遅いわ」

 五色の人魚は怒ったように、でも笑顔で言いました。

「ごめんよ。道案内がなかなかつかまらなくて」

 三色の人魚は申し訳なさそうに、でもやはり笑顔で言いました。


「あなたと日の出を見るのは何度目かしら」

「わからないよ。何度も一緒に見てるじゃないか」

 二人は寄り添い、だんだんと明るくなっていく空を見上げます。


 やがて、二匹のチョウチンアンコウが難破船から少し離れた所まで二人を迎えに来ました。

 二人は名残惜しそうに見つめ合います。

「次はいつ会えるかしら」

「きっとまたすぐ会おう」

 五色の人魚と三色の人魚は、小指をそっと絡ませました。





 第十二海『君のはじまりの物語』



 ──珊瑚畑の向こうに行ってはいけないよ。お前にはまだ早いのだから。


 一人の濡羽色の人魚が、瞳を翡翠のようにキラキラさせ、遠くを見つめています。

「どんなところなんだろう」

 少年は、いつも冒険したくて仕方がありませんでした。


「今日は大きな嵐が来る。もううちへ戻ろう」

 その日、海の中がかき回されていました。

 大きな波が、濡羽の人魚とほかの人魚たちの間を通ったとき、少年は岩影から飛び出しました。

 波に乗り、そのまま珊瑚畑を越えていきます。


 少年は世界の広さをまだ知りません。

 思いもしない出会いが待っていることを知りません。

 いつか珊瑚畑が恋しくなる日がくることを知りません。

 でも今はただ、自分が何者なのかを見つけにいくのです。

人魚の~というタイトルながら、人魚関係ないお話が二つほど入ってしまいました。申し訳ありません。(汗)


※作中の海賊の歌はオリジナルです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 絵本のようなお話で読みやすかったです。 ファンタジックな世界観を思い浮かべやすい文章で惹きこまれるものがありました。 ○○の人魚や、○○の鱗の人魚といった表現がいかにもな絵本の登場人物であり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ