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1 母国帰還

 永宮桐彦は目を覚ます。

 外を見ると、雲が下方に見えていた。

 寝ぼけた状態でテーブルに置かれていたコーヒーを一気に口に流し込む。

 ここはドイツから日本へと向かう飛行機内。窓からは太陽の光が注ぎ込んでおり、腕時計を見るともうそろそろ到着時刻である事に気づく。

 色々と中身が散乱している鞄の中を漁り、中から一冊の手帳を取り出してテーブルの上で開く。そこには何枚もの写真が挟まれていたり、ページごとに色々な人達によって書かれた文字があちらこちらに書かれていた。

 その写真の中身は様々で、ある一枚では黒人の子供達と白人の子供達に囲まれていたり、ある一枚では風変わりな民族衣装を纏った人物と共に飯を食べていたり、ある一枚ではパリの斜塔の下でサムズアップを決めてみせる彼の姿があった。

「Attention please――――」

 機内放送と共にベルト装着サインが点灯し始め、周りを歩いていたキャビンアテンダント達は急ぎ足で自分達の席へと戻って行った。

 祖国である日本の大地を見下ろす。

 彼は高校を卒業した後にすぐ中国の方へと移り、そのまま中東、ヨーロッパへと歩き旅をしてきた。

 今更何で帰国をしようと決意したのか、それは一通の電話からだった。


『もしもし』

『あ、もしもし? 永宮君? 私高校時代の同級生の葉月だけど、覚えているかな……?』

『ああ、勿論。二年と三年の時に同じクラスだった女子で、テニス部だったっけ?』

『そうそう! 桐彦君は今何処にいるの?』

『ドイツのハンブルクってところなんだが』

『ド、ドイツ!? やっぱり永宮君はいつも凄いね……』

『で、何か用事があるんじゃないのか?』

『あ、そうそう。それでね――――』


 彼女の話を要約すると、高校の同窓会の開催で、手伝いのメンバーが不足しているため手伝ってくれないか。という内容であった。

 しばらくドイツに長居していた上に、しばらく日本に帰っていなかったため、二つ返事で承諾し、今に至る。

 空港に到着して、携帯を開く。

 電話帳のハ行の二番目にある『母』という名前の上でボタンを押そうとしたが、その指はボタンに触れる直前で止まった。しばらく停滞した指は、別のボタンを押して、手持ちのパンフレット電話番号を打ち込む。

 受話口部分に耳をあて、数回のコール音の後に、人の声が聞こえた。

「お電話ありがとうございます、マリンホテルでございます」

「一人予約を入れたいのですが」

「お名前と、お電話番号をお願いします」

「名前は永宮桐彦、電話番号は――――」

「お承りました。チェックインは午後四時からとなります、ではお待ちしております」

 電話を切ると、一息つく。

 二月の東京の空は珍しく澄んでいるように見えて、吹きつける風は寒く感じた。




 少女は渋谷の交差点を彷徨っていた。

 見知らぬ場所、見知らぬ人々、見知らぬ建物。

 吹きつける風の寒さは、その彼女の孤独感を一層際立たせ、心許なさに何かに縋りたい気持ちに満たされていた。

 白い翼を広げるも、人々は通り過ぎていく。というよりも、人々はそれを認知していないように見えた。翼と人が接触するかと思ったら、その人は翼を透過していき何事もなかったかの様子で去っていく。この世に存在していないかのように。

 途方もなく歩き続けていると、いつの間にか人気のない通りに来ていた。

 薄暗く、通る人は何処かチャラチャラとした装飾品を身にまとってガラの悪い服装の男女が屯していたり肩を揺らし歩く。

 煙草の臭いに眉をしかめながらも、少女はその通りを抜けようとする。

 だがあまりにも急ぎすぎたため、注意力が欠けていたせいかキラキラした派手なジャンバーの男と衝突してしまう。

「あっ……」

「痛いねぇ~姉ちゃん?」

 見るからに男の口調は典型的なチンピラのそれだった。

「ごめん、なさい……」

「ごめんなさいで済むなら警察いらないよねぇ~? ん~?」

 チンピラ男は少女の腕を掴み、少女の身体をジロジロと見る。

 見るからに西洋の顔立ち、青い瞳に肩を超える長い髪。身長の割に主張の激しい胸まで見ると、チンピラ男は顔をにやけさせた。

「良い身体してんじゃん、お嬢ちゃん。その身体にお仕置きしてあげなきゃねぇ~?」

「やだ、やめて……」

 チンピラ男の手が、少女のスカートの中へと伸ばそうとする時に、彼は何者かに肩を叩かれた感じがしたので、振り返る。

「んだよ。今はお取込み中なんじゃ――――」

 チンピラ男は最後まで言葉を言い切る前に、顔面に強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。

 数秒後に、殴られたという事実を頭で理解する。

 自尊心が爆発して、チンピラ男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「誰だァクレッタレェッ! ぶち殺したらァッ!」

 その殴った本人は、大きな荷物を肩から降ろして、肩が凝ったと言いたいかのように肩を回した。

 呆れの意味を込めた溜め息をついて、その殴った張本人こと永宮は目線を男に移した。

「俺だよ。物騒な相手ならいくらでもしてやる」

「調子乗んじゃねぇぞガキがァッ!」

 怒りの衝動に任せてチンピラ男が殴りかかってくる。

 永宮は避けようともせずにその拳を胸板で受けるも、顔色一つ変えはしなかった。

 その胸板に叩きつけられた拳の、手首部分を掴んで勢いよく捻る。

「あ痛たたたたたたたッ! 痛ェッ! やめろ!」

 そのままチンピラ男の足を引っ掛けて足場を崩したところで、勢いよく地面にたたきつける。

 男は小さなうめき声をあげて、その場に倒れる。

「さ、今のうちに逃げるぞ」

 永宮は少女の腕を掴むと、その通りを駆け出して抜けていった。

 その途中で彼は、少女の背中に漂う白い翼のようなものが、時折見えていたが話しかける暇もなかったので触れなかった。

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