第27話「もう一つの視点」
王宮は、変わらない。
白い石壁。
整えられた庭園。
寸分の乱れもない秩序。
――完成された世界。
その中心。
執務室の窓辺に、アルヴェルトは立っていた。
手には、一枚の書類。
簡潔にまとめられた報告。
だが。
内容は、簡潔ではない。
「……成立、か」
小さく呟く。
机の上には、同様の報告が数枚。
すべて、同じ結論。
――現地の流通が機能し始めている。
それを成したのが。
リゼル・アストレア。
彼は視線を落とす。
書類の文字を、もう一度なぞる。
配分の固定。
流通の再設計。
滞留点の切断。
どれも。
理論上は、成立する。
だが。
それを、三日で。
しかも。
現地で。
――実行した。
「……あり得るのか」
問いではない。
確認でもない。
ただの、思考。
「あり得るでしょう」
背後から、声。
振り返らない。
誰かは分かっている。
「レイン」
名を呼ぶ。
扉の前に立つ男。
王宮直属の情報官。
「現地の報告は、すべて一致しています」
淡々とした声。
感情はない。
「誇張の可能性は?」
「低い」
即答。
「複数の経路で確認済みです」
アルヴェルトは目を閉じる。
一瞬だけ。
そして。
開く。
「……なぜだ」
その言葉は、わずかに低い。
「なぜ、あれができる」
レインは少しだけ考え。
「能力でしょう」
簡潔に答える。
「元から持っていたものです」
アルヴェルトの指が、わずかに動く。
書類の端をなぞる。
「……見ていなかったな」
小さく呟く。
それは、反省ではない。
事実の認識。
「見えなかった、と言うべきかと」
レインが補足する。
アルヴェルトは何も言わない。
ただ。
視線を、窓の外へ向ける。
王宮の庭。
整えられた世界。
そこには。
混乱も、不確定もない。
だからこそ。
――見えなかった。
「……切った、か」
アルヴェルトが呟く。
報告の中の一文。
“救えない部分を切り、全体を維持”
それは。
王宮では、許されない判断。
だが。
現地では。
――最適。
「……あれは」
アルヴェルトが言う。
「王宮には向かないな」
レインは頷く。
「はい」
即答。
「ですが」
一拍。
「現地には適しています」
アルヴェルトは小さく息を吐く。
そして。
「報告はどうする」
レインが問う。
アルヴェルトは答える。
「そのまま上げろ」
「評価は?」
「事実のみ」
短く。
だが、明確に。
レインは頷く。
「承知しました」
そして。
一瞬だけ。
「……よろしいのですか」
問い。
珍しく。
感情がわずかに乗る。
アルヴェルトは振り返る。
レインを見る。
その目は、変わらない。
「何がだ」
「このまま進めば」
レインが言う。
「現地の権限が、固定されます」
つまり。
リゼルの影響力が、確定する。
アルヴェルトは数秒、考える。
そして。
「問題ない」
答える。
迷いはない。
「結果が出ている」
「それがすべてだ」
レインは沈黙する。
数秒。
やがて。
「承知しました」
一礼する。
そして、去る。
扉が閉まる。
静寂。
アルヴェルトは再び、窓を見る。
その視線は。
どこか遠い。
「……リゼル」
小さく、名を呼ぶ。
かつての。
婚約者。
そして。
今は。
――別の場所にいる存在。
「……そうか」
わずかに。
本当にわずかに。
口元が動く。
笑みとも言えない。
だが。
否定でもない。
彼は書類を机に置く。
手を離す。
そして。
次の書類へと視線を移す。
思考は、すでに次へ。
だが。
その中に。
確実に、一つの認識が残る。
――見誤った。
それだけ。
だが。
それは、重要な変化だった。
読んでいただきありがとうございます。
ついに「元婚約者視点」が入りました。
ここで読者は、
「ただの無能じゃなかった」
という再評価を得ます。
そして同時に、
まだ感情は動いていない違和感も残しています。
次回、再び現地へ。
そして新たな展開へ進みます。
続きが気になる方は、ぜひブックマークして追っていただけると嬉しいです。
ここからさらに深くなります。




