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大規模MMOアクションRPG「ロスト・ディスティニー」
剣と魔法を主軸とし、中世をモチーフにした大人数参加型ロールプレイングゲーム。ゲーム内のキャラクターをそれぞれが操作し、協力や戦闘をしつつ自分のキャラクターを強化したり、アイテムを得たり、お金を稼いだり、各々の目的に合わせた遊び方をするゲームである。
遠い昔、人間がいくつかの勢力に分かれ戦いを繰り返していた。国は疲弊し各々の力を弱めた時に、亜人の群れに蹂躙された過去を持つ世界、もっと説明は長くあるようだ。
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ディスプレイの中は何かのゲームで、露店をいくつか映し出している。軽快なリズムのBGMが流れ、人の行き来も見て取れる。
青年はその画面を見ながらキーボードをカタカタと打ち、それから手を離してゲーム用コントローラーを両手で掴み操作を始める。画面はさも歩いているかのように主観視点で動き、露店の景色が流れ、人とすれ違いながら進む。
その先には店がないようなのでここが露店通りの外れなのだろうか、目的の店の前らしき場所で止まる。女性が店番をしている場所のようで、女性といっても画面内はゲームなのだが、映し出されている人物は他人が操作しているものかもしれないが、一定の動きを繰り返すだけなため、今映っている人物は通称NPCというゲームの一部であり決まった動作と決まった台詞を放つポリゴンのキャラクターのようだ。
店番女性NPCの前でコントローラーのボタンを押すと話しかけたようで、ゲームのチャットログ欄に台詞の文字が流れる。それに目を通す仕草見せ、ボタンを数回押すと用事が済んだのか、またコントローラーを操作し移動を開始した。
マーケットを抜け路地に入りキャラクターが立ち止まる、ここが次の目的地なのか、見た感じでは宿屋のような建物の中に入っていく。
フロントと思しきカウンターに白髪の老人が立っており、先ほどと同じように話掛けたみたいだ。
ディスプレイに選択画面が表示され、YESにカーソルを合わせて青年はボタンを押す。そのまま画面は暗転して、宿屋の部屋へと移動したようで、簡素なベッドが置かれている空間が映し出される。
その光景を確認した後にキーボードを叩き、画面にあるログアウトの項目にカーソルを合わせ、コントローラーのボタンを押した。
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凝り固まった肩を回し、一息ついて椅子から立ち上がる。長時間プレイだったためか、尻の痛みも少々ある。
やっとログアウトした板橋九一郎は、ディスプレイの電源を切り時計に目をやった。日付を回り10分ほどが過ぎた時間で、ちょっとやりすぎたなと反省するでもなくぼんやり考え腰を回し始めた。
身長175cm体重は60kgちょっと、ガリガリ一歩手前の細身な体をほぐしてからベッドに向かって歩き、そこへ腰掛けた。
九一郎という名前はかなり珍しい、九に一なんて女忍者の呼び名みたいだ。幼い頃のあだ名は『板橋区』、区役所の記入例みたいなんて言われたこともあった。最近のあだ名は『Q』が多い、九を文字ったのもあるがゲーム内の名前に使っているのもあるからだろう。
Q(9)にOne(1)で『クォン』をいつもは使っている、女性キャラを使う時は『クノイチ』にするので、からかわれることはあっても自分の名前は嫌いではない。
先ほどまでやっていたゲーム『ロスト・ディスティニー』はサービス開始から3年半、そのうちプレイ期間は3年ちょっとなのでゲーム内では初期組寄りだ。
始めたのが大学生の頃で、今は就職をし社会人となっている。学生時代にかなりやり込んだため、財産とレベルはそれなりにあるので今の生活環境でもそこそこやれる。数ヶ月前にかなり熱くなることがゲーム内であり、その後はちょっと気が抜けた状態という感じだ。
アクション要素が強い面もあるためレベル一辺倒にはならずにやれるが、最近の高度な攻略ではレベルとより上位の装備が合わさると、さすがに差となって出るようだ。
半年前に発売された拡張パックの追加されたエリアでの行動力で、自分よりプレイ時間の長い相手に引き離されているのであろう。繰り返しやるようなお使いクエストなどは、生来の気質が面倒くさがりなため疎かにしやすい。気質は他にも表れていて、ゲーム内では意思の疎通に重要なボイスチャットの声を使ったやりとりが嫌いなのである。
聞く分にはそれほど苦にはならないのだが、『文字打ってりゃいいだろ』と独り言をつぶやいたことも少なくない。正直に言えば文字を打つのさえ面倒で皆に直接は言えないが、文字を打つために操作が遅くなったり制約を受けるため、皆が声でのやりとりを求められることは理解出来ている。
最近はギルドリーダーも口にしなくなったが、九一郎がボイスチャットに参加しないことに苦言を呈されたことはあった。そもそもの理由『ヘッドセット(マイク一体型ヘッドホン)が嫌い』と正直に言えばいいのかもしれないが、なんとなく言えずに毎度毎度考えとくを言っていたら、その点を言われなくなったのでラッキーと思い、ギルドを追い出されもしないので自分の中だけで良しとしていた。
腰掛けていたベッドに横たわり、ぼんやりと考え事をする九一郎には特技があった。特に人に自慢が出来るようなものではない、ただ寝る時の夢を少しだけ自由に出来るというもの、『見る場面や場所を選べる』と『夢を夢と認識して行動出来る』の2つである。
2つなのには理由があって、同時にそれが叶わないということが答えである。
好きな場面を選べても夢と認識出来ないため、夢特有の奇異な状況や人との関係性が顕著に現れ、自分の言動もおかしかったりする。
もう1つの方では夢と認識出来ても、場面や場所がおかしくまともな行動が取れないなど、どちらの場合も沢山の欠点がある。
こんな特技のある九一郎ではあるが、1つだけ不思議なことがあった。自らの意思でゲーム内を夢で見ようと思ったことがない。
いつもプレイしてるからという理由が存在するのでなんら問題はないのだが、夢というものは意図しなくとも無意識に見るもので、今まで一度もゲームの夢を見ていないことが不思議であった。
一切覚えていないというものもあるはずなので、本当に見ていないと言い切れはしないが、寝る前はいつもそのことが引っかかり続けていた。
時計にまた目をやると1時を過ぎた時間になっていたため、7時に起きないといけない九一郎はさすがにマズイと就寝することにして電気を消した。