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ダンジョン×キメラ  作者: mebius
バケモノの生まれた日
3/11

親切な人達

 どれくらい時間がたったんだろう。

 あれから長い時間がたったような気もするし、そうじゃないような気もする。

 意識は途切れ途切れで。意識がなくなっては気が付いて。その度に全くしらない景色が写る。ただ、少しだけ、意識のある時間が長くなっていっているような気はする。心持ち、ただそう感じてるだけど。


 意識は混濁したままで。自分の体も思うように動かせない、どこか白っぽくなった景色のまま視界に移るものどどこか映像のように傍観しているようにただ景色が変わるのを眺めている事しかできない。


 海。

 砂浜。

 森。

 そして、


「おい浮浪者。そこをどけ」


 石造りで作られた地面、建物が見える中、道のど真ん中でにいるんだろう。視界に写ってるいるのは馬車? それに御者と呼ばれる者だろう。


 間違いなく俺の事だろう。「わりぃ、どくからちょいと待ってくれ」

 なんて言えてさっさとどければいいんだけど。

 

「う……うぁ……」

 

 体は動かない。声も。いくら返事をしようと思っても、口から出るのはそんな声にならないうめき声のようなものだけで。

 ちっと舌打ちを入れて、御者の男は俺のぼろぼろのローブの襟首を掴むと、壁際に捨てるように引きずって投げた。

 

 後頭部を強打したみたいだけど、なんの事はない。痛みなんてものも感じない。肢体は全く自分の意思では動かなくて。体そのものは自分のものじゃないかのようにしか感じられない。ただ、あるのは火であぶられてるような苦痛しかない。そんな苦しみも。もう意識がある間中ずっと感じていたらなんとなく慣れてきた。

 

 視界には立ちゆく人が写る。皆一様に怪訝そうに俺の事を見て、興味を失ったように立ち去っていく。

 

 勝手に動くこの体はどこかへ行くつもりがないようで、じっと同じ所を見つめている。


 そういえば。最初に目が覚めた時にみた女性。『失敗した』なんて言ってたな。これがそうなんだろうか。なんて何度か考えてはいる。体との意思疎通ができなくて、体が崩壊する、なんて恐ろしい事も言っていた。このまま死ぬしかないんだろうか、と言うより。食事を取っているのかすら分からない。どちらにしろ、遠からず死ぬかもしれない。

 

 今日死ぬかもしれず、明日死ぬかもしれず。体は動かず。正直俺にはどうしようもないような気がする。生きたいと願えといったって。この状態でどうしろってんだ。

 

 そんな事を考えてると、また意識が遠くなってきがした。

 

「あなた、大丈夫?」

 

 老夫婦。

 そう呼ぶのがしっくり来る。深い皺が年月を感じさせる。声をかけてきたばあさんの方は内面が顔にでたかのように、やさしい顔をしている。

 

 行き倒れな上に明らかにおかしい俺に声をかけてくるんだから、間違ってないだろう。

 

 隣に立っている老人が目の前まで来て顔をのぞき込んできた。なにやら難しい顔をしている。

 

「どう?」

「体は健康そうだけど、意識がないようだ。放っておくとこのまま死んでしまうかもしれないね」

「そう」と答えるおばさんは、いいこと思いついた、なんて表情でぱんっと手を合わせる。「この子、連れて帰りましょう」

 

 おいおい。見ず知らず。しかも明らかに正気じゃない男を連れて帰ろうって何考えてるんだろうか。俺が逆の立場なら御免被る所だけど。

 

 ほら、おじいさんも渋い顔をしてる。なにやら考え込んでる。勿論だ、こんな怪しいやつを連れて帰るとかどこのお人好しだ。答えは勿論。


「そうしようか。看病してあげれば意識も戻るだろう。どうせ暇だからね」


 いいのかよ……

 人がよすぎるだろう、この二人。一言言ってやりたいところだけど、何もできない俺は、じいさんに担がれて家へとお持ち帰りされる事になった。

 


 ◇◆◇

 

 一月ほどが経ったんだろうか。まだ死は訪れない。体が崩壊する、なんて言われていたけど、まだ体は無事なままだ。それよりも変化があった。

 

 途切れ途切れだった意識がだんだんと途切れなくなってきた。特にこの一週間ほどはまったく意識が途絶えている事がない。

 

「さぁ、ほら飲んで」


 そういってじいさんが俺の体を起こして水差しで水を与えている。

 毎日毎日。介護をするように日に一回はこうして水と食事を与えにくる。じいさんとばあさんの交代交代に、だ。

  

 そうは言っても食事はろくにとれず、結局水差しから水を流し込むしかできない。だけど水を飲まされる度に、あんなに酷かった火にくべられるようだった痛みがだんだんと落ちついてくるような気がする。

 少なくとも、徐々によくなっていっているんじゃないだろうか。それとも逆に命が燃え尽きようとしてるんだろうか?

 

 分からないけど、どっちにしろ痛みがないに越したことはない。

 

 じいさんとばあさんはいつも俺に話しかける。応えなんてかえってこないのに毎日毎日飽きもせず。その間になんとなくじいさんとばあさんがどうして連れて帰ってきたのか分かってきた。ようは寂しいのだ。


 一人息子が家を飛び出て、もう何年も帰ってこない。二人で住むには広いだの、息子に孫がいれば同じくらいの歳かもしれないだのと。一方的に介護されてる身分で言う事じゃないけれど、この二人がそれを良しとしているのなら、まぁいいのかもしれない。ただ願わくば、このまま死ぬのではなくて、元気な姿をみせてやりたいとは思う。

 

 だから。生きたいと願う。

 あの女は言っていた。そう願えって。

 一人で死ぬのは、まぁいい。

 なんとなく理解している。

 自分は一度死んだんだろうって。


 変な化け物に襲われて。腕がなくなって。あのまま生き残れたとは思えない。生まれ変わったっていうのはそういう事なんだと思う。それならそれで仕方がないけど。でも、じいさんとばあさんはの前で何もできずに死ぬのは……嫌だな。

 


 

 さらに一週間が経過した頃だった。

 いつものように、今日はばあさんの日だった。いつものように水差しを盛って寝かされてる部屋に入ってくる。

 

 目の前で、ぼうっと水差しを眺めていたら、ばあさんが驚いたような顔をしている。何か急いで部屋を出て行くと。今度はじいさんを連れて戻ってきた。

 

「どれ、指の動きを追って見ろ」


 ゆっくりとじいさんが動かす。

 それに釣られて顔を。何がいつもと違うんだろうか?

 じいさんは驚くと、今度は笑顔になってばあさんの方を一度見るとこちらへ向き直る。

 

「意識が戻っているようだね、名前は? 自分の名前は分かるか?」

 

 名前。声は出したくても出せない。第一体を自分の意思で動かせないんだから。


「タツ……ヒト……」

 

 と、その時ようやく理解した。

 目で動きを追った。顔を動かした。

 自分の意思で、体を動かせた、と言うことを今更ながらに気が付いた。 


「タツ……ヒト、タツヒト君か。変わった名前だね、私はケルビン。こっちは家内のフィオだ君は今までずっと意識がなかったんだよ」


 知っている。意識がなかったわけじゃなくて、ずっと体を自由に動かせなかっただけだから。体を動かせた事が嬉しくて。ゆっくりと拳を握ってみる。


 動く。

 酷く緩慢だし、疲れるけど、動く事を確認すると体を起こそうとする。

 

「あぁ、まだ無理をしなくてもいい。意識が戻ったばかりで辛いだろう? ゆっくり体を馴染ませるといい、今は無理をする必要はない」

「そん……な」

 ことない。と口にだそうとしたれど、声を出すのにさえ苦労しているのにやせ我慢をしてもばればれか。

 

「あり……が……とう」

 

 先の言葉への返答として受け取ったかもしれないけれど、この二人の介護に対して感謝せずにはいられなかった。


 快復と言っていいのかは分からないけれど、兎も角。それから体が動くようになるのは早かった。どれだけ体が動かせない状態だったのかしらないけれど、そこから三日ほどで体を起こして。動き回れるようになった。

 

 リハビリをするかのように、じいさんやばあさんに声をかけて。体を動かすような手伝いをこなして過ごしていた。

 

「完全に体に馴染んだようだね」

 

 ケルビンのこの物言いが気になっていた。ケルビンは"快復した"でも、"良くなった"とかでもなく。『馴染んだ』と言葉を選んでいた。どうにも気にしすぎなのかもしれないけど。酷くきになってはいた。

 

「快復はしましたけどケルビンさん、馴染んだというのは?」

「もしかして君は分かっていないのかね?」

「はい、何の事なのか……」

 

 ふむ、と白髭を一撫ですると少し考え込んだ。ぼそぼそと何かつぶやくと「食事の後で話そう」なんて言われて。ひとまず話しは流れた。

 



 夕食を食べ終わって。お茶を用意して席に座った時だった。

 じいさんとばあさんとテーブルに向かい合う形で座っていると。先の話についてゆっくりと話し出してくれた。

 

「どこから話そうか、そうだね。自分がどういった存在なのかは分かっているかい?」

「いえ……」


 正直な感想だった。自分は一度死んだ身だろうし、あの女性は廃棄なんて言葉を使っていた。それはお世辞にも同じ人として扱っていない言葉だろう。じゃあ自分はなんなのか。いくら考えても分からなかった。自分の身に何かあったのか、それを知っている女性にはもう会えないだろうし。あの場所を探すな、そうも言っていた。人扱いもされていなかったんであろう所を探すのは抵抗もある。

 

 ずっとあんな状態だったんだから仕方がないのかもしれない。

 だけど、このじいさん達はそんな自分を介護してくれた。自分の意思で体を動かせるようになったんだから、恩人に違いないだろう。そんなに情の厚い人間じゃないと思うけど、それでもこの人達には義理がある。

 そう思ったから。今までの事を話す事にした。短絡的かもしれないけど隠しておく必要を今の所感じないのもある。

 

「そう、辛かったわね」

 おばさんが言うと様になった。同情されるなんて好きじゃないし、普段なら他人の苦労が他人に伝わるかよ。なんて口をついてでそうだけど。おばさんが言うと妙に落ち着くというか。すとんと胸の内に素直に入ってくる。


 じいさんはと言うと。

 

「そうか、ならあんな状態だったのも頷けるね」

「どうでもいいと思っていましたけど、何か知ってるなら知りたいですね。自分の身の事ですから」

「そうだね、記憶が無いのなら、どこから話すべきだろうね」 

「まず」と前置きを置いてじいさんは話し始めた。

「私だけどね、錬命士と呼ばれている。聞き覚えはあるかい?」

「いえ」

「うん、錬命士は錬金術師の中でも命を司っている」

「命というと……医者? のようなものですか?」

「そういった側面もあるね。だけど全部ではないね。『命』に関しての研究者の側面をもっているんだよ、それはそう。たとえばホムンクルスとかね」

「ホムンクルス……」

 聞いたことがあるような、ないような。口に出してつぶやいてみたけれど脳裏にかすめるような事もあるわけもなくて。


「そう、ホムンクルスは人型、或いは獣型。人造の命の事をそう呼ぶ。私はその研究者だったわけだよ」

「なら、俺はホムンクルスな訳ですか?」

「いや、違う。君は、恐らく強化人間か、キメラか……そのどちらかだと思う」

 頬が引きつるかと思った。なんとなくだけど語感からいいものだとどうしても思えない。


「あぁ、そんなに驚く事はない。キメラも強化人間も結構な人数いるものだ。そんなに珍しい事ではないよ」


 いる?沢山。なんとなくだけど、とても、そう何故か現実だと受け入れられなかった。いるのが事実でじいさんの口調から考えるとそれはたいした事じゃないって意図が伝わってくる、でも、どうしてか頭では真っ白になるくらいショックを受けていた。

 

「そうだね、キメラの線も薄いとは思うんだけどキメラには三種類ある。

単一型。複合型。そして統一型と呼ばれるものなんだけど。今人のキメラでいるのは単一型だけだよ。何か一種類の動物を人の体に組み込んだ者達の事だ。その場合組み込んだ動物の特徴が現れる」

 

 自分の体は何度かみたことはある。特に変わったことはなく。せいぜい死ぬ前と違っているのは長い時間が経って伸びた髪くらいだ。


「じゃあ、俺は強化人間の方ですか?」

 なんとなく、まだそっちの方がいいな。なんて思っていたんだけどじいさんは難しい顔にになると、「それが難しい」なんて口ずさんだ。

 

「まず、錬金術師全員が強化人間であるとも言える。私達の内にある。魔力と呼ばれているもの。これを外部に出せるように経路を開通する術が一般的な強化だ。キメラであってもホムンクルスであってもこの経路の開通は行われる。これは今では一般的になっているので強化人間とは今では呼ばれていない。強化人間とは魔力を伝える事ができる魔鉱石を体に組み込んだ人達。それがそう呼ばれている、勿論そうなると体の一部に金属を露出させた部分を持つ事になる訳だ……だが、君はそれにも当てはまっていない」

 

 よく判らない。体に金属が埋め込まれている訳でもなくて。動物の一部を盛っているわけでもない。なのにそのどちらかだって事……?

 

「その……錬金術師になる強化でなくてですか?」

 

 なら、体にどこも変わったところがないなら、その一般的な強化とやらをされたって事じゃないんだろうか。


 じいさんはむずかしい顔を一度立ち上がると水差しをもってテーブルの上に置いた。


「そこで、これだ。タツヒト。君に飲ませていたこれはね。アクア・ヴィテと呼ばれる錬命士の、それもホムンクルス作成技術を持つものだけが作れる水だ」


 えっと……そんなものを飲まされていたって事……?

 

「それは貴重なものって事ですか……?」

「貴重も貴重だね。何せ秘匿技術だ。何せ製造方法をホムンクルスの専門家以外にしれようものなら命を狙われるほどでもある」

「は……はぁ?」

「今はその話しが重要なのではない。これはホムンクルスの魂を造る為の水だと思ってくれればいい、いいか、タツヒトこれを飲ませたのは魂と肉体がほぼ離れかけていたからだ」

 

 魂の癒着率。

 あのときの女性の姿が頭を過ぎった。

 

「魔力開通。そうあの強化は呼ばれている。タツヒト。あの強化であそこまで魂と肉体の乖離が大きくなる事はないんだ。目は開いている。体は動く。でも意識はどこか遠くへ行ってしまっている。タツヒトはそんな状態だった」


 息をのんだ。

「……意識はあったけど……まるで遠くからみてるようでした」

「ふむ……当事者からするとそう感じるのか」


 じいさんが考え込みだすと横からばあさんが窘めた「あなた」

 

「うん? あぁ、ああ話の途中だったな。あんな症状が現れたのは二種類。過去二回だけだ。そしてその二回で大勢の人が死に、その研究は打ち切られた。タツヒトもあのまま放っておけば。最後には体中の魔力が暴発してあの街を飲み込んでいた事だろう」

 

「な……それじゃあここにいたら二人があぶないんじゃ?」


 驚き……なんて通り越していた。ただあのまま死ぬだけか、そう思っていたら。自分の体は爆発物だったらしい。他人の命なんて……そう思う俺だけど、お世話になった人は巻き込みたくない。


「うむ、それもあって家まで運んだんだよ。ここで魔力暴走したとしても私ら夫婦が死ぬだけだったからね。おぉ。ももう安全ではあるから安心しないさいだから。戻ってきなさい」


 思わず家を飛び出て一人離れようとした俺にじいさんが慌てて止めた。

 危うく恩人を殺しそうになったのだから不義理もいいところだ。


「まさか最後の方法として可能性にかけてみたんだけどね、よく、よく生き延びたね」じいさんがなだめるように笑顔を向ける。


「話しがそれた。戻そうか。その症状になった研究が二つある。統一型キメラの研究に魔力拡張強化体と呼ばれる強化人間の研究。この二つ。キメラの方は複数の素材で体をつくり一つの魂でその体を御する。強化人間の方は魔力の源とされる魂の器を広げて魔力そのものを強化しようとする研究。両方共に。同じ結果を生んだ。魂とその受け皿のバランスが崩れたためだと考えられる」


「そのどちらかを施されたと言うこと……ですか」

「事実は分からない。それと同様の結果を生む施術を施されたということは確かだ。恐らく錬金術取り締まり法を逸脱する研究だ。


 だとすればあの女性は犯罪者かそれに近しいものだったんだろうか?廃棄するとも言っていた。いや廃棄したと報告するということか。自分達の身を守るためにわざと逃がしたとも考えられるし。もう会うことはないんだろうけどいったいどういうつもりだったんだろうか。まぁ、いいか。

 それよりも、だ。それよりも。もっと大事な事がある。

 

 じとっとした目で老夫婦の二人を見つめていると二人がどうしたんだろう?と首を傾げながらこちらをみてきた。

 二人とも俺がそんな目で見ている事に困惑してるようだった。


「どうして怒っているんだ?」

「怒ってません。ただそんな危ない事しないでください。自分を助けてくれた人をもうすこしで巻き添えにするところだったんでしょう?」


 きょとんとした顔でじいさんとばあさん二人で顔を見合わせるととたん笑顔になってこちらへ視線を戻した。

 

「いいのよ。魔力暴走はもうずっと前の事で一般の人には秘匿されていたから古い錬金術師しかその症状をしらないの。少し聞いた事のある人がいたとしてもきっと気が付かなかった事だと思うわ。そうなったらきっとあの街が被害を受けていた」


「あの時意識はあった。自分がどういう扱いを受けているか知ってる。あそこにいる人達がどれだけ死ぬよりも。恩人二人を殺してしまう方が俺は嫌だ……」


 つい、言葉が荒っぽくなって素で話してしまった。他のだれが死んでもいい。逆を言えばそういう事だけど。この二人は気にしなかった。ただ「そう、分かったわ」とばあさんが頷き、じいさんは「ふむ」と零した。


「ねぇ。タツヒト。あなたはこれからどうするのかしら?」

 何を?って……死ぬんだろうとしか思ってなくて。助かったら何しようとか考えた事なかったな……


 なんて少し考えては見てみたものの。

 あの研究所を探す?

 探すなと言われたし、そもそも近づきたいと思わない。

 記憶を取り戻す?

 今の所困ってない。どうすれば戻るのかも分からない。見当もなしにつなぐのも論外……って指輪!

 唯一死ぬ前に身に付けていた指輪を思い出して身につけているか探してみたけど。なかった。まぁ指輪だけで見当を付けるのは難しいだろうし。

 少し。同じ指輪を付けてると話しかけてきた女性を思い出したけど考えるのをやめた。それ以上考えると辛くなりそうだったから。

 そもそも、俺はまともに生活できるんだろうか?

 金は?身分証とかいるんだっけ?というかそんなんじゃ仕事もみつからないんじゃないだろうか。考えるとなんだか不安になってくるな。

 

「ひとまず仕事を探して――」

「仕事を探すには斡旋所に登録する必要があるわよ」

「う……裏で直接雇ってくれる所を――」

「う~ん。もしかしたらあるかもしれないけど、そもそも一般のお仕事でタツヒトみたいな怪しげな人物を雇ってくれる所があるかしら。仮に雇って貰えても先立つものは必要じゃないかしら?」

 

 自分を見てみた。

 ぼろっぼろの薄汚れたローブを一枚着ているだけ。あちこちすり切れて。ほつれている。実はこの下は裸だ。


 おまけに住所不定で。

 さらに言えば持ち金0という素寒貧。

 極めつけは目つきは悪い。

 いや、目つき悪いのは関係ないだろうけどさ。

 

 にこにこと笑みを絶やさないばあさん。なんか優しそうな笑顔だけど。今まで思ってたのと違う……こんなに押しが強かったっけ。おいじいさん。何をにやにやして見てやがる。

 

 正直嫌だ。

 つまりは恩人にさらにお世話にならないと言うことだ。でも、背に腹は代えられない。きっとこの恩は返す。絶対に返す。

 

「か……金をかしてください……」


 恐ろしくなさけない声がでた。いや……だって……なぁ……


「う~ん。それよりもいいことがあるんだけどどうかしら?」


 じいさんが偉く楽しそうだ。


 いや。もしかしてこれはあれだろうか?

 じいさんは錬命士とかいう医者兼研究者だ。ばあさんもそれに近しいのかもしれない。そんな中よく分からないどっかの研究結果が舞い込んできた。なら研究者としては研究したくなるんじゃないだろうか?つまり何かしら実験台になれとか。そうなら。しょうがない。俺の命はこの二人に救われたんだから。どんな実験でもいいだろう。それこそ腹をかっさばかれても……いやそれは勘弁してほしいけど。

 

 何にせよ覚悟を決めるべきだろう。よっしゃ。来い。


「な……なんでしょうか?」

「うちの子になればいいのよ」


 へ?

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