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ダンジョン×キメラ  作者: mebius
バケモノの生まれた日
1/11

プロローグ~訳が分からないままで。

 周囲の騒ぎで目が覚めた。

 ひどく暗い。目を開いても辺りは暗く何も見えない。

 真っ暗。どれだけ目をこらしても何も見えない。全くだ。

 地面の感触を確かめてみたが堅くゴツゴツしてる、指を這わせてみると継ぎ目のような溝のような……土の感触ではないことは確かだった。

 見えない視界のまま辺りを見回してみるが。当然なにも見える訳ではない。だけどなんだか息苦しい。温度が高いからか。この感覚には憶えがある。そう――


「ど……どこなんだよここ」


 男の声が聞こえた。その声に伴って周囲からざわざわと声がする。 


――人の気配。それもこれだけ熱気があるのだから相当な人数がいるんじゃないだろうか?

 体はヒドく重かった。粘つくような湿度で汗を掻き、長時間眠った後のような気怠さを感じる。のどが渇いていたがこの暗闇の中ではどうするべきか。

 

 ゆっくりと立ち上がり落ち着かせるように息を大きくはくとゴクリと喉がなった。


「いてぇな!」

 

 騒ぐ周囲の中、恐らく先ほどの男だろう。怒声が響いた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「ちっ……おい! 明かりだ! 明かり付けろ」

「明かり……」

「おい、誰か明かりつけてくれ!」

「ちょっと邪魔!」


 男、女、若そうな声、野太い声様々な声が飛交う。明かりを探そうか、そう思い動いた矢先ドンと胸元に誰かがぶつかった。


「すまない……」


 思わず謝ると「いえ、……こちらこそ」と返事がある。二三歩歩いただけでこれだ。身動もとれない。同じように様々な所で人がぶつかり謝る声や怒声が響く。子供も交じっているのか、泣き声まで聞こえ始めた。


 なんなんだここ……考えようとしてみるけど何故か頭が回らない。もやがかかったみたいに、自分が何をしていたか考えることができない。判るのは吐き気がするような胸やけがあることくらいか。

 周りの雰囲気に引っ張られているのか、いらいらする自分が判る。頭をぼりぼり掻きながら大きく息を吐く。考えようとしてもできない。それが酷く不快だ。


 多少時間がたってきたせいか一向につかない明かりが不安をあおっているのだろうか。だんだんと周りの声も喧騒となってきた。


「あ……あの」


 先ほどぶつかった女性の声。


「……何?」

「ここ……どこなんでしょうか……?」

「……さぁ」


 不安そうな相手の声に相手が女だと思ったからか。気が付けば苛つきを抑えるようにそう答えていた。


「少なくともこんな――」


 パン、とはじけるような音と突如視界を埋めた真っ白な光景で思わず口を閉ざして目をつぶる。誰かが明かりを付けたのだろうか。急に明るくなったため目が慣れない。しばらく目をつぶり薄く目を開いていく。

 

 真っ白。さっきの真っ黒だった景色とは真逆で真っ白な部屋だった。壁も、地面も。天井も。

 でもそれよりも気になったのは人の多さだ。

 10や20じゃない。ざっとみて200人ほどの人がいる。

 

 みんな同じように唐突に明るくなった部屋を見渡している。真っ暗な中では人はストレスを感じると聞いたことがある。どこかほっとしているのはそういう事なんだろう。

 

「明るくなったね」

「……ん? あ、あぁ、そうだな」


 そういえば隣の女性と話していたんだった。振り向いて彼女を見る。

 見覚えはない。無いと思う。ただ好みのタイプではあった。長い黒髪に華奢な体。なんだ、こう守りたいと、そう思わせるような儚さがある。

 こんな訳の判らない状況でも女性の好みなんて事に気が回るなんて我ながら呆れないでもない。

 彼女はじーっと目を合わせてくる。不審といった感じでもない、なんだか懐かしいものを見るような目線……なような気がした。

 だからといって見ず知らずの人にじっと見られて、好みの女であっても気持ちがいいものでもない。

 と思ったら、今度は全身を見るようにして左手で視線が固定された。


「何?」

 さすがに気まずく声をだした。

「え、いや。ごめんなさい。あなたの指輪。私のと一緒の種類だと思って」


 女性が左手を挙げると、じっとその手の指輪を見る。確かに。似たようなものに見えた。

 シンプルな三連リングで、確かに同じものだ。材質とかが違うかもしれないけど。


「似たようなものなんかいくらでもあるだろう」

 

 そういえばこのリングは……あれ?

 

 そもそも俺は、このリング……どこで手に入れた?

 買った、それは判る。けどそれはいつだ?

 

 なんとなく判る。これは自分にとってとても大切なリングだった。

 大切な事だけは判るのに、肝心のどうしてだったかが判らない。なんだこれ?


「どうしたんですか?」

「いや……」

 

 見ず知らずの人に言っても仕方がない。ひとまず「なんでもない」と答えると、周りの状況を把握する方が大事そうだ。

 

 そもそも何故自分がここにいるかも判らないんだから。

 だけどどう考えてみても自分がどうしてここにいるのかどころか。ここに入る前どうしていたか。それも判らない。

 

「君さ、ここがどこか判る」

 明るくなったんだから判るかもしれないと、尋ねてみたけれど結果はやっぱりというか、「判らないです」だそうだ。


「ここに来る前はどうしてた?」これまた、「……判らないです」


 この子も同じ状況らしい。

 彼女は指を口に当てなにやら考え込んでいる。

 周りを見てみると、視界の問題がクリアになったからだろう、集団の外側にいる人達の一部は部屋の隅へ歩いている。出口でも探しているのだろうか。


 胸には相変わらず不快感がある、だけど同時になんだかわくわくしてる自分がいるような気がする。それに何がなんだか判らない状況に放り出されて、不安に思う気持ちもある。

 

 ただ、ここはあまりよくないんじゃないか? 他の人の動きが見えない。見たからどうなるって話しでもないかもしれないけれど、外へでるにしても出口は見当たらず。他の人がどういう行動を取るのか見てから行動を決めたらいい。今は集団の中程にいるけれど、状況が見えにくい。

 

「どこ行くんですか?」

「あそこの壁、人混みは苦手でね」

「ついていってもいいですか?」

「好きにしたらいい」

 

 あまり人が近くにいるのは好きじゃないような気がする。多分昔から。でもこの子はそんなに嫌とは思えず。彼女を連れて壁際に行くと座り込んでじっと回りを見ていた。

 じっと見ていると。またわたわめき出す人達がでてきた。話を聞いてるとどうやら記憶がない、ことについてだった。

 

「あの、どこまで判りますか自分の事」

 と言うことは隣のこの女性もそうなんだろう。ひとまず事態が好転しそうにもないので。自分の事を考えてみた。


「……名前はタツヒト……だと思う、それ以外は……」

 思い出せた。というよりもなんだか反射でなんとなくでてきた名前。それが正解かどうかもはっきりしなかった。いくら考えても他は判りそうになくて、そのまま答えるしかなかった。


「私は……ユメ……です?」

「俺に聞かれても」


 つっこむと、「あは、そうですよね」としゅんとうなだれる姿はちょっとかわいい。まぁそんな事は置いておいて。


「きみ……ユメさんは? 他に何か判る?」

「他は……ごめんなさい……」

 


 ユメは言葉尻がどんどん小さくなっていくとえらく不安そうな顔になっている。


「俺も他の事は判らないみたいだ」

「なんかずいぶん軽く言うんですね」

「そんなつもりじゃないけど、だけど考えたって判らないだろ?」

「そうですけど」


 少し非難がましくみられた。いや。もちろん不安もあるんだけど。

 すこし冷たいか、とも思う。けど今大事な事はそういう事でもないだろう。自分がどうしてここにいるのか判らなくて。ここにいるよりも前にいることが判らなくて。それが自分じゃなくて、他の人も同じで。ならこれは意図的な事じゃないだろうか。じゃあ何のために? なんて今見ている限りで知りよもない事だ。

 

 不安を取り除いてあげられるように……なんていうのは得意じゃない。

 そう、俺はそういう事ができるタイプじゃない。多分。


「あ~~すまん」


 結局そんな事しかいえない。 

 少しきまずくなったかな? なんて思っていると離れて座っているこちらへ、男が歩いてきた。快活そうな男は「よっ」と話しかけてくる。


「君らは何してんの?」

「えっと……」


 なんてユメさんは言葉に詰まりこっちを見る。あぁ、俺が答えるって事ですね。


「どういう状況か判らないから周りを見てる」と答えると「ふ~ん、じゃあ俺も」と俺の隣に座って同じように回りをみだした。

「あ、俺タケシ」

「タツヒト」

「ユメです」

 

 軽く自己紹介をしつつ、またさっきみたいに憶えてる事を話す。特になんの収穫もなく、自分達と同じように憶えてる事は全くない。

 

 周りの集団は三つに分かれてる。俺たちみたいに回りを見てる人達。

 真ん中で固まってる人達。壁伝い歩き回ってる人達。

 

 談笑してる内に少し変化があった。壁伝いで歩いている一人の男の前。穴が開いた。穴があったでも開けたでもなく。急に穴がぽっかりと開きだした。突如開いたその穴に、みんなが注目する。

 

「ねぇあれ?」

「行ってみる?」


 どれくらい時間がたったんだろうか、結構時間はたった気がする。それで唯一変化があったのはあの穴だけだ。

 

 中に入ってみるべきか。

 

「近くまで行ってみよう」

 

 どうすればいいかまだ判らないけれど、様子はみたいずっとここにいても仕方がないのもある。重い腰を上げて。近づいていくと二人もそれについてくる。何で俺が決めてるんだろう、なんて事も思わないでもない。


 だけど途中で足を止める事になった。

 穴が閉じたから。

 何人かの人が入っていくと穴が突然閉じた。それはもう一瞬の事で目を疑うばかりだった。

 あまりいい予感がしないのは確か。


「おい? どうなってるんだ?」

「ねぇあっち!」


 遠くから見ていた集団の方から声がした。また穴だ。別の所。さっきみたいに。だけどまた閉じるなら安易には入れない。他の人達もそう思ったのか。今度はみんな入っていく様子がない。


 誰も動く気配がなくて。だけど待っても待っても今度は穴が閉じる気配はなかった。そればかりかそろそろ時間がかなり経過してきている。


「ねぇどうしよう?」

 今後に不安がでてきたのか、不安そうにこちらを顔を見てくるユメ。

「入ってみない?」

 続いてしびれを切らし始めてるのかタケシはそう提案してくる。


 二人の顔を見回して、集団にも目を向けてみる。もう結構な時間がたってる。さっきの穴は比較的すぐに閉まったけど未だに閉まる様子はない。多分それは人が入っていないから。もしそうならは誰かの作意を感じる。

 

 作意だったとしてどうなんだろう? それはいいこと?悪い事? 人が入ると閉じるということなんだろうと思う。人数に制限がある? 穴先に出口があるとして、人数を制限するだろうか? 

 

  ずっとこのままならどうなるのか、全員が穴に行くまで穴は何度も出るのか?


「このまま待ってても仕方がないのかもしれない、とりあえず俺は行ってみる。二人は?」

 タケシは提案しただけ合ってすぐに頷いた。ユメも不安そうな顔のままじっと目をみて頷いてきた。

 

 俺たち三人が入っていくのをみて、他に何人かついてきた。

 

「ひっ!」


 後から声が届いた。視界が真っ暗に染まったのを見て。穴が閉じたんだなって気づく。

 

「とりあえず進もう」

 目の前が真っ暗になっているのに、これはタケシだろう。怖じ気づいた様子もないのはすごい。

 こつこつと歩く足音がタケシが先に歩いて行くのが判る。左手を壁につけて右手を前にだして。俺も歩き出そうとすると。

 

「あ、あの」

 ユメの声だ。

「え? 何?」

「先にいかないで」


 そういうとユメは服の裾を握ったのか、引っ張られた。

 なんだろう。あぁ、でもそうか。臆病そうに見えたし。視界がない中、何があるのかも判らない、やっぱり怖いか。男の自分だって不安なのだ。

 逆にありがたいのかもしれない。みっともない姿は見せられない。そう思ってるのかもしれない。もし彼女がいなければもっとうろたえていたかも? なら彼女は傍にいた方がいい。打算的だけど。

 

「じゃあそのままついてきて」

 

 人が何人か追い越していった後だった。タケシは先頭として真ん中くらいだろうか? 多分10人。それが中に入った人数だ。最初の穴もそれくらい。それで穴に入る時、振り返って、穴が閉じる時に入った人数を数えたら10人だった。

 

 壁に手を当てながら歩いて少し。


 左手に壁の感触がなくなった。

「タケシ、 どこだ?」

「こっち」

 正面から声が聞こえる。曲がり角とかじゃない。なんとなく大部屋?なような気がした。

 

 ぱっと部屋に明かりがついた。唐突に。驚かせたいのか。最初から明るくしておけよ。

 だけどすぐに理解した。あぁ、明るかったらこんな所だれも入らなかっただろうから。


 目の前にいたのは猛獣だった。

 いや、獣なのか?

 

 だって。四本足の体で、そこから胴体が伸びてる。上の体は人みたいなのに。頭には山羊の頭がのっかってる。しかも手には大きな斧のようなものを持ってる。

 あんなものは知らない。そう唐突に理解した。だって。そもそも手?足?なんでもいい。6本もあるしでかい。いや、そんな事もどうでもいい。大事なのはその手に持ってるものだ。

 斧?

 鼻息があらい。人なんて一瞬で切り飛ばせそうだ。


「逃げろ!」

 びくり、体が反応した。振り返ってみると。


「逃げられない。穴が!」


 最後尾、最後に入ったんだろう。男が叫んだ。

 どう考えてもまずい。まずいって。ぎゅっと裾が引っ張られるのを感じた。だけどそれを気にせずとっさに正面。化け物の方に振り返った。


 振りかぶっている。斧を!

 距離。遠い。

 

「横!」

 とっさに叫んでいた。

 体が横にはじかれたように動く、けど。


「こっちだ!」


 裾から伸びる腕をひっつかんで。無理矢理飛ぶように逃げた。

 そのすぐ後だった。

 うなるような音が横から聞こえた。間を置かず。がんってぶつかるような音も。

 

「立て、早く!」

「え?」

 未だに何が起っているのか判っていなさそうなユメを無理矢理立たせてさっきまでいた所を見る。 

 大きな斧が地面に突き刺さり。周りに飛び散った血。


 タケシは? 


 生きてる逆に飛んだのか。

 化け物は?

 鼻息荒く。

「ぶぉおおおおおおおおおおおお!」


 吠えた。

 

 威嚇。されるまでもなく心臓がなっている。足がすくむ。


「ひっ!」


 隣からは少女の声。だけど構ってなんていられない。


「逃げろ!」

「ど……どこへ?」


 子鹿のように震えながら泣きそうな顔だった。化け物を見るとタケシに気を取られている。タケシは剣をもって注意を引きつけている。

 剣? 剣なんてどこに? 周囲を見渡すと壁の端、無造作に武器がいくつも転がっていた。

 他の生き残った人達の中にも何人かは武器を取っている。他はただ震えたり……斧の近くにいる人達は吐いたり。腰を抜かしている。俺だって、極度の緊張で吐きそうだ。足が今にも震える。歯だって、こうして奥歯をかみしめて無ければ今にもがちがちと歯が鳴りそうだ。

 

「こっちだ」

 もつれそうな足を必死に堪えて手を引いて走る。円になった壁伝いに進んだその先においてあるのは丸い金属の塊。盾だろう。

 

「これをもって」

「こんなの使った事ないよぉ」

「いいから。無いよりましだ。両手で持って。あの化け物になるべく目を付けられないように端っこにいろ」


 俺だってこんなもの使った事はないだろう。

 まともな使い方なんてわからないけど。だけどこれは身を守るためのものだ。無いよりはましだと信じるしかない。

 ぼろぼろと涙を流す彼女に無理矢理持たせたら。盾と一緒においてあった剣を拾う。みただけで錆びて歪なそれは一見して良いものじゃないと分かる。

 だけど、これも無いよりはましだろう。

 

 化け物を見れば、タケシや、何人かの人達が立ち向かっている。タケシは剣を持っているのが様になっている。

 注意を引きつけて、腕を振って殴りかかってくる化け物から後に飛んで逃げたり。飛び込んで剣を振ったりしている。

 

 もしかしてあのまま勝てるかもしれない。

 なんて虫のいい話だとすぐに気が付いた。


 タケシが振った剣が当たっても。あの化け物は怪我をしていない。二度、三度当たっているから確かだろう。それに。当てるだけでも凄い。見るからにあの化け物の反射速度はこっちの比じゃない。周りを取り囲もうとしている人もいるけれど。すぐに気が付かれているし、そもそもタケシ以外は腰が引けている。斬りかかった所であまり意味がないのかもしれない。


 で、俺は何を見てるんだろう?

 正直勝つのは難しいと判る。

 タケシのような体裁きは望めない。タケシがいなければとっくに半分以下になっているのかもしれない。

 じゃあ勝てなかったら?

 死ぬんだろう。あの斧に真っ先に当たった人達みたいに。

 だけど、退路はない。逃げ場がない。この丸く大きな部屋。だけど出口はない。

 つまりやるしかないんだ。

 

 怖え。

 

 全員死ぬんだ。一番戦うのが様になってるタケシが通じず。他の人達も大して役に立っているとはいえない。

 隣を見てみると。ぼろぼろ涙を流しながらこっちを見てるユメがいる。

 なんか、彼女が死ぬシーンはみたくないな。なんとなくそう思った。それに、そもそもこの部屋に入ったのは俺が最初だ。それについてきて。ここにいる人達はここまできたんだ。だからって俺がなんとかできるなんて思えないけど。


「行ってくる」


 おいて行かれると思ったんだろうか。首を横に振る彼女をおいて。化け物の死角から化け物に近づく。

 真後ろ。全くこちらを見ていないからもしかしたら。近づけるかもしれない。

 明らかにこなれた動きのタケシが切りつけても駄目なら。突くならどうだろう? 勢いを付けて。


 そう思った時には走っていた。

 すぐに気が付かれるかもしれない。けれどタケシがやられればみんな駄目だろうし、このまま時間が経てばタケシが疲れてみんな死ぬ。一か八かなんて嫌いだけど。そうするしかないなら。

 

 みるみる近づいていく化け物に心臓がなる。


 でも。

 

 胸に衝撃を感じた。え?

 吹き飛ばされた。

 そう気が付いた時には背中に衝撃を感じて、意識が遠のいていた。

 



 夢を見ていた。それは時間にすると僅かなな事だったんだろうけど。

 どこか部屋の一室でそんなに広くない部屋。

 ラフな格好で座る俺の隣にはユメがいた。

 そこにいるのは確かに俺なんだけど、どこか遠くからそれを見てるようで。

 何かユメが楽しそうな顔でしゃべって。俺はいつもその話しを聞いていて。相づちをうったり。恥ずかしそうに笑ってる。

 

 目つきが悪くて。いつも無愛想な顔をして。でもそんな顔してる俺に。臆病そうに見える彼女は笑顔を向けている。

 

 だんだん。色が白くなってくる。

 白く、白く染まって。何も判らなくなってくる。

 

 なんだろう。

 とても大切な事だった気がする。


 

 

「ぐぅ……」

 喉から呻くような声が出て我に返った。息を吸い込むとごほごほと咳きが出て。激痛に顔が引きつりながら血を吐いてる事に気が付いた。

 

 四つん這いになって咳きを何度もする俺に。何か影が覆った。荒い息をついて。咳を無理矢理止めるように見上げると。目の前には斧を持った化け物がいた。

 夢じゃなかったか。暢気にもそんな言葉がよぎる。

 ぶふぅと興奮したかのように息をつく化け物の右手には真っ赤な血で染まった斧がある。

 周りを見ると。酷い光景だった。

 普通なら、目を背けたくなるような光景。何故か思った以上に心が動かなくて。


 そこには辛うじて人だったものがそこら中にあって。

 一緒に入ってきた人達だったであろうものであって。


 タケシだったであろうものがあって。


 ユメ、だったであろうものがあって……

 

 何も考えれなかった。

 右手を動かすと剣があった。

 

 見上げる。

 

 化け物は大きく斧を振りかぶって。今にも振り下ろそうとしている。

 

 あぁ。俺もアレになるのか。

 死ぬんだろうな。

 痛いんだろう。

 なんにもできずに死ぬのか。

 

 タケシや。ユメ達みたいに。それもいいのかも。

 

 遅い、ゆっくりと頭上に斧が振ってくる。


 脳天直撃だな。これ。

 

 あれ?

 ずれた。

 いや。俺が体を動かしたのか。

 左肩。ばっさり。

 切り裂かれた。腕が飛ぶ。

 おかしいな。死ぬと思ったのに。まだ生きてる。

 不思議と痛みは感じない。

 いつの間に俺剣を持ってたっけ?

 あぁ、突くのか。

 そうだ。突かないと。

 

 こいつを殺さないと。

 俺が死んでも殺さないと。

 だって、あいつら殺したのお前だろ?

 俺を殺す気だろう? なら殺さないと。

 

 手に、感触が伝わってこない。

 でも、ぐいぐいと。化け物の四本足の動物の下半身、左胸に剣が突きたってる。

 あんなに堅そうだったのに、ぐいぐい剣が刺さっている。

 タケシが切ってもきれなかったのにな。


「――」

 何か言ってる? 吠えてるのか。どうでもいいか。


 なんだっけ?

 そうだ。刺すだけじゃ駄目なんだ。

 確か捻る。どこかで聞いた。

 

 化け物が横に倒れる。

 痙攣してる。

 口から血を吐いて。ぱくぱく口を開いて。何か鳴いてるのかな。

 

 命乞い?ただの泣き声?

 でもさ。

 何にも聞こえないんだ。

 

「左腕ねぇや」


 声にだしてみたつもりだけど。声になったのかも判らない。

 でもどうでもいいか。

 酷く疲れてる。

 眠くて。今にも瞼が落ちそうで。

 

 あぁ、きっとこれが死ぬってことなのかな。

 痛みがないのが救いかな。

 何か、大事な事があったかもしれないけど。

 

 何か目の前に。誰かが立ってた気がするけど。

 もう、いいだろう?

 目を開けてられないんだ。





 

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