自らの脚で
23
あれからひと月が経った。
有津市は平穏を取り戻し、みんなは普段通りの生活を営んでいる。
あの大規模な避難も今となっては笑い話となっている。中学校では既に旬も終わり、大半の生徒が忘れている。
当事者の私は初めの一週間は注目を浴びていたが、今ではもう普段通りだ。話しかけてくるのは良人だけだ。
今日はそんな良人とも会えない。なぜなら今日は日曜日だからだ。
現在私は家の1階にある自室のベッドの上に寝転がり、本棚の2段目に嵌め込んである小型テレビの画面を眺めている。
休日の昼間はこうやって部屋でのんびり過ごすのが日課になっている。今は再放送の時代劇が終わってニュースに移ったところだ。
「――続報です。一月前、有津市にて緊急避難警報が発令され、自衛隊が出動するほど大規模な避難が行われました。当初、原因は有津造船工業株式会社が開発した自立型戦闘兵器の暴走とされていました。しかし今回、2週間に及ぶ調査の結果、意外な事実が明らかになりました。それでは現場の内藤さん、よろしくお願いします。」
画面には白いスーツを来た女性アナウンサーが映っていたが、すぐに映像が屋外中継に切り替わる。カメラの先には若い男性レポーターがマイクを持って立っており、周囲にも同じようにレポートを行なっている人々が見えた。
私はその場所に見覚えがあった。
男性レポーターの背後にあるのは有津造船本社ビルであり、さらにその背後にはアロウズ先端科学技術研究所の焼け跡が見える。
カメラは男性レポーターにピントを合わせ、少し遅れて男性レポーターが喋り始める。
「はい、今回の調査では驚くべき事実が明らかになりました。」
男性レポーターは手元にあるメモ用紙をチラチラ見つつ、レポートを始める。
「原因解明のため調査委員会は兵器開発を担当した主任研究員に事情を聴取するつもりだったのですが、そのような研究員は存在していないことが明らかになったのです。企業ぐるみの隠蔽かと思われましたが、社内の記録には全く痕跡がなく、社員への聴取においてもそのような人物は浮かび上がりませんでした。」
ラルフォスは存在ごと消滅し、人の記憶からも完全に消えている。存在しないのも当たり前の話なのだ。
そんな事を思いつつ、私はテレビを見続ける。
男性レポーターも淀みない口調で仕事を続けていた。
「公安はこれを高度な隠蔽技術をもった者の犯行だと判断し、その人物の特定を急いでいます。今後は何らかの組織による大規模な破壊工作も視野に入れて捜査を行うとのことです。……以上、有津造船本社前からお送りしました。」
短いレポートの後、すぐにニュース番組も終了し、再びテレビドラマの再放送が始まった。次のドラマは刑事物のドラマだ。
ニュースも終わり、私は刑事物ドラマのオープニング映像を見ながら、ここ1ヶ月で起きた出来事を思い出してみる。
ラルフォスを倒した後、私達は自衛隊の人に拘束され、色々とたらい回しにされた挙句、結局有津警察署に戻された。そこで私は厳重注意を受け、開放された。
意外にも、詳しく事情聴取されたり、CoATを脱がされたりすることはなかった。義足に至っては殆どスルーだった。……と言うか、この義足は簡単に脱着できるものではないので、その場で外せと言われても無理だっただろう。
玖黒木曰く、何からの圧力が国から掛かった、ということらしい。
唯でさえ日本は近隣諸国の反対を無視して兵器産業を進めている。今回の事が公になれば国は批判を受け、アロウズ以外の企業も国民の標的にされかねない。
ここは適当に犯人をでっち上げて、全ての責任を擦り付けるのが得策だ。事実、全ての原因はラルフォスにあったのだし、これはこれで問題ないはずだ。
私としても犯人扱いされずに済んだし、名前も公表されなかったので一安心だ。
警察に開放されてからはいつも通りの生活を送っている。……いや、いつも以上に充実している。
義足のおかげで移動には困らないし、良人と本音を言い合ったことでより親密になれた気がする。
ここ最近は良人の顔を見るのが楽しい。今までは車椅子に座った状態で見上げていたため、今のように立った状態から見ると少し違って見えるのだ。
テレビをぼんやり眺めつつ良人の顔を思い浮かべていると、窓の外から何者かが話しかけてきた。
「だらしないな。折角の休日を無駄にするとは愚かとしか言いようが無い。女子中学生ならもっとハツラツとしたらどうだ。」
唐突に私にダメ出しをしたのは玖黒木だった。
私は素早く反応し、ベッドの上にあったタオルケットで腰回りを隠す。
今は上には中学校のジャージを着ているが、下は下着のままなのだ。義足だけでも妙に暖かいので脱いでいたわけだが、それが仇になってしまった。
言うだけ言うと玖黒木は窓を跨いで室内に侵入し、脱いだ靴を両手で持って靴底の汚れを外側に払い落とす。
その一連の動きが終了すると、玖黒木は勝手に私の机の上に腰を下ろした。
机の上にある手鏡を見て、私は寝ぐせを直していない事にも気付く。今すぐ直した方がいいかもしれない。
……と、思ったが、私は今の状況をよく考えなおす。
どうして私が玖黒木のためにそこまでしなくてはならないのだ。勝手に女の子の部屋に侵入すること自体が前提としておかしい。
すぐに私は玖黒木に文句を言う。
「ちょっと、入ってこないでよ。本気で警察呼ぶよ?」
そんな私の警告を無視し、玖黒木はテレビに映る刑事ドラマを見て言う。
「随分と懐かしい物を放送しているんだな。これは8話目か。……確か犯人は最初に出てきた郵便局員だったな。苗字は違うが実は被害者の息子で……」
玖黒木は嫌がらせと言わんばかりにネタバレを開始する。
これ以上喋られると楽しみが減ってしまうと思い、私は無理矢理話題を変えることにした。
「ストップ!! それ以上喋ると蹴り殺すからね……。で、私に何の用?」
玖黒木は私の質問に対し、人差し指をとある場所に向ける。
その指は部屋の隅にあるクローゼットを指していた。
「用があるのはお前じゃない。クローゼットの中でハンガーにぶら下がっている彼だ。」
玖黒木は室内備え付けのクローゼットを指差したまま移動し、またしても私の許可無く勝手にクローゼットを開ける。
そこには玖黒木の言った通り、“彼”がハンガーに掛けられていた。
「もう私には関わるなと言ったはずだが。」
威厳に満ちた声を発したのはCoATシオンネイス……と融合しているワルトだった。
ワルトはあの時のままの状態から変化しておらず、ずっとCoATと一体化している。戻ったら戻ったで困るけれど、このままというのも何だか気分がスッキリしない。
殆ど何も喋らないし無害なので放置しているが、絶対安全だとは言い切れない。いつかは処分しなければならないのかもしれない。
玖黒木はハンガーごとワルトを取り出し、器用に本棚に引っ掛ける。すると、ワルトによってテレビ画面が隠れてしまった。
もう犯人も分かってしまったし、今回の話は飛ばしても別にいいだろう。
私はリモコンでテレビの電源を切り、改めてタオルケットを下半身に巻いてベッドの上に座る。
ワルトの設置が終わると玖黒木もベッドの端に腰掛け、ワルトに報告し始める。
「先ほど役員連中から聞いた話だが、アロウズは兵器産業からは完全に手を引くようだ。元々ラルフォスを活かすために作った部門だ。あいつの存在が消えれば当然あの部門も消える。今後、ラルフォスの影響でこちら側の世界が不安定になることはないだろう。……それだけを報告しにきた。」
未だに玖黒木はラルフォスが起こした事件に対して責任を感じているようだ。
実際にラルフォスをこの世界で生き長らえさせていたのは玖黒木だし、アグレッサーから守っていたのも玖黒木だ。
律儀というか何というか、こういう所はあまり嫌いではない。
玖黒木の話に対し、ワルトからも責任感漂うセリフが発せられる。
「そうか、わざわざの報告に感謝する。貴様達には本当に迷惑をかけた。今後はこういう事が起こらぬことを願うばかりだな……。」
ワルトのその言葉は心の底から出た本音だろう。しかし、コートの状態で喋られると全く威厳がない。
玖黒木も同じ事を感じたようで、単刀直入に切り出す。
「しかしワルト、見たところそのCoATと融合しているみたいだが、せめて元の姿には戻れないのか。」
「戻れないことはない。人型を形成して自由に動くこともできる。」
その回答の後、CoATの表面に黒い砂のような霧のようなものが現れ、手の形が形成される。それはまさしくアグレッサー特有のものだった。
「……だが、大きな物を形成すると干渉量が増える上、消費されれるエネルギー量も増える。こうやって依り代に存在を融合させているのが最良の方法だ。」
そのまま人型になるかと思いきや、黒い手は空間に霧散した。
黒い霧も引いていき、ワルトは引き続き話す。
「ラルフォスも機械の体を使って行動していただろう? 私もなるべく干渉しないように努めるつもりだ。安心しろ。」
「うん、よく分からないけど頑張ってね。」
こちら側にいる間はひっそりと暮らすということらしい。一体いつまで私の部屋のクローゼットの中に居座るつもりだろうか……。
玖黒木に続いて私も久々にワルトに質問する。
「それで、ワルトは向こう側に帰らないの?」
「ラルフォスによって保たれていたゲートが完全に閉じられてしまったからな。司令官権限も失った今、帰ることはできないだろう。」
「帰りたくても帰れないってわけか……。」
帰れないにしては全く焦ってない感じがする。彼らにはその辺りはあまり問題じゃないのかもしれない。
ワルトはCoATを動かして袖同士を引っ掛けて腕を組ませ、決意を表明する。
「郷に入っては郷に従えだ。慎ましやかに余生を過ごすことにしよう。」
その余生が何十年……いや、何百年になるのか気になるところだ。
私ももうCoATを着るつもりなんて更々ないし、燃やしてしまったほうがいいのではなかろうか。
「達観しているな……。まぁ、報告はしたからな。」
ワルトから話を聞いた後、玖黒木はベッドから立ち上がり、ワルトをハンガーごと持ち上げ、クローゼットへと戻し始める。
そのタイミングで部屋の外から幼馴染の声が聞こえてきた。
「おーい、カナターどっか遊びに行こうぜ……って、玖黒木先輩!?」
部屋のドアを開けた良人は玖黒木を見て一瞬固まる。
良人から見えるのはベッドの上でタオルケットを巻いて座っている私、そしてクローゼットの中に手を突っ込んでいる玖黒木だ。
つい最近両想いだということを確認し合った幼馴染の女子中学生の部屋に男子高校生がいるこの状況で驚かないのは不可能に近い。
固まっている良人に対し、玖黒木はごく普通に話しかける。
「鷲住良人か。女性の部屋に入る時くらいノックしたらどうだ。」
「それをお前が言うか……。」
乙女の部屋に窓から侵入してきた男が言っていいセリフではない。
私の余裕のある態度を見てひとまず安心したのか、良人は私に説明を求めてくる。
「あの、カナタ、これは……?」
「何でもない何でもない、ちょっと義足の調子を見てもらってただけだから。……遊びに行くんでしょ? 準備するから待ってて。」
良人とのデートは玖黒木を追い払ういい口実になりそうだ。
だが、単に誤魔化すために言ったセリフは、良人を心配させてしまうことになる。
「義足がどうかしたのか? もしかして故障でも……?」
「大丈夫、もう直ったから、ほらほら。」
私は良人を心配させぬよう、タオルケットを捲り義足を見せつける。私の義足は刺々しい装甲も取り外され、なめらかな曲線を描いている。
その曲線の出発点、腰元を見て私は思考停止状態に陥ってしまう。
「あ……」
タオルケットで隠していた下着が顕になり、ジャージの裾から覗いていたのだ。
ワルトと会話をしていたせいか、ズボンを履いていないことをすっかり失念していた。
私は慌ててタオルケットで再び下着を隠す。
そして、恐る恐る二人の反応を確認してみる。
「……。」
良人は私から目を逸らし、苦笑いしていた。良人には小さい頃から着替えを手伝わせていたので、あまり恥ずかしくはない。いつも通りの反応をしてくれているのが救いだった。
……問題は玖黒木だ。
玖黒木は私を馬鹿にしたような、呆れたような表情を浮かべていた。
「水色のスポーツショーツか。まるで小学生……。」
「出てけ!!」
私は玖黒木の言葉を遮って大声で命令する。
良人は玖黒木を無理矢理引っ張って部屋から出て行った。
私は腰回りを隠したままドアまで移動し、鍵をかける。そして念の為に窓もロックし、カーテンをきっちりと閉めた。
そこでようやく私はタオルケットから手を放し、ベッドの上に投げ捨てる。
「ふぅ……」
家であんな大声を出したのは久しぶりだ。最後に叫んだのは私が車椅子から落っこちた時だ。昔は慣れなかったけど、今は車椅子を自分の足のように扱える。
それも必要なくなったかと思うと何だか感慨深い。
今回の騒動に足を突っ込んでしまったことは全く後悔していない。むしろ、ラルフォスの計画を阻止できて有津市を守れたことを誇りに思っている。
そんな事をぼんやり考えていると、部屋の外から良人が声を掛けてきた。
「カナタ、リビングで待ってるからな。」
「うん、着替えたらそっち行くから。」
私はすぐに返事をし、タンスを開けてお出かけ用の洋服を見繕っていく。義足をカムフラージュするための黒タイツは必須だ。
足元から着るものを選んでいると、またしてもドア越しに良人が呟く。
「俺は……別に子供っぽくないと思うぞ? むしろかわいいっつーか……」
どうやら玖黒木に言われたことに対してフォローしているらしい。気の利かせ方がズレていると言わざるを得ない。
「ばーか。」
私は短く言い返し、ドアを軽く叩く。
すると、向こう側から良人の笑う声が聞こえてきた。
私もその声につられ、一人部屋の中で静かに笑う。
――今日のデートは楽しくなりそうだ。
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。
ご感想など、いただけると嬉しいです。
また機会があれば、続きを書きたいと考えています。
今後も宜しくお願い申し上げます。