選択肢は少なくて
錬金術連盟協会アドバラン支店。
それが今俺のいる場所だ。
じいさんばあさんに促されて、家から出て北東。自分が倒れていた街でもあるアドバラン。 その一角にある錬金術師の為の事務所だ。
なんでこんな所にいるかって。
ホムンクルス。強化人間、そしてキメラ。錬金術に関係したものはみんな連盟に登録する必要があるらしい。
ごく普通の仕事を探そうとしたんだけど。残念な事に錬金術が関わるその三種と純粋に錬金術を取得した人。総じてアルケミーなんて呼ばれるらしいけど、そういった人達は一般的な仕事に就く事はできない。
そもそもの所、錬金術師とは何か。それは有史に存在するこの国、4の国ゼフェリア。
ここを含む六つのダンジョンの傍に建国された六国。その初代国王達が錬金術師を名乗ったことから始まる。
現存する歴史、およそ400年前のことらしいけど、その王達が原初の錬金術師と呼ばれている。
人の体内、魂。そこから生み出される"魔力"その魔力を利用して精錬、精製を行う者達。
言ってしまえばその魔力を持ったもの達を指す。
今俺がぼりぼりと食べている乾パン。これを作っているのも錬金術師達だ。方向性は色々ある、錬金術師の職種はそれなりに広いのが救いだろう。
くそまずい乾パンを水で飲み下して。俺は事務所へと入った。中は広々としていた。総合受付の窓口にいる美人さんに歩みよる。目的の場所を聞くためだ。
「錬武士の登録はどこへ行けばいいのか教えて欲しい」
「二回登録受付所にいけば錬武士登録の窓口があるので、そこでお願いします」
営業スマイルが板についた女性がすらすらと応えた通りに。歩いていった。
俺はその中でも"錬武士"という職種にしか就くことができない。
なんだそれ? なんて初めてじいさんに聞いた時に思ったけど今ではまぁ、納得してないなりにも割り切っている。
じいさんやばあさんと過ごして早二ヶ月ほど。養子になってからはじいさんのおもちゃのようなものでもあった。いや、自分の体を調べるという意味でも大切な事だった。
だからこそ養子になる必要もあった。でもあの「くひひ」とでも言いそうな表情は正直こわい。
とはいえそんな苦労をして分かった事の一つ。体が人とは違うってことだ。体の特徴から統一型キメラが濃厚になった訳だけど、そのせいで問題がでてきた。錬金術師の中でも比較的安全な仕事。生産系や何かしらの研究職。そういった仕事の場合定期的に"調整"。健康診断的な何かを求められる。
一般強化にせよホムンクルスにせよキメラにせよ、調整は必要で普通の人よりも体の変化が起りやすい。良くも悪くもだけど。俺の場合見た目が単一型キメラとは違う。調整で存在しないはずの統一型キメラかもしれないなんて露見したら大変な事になってしまう、かもしれない。
そんな理由で生産系や研究職にはつけなくなってしまう。そもそも何の予備知識もないので錬金術を勉強するだけで一苦労な訳だけど。そのせいで選べるの特殊錬金術師と呼ばれる四つ。
錬命士。じいさんのような研究者や医療に長けた者。これはまぁいい。
錬工士。生産系の中でも開発や錬魔鉱の精錬を行える人達。
錬武士。争い事に特化してその中でも直接戦闘を行う人達。
錬術士。幅が広いけど魔力を空気中に漂わせる事ができる人達。
一般登録とは別にさらに登録しないといけないこの四つ。"魔力錬成"と呼ばれる資質がないとなれない。貴重でもあるのでこれらの魔力錬成の資質が見つかった場合、成ることを"推奨"される。とは言ってもほぼ強制的、なようなものだ。
というのも、キメラも、ホムンクルスも強化にしても、この特殊錬金術師を生み出す為に研究されている。これらを施されている場合。間違いなくこの特殊錬金術師に入る。
「錬武士登録をしたいんだけど」
多少不機嫌な声音なのは仕方がない。 だって、選択の自由がほぼない。この美人受付には申し訳ないけど。決めつけられるのが嫌だった。
「ご登録ありがとうございます。それではこちらの用紙をご記入ください黒鋼の形状は何がよろしいですか?」
「ナイフ二本で」
不機嫌そうなタツヒトにも負けじと、にこにこと笑顔で用紙を渡されて、登録に必要な事を書いていく。ここで大事なのがアルケミー種別。ここにはじいさんと相談して決めた強化人間(普)と書く事になっている。
受付嬢に渡すと「お待ちください」と言われてまつ事少し。「ではこちらを」と渡されたのは一塊の金属だ「初期状態の10等級黒鋼です、こちらに魔力伝達を行ってもらう事でテストは終了です」なんて渡された長方形型の金属塊を両手でもつ。
はぁ、っと大きく息を吐いた様子で緊張してると思ったのか受付嬢は「大丈夫ですよ。頑張ってください」なんて声をかけてきた。不機嫌そうだった俺に気安く声をかけられる辺り、受け付けとして親しみやすさを出してるんだろうか。なんて事はまぁどうでもいい事か。
それよりも、だ。
これができなければ実際に錬武士にはなれない。なにせ努力でどうにかなるものではないからだ。じいさんに適正があるとは言われたけどやるのは初めてだし。
苦笑を返すしかできなかったけどごくりと、つばを飲み込む。最初の難関である生成をやってみる。
――ジェネレイト。
まぁなんというか不思議な感触だった。魔力が体を奔る。胸がかっと熱くなって。その熱さが腕を走り抜け、手の平から抜け出ていく。光景はもっと変だ。一瞬ぐにゃりと硬質だった黒い金属塊が青い光を帯びながら柔らかくなる。両手で持っていたそれが二つに分かれて。握っている部分が細くなって短いながらも鋭く、研ぎ澄まされていく。
堅いそれが一声かけるだけで形が変わって。重さまで変化する。
受付嬢に伝えたナイフ二本。何の装飾もされていないシンプルなデザインのそれは、今の俺みたいに酷く頼りない。
「おめでとうございます。タツヒト様、今日からあなた様は錬武士です」
なんて言われる。邪気のない受付嬢の言葉は心から祝福してるようで。頼りないなんて思った俺は罰があたるかもしれない。
それだけ錬武士を含む特殊錬金術師達は各街に一定の需要がほしい。またその生き方を狭められて、『何かあれば真っ先に死ぬ存在』が特殊錬金術師だ。取りわけ錬武士は危険が多い。その為どの国でも一定の尊厳を約束している……らしい。
そんな貴重な存在を作り出すために。一般強化の他にホムンクルスやキメラ、機械強化なんて手法も生み出されたくらいなのだから。それこその存在は一言で貴重、なんて言えるものでもないんだろう。
そんな信仰の対象近い存在がまた一人増えた。その力をもっていない人達からすれば祝福すべき事で。
「ありがとう」
だからそんな事しか言えなかった。
「はい! それでは。そちらの黒鋼はお持ちください。貴重なものですから紛失されないようにしてくださいね。紛失されればこちらでは10等級の販売しか行っておりませんから。後は、錬武士に纏わる法律はこちらの本に記載されておりますから、こちらもお持ちください。それと、このドッグタグが錬武士とタツヒト様の身元証明になりますから、肌身はださずお持ちください。他に何かご不明な点はありますか?」
「大丈夫だと思う。まずはダンジョンに潜ってみるつもりだから、後で本も読んでおくよ」
そういって「ディジェネレイト」と待機型に戻した黒鋼をもって、本を受け取る。
錬武士は一般の者の力を大きく上回るから、それに纏わる法律も多い。簡単に言えば。一般人と諍いが起った際のルールのようなものだ。自分から諍いを起こすつもりはないけど、何があるか分からないからよく読んで置かないと。めんどくさいけど。
「お気を付けていってらっしゃいませ」
定型句なのか、そんな言葉を受けて。外へと出ると次の準備だった。
特殊錬金術師達専用のお店。このドッグタグがあれば入れるようになる店では各特殊錬金術師が必ず訪れる店だ。専門店の為、店はすぐ隣にある。
じいさん達に渡された金を持って。俺は店で必要なものを調達していた。
いろんなものが乱雑に棚に並べられている。受け取った10等級黒鋼よりも上位の黒鋼や。白鋼と呼ばれる用途の違う金属が高額で売られている。後は防具。その他錬金術製の様々な道具を代わる代わる見る。何の用途に使うのか分からないものも多くて、カウンターにいるおっちゃんに声をかけた。
「今日から錬武士になったんだけど、ダンジョンに必要なものが欲しい」
「ん。初心者がいきなりダンジョンか。おすすめはしないがね」
「ちょっとした事情があってね。最低限でいいから必要なんだよ」
「そうか、なら用意する。待ってろ」
事情とは、勿論この体。錬武士と言っても護衛などで雇われればお抱えの錬命士からの"調整”が入る。そうなるのは困るから、結局は定職に就かずダンジョンに潜る。それくらいしかできる事ができない。それだって立派な仕事ではあるけど。
特殊錬金術師が貴重な理由。それがダンジョンだ。
このアドバランにあるダンジョン。通称"金のなる木"。確か本当の名前は"ゼルカモニア"、だったか。
他にも大型のダンジョンはあるし、突発的に"発生"するダンジョンなんかもあるらしい。
このダンジョンを放っておけば。中から異物、異形、なんでもいい。便宜上"魔物"と呼ばれるものがあふれて街を襲うようになる。これらの対抗する為に特殊錬金術師達がいる。
人や動物よりも圧倒的に強いそれらを押え込む。討伐するのが特殊錬金術師の義務でもあって、一定の期間中にダンジョンには必ず潜らないといけない。
だから、命を落す確率が高く、"真っ先に死ぬ"のが特殊錬金術師。でも自分から潜るのはそれほど珍しい事ではない。
金になるからだ。
魔物の素材は下手な金属よりも堅く、高値で取引される。その上魔物の肉が大事だ。
過去あった大災害。その影響で動植物は恐ろしいほど数を減らして、今では滅多に見かけるものではない。食卓から肉が上る事が少なくなり。野菜もなかなかに高い。
そんな中で魔物の肉やダンジョンでとれる植物なんかが高額で取引され、旨い。それでもかなり危険が伴う肉だからかやっぱり供給が多い訳でもないらしい。
だから一般家庭では特別な時くらいしか本物の肉や野菜が食べられる事がない。代わりに広く食べられているのが疑似栄養食品。さっき食べてた"乾パン"もその一つ。味は二の次の体の栄養最優先のこれ、酷くまずい。
だから特殊錬金術師は一攫千金や旨いものを目指して魔物を討伐しにダンジョンに潜る。
それでなくても特殊錬金術師の使う黒鋼や、白鋼。これの調整費用も馬鹿にならないから、簡単に儲けられる訳ではないらしい。
おっちゃんが用意してくれた初心者セットの代金を払って身につけていく。
低位の魔物の皮で造られたプロテクター。
動きを阻害しない程度のローブは休息と取るためのもの。
待機状態の黒鋼やナイフを抜きやすくするベルト型ホルダー。
素材を入れる為のバックパック。
他暗闇を照らす為の錬金術製ライトや、10等級のポーション。念の為に、いくつかの乾パン。
「……似合うじゃねえか」
「棒読みだろう……似合わないと自分でも思ってる」
うぷぷ。とでも笑い出しそうな店主の顔をじと目で見る。
そりゃぁ似合わない。
身長こそ結構高いけど、がっちりと体格が良い訳でもなければ、色白い肌はどこからどうみても逞しさは感じられない。
どうみても、ちょっと目つきの悪い小僧が背伸びして頑張りました、感がぬぐえないような気がする。
「まぁ、とは言っても初心者用のものだからな、無理するなよ。錬武士様は貴重だからな」
「貴重なんだから死なないようにしないとな」
「おいおい、荒れてるな。他意は無いぞ。錬武士様方を始め、街を守ってくれる存在なんだからな」
「似合わないと思ってるだろう……」
「そりゃあなぁ……でも最初はみんなそんなもんだ。錬武士様は錬武士様で必死に生き戻って成長していくもんだ。そうそう、これは忠告だが錬命士の仲間は早めに見つけた方がいいぞ、一緒にいるだけで生存率が大分変わってくる」
「忠告は受け取っておくよ」
一人で潜るものはそういない。錬命士や錬工士。サポーターとして活躍する彼らを仲間にして、また彼らを守るために錬武士や錬術士で固める。仲間の人数は大なり小なりでも、それぞれ一人ずつは欲しい所らしい。それでも少ないらしいけど。
たとえば専門の学園や横のつながりのある者と近しいものでもなければ、すぐには見つからない。
最初が一番危ないなんて言うらしい、だがその最初を仲間と乗り越えられるなんて言うのはその人の環境次第だ。俺の場合は一人で挑むしかない。
「仲間を見つけてから挑むって手もあるぞ?」
「いつになるか分からないしね。それに魔物の肉をばあさんへの手土産にしたいんだよ」
表向きの理由がそれ、ばあさんの誕生日に魔物の肉を用意してやりたい。なにせ、そのために命をかける、なんて人もざらにいるらしいから。
「そうか。深くは聞かんが、生きて戻ってこいよ錬武士様」
「死にたくないからね、やれるだけやってみる」
手をひらひらと店主に向けてふりながら。その場を後にした。