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悪役令嬢の婚約者を奪いましたが、婚約者がクズ過ぎたので悪役令嬢の親友になりますわ!

掲載日:2026/03/11

「イバラット、僕は君との婚約を破棄する。そして新たに、マーガレットと婚約する事をここに宣言する!」

 

 わたくし、マーガレット・ガットーレはイバラット・ウェルメルから婚約者を奪ってやった。

 当然ですわ。

 彼女は伯爵令嬢でありながら、知性もなく愛想もない。

 普段着ているドレスだって、黒だの紺だの暗い色ばかり! せっかく漆黒の美しい髪をしているのに、ドレスと同化していて全体的に暗すぎるのよ。それなのに肌は白すぎて、まるで病人ですわ。

 悪いけれど、わたくしの方が愛されて当然ですわね。


 フローレンス様はいつもわたくしを褒めてくださいます。お優しい言葉をかけてくださる上に、顔立ちも整っている。時には差し入れにと、お菓子までプレゼントして下さいました。まさに素晴らしいお方ですわ。


 彼女はしばらくの間、黙ってわたくし達を見ていた。

 なんて言えばいいのか分からないのね。可哀そうな女!


「それはそれは……おめでとうございます」


 まぁ。ようやく口を開いたかと思えば、悔しがりもしないなんて。愚鈍な女だわ。

 フローレンス様も呆れていらっしゃる。


「可愛げのない女だな。もっと悲しんだりすればいいものを」

「お言葉ですが……全く悲しくありませんの。フローレンス様が私を好いていないと、前々から理解しておりましたから」

「当然だ。君のような女を、巷では悪役令嬢と言うそうだ。そんな女と将来を共にするなど、絶対に出来ない」


 聞けば彼女はフローレンス様を蔑ろにし、使用人にも冷たい態度をとっているとのこと。

 伯爵家の娘に愛想がなくてどうするんですの。人脈がモノを言う世界、愛想があってこそですわ。


「フローレンス様へご好意を示したのは、マーガレット伯爵令嬢から?」

「いいえ、フローレンス様が見初めて下さったのです。フローレンス様はいつもわたくしを褒めて下さいましてよ」

「そうでしょうね。貴女は愛らしいもの」


 まぁ、わたくしを褒めて自らを慎ましく見せるなんて。嫌な人だわ。

 いかにわたくしの方がフローレンス様に相応しいか、分からせてやらなくては。

 

「えぇ。わたくしだって伯爵令嬢ですもの。人前に出て恥じぬよう、見た目には十分気を使っておりますから。愛らしくなって当然ですわ」


 金髪の髪は絡まぬよう、毎朝丁寧に手入れをしている。

 ドレスは愛らしく見えるピンク色。胸の上で輝いているネックレスは、特別に作らせた一点ものですわ。

 大きな青い瞳に、小さな赤い唇は生まれつき。

 香水を身にまとって、いつでも薔薇の香りを振りまいている。

 どこからどう見ても愛らしさと気品で溢れている自信がありましてよ!


 高笑いしたい気持ちを堪えて、イバラット様の反応を伺う。

 悔しがって泣いても構わなくってよ!


 イバラット様はフローレンス様の顔に目を向ける。なんて冷たい目線でしょう。

 

「フローレンス様。婚約破棄の話について、ハイランド伯爵はご存知でしょうか?」

「何、父上にはこれから言えば良い」


 当然なことを聞かないでほしいですわね。伯爵が知らない訳ないでしょう。

 でも大丈夫。きっとハイランド伯爵だってわたくし達をきっと祝福して……えっ? これから言えば良い?


 あまりにも予想外な返事過ぎて、わたくしは思わずフローレンス様の横顔を見つめる。

 わたくしと同じ金髪に、お高い鼻。いつ見ても素敵な横顔ですわ。

 でも今はそれより、返事の意味が気になる。


「フローレンス様、伯爵にお伝えして下さっているのではないのですか?」

「いいや、まだだが?」

「な、何故です?」

「どうしたんだ、一体」


 それはこちらがお聞きしたいのですが……。

 イバラット様がため息を吐いた。もしかしたらイバラット様は、わたくしと同じ考えなのかもしれませんわ。


「私にはマーガレット伯爵令嬢の気持ちの方が理解できます。伯爵の許可もなしに婚約破棄なんて出来ない、という話でしょう」

「僕が良いと言っているんだから、良いに決まっているだろう」

「良い訳ないでしょう」

「見たかマーガレット、イバラットはこうやって何でも否定するんだ!」

 

 まったくもって正論ですけど??????????


「フローレンス様、わたくし伯爵に認めてもらえるかしら……」


 イバラット様と同意見というのは癪ですけど、いきなり婚約破棄だなんて出来るはずがありませんわ。

 わたくしは、てっきりフローレンス様から伯爵にお伝えして下さっているものだとばかり……。


 でなければ婚約破棄をして新たに婚約を結んでくださるなんて、あり得ないと思っていたから。

 わたくしだって伯爵令嬢ですから、手続きさえ進めばフローレンス様の婚約者だと認められると思っていたのに。

 これではわたくし、非常識ですわ!


「何、心配ない。君のような聡明な子であれば、父上たちも気に入るであろう!」

「それは……そうですわね!」


 フローレンス様のおかげで、わたくしは自信を取り戻した。

 そうよ。何を心配しているのマーガレット。一度の不名誉とて覆せば良いのです。わたくしがイバラット様に負けるはずがありませんわぁ!


           ***


「もうダメ、ですわ……」


 イバラット様に婚約破棄を伝えてから一週間が経過しましたわ。


 お二人の婚約破棄を認めたハイランド伯爵は、わたくしをフローレンス様の新しい婚約者としてお認めに……なんて事はなく。

 わたくしは婚約者候補なる立場になりましたわ。ハイランド伯爵にとってわたくしは、勝手に婚約破棄をした息子が勝手に連れて来た女という印象みたいですの。その通りすぎて何も言い返せませんわ。


 フローレンス様も勝手に婚約破棄をした事については大層怒られたらしいですわ。それでも婚約破棄が認められたのは、多くの目撃者がいたせいで認めざるを得ない状況だったからでしょう。


 正式に婚約者となるべく、わたくしは厳しい勉強を強いられた。毎日毎日、ハイランド邸によって選ばれた教育係が我がガットーレ邸までやって来る。

 座学は勿論、剣術や体術まで。勿論、自由な時間なんてない。


 覚悟はしていたつもりでしたが……はっきり言って厳しすぎますわ!

 

 わたくしだって伯爵令嬢ですから。今までだってそれなりにお勉強はしてきましたのよ?

 でも今までのお勉強なんて、比べるまでもなかったですわ。

 今までは商人が持ってきたドレスを見て購入するのが趣味でしたのに、そんな暇一切ありませんわ。


 伯爵令嬢として恥じぬものを、と質の良いドレスは着させてもらえますけど……自分で選ばせてなんてもらえない。おかげで、大好きなピンクのドレスも着られない。もっと格式高く見えるものを、と黒いドレスばかり着せられている。これじゃあイバラット様と同じじゃあありませんの!


 ……同じ?


 もしかしてですけど、イバラット様も別に黒いドレスがお好きという訳じゃあなかったのかしら。


「マーガレット様、何をボーっとしているんですか。早く次の問題を解いて下さいまし!」 


 お叱りの声に、思わず肩を跳ね上がらせる。

 わたくしの事を叱ったのは、教育係のメリーさんだった。白髪を一つに束ね、丸い眼鏡をかけた女性。わたくしのお母様と同じ位の歳の方かしら。姿勢が美しく、だからこそ怖さを感じてしまう。

 けど、どうしても気になってしまいますわ。


「あの……イバラット様もこの教育を受けていらっしゃったのですか?」

「勿論です。イバラット様も頑張っておられました。座学体術共にお教えしておりましたが、なかなか筋が良かったですよ」

「もう一つお聞きしたいのですが、イバラット様は黒いドレスがお好きだったのですか?」

「さぁ? そんな事より、早く次の問題を解いて下さいまし!」


 怒られたわたくしは、急いで次の問題に取り掛かる。

 けれど頭の中では、イバラット様の事ばかり考えてしまう。


「それでは、明日までにこの課題をやっておくように」


 気づけば目の前には課題が置かれ、メリーさんはお部屋を出て行ってしまった。

 何です、この課題の山は!


「マーガレット、遊びに来たよ!」


 扉の開いた音と、フローレンス様のお声が聞こえた。でもおかしいですわね。課題の山のせいでお姿が一切見えませんわぁ……。

 そうだわ。フローレンス様から、課題を減らすようお伝えしてもらいましょう。


「フローレンス様。見ての通り課題が多くて……いくらフローレンス様の妻として教養が大事とはいえ、あまりにも多すぎます。このままではフローレンス様とお出かけする事すらできませんわ。どうかお助け……」

「何を言ってるんだいマーガレット、イバラットにだって出来ていたんだ。君なら出来て当然だよ」


 わたくしを信頼して下さっていらっしゃるのね。なんてお優しい。


 ……けど、少々無理があるのではなくて?


 この課題の山、見たところ用紙千枚はありましてよ?

 一枚につき十問くらいはありますわ。

 この他にも、今日はこの後バイオリンのお稽古もありましてよ?

 遊んでいる暇などございませんわ。

 

「もしかして、フローレンス様も毎日同じように課題を?」

「当然だよ。僕には兄弟がいないからね。当主になる事が決まっているのだから、必要最低限の教養は叩き込まれるさ」

「そうですわよね。これくらいで音を上げてはなりませんわよね。このマーガレット、反省致しますわ」

「いいんだ。でも、こんな事で音を上げるなんて。マーガレットは甲斐性がないんだなぁ」


 ……はい?


「えっと、それは……」

「何、気にすることはない。君は優しいからね、イバラットよりはマシさ」

「そう、ですか。でも、その、イバラット様が音を上げた事は? 課題を行わずに、逃げ出した事は?」

「なかったと思うけど。でもその分、いつも無表情だったね。実に冷たい女だったよ」


 そうでしたわ。わたくしいつも、フローレンス様から「イバラットは冷たい」「イバラットは優しくない」「イバラットは僕を見下している」と聞かされていたから、それを信じておりましたの。

 

 でもそれ……ただの疲労ではなくて?


 こんなにも多くの課題を毎日行っていたんですもの。疲れていて当然ですわ。

 自分の事で手一杯かもしれないのに、人に優しくしている暇などあるのでしょうか。


「フローレンス様、イバラット様をお褒めになったことは?」

「出来て当然の事をやって、何で褒めなくちゃいけないんだい?」


 何てこと……一切疑っていない目をしていらっしゃいますわ!

 確かに自分の将来のための事ですもの。頑張るのは当然かもしれませんわ。

 それでも、頑張っている事は事実なのですから。

 多少労いの言葉くらあっても良いのではなくて!?

 

「フローレンス様。わたくしの事がお好きですか?」

「なんだい突然。当然じゃないか。君は顔も良くて胸も大きい」

「まぁ嬉しい。それで、えっと……他には?」

「他……? うーん、そうだなぁ。あ、イバラットより優しいね」


 なんてこと! 見た目しか見てもらえてないじゃない!

 

 フローレンス様の事をお可哀そうと思ってましたけど、本当にお可哀そうなのは頭でしたわ。人に優しくするという考えが足りないなんて!


 なら一番お可哀そうなのは、ただただ苦行に耐えてきたイバラット様ではなくて?!


「どこかでイバラット様にお会いする機会はなくて?」

「会ってどうするんだい。君がいじめられたら僕だって困るよ」

「フローレンス様……」


 わたくしの事で胸を痛めて下さるのですね。やはりお優しい方ですわ。いくら腹が立ったとはいえ、言い過ぎでしたわね。反省しますわ。


「イバラットから僕まで嫌がらせを受けるかもしれないからね」


 宣言撤回、クズですわ!


「わたくし、ウェルメル家へ行ってまいりますわ」


 わたくしは部屋を出て、使用人に馬車を用意させる。

 お会いする機会がないのなら、こちらから作れば良いのです。


「マーガレット!?」


 フローレンス様の制止を振り切って、わたくしは使用人に馬車を出させた。

 

 

 馬車を降りたわたくしは、ウェルメル邸を訪れた。

 立派なお屋敷の前には、手入れの行き届いた美しいお庭が広がっている。じっくり見させていただきたいところですが、ここは素通りさせていただきましょう。

 

 門の前には、体格の良い門番が立っている。

 わたくしはドレスの先を摘み、門番に頭を下げた。


「突然の訪問失礼致します。わたくしマーガレット・ガットーレと申します。イバラット様に急用がございましたの」

「ガットーレって……あの……?」


 門番も困惑している。無理もないですわね。仕えている屋敷の令嬢の婚約者を奪った者が現れたら困惑して当然ですわ。


「ご無礼は承知の上です。イバラット様に会わせていただけます?」

「そう、申されましても……」


 門番はお庭の方をチラリと見た。

 ……まぁ! なんてこと!

 イバラット様がいらっしゃるわ!


 お庭の隅に置かれた椅子に座って、読書を楽しんでいたイバラット様。


 本に夢中なのか、こちらには気づいていないみたいですわ。相変わらず肌は白いですけど、随分と顔色が良いみたい。

 なら、やはり間違いありませんわ。今まで病人に見えていたのは、ただの過労ですわ!


 フローレンス様の目から見たイバラット様を信じ、悪役令嬢などと呼びましたが……とんでもない!


 むしろ尊敬に値する!


「イバラット様っ、今までの無礼をお詫び致しますわ!」


 ついイバラット様の足元にしゃがみ込み、彼女の足元に抱き着いてしまった。


「ガットーレ伯爵令嬢……?」

「マーガレットと呼んで下さいまし!」


 驚いていたイバラット様でしたが、わたくしが何故ここに来たのか察して下さったらしい。

 その時、門番がわたくしの事を追いかけて来た。


「お嬢様! 申し訳ありません。今すぐつまみ出します!」

「……構いません。戻って結構よ。ご苦労様」

「しかしっ……」

「ご苦労様」

 

 ピシリと言い切られて、門番は気まずそうに定位置へと戻っていく。イバラット様の命令ですもの、叱られる事はないでしょう。

 イバラット様は読みかけの本を閉じて、わたくしの頭を優しく撫でた。


「貴女はまだ賢かったようですわね」

「いいえ。わたくしが間違ってましたわ」

「ひとまず顔を上げてちょうだい。まだ私に恥をかかせるおつもり?」


 それだけはなりませんわ!

 わたくしは勢いよく立ち上がった。でもイバラット様が座ったままなので、わたくしが見下ろしている状態なのですが……。


「フローレンス様との婚約については、ウェルメル家のためと思って耐えていただけの事。私自身、乗り気ではありませんでしたから。むしろお礼を言いたい程です。おかげで、今まで読みたかった本も自由に読めるようになりました」

「そうかもしれませんけど……きっと他の方には悪く言われてしまうでしょう?」

「まぁ、体裁はよろしくないですね」

「でしょう! でもどうすれば許していただけるかしら。謝罪の気持ちだけで来てしまいましたわ」


 思い込んだら即行動に移してしまうのが、わたくしの利点であり悪いクセ!


「気持ちだけで充分です。それより、こんな所にいないで早く帰ったらいかが? 貴女だって勉強を強いられているはずだもの。まだまだ課題はあるでしょうし、そうでなくてもお疲れでしょう?」

「まぁ、なんて優しいの。やはりイバラット様もあの課題の山に悩まされていたんですのね」

「慣れたわ。五歳の頃からずっとだったもの」

「という事は……もう十年も前から!? そんなにも長い間努力されていたなんて。素晴らしいですわ! ちなみにイバラット様、黒いドレスは好んで着てますの?」

「いえ、指定されたものを着ていました。それが何か?」


 やっぱり! イバラット様が悪役令嬢だというのは、フローレンス様の一方的な勘違いですわ!


 それでもイバラット様は、未だに黒いドレスを着ていらっしゃる。まだ他の色のドレスを持っていらっしゃらないのかもしれませんわ。今のイバラット様になら、もっと明るい色のドレスも似合うはずよ。ぜひ一緒にドレスを選ばせていただきたいわ!


「マーガレット!」


 聞き覚えのある声がして振り返ってみると、慌てた様子のフローレンス様が立っていた。


「あらフローレンス様。どうなさいましたの?」

「どうなさいましたじゃないよ。どうしてイバラットのところなんかに!」

「まぁ! わたくしイバラット様に用があって来ましたのよ? それをなんかとは何です!」


 わたくしが怒ったからか、フローレンス様は驚いた顔になった。


「マーガレットが僕に歯向かうなんて……イバラット! さては君のせいだな!」


 はい? 何故イバラット様のせいになってしまうのかしら。

 イバラット様も困ってらっしゃるわ。


「お言葉ですが、私が彼女をそそのかすような時間なんてありませんでしたよ」

「言い訳をするな! お前はいつもそうだ。僕の言う事を全然聞かない!」


 人の話を聞かない男が何を言ってるんでしょう?


「フローレンス様。まずは話し合いません事? イバラット様に対しても、きっと誤解があるんだと思いますわ」

「誤解なんてあるものか! 全てイバラットが悪いに決まってる!」


 なんて子供なのかしら……!

 フローレンス様の自由なお姿に憧れていましたが、とんでもない。ただ何も考えていない自分勝手な男でしたわ!


「フローレンス様……相変わらずですね」


 イバラット様も呆れてらっしゃいますわ。フローレンス様と婚約破棄出来て嬉しいというのは、ご謙遜じゃなさそうですわね。


「君も相変わらず愛想がないね。本当に可愛くない」

「そう見えるなら申し訳ないですね」


 もしや毎回のように可愛くないと言っていたんじゃなくて?

 それじゃあ愛想も出したくなくなりますわよ。


「えぇい、黙れっ!」


 パチンっ。

 嫌な音が聞こえた。

 イバラット様の右頬が、赤くなっている。


 あの男……イバラット様を叩きましたわ!


 わたくしは思わずフローレンス様の前に立った。


「フローレンス様……貴方、伯爵令息ですわよね」

「当然だろう。何を言ってるんだい」


 フローレンス様は本当に何を言っているのかという顔をしている。

 わたくしは思わず、怒鳴り声を上げてしまった。 


「いずれ領地を統治する者が、淑女に対して手を上げるとは何事か! この事はハイランド伯爵にお伝えさせていただきます!」


 淑女たるもの、冷静に行動出来てこそですのに。怒りを抑えきれませんでした。お恥ずかしいですわ。

 でもフローレンス様を怯えさせる事には成功しましたわ。


「イバラットが悪いんだ、僕の言う事を聞かないんだから。叩いて当然だろう!?」

「まぁ! 自分の思い通りにならないから叩いて良いなんて。わたくし、叩いて当然だと思う殿方と一生を添い遂げたくはございませんの。婚約者候補も辞退させていただきますわ」

「マーガレット!?」


 わたくし、叩かれて喜ぶ趣味もございませんもの。

 体を震わせたフローレンス様が、わたくしに近づいてくる。


「なんで……何で皆、僕のいう事を聞かないんだぁああああ!」


 フローレンス様はご自身の右手を、わたくしの右頬目掛けて振り下ろそうとしている。

 痛いのは嫌ですが、仕方ありませんわ。これを証拠に慰謝料をふんだくりましょう。

 一瞬の痛みを耐えようと、目を瞑る。


 ……おかしいですわ。痛くありませんわ。


「いたたたたたたたっ!」


 代わりにフローレンス様の痛がる声が聞こえて来た。

 目を開けると、イバラット様がフローレンス様の腕をひねっていた。


「メリーさんの教育によって、護身術も教え込まれていましたの」


 まぁ!! なんてカッコいいの!!

 お慕いするなら、イバラット様くらいカッコいい方がいいわ!


「フローレンス! 何をしているんだ!」


 ハイランド伯爵――フローレンス様のお父様ですわ。


「ち、父上!? 何故ここに」

「それは私が聞いている! 勝手に婚約破棄をしておいて、易々とウェルメル邸へ入れてもらえると思うな!」


 その通りですわね。ハイランド伯爵はまだ常識があるみたいで幸いですわ。

 イバラット様はフローレンス様の腕を離す。


「婚約破棄をされたフローレンス様が我が家に足を運ぶなんて、ロクな事ではないと思ってましたから。門番には事前に、フローレンス様がいらっしゃった際は即座にハイランド伯爵を呼べと申しつけてましたの」


 素晴らしい対策ですわ! 

 でもハイランド伯爵、先ほどの光景を見ておりませんわよね。フローレンス様がイバラット様を叩いたか叩いてないかでは、お叱り度も違うのではなくて!?


「ハイランド伯爵! フローレンス様は先ほどイバラット様のお顔を叩きましてよ!」


 思い込んだら即行動に移してしまうのが、わたくしの利点であり悪いクセ!


 ハイランド伯爵はフローレンス様を睨みつけた。


「本当か?」

「いや、その、えっと……」

「どこまで私の顔に泥を塗れば気が済むんだ! 来い、礼儀作法をみっちり叩き込んでやる!」

「そんな、悪いのはイバラットで」


 まだ言い訳しようとしているフローレンス様を無視して、ハイランド伯爵はイバラット様に頭を下げた。


「今までの行いを見るに、どう考えても悪いのはフローレンスの方だ。むしろイバラットには、心から謝罪しよう」


 やりましたわ。これでイバラット様の苦労も多少は報われるというものですわ!

 ハイランド伯爵はわたくしにも目を向けた。


「マーガレットも、婚約者候補の話はなかったことにしてくれ」

「構いませんわ! 先ほどわたくしから辞退した程ですもの!」

「なら良かった」


 フローレンス様はまだ抵抗しようとしている。しつこいですわ。


「良くない! どうして誰も僕の味方をしてくれないんだ!」

「うるさい! お前はしばらく外に出さん!」


 フローレンス様はハイランド伯爵に引きずられるように帰って行った。ごきげんよう。

 残されたわたくし達は……何をしても構いませんわよね!


「これでわたくしもイバラット様も、フローレンス様とは無関係になった。つまり今後のわたくしとイバラット様は、友人関係、いいえ、親友という事でよろしくて!?」

「まぁ、構いませんけど」

「嬉しい! なら早速、親友記念パーティーでも開きましょう。このままだとわたくしとイバラット様の仲が悪いままだと勘違いされたままですもの! イバラット様の悪役令嬢疑惑も晴らさなくては!」

「構いませんけど、貴女はどうして私の事をそんなに気にかけて下さるの?」

「そんな。努力なさる方を尊敬し、親しくなりたいと思う事の何がおかしいんですの?」

「……そこまで褒めて下さるのなら、きっと何もおかしくないんでしょうね」


 そう言ったイバラット様は、優しく微笑んだ。

 フローレンス様はイバラット様を無表情だとおっしゃっていましたが……やりましたわ。

 わたくしには笑って下さいましたわ~~!


「そうですわ。早速新しいドレスを見に行きましょう! お勉強だってもうしなくて良いんですもの!」

「お勉強はした方がいいわ。伯爵令嬢だもの。知識があって困る事はないわ」

「なら明日やりますわ!」


 こうしてわたくしとイバラット様は、はれて親友になった。

 婚約者はいなくなりましたけど、素敵な方と親しくなれましたわ! おーほっほっほ!

お読みいただきありがとうございました!

少しでも面白いと思いましたら星にて評価いただけますと幸いです。よろしくお願いします!

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