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女性は少しの思考の後、口を開いた
「あなたは冒険者の方だったのですね。お見かけしない顔なので、そうなのかしら?と思ってま……」
ここで言葉が絶たれた、奥でバタバタと走る音がしたからだ。
女性は困惑と落胆をその表情にありありと浮かべた。誰かがこちらに来るのだろう、それも他人にはかなり見せたくない部類の光景なのだろう。
「おかーさーーん、ちょっとー」
若さと少女を全面に押し出したようなハツラツとした声、他人がいないと思い走ってきているのだろう。女性が飲み物を取りに行ったカウンターとは違う場所にあるドアが豪快に開き、少女というには少し大人っぽさを持った女の子が飛び出してきた。
「あれ、お客さん?」
少し驚いているようではあるが、ハツラツさを抑える感じではない。いつもこんな感じの元気さで人と接しているかのようだ、ただそこからは走りはせずにいくらか早歩きで母親へと向かって来る。
「バーニャ!いつまでそんなはしたないことをしているの?」
こちらに背を向けた格好なので分からないが、般若のような怒りが女性の肩に感じられるのは気のせいであろうか、口調は少し強いくらいだし気のせいであろう。バーニャの表情はこちらから見て取れるが、引きつった顔など見えてはいない、決して見えてはいない、見えているが見えてはいない。ただ何故か可哀想に思えたので、助け舟らしきものを出すことにした。
「あの、すいません。話の途中だったのですが、何かご用でもあったのでしょうか? そんな口調を感じ取れたのですが」
意識をこちらに移すために、何より事態を進行させるため、一足飛びの質問をぶつけてみた。これで何もなかったら、アホな自分を責めたくなるような発言だ。バーニャの安堵の視線がこちらに飛び、軽く微笑を返すと、あちらも心底ほっとしたようにニヤリと笑みを浮かべた。なんか相通じるものを感じた気がするが、とりあえず女性に意識を向けた。
「は、はい。 冒険者の方にご相談があったのです、この町には最近冒険者の方が訪れることも少なくなっていて困っておりました。」
先ほどの般若の気は消えうせ、従来通りのおっとり口調に戻っている。何か恐ろしい変化でも見ているようだ。
「この店はロルブズバーと申します……」
ここから女性の一人語りが始まる。その結果バーニャを連れて近くの街へと俺の最初の旅が始まったのだった。
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『ロスト・ディスティニー』は、よくあるMMORPGと異なる点がある。
通常このようなゲームは、プレイヤーやNPCの名前がひと目見て分かるようになっている。よくあるパターンは、キャラクターアバターの頭上に名前表記があること。
またプレイヤーとNPCは、表示される名前の色の違いなどで判別が可能。しかし、このゲームはちょっと違う。
開発者の意向で、初めて会う相手の名前が、アバターを見ただけで分かるのはおかしいと、表示する機能が制限されている。NPCと会話をすると名前を知るまでは、チャットログ上に『???』としか表記されない。
プレイヤーと会話するときは、返答がない限り相手の名前を知ることが出来ない。
ただ相手を攻撃すれば、即座に双方の名前が表示されるので、リスクを承知で名前を知ることは出来る。
この不便な機能は、初めて訪れたような町で真価を発揮する。
歩いていたり立っているだけでは、プレイヤーとNPCの差を瞬時に見分けることが出来ないのである。厳密に言えば装備などで察することは出来るのだが、NPCと似た服はプレイヤー側にも用意されているため、村人プレイをされると騙される。
プレイヤーだけが集まる店、色々な募集が出来るリアルタイム掲示板機能が用意されているため、人を集めたり情報収集に苦労はないのが救いだ。
雰囲気を味わうための配慮なのだそうだが、かなり特殊だ。
PTを組んだり戦闘になれば、敵味方キャラの頭上にキャラクター名が出るため、ここからは普通のゲームと差がなくなる。
『ゲーム内での生活時間と戦闘活動時間との差も感じ取って、世界を遊んで欲しい』
これがプロデューサーのもっとも言いたかったことと、広告されていた。
不便は山のようにあるが、自分がその世界の中にいる感じは存分に味わえる。