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告白


  13


 翌日の昼、私は有津大橋を渡って一つ目の島、その島内で最も高い山の上にいた。

 山頂にはちょっとした公園広場があり、その展望エリアからは海に浮かぶ無数の島、その島同士をつなぐ大きな橋、そして有津市が見えていた。

 海にはタンカー船などの大きな船から、クルーザーなどの小さな船も見える。港にあるドックにも大きな船が停泊しているのが見える。多分艤装工事中なのだろう。クレーンを使って様々な資材が運び込まれているのも確認できた。

 色々と観察していると、望遠鏡の利用時間が過ぎたようで、視界が暗くなった。

 私はエリアの周縁部に設置されている望遠鏡から離れる。するとすぐ隣から幼馴染の声が聞こえてきた。

「なにかおもしろい物でもあったのか? 随分熱心に見てたけど。」

「ううん。結構遠くまで見えるなぁと思ってただけ。」

 まさかデートでこんな観光スポットに連れて来られるとは思ってなかった。

 私のイメージではデートといえば映画館とかショッピングモールだ。今日もそのために可愛い服を選んだというのに、こんな格好だとこの公園広場には全くそぐわない。風もちょっと強いのでミニスカートだと色々と不安だ。

 でも、この山頂の公園広場が気に食わないというわけではない。むしろこんな珍しい場所に連れてきてくれて感謝してる。公園内は段差が結構あるので、車椅子では来ることすらままならないが、今の私には何の問題もないというわけだ。

 珍しいといえば、山頂にあるこの展望台は珍しい構造をしている。建物と言うよりは凝った建築物といった感じだ。

 色はコンクリートの灰色で統一されていて、内部は通路や階段やらが巧妙に配置されている。……かと思えば、2階部分の展望エリアは床が木材で覆われていて、木目が綺麗に揃っている。

 そんな木の温もりを足の裏に感じつつ、私は望遠鏡を使わずに周囲の景色を眺めていた。

 やはり裸眼で見ても壮大な景色だ。

「いいスポットだよね。でもどうしてここに私を連れてきたかったの?」

「どうしてって……何となく分からねーか?」

「……?」

 空気は美味しいし景色は綺麗だし人もあまりいないので遠慮なく良人と話せるので場所としては悪くない。でも、ここを選んだ理由を察することまではできなかった。

 私が不思議そうな表情を浮かべると、良人は気まずい表情を浮かべて視線を逸らす。その横顔は何か言いたげでもあった。

 ――もしかして私への告白だろうか。

 だとすれば、こんな場所を選んだのも納得できる。そう思った途端、私も良人の顔を見ていられなくなり、視線を海の方に向けてしまう。こうすれば良人を意識せずに済む。

 大体、急に告白されるなんていう考えも殆ど有り得ない話だ。きっと良人は私のことをからかっているだけなのだ。

 しかし、目を逸らしたからと言って、良人の言葉まで防ぐことはできない。

 隣にいる良人は意を決したように喋り出す。

「カナタ、俺は、お前を……」

「あ、カナタに良人君。こんな所にいたんだ。結構探したんだからねー。」

 良人の言葉を遮るように現れたのはお姉ちゃんだった。

 こんな大事なときににタイミングよく邪魔しなくてもいいのに……。

 お姉ちゃんの登場によりムードがぶち壊され、先程まで上がりっぱなしだった心拍数も一気に下がってしまった。

 何も知らずに近寄ってくる姉に対し、私は半分呆れ口調で、もう半分は怒りを込めた口調で質問する。

「なんでお姉ちゃんがここにいるわけ? もしかして黙ってついてきたの?」

「そんなに睨まなくてもいいじゃない。あんなにそわそわしてる妹を見れば姉として追跡するのは当然よ。……それに、中学生二人だけで外出させる訳にはいかないでしょ。そのうちの一人は義足なんだし。というか、男女だし。間違いがあっちゃいけないから。」

 そんな全く反省の色が見られない姉のセリフに続き、さらに後方から聞き覚えのある男の声が発せられる。

「こんな山頂の開けた広場で起こりうる間違いなんてそうそうないと思うが……。まぁ、間違いを起こすにしてもあまり体を密着させないほうが賢明だな。一度バランスを崩してしまえばお前が付けてる重い重い義足が幼馴染の骨を折りかねん。」

「うわ、玖黒木だ……。」

 階段を上ってきたのは玖黒木だった。普通にメガネを掛けて普通にパリっとしたワイシャツを着ているのに、なぜだか不快に感じてしまう。やはり第一印象が最悪だとその後の関係にも大きな影響を与えるようだ。

 お姉ちゃんはすぐに振り返り、玖黒木と馴れ馴れしく会話する。

「あ、玖黒木君、おっはー。時間通りだね。」

「おはよう岩瀬比奈くん。先ほどは連絡ありがとう。今日は義足の動作テストを行うため妹さんのデートに同伴させてもらうことにした。これでも一応試作段階だから何か不具合があるといけないからな。幼馴染くんには悪いけれど今日一日よろしく頼む。」

 玖黒木は私達に向かって仰々しくお辞儀をする。私は無視するつもりだったのに、隣にいる良人はしっかりと腰を折ってお辞儀を返していた。

「あ、どうも。鷲住良人です。」

「玖黒木亜澄だ。それにしても礼儀正しいいい少年だ。こんな好少年に好かれて幸せものだなカナタ。今まで迷惑かけた分だけじっくり時間を掛けて恩返しするといい。」

「何であんたにそんな事言われなくちゃいけないのよ……。」

 お姉ちゃんと玖黒木が現れたことで、先程まで静かだった展望エリアが騒がしくなる。

 二人が来たせいで良人も言葉を途中で止めてしまったし、迷惑な事この上ない。今すぐ追い返したい。

 でも、この二人が素直に言うことを聞いてくれるとは思えなかった。

 こうなったらさっさと家に帰って邪魔者二人を追い払おう。部屋に入ればお姉ちゃんだって流石に邪魔できないはずだ。そこで先程の話の続きを聞けばいい。

「なんかダブルデートみたいでいいわね。お姉ちゃん興奮してきた。」

 お姉ちゃんは脈絡なくそう言い、玖黒木の隣に立つ。

 私は二人を引き離そうと考えたが、私が行動する前に玖黒木が自らお姉ちゃんから距離をとった。

「学校外でも思ったことをそのまま口にしているみたいだな岩瀬比奈。前々から思っていたが、その癖は直したほうがいい。変なイメージが出来上がって男子学生から在らぬ疑惑を掛けられているぞ。」

「例えば……?」

 お姉ちゃんに訊かれ、玖黒木は淡々と話す。

「昨日聞いた話だと、岩瀬比奈は部活中道着の下に何も……」

「もう!! みっともないから黙っててよ……。」

 嘘だと信じたいが、いつものお姉ちゃんの言動を見る限り本当か嘘か全く判断できない。そのため、姉の名誉を守るために私は玖黒木の言葉を遮った。

 その後、私は下山するべく展望エリアから降りることにした。良人も私に合わせて一緒に階段を降りていく。

 良人は何の迷いもなく私と手を繋ぎ、半歩前を歩いてた。しかし、ある程度降りると半身だけ振り向き、呆れた視線を展望エリアにいるお姉ちゃんに向けていた。

「相変わらずだな、比奈ねーちゃん……。これからもずっとああなんだろうなぁ。」

「やっぱりお姉ちゃんと同じ高校行くの止めようか……。」

 お姉ちゃんと玖黒木の二人を展望エリアに置き去りにしたまま、私は良人と共に建物から出て駐車場に差し掛かる。

 駐車場には来た時とは違って小規模な人だかりができていた。その中心にはCMでよく見かけるマスコットキャラクターのきぐるみが見えた。

 そんな人だかりを迂回して、私は下山ルートを進んでいく。後方からはお姉ちゃんの黄色い声が聞こえていた。

「あ、ベリィさんだ。かわいー。」

 図らずもマスコットキャラクターがお姉ちゃんをインターセプトしてくれたみたいだ。後で感謝しておこう。

 しかし、マスコットキャラクターだというのに全身が紫な球体という乱暴過ぎるデザインは如何なものか。名前も『ベリィさん』と随分単純で捻りがない。

 お姉ちゃんに抱き付かれているベリィさんを遠くから眺めていると、不意に現れた玖黒木によってベリィさんの説明が始まる。

「神出鬼没なマスコットキャラクターだな。……毎日有津市内の何処かに出没しては特産品のワインを観光客に紹介しているという噂は本当かもしれないな。」

「ワインの押し売りするなんてすごいマスコットもいるんだなぁ……」

「……しかし、買って損はないと思うぞ。瀬戸内海は雨が少なく、地中海性気候と類似している。特に有津周辺はワイン用ぶどうの生産地としては適しているからな。美味しいワインが造れるというわけだ。生産量は少ないものの、品質の良さで評判となっている。日本人好みの甘い味に調整されているらしいし、試飲してみたらどうだ。」

「中学生がお酒飲めるわけないでしょ。ほら、邪魔。」

 過剰に近寄りながら説明する玖黒木を押し退け、私は山を下っていく。

 そんな私の態度に驚いてか、良人は若干遠慮気味に私に注意する。

「なあカナタ、あの玖黒木って人が変な人だっていうのは認めるけどさ。一応は先輩なんだし、もうちょっと丁寧に……」

「無理無理。いいからもう帰ろ。部屋なら邪魔されずにゆっくりできるし。」

 私が帰る意思を示しても良人は食い下がる。

「せっかくここまで来たんだ。売店のソフトクリームでも食べて落ち着こうぜ。な?」

 良人がここまでいうのだから、やっぱりここに来たことに結構な意味があるみたいだ。

 これ以上我儘を言うと良人に迷惑を掛けることになってしまう。私は気持ちを一旦落ち着かせ、良人の提案に従うことにした。

「うん、わかった。……それじゃあ玖黒木はお姉ちゃんの面倒見ててね。」

「任せておけ。」

 お姉ちゃんはともかく、玖黒木は特に茶々を入れに来たわけでもないみたいだ。素直に私の言うことを聞き入れてくれた。これで少しだけ二人から離れることができる。その間に良人から話しを聞けば問題ない。

 私は良人と共に売店に寄り、巨峰ソフトクリームを二つ購入してから再び展望エリアに戻る。そして木製のベンチに座ると、ようやく落ち着くことができた。

 暫くの間沈黙が訪れる。

 ソフトクリームが意外に美味しくて食べるのに夢中になっていたことも原因の一つだろうが、主な原因はお姉ちゃんと玖黒木の乱入だ。そのせいで完全に話すタイミングをずらされたようで、良人は先ほどとは全く違う話題を投げかけてきた。

「そういやカナタ、一昨日話したUFOのこと、まだ覚えてるか?」

 私は一旦ソフトクリームを口から離し、一昨日の夜に見たことを伝える。

「言い忘れてたけど、一昨日の夜に偶然見つけてさ、結構長い間空飛んでた。青いのと赤いのが同時に出てきてすごかったよ。」

 私が答えると、みるみるうちに良人の表情が明るく変化していく。

「マジか!! 写真とか撮ったか?」

「ごめん、携帯で撮ったんだけど間違って消しちゃった。」

「あぁ……。」

 良人の表情は一気に暗くなった。何だか悪いことをしたみたいで私までしょんぼりしてしまう。正確には写真は一応撮ったのだが、証拠隠滅のためにアロウズの人に削除されたなんて言えない。

 アロウズはこれ以上この事実を隠し通せると思っているのだろうか。

 あれだけ明るい光が飛べば目立つし、私みたいな好奇心旺盛な人間が現場に出くわしたら説明のしようがない。……ただ、怪物のことがバレたとしても、誰もアロウズに原因があるなんて思わないだろう。アロウズが言うことを信じるに違いない。

 今すぐ良人に本当のことを言いたい。でも、真実を暴くよりも、今はこの足で自由に歩ける事のほうが大事だ。このおかげで良人と一緒に遠出もできる。後ろめたさはあるが、私はこの義足の誘惑に勝てなかった。

 結局この日は良人から本心を聞くことはできず、なし崩し的にデートは終了してしまった。


  14


 新しい足を手に入れてから2週間後、大分この義足にも慣れてきた。

 ネクタルによって接合された当初は歩くことで精一杯だったが、今では全速力で走ることができるようになった。頑張れば普通にバク宙もできそうだ。それほどこの義足の性能は素晴らしい。

 でも、同時にこの義足の恐ろしさについても思い知らされた。

 これは義足にしておくにはあまりにも勿体ない。というか、過剰な性能を持っている。俗にいうオーバースペックというものだ。元々戦闘兵器の脚パーツなので仕方無いといえば仕方無いのかもしれない。

 この義足で全速力で道路を走るとアスファルトの表面が抉れ、ちょっと蹴りを入れただけでブロック塀にヒビが入る。ちょっと大きな石など、踏みつぶして粉々にできてしまう。

 初めは単に義足の性能が原因かと思っていた。でも、ここ数日で考えが変化した。

 これはどちらかと言うとネクタルの影響なのではないかと思うようになったのだ。

 ただ単に義足の性能がいいだけなら、私の体は義足に振り回されてしまうはずだ。でも、そんな傾向は全く見られない。

 ……いったい私はどうなってしまうのだろうか。

 歩けるようになって嬉しかったはずなのに、今は不安が大きい。

 今の私は人間と言える存在なのだろうか。体の隅々にまで得体のしれない物体を行き渡らせている私は正常なのだろうか。もしかすると、私の体はそのネクタルに乗っ取られそうになっているのではないだろうか。……考え始めるとキリがない。

 ――アロウズに呼び出されたのは、そんなことで悩んでいる時だった。

「あー、3年3組の岩瀬彼方さん、アロウズの社員の方が迎えに来てます。今すぐ帰る準備をして正門前に来てください。」

 3時間目の終了を知らせるチャイムの後、先生の呼び出しの放送が鳴り響いた。

 クラスメイトの視線が一瞬私に向けられたが、すぐにそれも収まった。彼らにとっては私の足のことなんてどうでもいいのだ。邪魔じゃなくなったという認識くらいなものだ。

 呼び出し放送が終わってから数秒すると、隣のクラスから良人がやってきた。

 良人は生徒や机の間をすり抜け、私の傍らまで移動する。

「何かあったのかカナタ。義足の調子が悪いのか?」

「ううん、多分アロウズの研究所で義足のテストでもやるんだと思う。基本的にあの人達私の都合考えてなさそうだし。」

 義足を調整してくれた時、ラルフォスさんは準備ができ次第CoATのテストもやると言っていた。面倒なことは避けたいけど、約束してしまった以上は言うことを聞かないと駄目だ。それに、CoATで空を飛んでみたい気持ちも無いわけではない。

 机の中身を引っ張りだして鞄に入れていると、良人は手を合わせてお願いしてきた。

「カナタ……俺も一緒に行っていいか?」

 もちろん駄目だ。秘密にしておかないと口封じのためにアロウズに何をされるか分かったものではない。良人の身の安全ためにも、私はやんわり断る。

「心配ありがと。でも一人で大丈夫だから。……じゃあね。」

 帰る準備が整うと、私は良人に軽く手を振って席を離れる。そこから教室の外に出るまで、私は良人の心配そうな視線を背中に感じていた。

 私は廊下にたむろしている生徒たちを通りぬけ、校舎から出る。

 校門の前で待っていたのはアロウズのロゴマークが入った大きなトレーラーだった。このトレーラーはよく見かけるタイプのもので、少し大きめの船舶部品を輸送するときに使うトレーラーだ。

 そのトレーラーの後部、コンテナの扉の隣に玖黒木が立っていた。

 玖黒木は私の姿を発見すると軽く手を上げ、そのままトレーラーの中に入る。私も玖黒木と同じように後部からトレーラーの中へ入った。

 移動するだけなのにこんな大袈裟な物に乗らなくてもいいのに。と、思っていたのも束の間、トレーラーの内部には予想外の物が積み込まれていた。

「あ、CoATだ……。」

 コンテナの中はよくわからない機材で埋め尽くされており、中央部分には2つのCoATがあった。

 片方は玖黒木が装備していた『ゲングリッド』とかいうCoATだ。四肢が太くて長く、腕部分は甲冑のような装甲で覆われていて触っただけで怪我をしそうな形状をしている。外套も膝丈まであり、コートとマントを足して2で割ったような感じだ。

 装備されていない状態のCoATを見るのは初めてだが、こうして見ると本当にどこかの戦闘服みたいだ。というか、特撮ヒーローのコスプレグッズに見えなくもない。ただ、装甲だとか、戦闘兵器という印象は全く受けない。

 もう片方のCoATはラルフォスさんが言っていた『シオンネイス』というCoATだろう。玖黒木はそのCoATの前に立って自慢げに言う。

「これがお前のCoAT『シオンネイス』だ。」

「前から言おうと思ってたけど、デザインがちょっと古臭くない?」

「俺のゲングリッドは90年台に開発されたから良いとして、シオンネイスの設計は4年前だ。ダサいなんて言うとラルフォスが泣くぞ。」

「別にダサいとは言ってないよ。」

 シオンネイスのシルエットはゲングリッドに比べて女性的で、心なしか少し小さめだ。仄かに赤く光っている外套部分には切れ込みがあり、背中の腰のあたりで4つに分裂され平べったい尻尾のようになっている。4つのうち外側の2つは少し長めに作られていた。

 CoATの前側、胴体を覆う部分はしっかりと作られており、首元から太ももにかけてをスッポリと覆うデザインになっていた。これだけ見るとドレスのように見えなくもない。でも、装飾は全て機械式のパーツだったので、全く色気はなかった。

 中に着込む戦闘服は暗い色のごつい長袖とショートパンツのセットで、義足にはこの間取り外した余分なパーツを取り付けるみたいだった。脚部の装甲パーツはユニット化され、足を突っ込むだけで装着できる体制になっていた。

 ひと通り観察し終えると同時にトレーラーが動き始める。玖黒木は既にシオンネイスから離れ、ゲングリッドを装着し始めていた。

「何でこっちにCoATを持ってきたの? テストだったら私を研究所に連れて行けばいいじゃん。というか、トレーラーでどこに行くつもり?」

 あまり状況を理解できないでいると、玖黒木が状況を説明してくれた。

「今から約1時間後にアグレッサーが出現する。お前には実戦でテストしてもらうことになる。」

「え? 何? ぶっつけ本番……?」

「急な話で悪いな。まぁ、お前は遠くから援護しているだけでいいから心配するな。」

 心配もクソもない。ただただ不安だ。

 大体、アグレッサーと戦うと言ったのも単に義足が欲しかっただけで、本気で戦おうなんて思っていない。それに、戦うにしてももっと心構えができる時間がほしい。一時間は短すぎるし急過ぎる。

 初心者の私が戦いに参加した所で足手まといになるのが関の山だ。そうなればこっちが不利になる。

 色々と自信がなかった私は直接ラルフォスさんに話を聞いてみることにした。

「ラルフォスさんと話したいんだけど、通信とかできない?」

 大方CoATを装着し終えた玖黒木は、ヘルメットを指で回しながら首を横に振る。

「ラルフォスは研究所内の地下にあるシェルターで身を潜めている。存在を悟られぬよう通信も完全遮断状態だ。話したいことがあるならアグレッサーを追い払った後にするんだな。……いいからつべこべ言わずにCoATを着ろ。敵が来る前に少しでもCoATに実を慣らしておくんだ。」

 ラルフォスさんと連絡が取れないのなら仕方がない。ここは玖黒木の言う通りにしておこう。命令に従っていれば死ぬようなこともないはずだ。

 一旦そう決めると、私は迷いを捨てて制服の上着を脱いだ。そして、ブラウスの上から長袖の戦闘服を着て、ショートパンツを履いてからスカートも外した。

 下準備が済むと、私はハンガーに掛けられたCoATを手に取る。CoATはずしりと重いが、持てないことはない。そのまま羽織ると、CoATはより一層赤い光を増した。

 同時に体からネクタルが出て、CoATと体をくっつける。その時、CoATだけでなく、中に着ている戦闘服にもネクタルが行き渡るのが感触で分かった。

 最後に義足を脚部パーツのユニットに突っ込む。

 義足はあっという間に装甲やパーツ類に覆われていき、元通りの攻撃的な形状を取り戻した。

 あとはヘルメットだけだ。……ヘルメットはどこだろうか。

 コンテナの中を見渡していると、玖黒木が目当ての物を手渡してくれた。

 私は「どうも」と言ってそれをCoATと一体となっているグローブ越しに受け取り、髪に気をつけながら被る。すると玖黒木はヘルメットに続いて他にも大きなライフル銃もこちらに強引に押し付ける。

「この銃を使って俺のサポートだ。」

「うわ、おっきい。……使えるかな。」

 ライフル銃はおおよ人間が使えるサイズではなかった。これは車とか戦車の台座に載せるレベルである。銃身は長く、3m以上ある。使用する弾丸もすごいに違いない。

「CoATを着れば楽に扱えるライフルだ。消音機構が搭載されているから、思う存分撃っていいぞ。」

「確かに、普通に持ててるし取り扱いには困らなさそう。」

 CoATの力のおかげで色々とパワーアップしてるみたいだ。これだけ重そうな物を簡単に持ち上げれるのだし、アグレッサーが襲ってきても何とかなりそうだ。

 ……私と玖黒木を乗せたトレーラーは十数分ほどで目的地に到着し、停車した。

 トレーラーから降りると、緑の木々が視界に飛び込んできた。どうやら橋を渡ってどこかの島まで移動してきたみたいだ。

 周囲に人の気配はなく、道路も所々が欠けていて整備が行き届いていない。ここは島の斜面の中腹辺りで、目下には小規模な港町が確認できた。

 ヘルメットのバイザー越しにそんなのどかな風景を眺めていると、早速玖黒木から指示が出された。

「アグレッサーが出現するのはここから東に4,100mの位置だ。飛んで移動するぞ。」

「へぇ、出現する場所もわかってるんだ。」

「ラルフォスが作った高精度の観測装置のおかげで索敵に苦労したことはない。……感心してる暇はないぞ。これから30分間、できるだけCoATに慣れてもらう必要があるからな。」

 玖黒木のCoATは昼間でも十分にわかるほど赤く明るい光を放っており、会話が終わると軽く地面を蹴って宙に飛び上がった。

 私も真似をしてジャンプしてみる。すると、意外にも簡単に宙に浮かべてしまった。

「おぉ……。」

 飛行もそこまで難しくないようで、思うように上下左右に移動できる。ラルフォスさんの技術力が半端なくすごいのがよく分かった。

 私が浮かぶのを確認すると、トレーラーは再び動き出し、どこかへ行ってしまう。

 玖黒木はそれを合図にして東に向けて飛んでいく。

 私も見よう見まねで方向転換し、玖黒木の後に続いた。すると、目下に見える景色がどんどん小さくなっていく。……高所恐怖症じゃなくてよかった。

 何とも言い得ぬ浮遊感を感じながら飛んでいくと、ある地点で玖黒木は停止した。

 私はいきなり止まることができず、玖黒木の背中と衝突して何とか動きを止めることができた。

 玖黒木は私の体を掴んで状態を安定させると、こちらの手からライフル銃を取り上げて脇に抱える。

「よし、これからCoATの使用方法についてレクチャーしてやろう。」

「いや、それよりも銃の使い方教えて欲しいんだけど……」

 玖黒木の手からライフル銃を奪い返そうとしたが、玖黒木は私の手を避け、空中でくるりと華麗にターンしてみせる。

「まあ聞け。まず始めに注意しておくが、俺達のこの行動は思い切り法を破っている。バレたら即逮捕だ。だからなるべく目立たぬように行動しろ。見つかってもすぐに逃げろ。この小ささなら隠れるのは容易い。」

「それって難しくない?」

「難しいことはない。現に俺は全くバレていない。それに、人が飛んでるなんていう話を世間が信じると思うか?」

 大抵の人は信じないだろう。しかし、実害が生じれば真実と言わざるを得なくなる。住民にバレて警察のお世話にならないためにも、ヘルメットできちんと顔を隠し、なるべく人がいそうな場所を避けてアグレッサーに対処した方がいいみたいだ。

 玖黒木の注意を十分理解した上で、私は改めて玖黒木に訊く。

「言いたいことは分かったから、それよりも銃の撃ち方教えてよ。」

「物を覚えるのにはきちんとした順番がある。まずはアグレッサーの攻撃から身を守る手段をだな……ん?」

 玖黒木のその声は急な耳鳴りによって聞こえなくなってしまう。玖黒木も同じ音を聞いているのか、片手を耳のあたりに当てて固まっていた。

「なになになに!?」

「クソ、予想より出現が早い……」

 耳鳴りが止んだかと思うと、東側の空の景色の一部が異常なほどに歪んだ。その歪みはだんだんと酷くなっていき、同時にうっすらと何かが出現してくる。

 空間に滲み出るようにして出現したのは全身が青く光っているアグレッサーだった。

 犬の怪物を実際にこの目で見ていたので驚きはなかったが、今回は別の点で驚いてしまう。

「に……二匹いる?」

 予定よりも早く現れただけでも驚きなのに、その影は二つあった。

 一匹しか出てこないと思っていたのでこれは意外だった。でも、そういうことは普通にあるのかもしれない。

 そう思いつつ私は玖黒木を見る。ヘルメットのせいで表情は窺えないが、面食らっている様子が何気ない仕草を通じて分かった。

 予想外の事態に陥っても、玖黒木の口調は平静だった。

「二体いるな。一体の形状は鳥……もう一体は昆虫か……?」

 アグレッサーについてそれほど詳しい説明を聞いていないので、昆虫の形をしている事にどんな意味があるのかは理解できない。でも、虫の形をした怪物とは戦いたくはなかった。

「これって一体ずつ相手するんだよね?」

「いちいち要らぬ心配をするな。あいつらの目的はラルフォスの探索であって、破壊行為じゃない。こちらが手を出さない限りは勝手に上空を飛び回って探索し続けるだけだ。ラルフォスがいる先端科学技術研究所に近づかせないようにすればいい。」

「なるほど。じゃあ焦ることもないか。」

「そういうことだ。まずは昆虫型のアグレッサーを片付ける。お前はもっと高い位置で待機してろ。いいな?」

「うん、わかった。」

 一時はどうなることかと思ったが、最初の指示通り、私は軽く援護をしていればいいみたいだ。玖黒木は私にライフル銃を手渡すと、一直線に昆虫型のアグレッサーに突進していく。

 玖黒木の接近に反応して昆虫型のアグレッサーは4枚の羽を広げて回避行動を取り、そのまま玖黒木と共に遠くに飛んでいってしまった。向こうには伯方島があるが、玖黒木なら簡単に阻止できそうだ。

 その場に取り残された鳥型のアグレッサーは、大きな翼を広げてそこら辺をのんびり飛んでいた。私はそのアグレッサーに狙いを定めながら観察していた。

 大きさは普通の鳥のサイズと比べると大きく、この間の犬の怪物と同様、車かマイクロバスくらいの大きさがある。全身真っ黒で、青い光の筋が全身に張り巡らされていた。

 そんなアグレッサーを見ていると、ふと私はその存在そのものについて考えてしまう。

 ラルフォスさんは異次元からやってきたとか言っていたが、そもそも異次元というのはどんな場所なのだろうか。私にとっては宇宙人と説明してくれたほうがよっぽど納得できる。だからと言って、詳しく説明された所で、今の私が理解できないのは目に見えている。

 玖黒木が指示した通り鳥型のアグレッサーを見張っていると、遠くから重い爆発音が聞こえた。

 私は上空から爆発音がした方向を見る。それは伯方島、アロウズの研究所がある方向だった。遠くに見える研究所からは爆発音にふさわしい赤い炎が轟々と立ち上っている。

 一体何が発生したのだろうか。

 心配していると、すぐに玖黒木の焦った声がヘルメット内部の通信機を通じて聞こえてきた。

「まずいことになった。自爆されたみたいだ。……こいつ、最初からラルフォスの位置を分かっていたんだな。研究所のシェルターごとラルフォスをぶっ飛ばそうって魂胆らしい。シェルターはもうボロボロだ。これ以上耐えられそうにない。」

「うそ、大丈夫なの!?」

 急な出来事に唖然としている私に対し、玖黒木はさらに命令を下す。

「カナタ、今すぐそっちのアグレッサーを撃ち落せ。そいつも自爆する可能性がある。」

「でも、私……」

「でももクソもない。銃口を敵に向けて引き金を引け。超簡単だ。人差し指を内側に曲げるだけだ。猿にでもできるぞ。いいから早く撃て。」

 そんな言葉を聞きつつ、私はライフル銃を鳥型のアグレッサーに向ける。

 しかし、ほぼ同じタイミングで鳥はゆっくりとした飛行を中断し、研究所がある伯方島に向けて高速飛翔し始めた。

 その動きの変化を玖黒木も遠くから見ていたのか、口調を荒げて私に告げる。

「あの鳥をここに近付かせるな、早く撃ち落せ!!」

「言われなくてもそうする!!」

 上空から狙いを定めて、私はライフル銃の引き金を引く。すると、軽い衝撃が肩にきた。

 長い銃身から発せられた弾は鳥型のアグレッサー目掛けて飛翔する。しかし、私の狙いがあまりにも当てずっぽうだったためかすりもしなかった。

 当たらないのなら近付くしかない。

 私はもっと近い距離から撃つべく、慣れないCoATを頑張って制御して鳥型のアグレッサーに追いすがる。

 鳥型アグレッサーは元々の飛翔能力に加えて、大きな翼によってさらに速度を得ているみたいだ。信じられないほどのスピードで私の前方を飛んでいる。こうなるともう追いつくことはできそうにない。

 私は射程外に逃げられる前に、偶然当たることを願いつつ銃を乱射する。だが敵に当たる気配は全くない。

 どうしようもなくなり、私は玖黒木に助けを求める。

「ごめん全然当たらない。そっちから迎撃できないの?」

「爆発の衝撃で飛翔機能がイカれてる。何としてもあの鳥を止めろ。」

 まだ数分も経っていないのに万策尽きた感じだ。

 今回のような事は今まで起きたことがなかったのだろう。声だけで玖黒木がかなり追い詰められていることが窺い知れた。

 それでも私は諦めずに銃を乱射し続ける。

 ……と、弾が偶然翼に命中し、鳥型のアグレッサーはバランスを崩した。下手な鉄砲もなんとやらだ。

 アグレッサーは翼で飛んでいるわけではないので撃ち落とすことはできなかったが、私が追いつくだけの隙を作ることはできた。

 私はさらに飛翔速度を上げる。そうすることでだんだんと鳥型のアグレッサーとの距離が縮まっていき、とうとう私は鳥の頭を押さえることに成功した。

「よし、掴んだ!!」

 掴んだだけで鳥型アグレッサーは止まることはない。

 私は完全に動きを止めるべく銃口を鳥型アグレッサーの体に向け、乱射し続ける。弾丸は確実にアグレッサーにダメージを与えていく。それに応じてスピードも落ちてきたが、ラルフォスさんが隠れている研究所に着々と近付いていた。

「こいつ……止まれ!!」

 私は片手のみで鳥型アグレッサーの頭をぐいっと強引に掴むと、空中で踏ん張る。瞬間的にCoATの出力が上昇し、CoATは赤い光をより一層強くする。大きな力が加わったことで鳥型アグレッサーは空中で停止した。

 続けて私は大きく右脚を振り上げ、サッカーのシュートと同じ要領で鳥型アグレッサーを研究所とは逆方向に蹴り飛ばす。

 インパクトの瞬間、鳥型アグレッサーの体の一部が破壊され、黒い破片が周囲に散乱した。下手に銃で攻撃するより、直接蹴ったり殴ったりするほうが効果的みたいだ。

 蹴り飛ばされた鳥は放物線を描き、重力に従って落下していく。

 そのまま海に落ちてくれれば良かったのだが、世の中そううまくはいってくれない。

 落下点にはとても立派な有津大橋があった。

「あ、ぶつかる……」

 鳥型アグレッサーはものの見事に有津大橋の支柱部分に激突し、そのまま道路部分に落下した。

 幸いなことに橋の上には車の影はほとんど見当たらない。鳥型アグレッサーから少し離れた所でタクシーが横転しているくらいだ。また、衝撃を感知してか、すぐに通行止めのサインが橋の標識に表示されていた。これで目撃される心配もあまりないはずだ。

 鳥型アグレッサーに続いて橋の上に着地すると玖黒木から連絡が入った。

「よくやった。とりあえずこれで一安心だ。研究所のシェルターに近づかない限りは自爆しないはずだし、そのままそいつを押さえておけ。全速力で走ればそこまで3分と掛からない。俺が始末する。」

「いや、私がやるよ。こいつ結構頑丈なんけど、弱点とかないの?」

「まだお前には破壊は不可能だ。『イグジレイザー』の使い方を教えてないからな。完全にアグレッサーを排除するためには特別な手順を踏まないと駄目だ。つまり、弱点が分かった所で通常の攻撃ではアグレッサーは破壊できないということだ。分かったか。」

 特別な手順、と聞いて私はあの日の夜のことを思い出す。

 犬のアグレッサーに対して玖黒木は強く赤く光る拳を打ち込み、文字通り粉微塵に崩壊させた。普通のパンチであそこまで豪快に破壊できないだろうし、イグジレイザーというのはあの攻撃のことを意味しているのだろう。

「そんな必殺技があったんだ……。だったら事前に教えてくれれば良かったのに。」

「これが終わったらラルフォスに教えてもらえばいい。とにかくアグレッサーを押さえつけていろ。」

「わかった、待ってるから早く来てね。」

 今のところ鳥型アグレッサーはピクリとも動かない。恐る恐る黒い体をライフル銃の先っぽで突いてみたが、それでも全く反応がなかった。さっきまでの機敏な動きが嘘だったかのように静かに道路上に横たわっている。

 それにしても、私もやればできるものだ。CoATを着せられた時は強い不安を感じていたが、一度攻撃が成功すると結構清々しい。玖黒木の言った通り、このCoATがあればアグレッサーを退治するのは簡単みたいだ。

 私は鳥型アグレッサーを観察するのを止め、橋の道路上で横転しているタクシーに視線を向ける。鳥型アグレッサーの落下の衝撃のせいでバランスを失ってこんなことになってしまったのだろう。はっきりとブレーキ痕が道路に刻まれている。タクシーには悪いことをしてしまった。

 私はタクシーに近寄ると車体の縁を掴んでゆっくりと手前に引き、4つのタイヤを道路に接地させる。割れたガラス窓から中を見ると運転手はエアバッグが作動しているハンドルに突っ伏していた。気を失っているみたいだ。

 続いて後部座席に目を向けと乗客の姿も確認できた。乗客は学生服を着ており、頭は金髪に染められていて、何だか見覚えのある顔立ちをしていた。……それは毎日のように見ている顔でもあった。

「りょうくん!?」

 思わず私はタクシーのドアを強引に引き剥がし、遠くに投げ捨て、後部座席に入る。

 良人は後部座席でぐったりとしていて、こめかみから血が流れていた。急ブレーキの際に窓ガラスに頭を打ち付けたみたいだ。座席には血が付着したガラス片が無数に飛び散っている。

 そのガラス片を車外に払い出し、私は慎重に良人を後部座席に寝かせる。怪我をしているのも驚きだったが、それと同じくらいなぜここに良人がいるのかが気になっていた。

「なんで良人が……あ……」

 唐突に私はその理由を察することができた。

 多分良人は私の義足のことがどうしても気になり、アロウズ先端科学技術研究所にタクシーで向かっていたに違いない。

 良人がここまでして私のことを心配してくれるとは思ってなかった。歩けるようになったからといって、心配がなくなったわけではないのだ。

 こんな事になると分かっていたら、例え秘密を知られたとしても同伴を許可するべきだった。……でも、今は後悔している場合じゃない。

 私はヘルメットのバイザーを上げて良人に声をかける。

「……りょうくん生きてる? ねぇ、りょうくん!!」

 私が声をかけると、すぐに良人の瞼が開いた。

 しかし、その視線は宙をウロウロしている。

「あれ? かなちゃん……。急に橋が揺れて……地震かな。ここは危ないから早く逃げないと。車椅子は……あれ……?」

 意識が混濁しているのか、言葉に力がない。でも、命に別状はなさそうだ。

 私が良人の介抱をしていると、不意に橋が大きく揺れ始めた。

 背後を見ると、鳥型アグレッサーが橋の上で翼を広げていた。翼の先端は鋭利になっていて、橋を支える太いワイヤーを数本切断している。このせいで橋が激しく揺れているみたいだ。

 これ以上鳥型アグレッサーに何かされるとやばいことになる。そう判断した私はタクシーごと良人を道路の脇に寄せる。

「私は大丈夫だから、良人はここでじっとしててね。いい?」

「……わかった。」

 良人の返事を聞くと、私はタクシーから離れて鳥型アグレッサーと向き合う。

 鳥型アグレッサーは既に体勢を整えており、橋の上で力強く羽ばたいていた。また研究所に向けて飛ぶつもりかもしれない。

 もう玖黒木が来るのを待っていられない。この橋の上から移動させないと良人が危険に晒されてしまう。それからの私の対処は早かった。

 まず私は鳥型アグレッサーに突進し、強引に上空に持ち上げた。その際、足の爪や鋭い羽で抵抗されたが、CoATには全く通用しなかった。

 ある程度まで持ち上げると私は手を放し、体を半回転させて鳥型アグレッサーを思い切り蹴り飛ばす。

 今回は建物などに当たらぬよう、きちんと方向を考えて蹴った。

 私が蹴った先、そこは海から突き出ている広い岩場だった。

 鳥型アグレッサーは直径が50メートルにも満たない岩だけでできた島に激突し、周囲に岩の破片を飛び散らせる。飛び散った破片は海に落下し、小さな水しぶきが生じた。

 これだけで攻撃は終わらない。続けて私はライフル銃を至近距離で構え、引き金を何度も引いて乱射する。

 距離が近い上に標的が動かないため、私の放った弾は全て敵に命中した。

 やがて弾を撃ち尽くすと、ヘルメットの通信機から玖黒木の声が聞こえてきた。

「もう十分だカナタ。今からとどめを刺す。橋からジャンプするからそこから離れていろ。」

「遅い!! もっと早く来てよ。」

 先ほどまでいた橋の上を見ると、CoAT『ゲングリッド』を装備している玖黒木の姿が見えた。玖黒木の拳は赤い光を纏っており、イグジレイザーの準備は整っているようだった。

 玖黒木は短い助走のあと橋から大ジャンプし、岩の小島に横たわっている鳥型アグレッサー目掛けて斜めに降下していく。

 約十秒ほどの滞空時間の後、ついに玖黒木は目標点に到達し、同時に赤く光る拳が振り下ろされた。

 玖黒木の拳は見事に鳥型アグレッサーに命中し、その衝撃が周囲の空気を震わせる。

 攻撃をまともに受けた鳥型アグレッサーは体中に亀裂が走り、その場の空気に溶けこむようにバラバラに崩壊しながら消滅していく……。

 あとに残るものは何もない。まさに一瞬の出来事だった。

「何とか片付いたか……。」

 海から突き出ている岩場の上で玖黒木はヘルメットを脱ぎ、大きく溜息を付いていた。

 私はアグレッサーが消滅したことを確認すると、玖黒木と入れ変わるように橋の上まで飛んでいき、良人の元へと急ぐ。

 橋に着地する瞬間に路面を削ってしまったがそんな事を着にしている暇はない。今はタクシーの中で待っている良人の無事を確認するのが先だ。さっき見た感じでは目立った外傷はなかったけれど、もしかすると骨とか折れてる可能性もあるし、さっさと病院に運んでやりたい。

 タクシーに近寄ると、目を覚ましたらしい運転手が慌てふためく様子を確認できた。最初は私の姿に驚いているのかとも思ったが、運転手はしきりに後部座席を見ている。そんなオーバーな反応を見て、胸騒ぎがした。

 慌てて接近してみると、おびただしい量の血が後部座席のシートにべっとりと付いていた。その血は良人の頭から流れ出ており、良人の顔の色は驚くほど白くなっていた。

「りょうくん……?」

 私は恐る恐る幼馴染の名前を呼ぶ。

 その呼びかけに良人は遅れて答えてくれた。

「……ごめん、かなちゃん。ちょっと、ヤバいかも……」

 良人の返事はか細く、今にも事切れてしまいそうだ。……しかしまだ息はある。

 そう理解した瞬間、私は大声で玖黒木に通信していた。

「救急車!! 玖黒木、救急車お願い!!」

 それだけ言うと、私はCoATをその場に脱ぎ捨て、タクシーの中に入る。

 手に血がべっとりと付いたが、そんな事を構うことなく良人を抱きしめる。

 良人の体は驚くほど冷たくなっていた。出血量は尋常ではなく、頭意外にもどこか怪我をしているのは明らかだった。

 ――それから救急車が到着するまで、私は良人に抱きついて名前を連呼していた。


  15


 今回の二体のアグレッサーによる攻撃で、アロウズ先端科学技術研究所と有津大橋の一部は大きな被害を受けた。

 研究所は地上階の施設がほとんど吹き飛び、瓦礫の山が出来上がっている。職員はシェルターに退避していたので死傷者は出なかったが、かなりの損失だろう。

 有津大橋は道路舗装とワイヤーの取替えで現在通行禁止中だ。迂回ルートがあるので通行者もそこまで困ってはいないが、不便なことに変わりはない。

 研究所の爆発は実験中に起きた事故として処理された。しかし、有津大橋での事はどうやっても言い逃れできなかった。不運なことに、タクシーのドライブレコーダーにCoATシオンネイスを装着した私の姿がはっきりと写っていたのだ。

 証拠がなければ橋の部品の老化などの理由で誤魔化せただろうが、映像が世に出まわってしまうとどうしようもない。

 インターネットを介して映像は各報道機関に拡散してしまい、ニュースでは「アロウズが開発した人型の戦闘兵器、暴走か!?」や「国内での兵器開発事業に“待った”!!」などというテロップが流れている。

 元々国内で新しい兵器を開発することに賛成している人は少なく、今回の事件のせいでアロウズは強い批判を受けているというわけだ。

 ただ、鳥型のアグレッサーに関しては何も写っていなかった。

 玖黒木曰く、イグジレイザーで処理された物体は“存在しなかったもの”となるらしい。人の記憶を始め、アグレッサーが残した痕跡も無かったものになるのだ。私たちは次元に干渉するネクタルと一体化しているため、忘れずにいるらしい。

 それなら人目を気にせず派手にドンパチやってもいい気がするが、私達が行った事実はアグレッサーとは違って消えることはない。つまり、どちらにしても私たちは目立たぬように行動しなければならないということだ。

 私が行った行為はきちんと記録に残り、決して消えることもないし、やり直すこともできない。

 ……今回、私は取り返しの付かない過ちを犯してしまった。

 それは良人に大怪我を追わせてしまったことだった。

 あの後すぐに病院で緊急手術が行われ、良人は一命を取り留めた。今は普通に会話もできるし食欲も旺盛だ。私みたいに後遺症が残らなくて本当に良かったと思っている。

 今日で手術が終わってから5日経つが、今も私はあの時のことをショックに思っていた。

 良人の真っ白な顔、冷たい肌の感触、弱くなっていく鼓動……。どれも忘れられそうにない。全ては私の責任なのだ。

 あんな鳥なんか無視して良人を安全な場所まで避難させるべきだった。そうすれば軽傷で済んだはずだ。それなのに私は敵を倒すことを優先させてしまった。これまでたくさん面倒を見てくれた良人を一時的にではあるが、見捨てたのだ。

「駄目だなぁ、私……。」

 自分の情けなさに涙が出てくる。

「何言ってるんだよカナタ。義足を餌にアロウズに実験を強要されたんだろ? カナタも被害者なんだし気にするなよ。」

 そう言って慰めてくれたのは良人だった。

 現在私は総合病院内、良人が入院している個室にいた。

 良人は大きなベッドの上でのんびりと漫画を呼んでおり、私も備え付けのテレビを見てまったりしている。

 良人はまだ怪我が完治していないので学校を休んでいる。

 私も義足をアロウズに没収されてしまい、再び車椅子生活に戻った。太ももに付けられたジョイント部品も簡単な手術で取り除かれてしまった。

 そのまま私は家に帰ることなく病院で良人と一緒にダラダラと過ごしているというわけだ。

 良人は漫画を置いてベッド脇にいる私に話し続ける。

「それに、怪我させた相手が俺で良かったじゃないか。赤の他人だったら慰謝料や治療費を請求されるところだぞ。いや、支払うのはアロウズの方か……。ま、とにかくアロウズから見舞金メチャクチャもらったって親も言ってたし、怪我してラッキーだったかもな。」

「……冗談でも怒るよ。」

 どれだけ私が心配したことか。ホント、手術が無事に終わったとお医者さんから聞くまで気が気ではなかった。もう二度とあんな苦しい気持ちにはなりたくない。

 切実な思いを込めて言うと、良人はいたずらっぽく笑った。

「ごめん。でも、今回のことも天罰だと思ってるし、本当に気にしてないからな。」

「うん……。」

 良人は私がCoATを装着していたことについて、何も質問してこない。私に気を遣っているのか、それとも単に興味が無いのか。私としてもあまり話したくはなかったので、良人の気遣いはありがたい。

 でも、だからと言って黙っているわけにもいかない。

 今回のことは私に大きな責任があるので、事情は話さなければならない。良人は私から話すのを待っているのだと考えることもできるし、もうそろそろきちんと話しておいたほうがいいだろう。

 私はテレビのスイッチを切り、車椅子から良人が寝ているベッドの上に乗り移る。動かない足が無くなり体は軽くなっており、ネクタルのおかげで太もも周辺の神経も完治したので以前よりずっと移動しやすい。

「あのさ、私が装備してた兵器のことなんだけど。あれは普通の兵器じゃなくて……」

 まずはネクタルのことを教えるため、私は足の断面が良人に見えるように足を上げる。

 しかし、良人は私の太ももをそっと押さえ、下に降ろした。

「無理に話さなくていいって。どうせアロウズから口止めされてるんだろ?」

「私達の間で隠し事はなしだよ。全部、本当のことを話すから……。」

 ベッドの上で良人に真剣に向き合うと、良人は私の言葉を制して自ら話し出す。

「じゃあ俺から話す。この間のデートで言えなかったことを先に言わせてくれ。ようやく決心がついたんだ。」

 つい先程まで漫画を読んで笑っていた良人の顔が真剣そのものになる。私は何も言わず、黙って良人の言葉を待つ。

 良人は私の肩を掴み、はっきりとした口調で、ゆっくりと告白する。

「12年前、カナタが大怪我をしたのは……俺の責任なんだ。」

「え……?」

 予想と全く違う告白に、私の思考は一瞬停止してしまう。

 好きだと言われると思ってた。

 次に返す言葉だって何となく用意していた。

 ……それなのに、まさか罪の告白だとは思っていなかった。

 良人は私から視線を逸らし、伏し目がちになる。

「この間行った山頂の公園広場、あの展望台で俺達は遊んでいたんだ。それで、追いかけっこの途中で俺が強引にカナタを押し飛ばしてしまって、そのせいでカナタは柵を通り抜けて崖の下に……」

 あの時のことは全く覚えていないのでその話が本当かどうか分からない。でも、あの場所で簡単に落下できるとは思えなかった。

「良人が私を押し飛ばしたくらいで落ちたりしないでしょ。だってあそこにはガラス製の高い柵があったじゃない。どう考えたって3歳児には乗り越えられないよ。」

「あの当時は細い丸太で組まれただけのスカスカな柵だったんだ。転落防止用のネットもなくて……」

「あ、そうだったんだ。」

「カナタ、ごめん。今まで本当に……ごめん……。」

 そういうことなら仕方がない。むしろ原因が分かってスッキリした気分だ。良人も長い間本当のことを黙っていてさぞ辛かったことだろう。その分だけ私を助けてくれたのだし、別に今更罪に問うつもりはない。

 それよりも気になるのは別の件に関する告白だ。

「別にいいよ、事故だったんだし。全然怒ってないし恨んでもない。……それより、言おうとしてたのってそれだけ?」

 こちらから問うと、良人は黙って首を縦に振った。それを見て、私は急に冷めてしまった。

 心の中で長い間築き上げてきたものが一気に崩れ落ちる。

「私の面倒を見てくれてたのって、単に贖罪のためだけだったの……?」

「俺にできる事はやったし、これからも罪滅ぼしするつもりだ。だから、許して欲しい。」

 そう考えると、良人が異常なまでに私のことを助けてくれた事に納得がいく。よく考えればただの幼馴染がここまで私を助けてくれるのは有り得ない話だ。“好きだから”という単純な理由だけで10年以上も面倒を見てくれるわけがないのだ。

「じゃあ、別に好きでも何でもなかったんだ。」

「好きって……え?」

 良人はきょとんとしている。勝手に盛り上がっていた自分が馬鹿みたいだ。普通に考えたら私なんか良人と吊り合わない。今一緒に個室にいられるのも、良人が私に気を許しているからではない。良人が私に情けを掛けてくれているだけの話なのだ。

 私は無言で良人から離れ、ベッドからも降りて車椅子に戻る。

 私の態度に異変を感じたのか、良人はさらに謝罪を続ける。

「一生かけてカナタに罪滅ぼしするつもりだ。許してくれとは言わないけど、俺がカナタの足になって……」

「黙ってよ。そんなの……聞きたくない。」

 良人が謝罪するたびに、その言葉は棘となって私の心に突き刺さる。良人が私に好意を持っていないという事実を突きつけられるみたいで苦しい。

「私が聞きたいのは……」

 言いかけて、それが叶わぬことだと悟り、私は言葉を止める。

 良人は私と一生一緒にいてくれると言ってくれた。その覚悟もある。でも、そんな形で一緒にいるのはなにか違うし、なにかおかしい。

 私は良人から無償の愛がほしいのではない。互いに愛し合いたいのだ。しかしそれは、良人が本当の意味で私からの許しを認めてくれなければ望めそうにない。こうなると、私が望む恋愛に発展するのは不可能だ。

 それを悟ると、何だかどうでも良くなってきた。

 せめてこれ以上良人に迷惑を掛けないようにしよう。もう良人とは関わらないようにしよう。そうするのが私にとっても彼にとっても一番なのだ。

「もういい。自分の病室に戻る。大人しく寝ててね。」

「あ、カナタ、本当に悪かった。」

 個室から出ようとした時に再び謝罪され、私は自分の気持ちを抑えることができなかった。

「……もう!! 謝らないでよ!!」

 室内に背を向けたまま、私は大声で叫ぶ。良人から返事はない。

 良人はこれまで十分すぎるほど私に尽くしてくれた。私が良人ののことを好きになったのもこうやっていつも私のことを助けてくれていたからだ。私の想いもそんな良人の贖罪の気持ちから来ているのかと思うと、余計にやるせなくなった。

 もう良人とは会わない。そう心に決め、私は良人の個室を後にした。


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