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最初に感じたのはまぶたの赤さ、目を開けると眩しさで目が開かない。ぼんやりとした頭でカーテンを閉め忘れて寝てしまったのだろうかと、この光について考え始める。
誰かが部屋に来て嫌がらせのように開けたとも考える、また目を開けて眩しさに慣れようと努力を始めた。今は4月のはずだったので、ちょっと日差しが強いように感じるが少しずつはっきりしてきた頭は、背の感じる寝ている場所の固さに違和感を覚える。
「こんにちは、おじさん」
「今は配達の途中だよ」
こんな少年の声が少し離れたところからか聞こえて来る、自分に対してではないのは分かるが窓を開けたまま寝てしまって、外の声が聞こえているのだろうか。
ガバっと起き上がった九一郎は眩しさになれた目で、ブンブンと左右に視線を走らせた。まさに声にならない声が出そうになると同時に『ああ、夢だ』と悟った。夢と気付く過程としては今までの場合と少し違ったが、こんな場面展開はいつもの夢と変わらない、部屋で寝ていた自分がいきなり芝生で寝ていたのだから。
「こんにちは、おじさん。今は配達中だよ」
「ご苦労さん、がんばれよ」
また少年の声が聞こえ今度は返答する男性の声も聞き取れた、しかし腑に落ちない。芝生に座り込んだまま芝生をいじりながら、何か引っかかった物を頭の中から除こうと考えた。
これは夢なのは間違いないだろうという答えは出た、この夢はどんな夢なのかということだ。
「こんにちは、おじさん。今は配達中だよ」
「ご苦労さん、がんばれよ」
しつこいほどの同じ台詞が三度目の正直のように答えを導き出す。ここはいつもやっているゲームの世界内であるというものだ。
いつもは文字テキストで見る台詞なのだが、音声として聞いてみるとすぐには気付かないものである。それでも自分がゲーム内の夢を見ているということは、はっきりと自覚出来た。
ゲームの中に入る夢は初めてであり、まずは夢の中の法則がどうなっているのかという疑問が浮かんだ。ステータスやお金なんてあるのかなど、すごくくだらない事ではあるがゲーマーの疑問などその程度なものだろう。
ゲームはいつも主観視点で、各種項目が視界内に配置されているが今はそんな表示はない、当たり前のようにいつも見ているような感覚で、ゲーム中より視界は広い。
視線を巡らせていると右下の方に何かが見えた、頭を動かすと視界外に逃げようとでもするかのように動く。視界内にゴミを見つけ視線で追うと逃げる動きに似ているが、分かる人には分かるのであろうか、今は頭を動かすと逃げるので視線で追ってみる。
追ってみて理解したのはボタンであるということ、しかも見慣れたボタンでゲームでは視覚情報変更ボタンと言う。
触れようと手を動かしてみるがなんの反応もない、指で狙いを定めて小さいボタンを視界内で押してみる。3回失敗をして4回目に指はボタンにクリーンヒットした。
それから起こったことは、『ああ、やっぱり夢なんだな』と確信させるに十分な効果を与える現象であった。
視界内の自分から50cm程先が、いつもの見慣れた物で埋め尽くされたからである。半透明なそれは完全に視界を奪うものではなかったが、このまま行動するには邪魔ではある。
しかし色々確認をしたい欲求のまま、ゲームとまるで同じメニュー画面のステータスボタンを押してみる。今度は視界中央にあるため押し損ねることもなく、正確に動作通りの結果を与えてくれた。
広がったステータス確認画面を見ながら『さあ、どうなってるのやら』と思っていると、名前『クォン』職業『 』レベル1、各種ステータスが並び一番下に次レベル必要経験値と累計経験値が表示された。
職業の欄が空欄なので、晴れて無職の仲間入りなどと思っていたのだが、次のレベルになるには経験値が必要なようである。
0/10000と表記があり、累積経験値はレベル1で何もしていないのだから当たり前のようにゼロであった。
ゲーム『ロスト・ディスティニー』の中では、レベル1から2への必要経験値は500と記憶している。
無職を脱出するか極めるのには相当の苦労が必要なようで、その後は所持金や所持アイテムを見てみたが見事なほど何もなかった。
『散々な夢でござる』と侍か忍者が使う感想を思い浮かべ、視界を元に戻すために切り替えボタンを押した。