序章
「遊撃隊、ボスの後ろに周り込んで削ってください、タゲを取る勢いでいいです」
男性の滑舌のよい通る声で指示が飛ぶ。戦闘の司令官であろうか、弓を左手に持ち今は下げた状態だ。巨大に肥え太り着飾った全長5mほどのオークに回り込む集団。
-『MPきつくなりそう』-
集団の中で白いローブを着た、女性が訴える。
-『OK、外部からの補助もらうようにする』-
遊撃隊と呼ばれた集団のリーダーらしき人物が返答する。
「遊撃隊より」
「うちの回復がきついっぽいから、余裕あるPTは援護お願いします」
「これから削ります」
早口で何度か切りつつ状況を説明するレザーアーマーを来た遊撃隊の男性は、両の手に剣を持ち、右の剣を頭上、刃こぼれしている左の剣は胸の前に構えオークに切り込んで行く。
「ライさん、いけそうかな」
弓を持った司令官然の男性から声が飛ぶ。
「さすがに3度目は崩れないよ、Qのとこのヘイトが俺らに上手く乗ってるし」
ライと呼ばれた声の主は、ここにきてやっと笑いを含む余裕を見せている。
黒光りしていたヘビーアーマーには、磨耗の痕がありありと見てとれる。ゴツい長方形の大きな盾は、装飾もゴテゴテしてたはずだが今はほとんどが削りとられたようだ。
「Q、ヘイトはいいが『阻害』のテンポ掴めたか」
付き合いが長いのか、それとも年下相手なのだろうか、ライに掛けた言葉に比べたら、いくぶんか横柄なしゃべり方であった。
--【大丈夫】--
Qの返答は音として聞こえてこない。司令官然とした弓持ちはそれでも理解したようで、弓を構え始めた。
漆が塗られているような渋さがある、かなりの長さで装飾も豪華な弓、つがえる矢も太く矢羽は金色の光を強く放ち、見た目からも強く高価そうだ。
ギリギリと引き絞り視線を移動させ、体から湯気のようなものを立ち上ららせている。今指を外ずせば、矢はオークの左頚部めがけて飛んでいくだろう。
しかし、彼はここで特殊な行動に出た。
--------『ロー・ヘイト・シューティング』--------
彼の姿がややぼんやりとした状態になる。
--------『サイドワインダー』--------
矢が派手に空気を切り裂き、鏃に緑の光を薄く放ち斜め上方へと滑空していく。
オークから左手側、いわば死角になるかならないかの位置での射撃だ。まだかなりの距離があるが、オークの左手にある、円形の板に錆を浮かせた鉄で補強された盾が、矢の進行方向へと正確に跳ね上がる。
グワンッと音が発生したと同時に、矢の軌跡が構えられた盾を避けるようにオークの後方へ、右に大きくカーブした。蛇のように、半円を描くように。
そんな動きであっても矢はオークの左頚部を目指しているのは分かる、誘導ミサイルのように襲い掛かって行く。
司令官は当たるのが当然かの立ち振る舞いを見せ、また弓に矢をつがえた。今度は2本矢がある、同時に2本を撃つようだ。
彼の隣にすっと進み出た軽装の長身男性が、更に長い弓を一緒に構え出す。その時オークの左頚部に先ほどの矢が突き刺さった。
『ぐるぅぅおぉぉぅぅぅぅぅぅ~』
震えるような咆哮を上げるオークだが、あまりリアルには聞こえない。いきり立ったのだろうか、オークは前方にいる重装備を着込んだ3人組に対して、錆びが浮いている特殊な金属性の大きな鉈を振り上げて、即座に叩きつけるように振り下ろし始める。
そこへ2m程の帯状のような白い光が、3人の重装備の後方からオークの右肘に目掛けて飛んだ。
オークの右肘にシュルりと巻きついた白い帯は、瞬間強い光を放ちオークの肩と右肘を固定する。その間、並んで構えていた3人が少し散開した。
中央で体が隠れるような長方形の盾を、全面に出すライ。
左側に鉄プレートと鉄プレートの合間に鎖状の繋ぎを施した、一風変わったプレートメイルを着込んで大きな両手剣持った、右肩を覆うものが吹き飛ばされた男。
右側には白かったであろうプレートアーマーに、白地に青い紋様が少し残る盾を左手に持ち、裏地が真っ赤で所々に焦げた穴がある白いマントを羽織った片手剣持ちの男。
3人はオークの攻撃の前面で食い止めようと、動いているように感じられる。
--------『ハウル』--------
まず行動を起こしたのは左側にいる大きな両手剣持ちで、無色の波動のようなものを前方に放つと、オークに炸裂させる。衝撃はないようで、波動は消え去った。
--------『シャウト』--------
--------『シャウト』--------
間髪入れずライと白鎧の2人も、両手剣持ちよりは明らかに弱めではあるが、波動をオークに飛ばし直撃させる。
挑発をして自分達に注意を引こうとしているようで、オークはそれに反応して、自由の利かない右手を震わせ、地団駄を踏む。
『うごぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉ』
またリアルさとは程遠い咆哮をオークが上げると、右手の自由を奪っていた白い光の帯が消え去り、一呼吸の間があって、錆び付いた鉈が振り下ろされた。
ライの持つ大きな盾が真正面から鉈を迎え打ち、かなりの鈍い音と共にその動きを止めた。横手から両手剣持ちは、オークの右手に向かって剣を振り下ろす。白ずくめは剣を握ったまま、敵の攻撃を受け止めたライに対して拳を向け、
--------ライト・ヒール--------
淡い光を飛ばし彼へ届いた瞬間に広がり、全身を薄く包み込む。
更に右後方から少し強い光が届き、ライを包み込む光が強くなった。
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こんな戦闘がそれから50分ほど繰り広げられた。
左手の盾をとうに無くし鉈を両手で掴んだオークは、猛り狂うように暴れまわろうとしていた。後方から背中へ飛ぶ火の玉、足元を襲うひび割れ、左足と地面を繋ぐ氷の塊で、自由が利かないようである。
「『ソードマスター』と『アサシン』は上位技使って下さい、あと少しで削りきれる」
「『アーチャー』も全力」
「盾役3人はヘイト維持、『ハウラー』はバランス取って挑発」
矢継ぎ早に司令官から指示の声が飛ぶ。
「了解」
「取って置きの矢使うぞ」
ちょっと興奮気味な声色の返答が、それぞれ違う人物からあって、
「なんだかんだで勝っちゃうのか、精鋭グループが全滅繰り返してた敵に俺たちが」
ライは長方形の盾ではなく、今は菱型のスパイクの付いた盾を構えながら、かなり笑いを含んだ声を返している。
「まだ分からない、最終モードがあるかもしれない、とっくの昔に情報があった部分より削っている。もしかしたらどっかの国のサーバはここまで進んでるかもしれないが、下手したら俺たちが一番削った状態を見ているのかもしれない」
司令官のボイスチャットを通した声に熱が感じられる。
発言者を除く93名はどのような心境でこの声を聞いているのであろうか。
--『ぱっくん』--
レイド(集団)メンバー全員に飛ぶレイド専用チャットに文字が表れた。Qと呼ばれた人物からのものだった。先ほどからQはこの機能を使って応答していた。
「なんだ、なんかあったか」
ぱっくんと呼ばれた人物、弓持ちの司令官は問い返す。
--『3連入れた方がいい』【危険】--
Qは定型文を交えた文字チャットのみの、簡潔な返答をした。
声でやりとりするボイスチャットは、混乱を避けるために全員が聞いているようだが、発言者と返答者はPTリーダーと盾職のみだった。
指示を受けていたところを見ると、QはPTリーダーなのだろう、通称聞き専と呼ばれる『ボイスチャットを聞いてはいるが、声は出さない人物』と見受けられた。
打つ言葉は少なく簡潔で多少分かり辛いようだが、洞察力と冷静さを何故か感じさせた。
その彼が、3連と危険という言葉を使った。
*******
ぱっくんは瞬時に考えた、このレイドPTの力量を。
このレイドPTでの戦闘は、寄せ集め達への記念品的なおこぼれだった。
サーバ内でトップと言われるギルドが、メンバーを選抜して組んだレイドPT2団体共、今戦っているオークにこの戦闘前に敗れ去った。
再戦の準備のために戻る間、内部での新たな情報収集も兼ねるという約束で突入出来たのだが、割りあい殺伐さに欠けるサーバであったため突入妨害などの行為を受けるようなことはなかった、他サーバでは攻略団体によって戦闘の権利が独占されていたかもしれない。
とはいえ、自分が率いる中規模ギルド主力メンバーと、バトルフィールド入り口までたどり着いた少人数PT数組に、残りはソロを入れて作った『即席レイドPT』
どうせクリア出来ないと高をくくって入れてくれたのもあるのだろう。
「連携で綺麗に押し込もう、基点は遊撃隊の誰かお願いします、連携は3連【重力波】」
みんなに知らせるため素早く指示を出す。オークの鉈を超重装備盾職『ディフェンダー』のライが菱型の盾で全身を使い受けきっている。
両の手に1本ずつ片手剣を持つ軽装備攻撃職『ソードマスター』で、遊撃隊のリーダーが、
「僕が行きます」
と、張った声で返してくる。
「OK、『双剣乱舞』打ってください」
「インさんトスよろしく、技はいけるよね」
ぱっくんは2人に指示を出し、自分のテンポが上がっていくのを感じていく。
インと呼んだ、インサイドと言う名の重装備盾職『ハウラー』は、専用挑発技ハウルをオークに入れた後、両手剣を構えダメージによって更に左肩の装甲も無くなり、両肩をむき出しの姿ではあるが、
「溜まってるから、いけるよー」
軽い声で帰す。
やや複雑な連携技の法則を心得て、『ソードマスター』が出す技に繋がる技も分かっているので最小の指示で済む。さすが場数を踏んでいる、サービス開始組の古参プレイヤーだ。
「Q、〆はお前だ」
「ワンダーさん、フル強化始めてください」
ぱっくんはまたそれぞれに指示を出す。
--【了解】--
Qの返答がある。
--『Qの名前が出る前から、もう準備開始してるよぉ~』--
ワンダーと呼んだ、職業『バード』は腰からハープを外し奏で始めていた。
パソコンのディスプレイの前で、ぱっくんは薄く鼻で笑ったがマイクは拾わなかったようだ。
「じゃあいこう、これで削り切れることを祈って」