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戸田君の恋人

戸田君の真実

作者: haregbee

チャイムが鳴った。


この期に及んで、まさか戻ってきたんじゃあるまいな。


一瞬嫌な予感がしたけれど、ドアの前に立っていたのは、予想外の人物だった。


マフラーをぐるぐるに巻いた戸田君は、妙に上機嫌な様子で「よお」と言った。


失恋したばかりだというなのに変な奴だ。


戸田夏朗とは高校からの付き合いだけど、人形のように整った無表情のせいか、何を考えているのか未だによく分からない。


まあ、電話で報告せずにここに来たということは、多少腹を割る気があるのだろう。


一応なんで来たのと聞いたけど、戸田君は答えないで勝手にずかずか入ってきた。


若い女性が一人暮らししているのだから、遠慮する素振りくらい見せた方がいいんでないの。


しかし、戸田君は、我が物でこたつにおさまった挙げ句、温かいお茶がいいなどと言い出した。


図々しい奴め。


さすが、宮沢の友人だけある。


「で、結局どうなったのよ」


「何が」


猫舌らしい戸田君は、湯のみに入った緑茶をふうふう吹いて冷ましている。


ちょっと女の私よりも綺麗な顔しているからって可愛い子ぶってさ。


女々しい奴め。


私は熱い茶が好きだ。


「宮沢とさくらちゃんだよ。上手くいったの?」


戸田君は急に不機嫌になった。


ありゃりゃ。


傷口に塩を擦り込んでしまったかな。


ナイーブな奴め。


失恋には、酒か甘い物だと聞く。


ビールはないから、昨日作ったプリンを出してやることにした。


戸田君は私とプリンを意外そうに何度も見比べた。


正直な奴め。


私がお菓子作りするのがそんなに珍しいか。


プリン三つ(!?)を綺麗に食べ終えると、戸田君は機嫌を直したようだった。


案外に子供っぽいんだな。


「あのさ」と戸田君。


やっと話を切り出したぞ。


「もう宮沢とかどうでもいいよ」


あ、れ?


「え、だって。その話をするために来たんだよね」


すっかり混乱してしまった。


そもそも同じ大学に通っていてもさして仲が良いわけでもない戸田君と私が共有する話題は1つしかない。


私の幼なじみ宮沢圭吾と戸田君の幼なじみ住友さくらについてだけだ。


今日まで私達はちょっと複雑な関係だった。


正解に言えば、お付き合いしていた宮沢とさくらちゃんの関係が複雑だった。


先月初めて知ったことなのだが、さくらちゃんという彼女の存在がありながら、宮沢はずっと私が好きだったらしい。


さくらちゃんも知った上で付き合っていたというのだから驚きだ。


宮沢はさくらちゃんをたくさん泣かせたと言っていた。


それから、今はさくらちゃんが好きだとも言っていた。


私は宮沢が自分のことを好きだとは知らなかったし、四年間二人の間でどんなやりとりがあったのかも知らない。


ほとんど部外者であるけれど、落ち着かなくて、さくらちゃんの幼なじみである戸田君にそれとなく聞いてみたら、戸田君は時々さくらちゃんの相談に乗ってあげていたらしい。


やけに詳しいものだから、もしかしたら戸田君はさくらちゃんが好きなのかもと思うようになった。


きっと、戸田君は、さくらちゃんを守る騎士なんだろうなって勝手に思い込んだ。


この一カ月はまさに泥沼だった。


宮沢は私に告白するし、さくらちゃんは私を喫茶店に呼び出して大泣きした。


恋愛経験皆無な私が手に負える事態じゃなかった。


結局、事態を終結させたのは、戸田君だった。


戸田君にさくらちゃんを盗っちゃうよ的なことを仄めかされ、焦った宮沢は私の所に弱気な本音を吐きに来た。


幼なじみの幸せを願っていた私は、宮沢を叱咤激励して追い出した。


結局、腹を決めた宮沢はさくらちゃんのもとへ走ったわけである。


結果は知らないけど、戸田君が私の部屋でお茶を飲んでいるということは、宮沢はさくらちゃんを取り戻せたのだろう。


宮沢はハッピーだろうけど、戸田君は最悪だ。


どうでもいいってどういう意味なんだろう。


宮沢を応援したことがばれてて、個人的な恨みでも言いに来たのかな。


ちょっとビクビクしていると、戸田君は口を開いた。


「俺の話を聞いてくれるよね」


「う、うん。ど、どうぞ」


「高校受験の日が最悪だったんだ」


えーっと、そこからですか。


さくらちゃんへの想いから語り始めるのかな。


「風邪引いていた。しかも、受験票無くしちゃって雪の中を探していたら、女の子が来たんだ」


ふむふむ。


それがさくらちゃんてわけね。


でも、女の子なんて他人行儀な表現だ。


「その子も一緒に受験票を探してくれた」


「良い人だねえ」


のんびりと相槌を打つと、戸田君は怖い顔で私を睨んだ。


そんな顔しなくても、話の邪魔はしないよ。


「受験票が見つかって、高校に無事合格できた。で、その子に再会したけど、俺が受験の日にマスクしていたせいで、俺のことをちっとも気付かなかった。むかついたから、ずっと見てた。そしたら、勉強が得意なことと仲が良い幼なじみがいることが分かった。外堀から埋めていこうと思って、幼なじみの男と友達になったら、さくらがそいつに惚れた。好都合だったよ。宮沢がさくらにかまっている間に俺は必死に勉強して、その子と同じ大学に入った。有難いことに宮沢は他の大学に入った。まあ、勉強不足だろうけど」


これを驚きと呼ばずしてなんと呼ぼうか。


私の反応はかなりベタだった。


手に持っていた湯のみを落としたのだ。


体はフリーズしていたけれど、高校受験の日は無情にも私の頭の中で再生された。


そーいえば、雪の中で受験票を探したことがあった。


受験の日だったから私も舞い上がっていたし、受験票自体すぐに見つかったから、すっかり忘れていたんだよね。


私が茫然自失している間、戸田君は、倒れた湯のみから流れたお茶を拭いたり、お茶を新しく淹れなおしたりしていた。


全てをぶちまけてすっきりした顔してやがる。


落ち着いてくると、私は戸田君に向き直った。


「受験の日の、あれぐらいのことで私のこと好きになっちゃったの?私、戸田君に惚れられるような容姿じゃないと思うのだけど」


「一大事の時に親切にされて、すっかり忘れられたら、ふつう気になるでしょ。でも、あんたっていつもそうだよね。一人で日直やってる奴を手伝ったり、見知らぬばあさんがバスを降りる時に手を差し出したりするだろう。涼しい顔でそういうことして、次の瞬間はさっぱり忘れてるみたいだ。宮沢だって、小さい頃あんたに守ってもらったから惚れてたんだろ。俺も宮沢も馬鹿だよ。あんたは、その時のことでいっぱいいっぱいだから、助けられた人間の気持ちなんて考えてないのに」


なに、それ。


戸田君も宮沢も勝手だよ。


私は、戸田君を睨んだ。


「黙って聞いていれば、人を間抜けみたいに言ってくれちゃって。それだけ分かっているなら、放っておけばいいじゃん」


「放っておいたら、あんたは俺のことを忘れるだろう」


逆切れヤローの戸田君が怒鳴った。


「そんなの絶対にだめだ。絶対に嫌だ」


きっぱりと言い切られて、私はなんて返事を返したらいいのか分からなくなった。


黙っているうちに泣きたくなってきた。


戸田君の気持ちも宮沢の気持ちもさくらちゃんの気持ちも、私が全然知らないところで動いていた。


「私って、子供みたいだね。皆ちゃんと人を好きになっているのに」


うなだれていると、追い打ちをかけられた。


「みたいっていうか、子供でしょ。知ってるよ」


カミングアウトした戸田君は、かなり感じが悪い。


だけど。


むかつくけど、戸田君の言う通りかもしれない。


お姫様を守る騎士だなんて、馬鹿みたいだ。


私って、子供なんだ。


「私、誤解してた。戸田君はさくらちゃんがずっと好きで見守ってて、最後は宮沢に譲ってしまうような人だと思ってた」


「ごめんね。執念深くて」


皮肉のつもりで言ったんだろうけど、戸田君の声は、優しくて寂しそうだった。


「私もごめんね」


思わず謝った時、腕を強く掴まれた。


ぐっと引き寄せられて、戸田君の端正な顔が目の前にあった。


おいおい、近いよ。


息がかかりそうーだ。


「どきどきするよね?」


「しないよっ」


強がってみたら、一気にキスされた。


最初は触れるだけで、だんだん長くなって、とうとう舌が・・・えーっと、自粛します。


肉食動物に食べられちゃうかと思った。


唇が離れると、私は荒い息をした。


恋愛未経験者には、難易度高すぎだよ。


「どきどきしたよね」


戸田君は、邪悪な笑顔を浮かべた。


「知らないよっ」


逃げ出そうとした私を戸田君ががっちり掴まえて、ぎゅうぎゅう抱き締めた。


「ああ、かわいい反応。これから、じっくりと俺のものにするんだ」


そんな満足そうに言われても・・・・。



教訓:


私は自分の言動が他人に与える影響について考えるべきである。




戸田君といると、色々な意味で大人になれそうで怖いです。


続編は「村上君のリアル」です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったですv 戸田君は策士ですね。後々に宮沢君が戸田君と主人公 が付き合う事を知ったら複雑な気持ちになるでしょう ね。(笑)
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