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逃亡の果てに


  16


 往々にして人という生き物は異質なものを排除する傾向がある。無論、異質なものとは私のことだ。

 私の外見は完璧に外国人で、足がなくて、友達もいなくて、おまけに他クラスの男子と仲良くしているとなれば、奇異の目で見られたりいじめを受けるのも当然だ。

 今日は教室の出入り口に鍵をかけられてしまった。

 よくある可愛げのあるいじめだが、ドア以外に教室に入る手段がない私にとっては暴力を振るわれるよりもきつい。車椅子ごと窓を乗り越えるのは不可能だ。

 廊下とは反対側にあるテラス側にも通路があるので入れないことはないが、テラス側には段差があり、こちらも車椅子では簡単に越えられない。

 手で這えば中に入れないことはないが、そこまでして教室に入る気も起きなかった。

 それに、教室に入ってもいつものようにあからさまに無視され、辛い思いをするだけだ。特に今日は机に何かいたずらをされている可能性もある。

「はぁ……」

 今まではぱっと見金髪の不良である良人がいたので、いじめっ子もやすやすと私に手を出せなかった。しかし、3日前からは良人と一緒に行動していないので、遠慮なく私を誂えるようだ。

 こうなると、下手に学校に来ずに、家でのんびりしていたほうがいいかもしれない。嫌なことからは逃げるのが一番なのだ。

 私は仮病を使って早退するべく、1階の保健室に行くことを決め、階段の踊場へと向かう。すると男の先生の大きな声が聞こえてきた。

「これで今学期にはいってから7回目だぞ、何度言ったら分かるんだ!!」

 踊り場では女子生徒と男性教師の姿が見えた。

 どうやら遅刻したことを注意しているらしい。3名の女子生徒がいかつい教師に説教を受けていた。

「スカート丈も短いし、髪も染めて化粧までして……ちょっとは中学生らしくしろ。」

「えー、そんなのダサいじゃん。」

 3名ともふてくされた表情を浮かべている。服装もだらしないし、普段から素行が悪いようだ。

「言い訳するな!!」

 教師というのも大変な職業だ。

 私はそんな会話をぶった斬り、その男性教師にお願いをする。

「あの、すみません。」

「ん? なんだ。」

「階段を降りたいので保健室から先生を呼んできてもらえませんか?」

 良人がいないと満足に校内も移動できない。不便だ。

 男性教師は女子生徒への注意を中断し、すぐに応じてくれた。

「わかった、ちょっと待ってろ。……お前らもここで待ってろ。まだ説教は終わってないからな。」

「はぁーい……」

 3名の女子生徒は不機嫌な口調で返事する。その返事を聞くと、男性教師は階段を降りていった。

 一時的に説教から開放され、女子生徒達は近くの壁にもたれ掛かったり、廊下におしりを付けてだらしなく座る。

 彼女たちが溜息をついていたのも束の間のことで、その後すぐに溜まりに溜まった鬱憤を私に晴らし始めた。

「いーよねあんたは。特別扱いされて。それに、染めなくても金髪だし、カラコン入れなくてもいいし、ホントムカつく。」

 一人の女子生徒が私の目の前まで近寄ってくる。その動きに呼応するように、他の2名の生徒も集まり、私は3人に囲まれてしまう。

「むかつくって言われても……髪も瞳も生まれつきだし。」

 思ったままのことを言うと、背後にいた女子生徒が私の頭を小突いた。

「うっさい喋んな。……つーか、何でまた車椅子に乗ってるわけ? この前は普通に歩いてたじゃん。」

「あ、そういや私も見た。」

「特別扱いされたくて、また車椅子に戻ったんでしょ? いいよね、それなら体育も休めるし、集会の時も座ってれば楽だもんね。」

 3人にきつい口調で話しかけられ、私は何も言い返せなくなってしまう。別にこれといった恐怖は感じていない。こんな心ないことを平然と口に出せる女子生徒に対して驚いていたのだ。

「本当は治ってるんでしょ。降りて歩きなよ。」

「そんなの無理だよ。この間歩けてたのは義足があったからで……」

 何とか言い訳をしてみたが、それは火に油を注ぐ行為だったらしい。女子生徒達の言動はエスカレートしていく。

「あーあ、やっぱりわざと義足付けて来なかったんだ。わざわざ車椅子で来て他人に迷惑かけるくらいなら学校にくんなよ!!」

 その言葉とともに、背後にいた女子生徒が私の背中を背後から押した。その勢いを受け、私は車椅子から転げ落ちてしまう。

「わっ……」

 前のめりに倒れたせいで肩を強打してしまったが、女子生徒が助けてくれることはない。クスクスと笑いながら遠巻きに私を見ているだけだった。

 倒れた際、足に掛けていたブランケットが捲れており、足が丸見えになっていた。

 その太ももから先がない短い足を見て、女子生徒達はあざ笑う。

「うっわー、足無いじゃん、キモい。」

「キモいっていうか、グロいよね。こんな汚い足になったら私絶対自殺しちゃう。」

 女子生徒達は何も考えないで思ったままのことを言っているだけだ。それなのに、これほど言葉が胸に突き刺さるとは思わなかった。これを言葉の暴力と言うのだろう。

 私は自分の足を隠すべく、ブランケットをたぐり寄せる。しかし、女子生徒は私のブランケットを強引に取り上げて階下へと投げ捨てた。

「あ、ごめーん。でも問題ないよね、先生に言って取ってきて貰えばいいんだもんね。」

「……。」

 この人達は私が階段を降りられないことを知った上で投げ捨てたのだ。悪意を感じざるを得ない。義足が没収されていなければ蹴り殺していたかもしれないので、没収されていてよかったと前向きに考えよう。

 とりあえず私はブランケットの落下した位置を確かめるため階段へと近付く。すると、階段の下から仰々しいセリフが発せられた。

「なんだこの微かに良い匂いを発している布切れは。まるでつい先程まで少女の腰元を温めていたかのようだな。」

 嫌な予感を感じつつ、階下に目を向ける。そこには見慣れた顔があった。

 メガネの奥には赤い瞳を持つ切れ目があり、その双眸はこちらに向けられている。……しかし、その焦点は私ではなく、私の背後に合わされていた。

「赤に白に黒。実にカラフルだな。」

 一体何の事を言っているのか、私は確かめるべく背後に振り向く。

 そこには女子生徒3名の丈の短いスカートがあり、スカートの中にセリフ通りの色を確認できた。つまり下着だ。

 彼女たちもその事を理解したようで、「きゃー!!」や「覗くな変態!!」などと悲鳴を上げながら、慌ててスカートの裾を押さえていた。

 女子生徒達の反応に満足したのか、有津西高校の学生服を着ている彼は堂々とした足並みで階段を登り、私がいる踊り場まで上がってくる。

 私は自然と溜め息と共に彼の名前を口に出していた。

「うわぁ、玖黒木だ……。」

「おい、会うたびにそんな反応をするな。心が痛むじゃないか。」

 玖黒木は私にブランケットを返却し、女子生徒に接近していく。

 女子生徒は玖黒木に怯えているようで、後ずさりしていた。

「こっち来るな覗き魔!! 痴漢で訴えるよ!?」

「わざわざ丈を短くしておいて見るなとは良くも言えたものだな。その理論が通用するなら全裸で電車に乗れば乗客全員から慰謝料をふんだくれるぞ。……よし、今すぐここでズボンを脱いで貴様らも痴漢で訴えてやろう。」

「……はぁ?」

 よくわからない理論で反論され、女子生徒達は困惑の表情を浮かべる。私もあまり理解したくない。それでも女子生徒は頑張って玖黒木に言い返す。

「そ、そんなのあり得ないし、男がやったらただの変質者じゃん。」

「レベルの低い答えだな。最近の女子中学生はこんなに頭が弱いのか。話してるだけでストレスが溜まって数分と経たずに血を吐いて死ぬかもしれないぞ。オエー。」

「な、何なのあんた……。」

「うわあ話しかけるな近寄るな。頭の悪さが伝染る。」

 女子生徒の顔に困惑に加えて恐怖の表情も混ざってきた。玖黒木は女子中学生を相手に完全に遊んでいる。さっきまで蹴り飛ばしたかったが、ちょっと女子生徒達が可哀想になってきた。

 これ以上関わり合いたくないと考えたのか、女子生徒は会話を放棄する。

「もうどっか行ってよ。邪魔、ウザい。」

 玖黒木は女子生徒達から離れたかと思うと、今度は私に近寄ってきた。そして何も言わずに私を軽々と持ち上げて窓際まで移動し、開いた窓のサッシの上に腰掛けさせる。

 玖黒木は私の正面に立ち、私の足を引き寄せながら女子生徒に言う。

「お前ら、この足が汚いとか気持ち悪いとか言っていたな。」

「……それが何よ。ホントの事じゃない。」

「よし、それじゃあ俺が確かめよう。」

 そう言って、玖黒木は私の太ももを撫でる。急な出来事に私は反応できなかった。女子生徒達も目を丸くしていた。

「さわり心地はいい。それに……」

 続いて玖黒木は私の足をさらに引き寄せ……その切断面を軽く舐めた。

 くすぐったいような、痒いような感覚のおかげで私は我に返ることができ、玖黒木の手から足を振りほどいた。

 玖黒木はテイスティングするように口元をしばらく動かし、格好良く女子生徒に告げる。

「ちっとも汚くはないな。……少なくともお前の臭そうな足の裏よりはな。」

 このセリフを受け、女子生徒達は完全に怯えていた。

「マジでヤバくない? こいつマジもんの変態だよ。もう行こ、さっきパンツ見られたし、次は何されるか……」

「ああ、さっさと教室に行って授業を受けろ。その空っぽの脳みそに少しでも知識を詰めるためにな。」

「うっさい、バーカ!!」

 彼女たちはそう吐き捨て、そそくさと廊下を走り去っていった。玖黒木は勝ち誇った表情を浮かべ、中指を使ってメガネの位置を戻す。

 私も窓際から車椅子に戻され、ようやく落ち着くことができた。

 玖黒木からブランケットも返してもらい、女子生徒も追い払ってもらい、私は短く礼を言う。

「ありがと、玖黒木。」

「なかなか大変なことになっているなカナタ。いじめられている上に幼馴染君とも喧嘩しているんだろう? 義足も没収されているし散々だな。同情してやろう。」

 玖黒木は私のことを少なからず心配してくれていたみたいだ。足を撫でられたり舐められたりしたことについてはまた後で清算させよう。

 女子生徒達が完全に見えなくなると、ようやく男性教師が踊り場に戻ってきた。

「岩瀬、保健の先生呼んできたぞ……って、あいつらはどこ行ったんだ……全く。」

 男性教師は保健の先生を私に会わせると、そのまま女子生徒を追うように廊下を小走りで駆けて行った。

「はい岩瀬さんお待たせしました。ちょっと待っててね……」

 保健の先生は慣れた手つきで私の腰に手を回し、抱きかかえようとする。しかし、玖黒木がその動きを制した。

「ああ先生、呼び出しておいて悪いんだが彼女は俺が運ぶから保健室に戻っていい。先生には彼女の早退の手続きだけをお願いしよう。」

 保健の先生は一旦私から離れ、玖黒木を見る。どうやら知り合いのようだ。その後、先生は玖黒木に対して丁寧な物言いで返事をする。

「わかりました玖黒木さん。くれぐれも気をつけてくださいね。」

 あっさりと玖黒木の指示に従い、先生は保健室へと戻っていく。

 玖黒木と二人きりになった所で、私は質問を投げかける。

「……で、何しに来たの。まさか、女子中学生のスカートの中覗いたり、足を舐めるためだけに来たわけじゃないよね。」

 いじめから助け出してくれたことは感謝してるが、だからと言って何でも許されるわけではない。でも、今はそれよりも玖黒木がこの中学校にいる理由を知りたい。

「お前を迎えに来たんだ。」

 玖黒木はそう答えながら私を車椅子ごと持ち上げ、階段を2段飛ばし、3段飛ばしで降りていく。

「今すぐ学校を出るぞカナタ。もうそろそろ警察がお前の身柄を拘束しにくる。」

「警察って……どういうこと?」

 説明を求めても玖黒木は答えない。

 すぐに私は1階に到着し、玖黒木によって校外へと連れ出されていく。

「ここで説明する時間も惜しい。とにかく学校から出るぞ。外でラルフォスも待っている。」

「うん。わかった。」

 とにかく玖黒木が焦っているのは間違いない。事情を聞くためにも学外へ出たほうがいいだろう。

 校門を出てすぐに私は車椅子ごとライトバンに積み込まれ、学校を後にした。


  17


 有津市の東側、港からほど近い場所には大きなショッピングモールがある。

 地方都市に似つかわないほど大きいこの場所ではファッションから家電まで大抵のものが売られている。中にはカフェやレストランなどの飲食店も軒を列ねている。

 もちろんファストフード店も数店ほど出店されていて、私はそのファストフードの店内でハンバーガーを頬張っていた。

「んー、たまに食べると美味しいかも。」

 今から15分ほど前、玖黒木は私を中学校から連れだすと、まっすぐにこの場所に向かい、ラルフォスさんと合流した。ラルフォスさんは既に店内の奥の目立たぬ席で待機していた上に、変装もしていたので見つけるのには苦労した。

 今は私と玖黒木とラルフォスさんで奥の席を占拠している状況だ。平日の朝とあって他に客はほとんどいない。まるで貸切状態だ。

 私は怪しまれないようにハンバーガーとポテトのセットを買い、玖黒木もコーヒーを飲んでいる。ラルフォスさんは食事ができないので紙ナプキンで折り紙をして遊んでいる。

 私があらかた食べ終わると、玖黒木が喋り始めた。

「やっと食べ終わったかカナタ、これを見ろ。」

 そう言って懐から取り出したのは携帯電話だった。

 玖黒木は私に画面を向け、何かの動画を再生させる。それはニュース映像だった。どうやら記者会見をしているらしく、アロウズの役員の言葉がスピーカーを通じて聞こえてきた。

「――先日の有津大橋で発生したアクシデントについてですが、あれは“事故”ではなく“事件”であったと我々は判断しています。全て兵器の開発者によって故意に引き起こされたものだということです。彼は兵器研究開発チームが秘密裏に開発していた兵器を公衆の目に晒し、有津造船工業株式会社に大きな損害をもたらしました。我が社は開発者並びに兵器の管理を怠った責任者を強く糾弾し、厳正な処分を求めるつもりです。また有津大橋の修繕に伴う渋滞については……」

「なにこれ……全部私達の責任にするってこと!?」

「そうらしいな。」

 役員の話はまだまだ続きそうだったが、玖黒木は携帯電話を懐に仕舞った。

 私の言葉を受け、今まで黙っていたラルフォスさんが更に詳しい事情を話す。

「僕だけじゃなく、関係者全員に責任を負わせるみたいだね。それもこれも、今回の騒ぎでアロウズへの批判が強くなったせいだろうね。兵器の開発生産に関してはアロウズが周囲の反対を押し切って始めた事もあって、結構デリケートな問題らしいし、アロウズはこれ以上リスクを負えないと判断して、僕らを切り離す決断をしたってわけさ。」

 玖黒木はラルフォスさんの言葉を引き継ぐ。

「そういうことだ。奴ら、ラルフォスの科学技術から得られる利益と国民の批判による損失を天秤にかけ、俺達を捨てる選択をしたんだ。」

「用済みってことね……。」

 あれだけ派手に研究所を破壊されたらそう判断するのも無理はない。いくら魅力的な科学技術を持っていても、安全に運用できなければ無用の長物だ。

 私はそう思ったが、玖黒木はそうは思ってないらしく、愚痴をこぼす。

「馬鹿な連中だ。ラルフォスを捨てるなんて頭がどうかしている。リスクを背負ってでもラルフォスの科学技術は手に入れるべきだ。CoATも量産できればアロウズにとって大きな利益になるだろうに。」

 玖黒木はコーヒーを飲み干し、空になった紙コップを遠くに投げ捨てる。投げた方向にはゴミ箱があり、紙コップは見事にゴミ箱の中に吸い込まれていった。

 ラルフォスさんも紙ナプキンで折り鶴を完成させており、それを手のひらの上で弄んでいた。

「そうとも限らないよククロギ。僕の技術はこの世界の数世紀先を行ってる。だからこそ、基盤となる技術がなくて利益につながらないんだと思う。こればかりは僕にはどうすることもできないよ。」

「だったらもっと高度な技術を持っている企業に話を持ち込めばいい。いや、国に頼ろう。あの映像がネットを介して世界に広がった今、どんな企業や団体や国だってラルフォスの存在は魅力的なはずだ。今すぐ出るぞ。出国の準備だ。」

 急な出国宣言に私は驚きを隠せない。確かに、あれだけ高度な義足を作れる技術と腕を持っているのだから引く手数多だろう。というか、ラルフォスさん自身がロボットだし、それだけで大抵の国は協力を申し出てくるはずだ。技術開発力が国力に大きく貢献している現代では、どこだって高度な科学技術は喉から手が出るほど欲しいに決っている。

 玖黒木とラルフォスさんなら海外に行っても上手くやっていけるだろう。短い付き合いだったけれど、別れは寂しいものだ。……なんて思っていると、玖黒木が私の体を持ち上げ、店の出口に向かって移動し始める。

 そこでようやく私は自分も海外に行くことになっているという事に気がついた。

「私も行くの!?」

「こんな事くらいで抜けられると思うなよ。ネクタルと一体化した以上、俺達は一心同体だ。」

「はぁ……」

 当たり前のように言い放つ玖黒木に対し、私は溜め息を返すことしかできない。また、軽い気持ちでこんな事に足を突っ込んだことを後悔していた。

 そんな時、店内から諦めの色が混じった言葉が発せられる。

「……もういいんだ。」

 それはラルフォスさんの言葉だった。

 ラルフォスさんは席に座ったまま動かない。顔がないので表情は窺えなかったが、その仕草から何となく彼の心中を察することができた。

「どういうことだラルフォス。カナタの協力は必要だろう。」

「違うんだククロギ。アロウズは僕の存在を消すつもりだ。アグレッサーに加えて大企業が敵に回るとなればもうどうしようもないよ。ククロギも僕の事は忘れて逃げたほうがいい。今まで保護してくれてありがとうと言っておくよ。」

「ラルフォスさん……。」

 私達を危険に晒さないため、一人で責任を負うつもりなのだろう。ラルフォスさんは変装用の帽子をテーブルの上に置き、椅子から立ち上がる。

「僕がいなくなればアグレッサーも出現しない。全てが丸く収まるんだ。」

「いいや違う。」

 玖黒木は強い口調でラルフォスさんに告げる。

「お前が提供した技術や開発した兵器は必ず外部に流出する。もしそれが悪用されれば世界が危険な状況に陥るかもしれない。CoATはそれだけの力を持っているし、使い方を間違えれば危険どころじゃなく世界が終わる可能性もある。」

 私を抱えたまま、玖黒木はラルフォスさんの元まで移動する。

「CoATはお前にしか管理ができないし、暴走を止められる術を知っているのもお前だけだ。そうやすやすとこの次元から逃げられると思うなよラルフォス。最後の最後まで付き合ってもらうぞ。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。でも……」

 そんな会話の途中、いきなり店内に男の人が数名ほど駆け込んできた。

「警察だ!! 全員手を上げて動くな!!」

 そう警告した彼らは青い制服を着ており、その手には小さな拳銃が握られていた。

 彼らは拳銃を私達に向けた状態で言葉を続ける。

「これから君たちの身柄を拘束する。大人しく指示に従いなさい。」

 彼らの腰には手錠も見える。どうやら玖黒木が言っていた警察みたいだ。私達を捕らえにきたらしい。

「もう来たか。店を出るぞ。」

 玖黒木は警察の警告を無視し、私を抱えたまま店の出口へと向かう。警官たちは玖黒木の堂々とした行動に動揺しているのか、拳銃を構えたままオロオロしていた。

 玖黒木はそんな彼らを嘲笑うかのように淀みなく歩いて行く。

 そのまま私を抱えた玖黒木はラルフォスさんと共にファストフード店を出た。

 しかし、そう簡単に警察が逃してくれるわけもなく、玖黒木は一人の警察官によって背後から銃をつきつけられてしまった。

「待てと言っている!!」

「だから何だ。……撃てるのか? そもそも何の罪状かも教えてもらってないぞ。一方的に銃を向けるなんておかしいとは思わなかったのか。どうせ武器を所持している危険な奴らだとか言われたんだろう。俺達は丸腰だぞ。丸腰の市民を撃つのか。」

 玖黒木のセリフに警察官は怯む。しかし、それも数秒のことだった。

「うるさい黙れ!!」

 警察官は背後から銃床で玖黒木の後頭部を殴りつける。

 玖黒木はよろめき、その場に膝をついた。私は振り落とされぬよう、玖黒木の首に腕を回す。

 しばらくするとその手に温かい液体が付着し始める。それは玖黒木の頭から流れ出た血液だった。

「玖黒木、頭から血が出てる。」

「そうみたいだな。……ラルフォス、カナタを頼む。」

 玖黒木の指示を受け、ラルフォスさんは玖黒木の腕から私を持ち上げる。ラルフォスさんの腕はひんやりとしていて、少し肌寒さを感じた。

 私をラルフォスさんに手渡した玖黒木は、背後にいる警察官の足元を足払いで転倒させ、続けざまに腹部を殴る。警察官は短い呻き声を上げて動かなくなった。

 それを受け、遠巻きに見ていた警察官たちがじわじわと距離を詰めてくる。

「今から俺はこいつらに仕返しをする。仕返しが済んだら連絡するから、それまで適当な場所に隠れていろ。」

 玖黒木はメガネを外してポケットの中に突っ込む。単純に仕返しがしたいのか、それとも足止めをする口実か、どちらか判断しかねたが、別にどちらでも良かった。ネクタルが体内にあれば傷は治るし、死ぬようなこともないだろう。現に私も腹に大穴を開けられたというのに傷跡一つ残っていない。

 ラルフォスさんもその事を重々承知しており、あっさりと別れを告げる。

「分かったよククロギ。また後でね。」

 そう言って、ラルフォスさんは私を抱えてショッピングモールの出口へと向かう。

 ラルフォスさんの走行スピードは速く、あっという間にファストフード店が見えなくなってしまった。

 ショッピングモールの外にもパトカーや大きな車両が停まっていたが、ラルフォスさんは一歩で5メートル近く移動するほどの速さで車両の集団を駆け抜け、3メートル近いフェンスをジャンプで軽々と飛び越えた。

 普通の警察官がそんなラルフォスさんを捕まえられるわけもなく、呆然とこちらを見ているだけだった。


  18


 ショッピングモールから逃げ出してから2時間後、私はラルフォスさんと共に港に係留されている小さな漁船の中に身を潜めていた。

 玖黒木は後で連絡すると言っていたが、どうやって私達と連絡を取るのだろうか。そしてその連絡はいつ来るのだろうか。既に2時間経っているとことを考えると、もう玖黒木は警察に捕まってしまったのではないだろうか。それとも、単に連絡手段がないだけか……。どちらにしても心配だった。

 既に日は南を越え、西へと傾きつつある。ずっと同じ体勢で隠れているのは意外に辛く、早くここから出たい気持ちでいっぱいだった。

 船内は狭く、今は小さな操舵室にラルフォスさんと一緒に身を潜めている状況だ。

 ラルフォスさんは私と向かい合う形で足を広げて膝を曲げて座っている。私はその長い金属製の両足に挟まれるように、股の間に座っている。

 ラルフォスさんは何も喋らないだけでなく、ピクリとも動かない。存在感を消すには最適な体だが、一緒にいる私は緊張を強いられているみたいで居心地が悪かった。お尻の感覚も麻痺してきたし、疲労は増すばかりである。

 沈黙に耐えられず、私は小声でラルフォスさんに話しかける。

「あの……」

「なんだい?」

 即座にラルフォスさんから返事が返ってくる。別に眠っているというわけではないようだ。

 私はファストフード店にいた時から感じていた疑問をぶつける。

「どうして玖黒木はラルフォスさんのことを助けるんですか?」

「ああ見えてククロギは義理堅い男なんだよ。」

「それ、ほんとですか……?」

 思わず疑いの言葉が出てしまう。それほど玖黒木にはいい感情を抱いていない。

 そんな私の反応にラルフォスさんは小さく笑う。

「いつもはあんな憎まれ口叩いてるけど、やる時はやる人間だよ。彼は。」

「でも、義理堅いってことは、ラルフォスさんが玖黒木に何かをしてあげたってことですよね。」

「いいや、約束してるだけさ。だからこそ、彼は僕のことを守ってくれるし、僕も彼に報いないといけないんだよね。」

 何やら複雑な事情がありそうだ。とりあえず聞けるところまで聞いてみよう。玖黒木の弱みを握れるかもしれない。

「あの、それってどんな約束なのか、聞いてもいいですか。」

「僕の口からは言えないなぁ。どうしても知りたいなら本人に聞くしかないね。彼は君のことを気に入っているみたいだし、案外簡単に教えてくれるかもしれないよ。」

「気に入ってる……?」

「そうだよ。あんなに積極的に人に会いに行くククロギを見たのは久しぶりだったよ。何の迷いもなくネクタルを君に注入したことを知った時は驚いたものさ。」

「そう言えば滅茶苦茶驚いてましたよね。……なんかごめんなさい。」

「いいよいいよ、前も言ったけれど、こうなってよかったと思ってるんだ。ネクタルを君と同化させずにいたら、今頃アロウズに好きなように使われていただろうからね。」

 確かラルフォスさんはネクタルで新兵器を造るとも言っていた。それが研究所に残されていたらもっと厄介な事態になっていただろう。CoATもネクタル無しではただのコートだし、考えてみればこの状況はまだマシな方なのかもしれない。そう思うと気力が出てきた。

 しばらく会話していると、ラルフォスさんが履いているミドルパンツのポケットから呼び出し音が発せられた。

「ようやくだね。」

 すぐにラルフォスさんは通信機を取り出し、通話スイッチを押す。しかし、聞こえてきたのは玖黒木の声ではなく、やわらかな女性の声だった。

「こちらは有津警察署です。玖黒木亜澄の身柄を拘束しました。今は彼が所持していた通信機を用いて通信しています。あなた方も早く自首してください。逃げていても罪が重くなるだけです。岩瀬彼方さんについては未成年という事もあり、6ヶ月程度の指導を受けるだけで済むはずです。今すぐ最寄りの交番に自首をお願いします。もし応じない場合は……」

「応じないよ。」

 ラルフォスさんは返事すると同時に通信機を握りつぶす。象が踏んでも壊れなさそうな金属製のフレームが瞬時にひしゃげ、中のパーツが周辺に飛び散った。

 通信機を壊すとラルフォスさんはすっくと立ち上がり、私の体を持ち上げる。

「どこに行くんですか?」

「通信機のせいで居場所がばれたから、見つからないうちに別の場所へ移動しよう。玖黒木を助ける算段を考えるのはその後だ。」

 ラルフォスさんは漁船から出て、港に突き出している波止場にジャンプして飛び移る。

 その時、改めて私はひとりでは満足に移動すらできない事を思い知った。今の私はラルフォスさんにとって重荷だ。隠れるにしても、玖黒木を助けるにしても、絶対に足手まといになってしまう。

「もしかして、私自首したほうがいいのかも……。」

 自然と弱音が口から漏れる。

 義足もCoATもない状態だと私は役立たずの足手まといだ。今優先すべきはラルフォスさんの安全だし、私はアグレッサーからラルフォスさんを守ると約束した。

 今の状態でアグレッサーが出現すれば確実にラルフォスさんは捕らえられてしまう。

 警察に捕まって時間を無駄にするより、ラルフォスさんに全てを任せたほうが良い。ラルフォスさん一人なら上手く玖黒木と合流できるし、玖黒木がいればCoATを取り戻すことも難しくはない。

 私はラルフォスさんから離れるべく身をよじる。しかし、ラルフォスさんは私を背負ってしまった。

「自首だなんて馬鹿なことを言っちゃだめだよ。捕まったらアロウズに引き渡されて、その後はモルモットさ。世間からの批判が収まったらすぐにでも秘密裏に研究を再開するつもりだと思うよ。ネクタルもCoATも兵器以外にも使い道はあるからね。」

 私はネクタルと同化している。ラルフォスさんはネクタルの生みの親として責任を感じているのかもしれない。

 ラルフォスさんがそう言っているのだし、変に逆らうこともない。足が動かなくても手伝えることはあるだろうし、精一杯頑張ることにしよう。

「さてと、どこに行こうかな。」

 私を抱えたラルフォスさんは周囲を見渡して行き先を決めあぐねていた。……どうやら、早速役に立てる機会が訪れたようだ。

「私、いい隠れ場所を知ってます。」

「よかった。じゃあそこまで案内頼むね。」

「わかりました。……まずは北の港に向かってください。」

 私が指示するとラルフォスさんは体をしっかりと保持し、北へと駆け出した。


  19


 私たちは北の港からフェリーに密航し、有津市から見て北西に位置する島に上陸していた。この島は愛媛県と広島県の境目にある島で、人もあまり住んでいない小さな島だ。

 人目を忍んでフェリーから下船すると、ラルフォスさんは素早く発着場から離れ、付近の山林に身を隠す。そこでようやく落ち着くことができた。

 ラルフォスさんはこの場所に満足しているようで、何度も頷いている。

「これはいい隠れ場所になりそうだね。ここには来たことがあるのかい?」

「来たことがあると言いますか……。実は私、この島に住んでいたんです。」

 私はここで今は亡き両親と幼少期を過ごした。とは言っても3歳まで住んでいただけなのでほとんど記憶に無い。でも、島内にある湖でよく遊んだことは覚えている。自然が豊かないい場所だった。それは今も変わらぬようで、のどかな風景が広がっていた。

「これから私が住んでいた家に行きます。島の奥に建っている上に、今は空き家になっているので誰も近づかないはずです。」

「大丈夫かい? 両親のことを思い出して辛くなるかもしれないよ。」

 ラルフォスさんの口から親の話題が出て、私は思わずラルフォスさんに顔を向ける。

「どうしてそのことを……」

「一応簡単に経歴は調べさせてもらったんだ。気を悪くしたらごめんね。」

「いいえ、説明する必要がなくなったので、……いいです。」

 知られた所でどうということはない。

 私は気を取り直し、ラルフォスさんに家の方向を教える。

「ここから東に300メートルくらいです。早く行きましょうよ。」

「そうだね、そろそろ日も落ちてきたし急ごう。」

 ラルフォスさんは私を背負い、山林の間を縫って移動していく。周囲は既に暗くなり始めており、足元には影ができていた。木の根とかに引っかかると危なそうだ。

 ラルフォスさんはその木の根ごと豪快に踏みつけながら歩いて行く。

 そんな風に移動していくと、すぐに家が見えてきた。

 私の家は山の緩い斜面に合わせて建てられたログハウスだ。見晴らしがいいので敵を発見しやすいし、しばらく身を隠して今後のことを考えられそうだ。

 しかし、不自然な点があった。人が住まなくなってから10年以上経っているにもかかわらず、外見は綺麗な状態を保っていたのだ。ラルフォスさんはその事を指摘する。

「誰かが定期的に掃除をしているみたいだね。あの掃除用具も結構新しいし、最近誰かが来たのかもしれないね。」

 視線の先、ログハウスの軒先には真新しい竹箒や小さな値札がついたブリキのバケツが置いてある。島内の人が掃除してくれているのだろうか……。

 ラルフォスさんはログハウスの玄関スペースに侵入し、ドアノブに手をかける。鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。室内は暗かったが、綺麗に保たれているのが確認できた。かび臭くもないし、案外快適に過ごせそうだ。

 室内に入るとラルフォスさんは近くにあるソファーの上に私を座らせる。運ぶ方も大変に違いないが、運ばれる方も結構疲れる。持ち方が下手だとその疲れ具合も大きい。

 ソファーに体を預けて一息つくと、私は家の中の様子を観察する。

 小さい頃は広く感じていたこの家も、今見ると案外狭く思える。しかし、周囲を木材で囲まれているせいか、とてもリラックスできた。

 目を閉じてみると、家の外からは潮風が木々を揺らす音や遠く彼方からは波の音も聞こえる。そうやって自然を感じていると、家の中から微かに物音が聞こえた。

 小動物にしては気配が大きい。先ほどの箒やバケツの事を踏まえると、家の中に人が潜んでいると考えていいだろう。

 ラルフォスさんも人の気配を感じたようで、肩幅に足を開いて構えている。

 物音はどんどん大きくなり、やがて奥の小部屋のドアが開いた。

 そこから現れたのは空き巣でも不法侵入者でも警察の追っ手でもなかった。

「やっぱりここに来たわね、カナタ。」

 現れたのは艶やかなダークブラウンのロングヘアーが特徴的な女性。スタイルも良ければ足も綺麗で長い美人さん。……私の姉、岩瀬比奈だった。

「お姉ちゃん……。」

 なぜここにお姉ちゃんがいるのか。さっきのセリフからすると私を待ち伏せしていたと考えるのが自然だ。しかしそんなことよりも、今のこの不安な状況の中で姉と会えたことがとても嬉しかった。

 お姉ちゃんはソファーまで駆け寄ってくると、迷うことなく私に抱きついてきた。その時、長い髪がふわりと広がり、石鹸の爽やかな香りが鼻に届いた。

「もう、心配したんだからね……。」

「ごめん……。」

 強く抱きしめられ、私は自然と謝ってしまう。いつもは鬱陶しく感じていた姉の抱擁も今は暖かくて優しくて心地が良い。

 しばらくお互い抱き合っていると、ラルフォスさんが咳払いをする。

「お姉さん、ちょっと質問させてもらうけれど、この場所についての情報を誰かに話したかい?」

 いきなりラルフォスさんに話しかけられ、お姉ちゃんは私から離れ、ソファーからも飛び退く。

「うわ、ロボットが喋ってる!?」

 まあこれが普通の反応だ。本当のことを言っても余計に話がこんがらがるだけだと判断し、私は言葉を慎重に選んで説明する。

「お姉ちゃん、この人はラルフォスさんで……えーと、私の義足を作ってくれた人だよ。」

「あ、この人だったの?」

 お姉ちゃんは私の単純な説明をあっさりと受け入れ、ラルフォスさんに近づき、握手する。

「どうも、私はカナタの姉の岩瀬比奈です。妹がお世話になりました。」

 もはや相手が人間かどうかなどお姉ちゃんに取っては関係ないみたいだ。私の恩人という事だけが分かれば十分なのだろう。

 ラルフォスさんも普通に握手し返す。

「丁寧にどうも。お世話になっているのはお互い様だけれどね。それで、さっきの質問の答えを聞かせてくれないかい。」

「あぁ、それなら大丈夫。このログハウスの事は誰にも話してないわ。ここには一人で来たし、フェリーにも怪しい人はいなかった。……行方不明っていうニュースを見て、まず逃げるならここに来るだろうなって思ったんだけれど、大当たりね。」

 さすがお姉ちゃんだ。こういうことに関しては勘がいい。

 その後、お姉ちゃんは一旦小部屋に戻り、食料品が詰まったレジ袋を持って現れた。それを見て初めて私は食べ物について全く考えていなかったことに気付く。

 また、脇には私のお気に入りの着替えも抱えていた。用意周到とはこのことを言うのだろう。ありがたい限りだ。

「はい、制服のままだとシワになるから着替えてね。」

「今はシワとか気にしてる場合じゃないでしょ……。それよりそのクリームパン取って。お腹すいた。」

 そう頼みつつ、私は食料が満載のレジ袋に手を伸ばす。しかし、お姉ちゃんはレジ袋をひょいと持ち上げ、ソファーから離した。

「だめー。着替えないと渡してあげない。大体これ全部私のお小遣いで買ったのよ。後で返してもらうからね。」

「えぇ……。」

 お金に関しては結構切実だ。なるべく安そうな物を選んで食べよう。

 そんな事を思っていると、ラルフォスさんが話に入ってきた。 

「そのくらいなら僕が立て替えるから気にしなくていいよ。」

「ホントですか!? ありがとうございます。」

「ほら、お礼はいいからお姉さんの言う通りにまずは着替えたほうがいい。まだ春先だし、夜は冷えるからね。」

 なるほど、ラルフォスの言うことももっともだ。風邪をひくとも思えないが、寒気を感じ始めていたし、さっさと着替えよう。

 私はお姉ちゃんから長袖のシャツを受け取るとそれを太ももの上に置き、制服の上着とブラウスを脱いでいく。しかし、ブラウスのボタンに指を掛けた所であることに気が付く。

「あの、ラルフォスさん、これから着替えようと思うので、その……」

「手伝おうか?」

「いや、あっちを向いてくれると有難いんですけど……」

 やっぱり人間じゃないと分かっていても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 申し訳なさげに言うと、ラルフォスさんはすぐに察してくれたようで、背を向けてくれた。

「ああごめん。気が回らなかったよ。」

 そう言って謝ると、ラルフォスさんはソファーから離れて玄関へ移動していく。

「……僕は外で見張りでもやってるよ。」

 背を向けてくれるだけで良かったのだが、よくよく考えるとラルフォスさんの顔には目がないし、別のセンサーで全方向を見ている可能性もある。彼自身が外に出て行ってくれるのだし、変に引き止めることもないだろう。

 男性が部屋から居なくなり、私は安心して制服を脱いでいく。ブラウスも完全に脱ぐと、お姉ちゃんが長袖のシャツの裾を持って、頭から被せてくれた。

 お姉ちゃんに着替えを手伝って貰うなんて何年ぶりだろう。何だか妙に嬉しい。

 長袖のシャツの上にフード付きパーカーを着せられると、今度はスカートを脱いでいく。

 学校指定の紺色のプリーツスカートの代わりに履かされたのは、起毛のスパッツと厚手のキルトスカートだ。履いた瞬間暖かくなり、自然と溜め息が出た。

 さらにお姉ちゃんはフリース生地のひざ掛けで私の足を包み、着替えは完了した。

 着替え終えるとお姉ちゃんはようやくクリームパンをこちらに手渡してくれた。お姉ちゃんも別の惣菜パンを手にとり袋を開ける。だが、すぐに食べはせず、パンを手に持った状態で私に話しかけてきた。

「そう言えばカナタ、良人君が心配してたわよ。ここ最近全然話してないんだって?」

 クリームパンを一口食べ、私は答える。

「うん、話してない。」

「何があったのよ。喧嘩でもした?」

 本当にお姉ちゃんはこと色恋沙汰に関しては勘が鋭い。

 私はすぐに肯定せず、別の理由を話す。

「お姉ちゃんも知ってるでしょ。私のせいでりょうくんは大怪我したってこと。だから、もう会わないほうがりょうくんに迷惑が掛からないと思ってさ。」

「また勝手にそうやって決めつけて……。」

 お姉ちゃんは呆れ口調で続ける。

「あれは事故よ事故。良人君はそのくらいのことで絶交なんてしないと思うよ。……て言うか、カナタがあんなすごい研究に協力してるなんて本当に驚いたわ。」

 またしてもお姉ちゃんの言っていることは当たっていた。

 あれだけ怪我を負わされたのに良人は私を全く責めなかった。それどころか良人が怒っている所を見たことは一度もない。

「そうだとしても、もういいの。今まで頼ってばっかりで苦労させちゃったし、そろそろ一人で何でもできるようにならないとね。それに、りょうくんの本当の気持ちが分かっちゃったっていうか……。」

 良人が私と一緒にいてくれたのは好意からではなく、単なる贖罪のためだった。

 その事を思い出すと気が滅入りそうになる。

 微妙な心情の変化を読み取られたようで、お姉ちゃんはいつものようにいやらしい笑みを浮かべる。

「ははーん……フられたんだ?」

「ち、違う!! そういうのじゃない……。」

 焦って否定の言葉を口にするも、お姉ちゃんは私を無視してしゃべり続ける。

「見てる感じ良人君はカナタにぞっこんって感じなんだけどなぁ。」

「だから違うって言ってるじゃん。だって、りょうくんは……」

 その先の言葉は口に出せなかった。

 良人は私のことを恋愛の対象として見ていない。良人にとって私は償いの対象であり、これから先ずっと罪ほろぼしのために尽くす対象でしかない。良人自身がそう言ったのだ。この事実は覆ることはない。

 言葉に詰まっていると、お姉ちゃんがいつになく真剣な表情を私に向ける。

「さっきから良人君がどう思ってるか、その話ばっかりじゃない。カナタはどう思ってるのよ。」

「私がどう思ってても関係ないじゃん。りょうくんは……」

 お姉ちゃんは惣菜パンを私の口元に押し当て、こちらの言葉を遮る。

「“りょうくん”はいいから、カナタがどう思ってるのか、正直に話しなさい。」

 押し当てられたパンを齧りながら、私はお姉ちゃんが言ったことを考える。

 ……私は良人のことをどう思っているのだろうか。

 私にとって良人は、優しい人であり、頼れる人であり、安心して身を委ねられる人であり、私の全てを預けられる人である。

 それを踏まえ、私は正直に答える。

「……好き、かも。」

 改めて口にすると何だか恥ずかしい。

「そんなの知ってるわ。」

 お姉ちゃんは私のセリフを軽く受け流し、矢継ぎ早に指摘する。

「……で、それちゃんと良人君に伝えたの?」

「あ……。」

 お姉ちゃんの指摘に私は唖然としてしまう。最も根本的な事を忘れていた。良人が告白したら言い返すつもりだったので、言いそびれてしまったのだ。

 改めて客観的に考えてみると、今の私は良人が言ったことだけを鵜呑みにして勝手に思い込み、一方的に関係を断ち切った自己中心的な女だ。もっとお互いに話し合う必要があったかもしれない。あの時私がきちんと自分の想いを伝えていれば、良人の考えも変わった可能性もあるのだ。

「……まだちゃんと言ってない。」

 私が呟くように言うと、お姉ちゃんは長い溜息をつく。

「はぁ、これだから中学生は……。いつも私の恋愛アドバイスを無視してるからこうなるのよ。」

「ごめん。」

 短く謝ると、お姉ちゃんは笑顔で私の頭を撫でる。

「よし、今度会ったらまずは謝って、きちんと自分の想いを伝えるのよ?」

「うん。でも、もし断られたらどうしよう……」

 これで良人に嫌いだなんて言われたら今度こそ立ち直れそうにない。また不安の種ができてしまったが、すぐにお姉ちゃんがフォローしてくれた。

「何度でも言えばいいだけのことよ。ま、そんなことにはならないと思うけれどね。」

「そうだよね。……ありがと、お姉ちゃん。」

 やはりお姉ちゃんがいると心強い。何だかんだ言って、良人以上に私のことを助けてくれている家族なのだ。お姉ちゃんと話せてよかった。

「あ、お姉ちゃんのことも好きだからね。」

「それも知ってる。」

 そんな感じで和気あいあいと話していると、不意に玄関先から物音がした。

 その音はとても静かではあったが、そこそこの振動を伴う音だった。重量物を床に置いた時に発せられる音とよく似ている。

 物音はすぐに止んだが、逆にそれが不安だった。ラルフォスさんに何かがあったのだろうか。

 気になった私はソファーの背もたれに腕を乗せ、大きめの声を出す。

「ラルフォスさん? どうかしたんですか?」

 返事はない。そもそも聞こえているかどうかすら怪しい。

 しばらく返事を待っていると、お姉ちゃんがソファーから立ち上がり、玄関へと移動していく。

「もう着替えも終わったし、あのロボットの人呼んでくるね。」

「待って、もうちょっと様子を見たほうが……」

 そんな私の警告も虚しくお姉ちゃんは玄関に到達し、ドアを開ける。

 その瞬間、室内にラルフォスさんが飛び込んできた。

「きゃっ!?」

 ラルフォスさんはそのままドアごと室内に飛ばされ、家の壁に背中から衝突する。お姉ちゃんはそのドアに体を弾かれ、玄関付近の床に倒れてしまう。

 一瞬何が起きたのか理解できず、私は動くことができなかった。

 ラルフォスさんは自ら飛び込んできたわけではなく、外部から大きな力によって押し飛ばされたようだ。壁にめり込んだ状態でじたばたしている。

 お姉ちゃんは倒れたまま動かない。今すぐに助けに行きたいけれど、状況がわからない今、下手に動けない。

 どうするべきか悩んでいると、室内に何者かが侵入してきた。

 ……それは人間ではなかった。

「失礼した。」

 厳かな声を発して家に入ってきたのは全身が黒い色で構成されている人の形をした物体だった。背丈も人と同じくらいで、歩き方も人間そのものだ。しかし、全身には青い血管のような模様が浮かんでおり、アグレッサーだということが瞬時に分かった。

 だが、私が今まで見てきたアグレッサーのイメージとは全く違う。アグレッサーが言葉を喋るなんて驚きだ。雰囲気も落ち着いて見えるし、今までの奴らとは種類が違うのかもしれない。

 人型のアグレッサーは玄関で倒れているお姉ちゃんを見つけると、その場にしゃがみ込んで体に手をかざす。

 その動作に対し、私は思わず声を上げてしまった。

「お姉ちゃんに触るな!!」

「……。」

 私の警告を無視し、アグレッサーはお姉ちゃんを検査するように手を動かす。それから数秒もしないうちにアグレッサーは立ち上がり、その場から離れた。

 安心したのも束の間、続いてアグレッサーは私に接近してくる。CoATどころか義足も車椅子もない今の私にはどうしようもない。

 どんどん近づいてくるアグレッサーを睨んでいると、アグレッサーが再び言葉を口にした。

「貴様の姉は軽い脳震盪を起こしているだけだ。心配しなくていい。」

「……へ?」

 予想外の言葉を掛けられ、私は面食らってしまう。てっきり私達に攻撃を加えると思っていたが、この様子だと戦うつもりはないみたいだ。

 人型のアグレッサーは私から距離を保った状態で腰に手を当てて話す。

「相当に驚いているようだな。貴様と我々は全く違うように思えるだろうが、我々の次元とこの世界はとても近い位置にある。言葉も通じて当然だ。」

「近い位置……?」

「物理的な距離の話ではない。共通点が多いことの例えだ。つまり、貴様と我々は違うように見えて、根本は似ているということだ。」

 質問を返すと、人型のアグレッサーは律儀に答えてくれた。案外いい人なのかもしれない。

 人型のアグレッサーは更に続ける。

「無駄話はここまでにしておこう。貴様達に危害を加えるつもりはない。用事があるのはラルフォス、貴様だけだ。」

 人型のアグレッサーは私から顔を逸らし、青く光る2つの穴……目と思われる部位をラルフォスさんに向ける。

 ラルフォスさんは私が無駄話している間に壁から脱出したようで、木屑を払いながら相対する。

「その喋り方、やっぱりワルトか。僕に会いに来てくれたのかい?」

「覚えていてくれたかラルフォス。残念だがただ会いに来たのではない。ようやく貴様の位置を特定できたので、直々に処分を下しにきた。」

 どうやらラルフォスさんとは知り合いみたいだ。

 ワルトと呼ばれたアグレッサーは手のひらに逆の手を突っ込み、中から何かを取り出し始める。ズルズルと引き出されたのは細長くて黒い物体であり、それは刃のようにも見えた。武器に違いない。

 ワルトはその武器の切っ先をラルフォスさんに向け、告げる。

「申し開きはあるか。あるなら聞いてやろう。」

「言った所で君は理解しないし、僕への処分も変わらない。そうだよね?」

 ラルフォスのセリフに対し、ワルトはその黒い体を小刻みに揺らす。

「フフ……その通りだ。我ながら馬鹿なことを訊いたものだ。」

 ワルトは黒い刃の切っ先をラルフォスさんから逸らして床に向け、しゃべり続ける。

「正直に話す。昔の馴染みを殺すのは気が進まない。……せめて最後に何か会話ができればいいかと考えていたが、逆にこちらの決心の弱さを晒しただけだったようだ。」

「そうかい。決心がついてないならそのまま帰ってもらえると嬉しいな。」

「……いや、これもルールだ。死んでもらうぞ、ラルフォス。」

 再び黒い刃をラルフォスさんに向け、ワルトはゆっくり歩いて距離を詰めていく。

 ラルフォスさんもそれに合わせて戦う姿勢を見せる。

「そっちは僕を簡単に殺せると思ってるだろうけど、甘く見ないで欲しいね。僕はただ震えて隠れていたわけじゃないんだ。」

「強がりはよせ。そんな身体で何ができる。」

「そっちこそ、昔の僕と思わないほうがいいよ。」

 そう短く言葉をかわした後、二人は残り5メートルほどの距離を瞬時に詰め、お互いに攻撃を放つ。一瞬のことで私には殆ど何も見えなかった。しかし、室内に響いた衝突音、その衝突の際に発された振動が攻撃の凄まじさを表していた。

 ワルトはその黒い刃をまっすぐ突き出していたが、それはラルフォスさんの顔の真横を通過し、回避されていた。

 一方、ラルフォスさんはワルトの脇腹に拳を入れており、深くめり込んでいるように見えた。

「どうだい?」

「疾いな。」

 ラルフォスさんの自慢気なセリフを受け流し、ワルトは再度黒い刃を操り、ラルフォスさんに斬りかかる。完全に不意をついた攻撃だ。だが、ラルフォスさんの体はその刃を避けるように器用に動く。まるで軟体動物のような、人間では実現できない動きだった。

 その後もワルトは上下左右から自在に斬りかかるも、そのたびにラルフォスさんは避け、逆にカウンターパンチを喰らわせていた。

 何だかんだでラルフォスさんもアグレッサーと戦えるみたいだ。

 今までシェルターとかに隠れていたと聞いていたため、勝手に弱いと決めつけていたが、CoATを作った人なのだし、このくらいの能力を持っているのも当然といえば当然かもしれない。

 ラルフォスさん自身もワルトを圧倒しているのが嬉しいようで、戦闘中にもかかわらず嬉々として説明していた。

「どうして攻撃が当たらないか不思議に思っているねワルト。考えた所で僕に命中させるのは不可能だよ。なぜなら光学センサーと電磁センサーが自動で接近物を感知し、ボディーが自動で回避行動を取るからね。今の僕は銃弾も回避できるんだ。君の刃を回避できないわけがないよ。」

 何だかよくわからないがすごいことだけは分かる。このままいけば上手くアグレッサーを退治できそうだ。

 ワルトはラルフォスさんの説明を受けて攻撃を中断し、何か納得したように小さく頷いていた。

「なるほど、いいことを聞いた。」

 その言葉の直後、鋭い切断音が聞こえ、続いて床に何かが落ちる重い音が聞こえる。

 私の視線の先には左腕を失っで立ち尽くすラルフォスさんが写っていた。そのまま視線を下に向けると、床の上には綺麗に切断された機械の左腕が転がっていた。

「詰めが甘いぞラルフォス。高速で接近してくるものに対して回避するように設定していることが分かれば、ゆっくり攻撃するだけのことだ。……余計なことを説明する癖を治すべきだったな。」

「……くっ!!」

 ラルフォスさんは慌てて残された右腕で反撃をする。だが、その拳の先には黒い刃が待ち構えていた。ラルフォスさんの拳はその刃に命中し、自らの力によって自らの腕を切断していく。

 ワルトはその状態で刃をぐいぐい押し付け、右腕も簡単に破壊してしまった。

「こちらからの攻撃が回避されるなら貴様の力を利用するだけだ。……その武装が素晴らしいことは認めてやろう。だが、使いこなせないと意味が無い。」

「どうも、君に褒めてもらえるなんて有難いよ。」

「無駄口を叩くな。」

 ワルトは両腕を失ったラルフォスさんを蹴り飛ばす。

 ラルフォスさんは勢い良く飛ばされ、私がいるソファーにぶつかって倒れた。

 ワルトは倒れているラルフォスさんの胸部を足で押さえつけ、頭部に刃の切っ先を押し当る。誰がどう見ても勝負は決まっていた。

「コアは頭か? いや、胸か……」

 ワルトは黒い刃をラルフォスさんの頭部から胸部に移動させる。

「待って!!」

 その時、私の体が勝手に動いた。

 なんと、ソファーから飛び降りてラルフォスさんに飛び付き、ワルトの刃から庇ったのだ。そんな私の行動に、ラルフォスさんやワルトも驚いている様子だった。

「何をしてるんだい!? 危ないから早く離れて!!」

「ラルフォスの言うとおりだ。邪魔をするな。今すぐ退け。さもないと……」

 ワルトは割り込んできた私の背中に刃を押し当てる。背中にチクリとした痛みが走る。

 今すぐ離れたい気持ちだったが、押し留まって気丈に言い返す。

「さもないと、何? 私ごと刺し殺す?」

「分かっているなら離れろ。命が惜しくないのか。」

 この時、私の脳裏に先ほどワルトが発した言葉が思い浮かんだ。まさに一瞬のひらめきである。この言葉を使えばこの場を切り抜けられる。そう確信した私は勝負に出る。

「……あれおかしいな。ついさっき私に向かって“貴様達には危害を加えるつもりはない”って、言ってたよね。あれって嘘だったんだ。」

「ああ嘘だ。死にたくなければ今すぐ退け。何度も言わせるな。」

 そう言いつつも、背中に押し当てられた刃からは力が抜けていく。

 やはりこのワルトという人は敵ながらいい人みたいだ。先ほども色々と無駄に説明してくれたし、お姉ちゃんの事も気遣ってくれた。

「いや、嘘じゃないと思う。」

「……。」

 そんな事を言われて今更攻撃することもできなくなったのか、ワルトは完全に黒い刃を引き、それを手のひらの中に仕舞った。

「これ以上は止めておこう。こちら側の人間を殺すことはルールに反しているからな。……次は殺す許可を得て戻ってくる。その時は貴様にも覚悟してもらおう。」

 そう言い捨てるとワルトはその場の空間に溶けこむように霧散し、姿を消した。

 危機が去り、私はラルフォスさんの胸の上でため息を吐く。玖黒木の時もそうだったけれど、案外私は他人思いの出しゃばり人間なのかもしれない。でも、そのお節介のおかげでラルフォスさんを助けられたのだし、良しとしよう。

 一息つくと私はラルフォスさんから降り、倒れているお姉ちゃんの所まで匍匐して移動する。

 お姉ちゃんはワルトが言った通り気を失っているだけらしく、どこにも怪我はない。今は横向きになって寝ていた。

 アグレッサーを見られずに済んだのは不幸中の幸いだ。これ以上関わると危険そうだし、ここで寝かせておいた方がいいだろう。

 お姉ちゃんに寄り添って様子を見ていると、両腕を失ったラルフォスさんが近寄ってきた。ラルフォスさんは残された僅かな脇の部分で切断された腕を抱えていた。

「とうとうアグレッサーも僕を殺しに来たね。巻き込んで悪いと思ってる。それに、助けてくれてありがとう。命拾いしたよ。」

 話している間に腕の断面から複数の細いワイヤーのような物が伸び、肩口にくっつく。そのワイヤーは束となり、縮み、腕と肩とを接合させる。左腕が終わると右腕も同じように接合され、ほんの20秒ほどでラルフォスさんは腕を取り戻した。ロボットってすごい。

 瞬時に修理が終わったことに感動しつつ、私はワルトについて質問する。

「あのワルトって人、知り合いなんですか?」

「そうだよ。昔は随分と仲が良かったんだけど喧嘩別れしちゃってね。こんな所で再開できるとは思ってなかったよ。」

「そうだったんですか……。」

 それ以上は話したくないのか、ラルフォスさんはすぐに話題を変える。

「こうなるともうゆっくりと隠れている時間はないね。ワルトの言い分だと過剰干渉してでも僕の存在を消すつもりみたいだ。僕も含めて、僕と関わりを持った物や人や場所も消されるかもしれない……。」

「場所も……って、有津市全体が攻撃されるってことですか!?」

 何だか大変なことになってきた。こうなると警察に捕まるだなんて小さいことを考えている場合ではない。無理を押し通してでもCoATを手に入れ、アグレッサーを迎え撃つ必要がある。

「……有津市が危ないってどういうこと? また研究所で起きたみたいな爆発事故が起こるの?」

 不安げな声で会話に参加してきたのはお姉ちゃんだ。頭を手で押さえていて顔をしかめているが、意識ははっきりとしているみたいだ。

 このお姉ちゃんの質問にはラルフォスさんが答えてくれた。

「そうなんだ。だから事故を未然に防ぐために警察に話そうと思ってる。良ければ携帯電話で通報して欲しいんだけど、いいかな。」

「別に構わないけれど……捕まっちゃうんじゃない? 大丈夫なの?」

 お姉ちゃんの言うことももっともだ。お姉ちゃんはポケットから携帯電話を取り出したまま私とラルフォスさんの顔を交互に窺っていた。

 私もなぜこのタイミングで警察に通報するのかを理解できず、ラルフォスさんを見る。

 ラルフォスさんは私とお姉ちゃんの視線を受け、詳しく説明し始める。

「元々僕は海外に逃げるつもりだったんだ。だから警察から隠れてククロギが逃げ出すのを適当に待つつもりだった。だけれど、こうなったら僕達から動くしかないよ。有津市が危ないとなれば海外に逃げるわけにも行かないからね。」

「なるほど、玖黒木を助けるわけですね。でも、玖黒木を助けた所でどうにもならない気がするんですけど。」

 玖黒木の名前が出ると、お姉ちゃんがまた質問してきた。

「玖黒木君がどうかしたの? お姉ちゃん全然状況が分からない。そもそもどうして私こんな所で倒れてたんだろう……。」

 思い悩むお姉ちゃんを無視してラルフォスさんは私の意見を補足する。

「もちろんククロギは助けるよ。でも本当の目的は警察署の証拠品保管庫にあるCoATの回収だ。あれさえ装備できればこちら側では僕らは無敵だし、ワルトにも十分対抗できる。」

「そんな場所にあったんですか……」

 てっきりアロウズの先端科学技術研究所に戻されたかと思っていたが、私の義足も警察の人によって運ばれていったし、ラルフォスさんの考えは正しそうだ。そもそも研究所もアグレッサーの自爆によってひどい状況だし、あんな場所に保管できるわけもない。

 ついでに義足も返してもらおう。足がないと本当に不便だ。次からは何を言われようと義足は外さないつもりだ。

「通報すればすぐにヘリコプターで捕まえに来るはずだ。それで手っ取り早く警察署まで連れて行ってもらおう。」

「コート? ヘリコプター? ねぇカナタ、何の話してるのよ……」

「ごめんお姉ちゃん。また後で話すから。」

 私はお姉ちゃんから携帯電話を取り、110番通報する。その後すぐに女性警察官の声が聞こえ、私は自首する旨を彼女に伝えた。


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