第4話 動物園で、声をかけられた
札幌の動物園は、よく整備されていた。
檻は清潔で、
案内板も分かりやすく、
子ども連れの家族がのんびりと歩いている。
――平和だ。
ここが吸血鬼の街だなんて、
やはり信じられない。
ライオンの前で足を止める。
日向で寝そべる姿は、
無防備で、満足そうだった。
管理された環境。
危険のない生活。
……ふと、札幌の街と重ねてしまう。
「動物、好きなんですか?」
背後から声をかけられて、
反射的に肩が跳ねた。
振り返ると、
そこにいたのは――
異様なほど、整った顔立ちの女子高生だった。
一瞬、言葉を失う。
制服姿ではないが、
年齢は俺と同じくらいだろう。
明るい色の服装。
柔らかい表情。
警戒心を抱かせない、自然な距離感。
……近い。
無意識に、一歩下がる。
「すみません」
彼女はすぐに謝った。
その一言で、
こちらが悪いことをしたような気がしてしまう。
「いえ……」
俺も、思わず頭を下げた。
変だ。
どうして、こんなやり取りをしているんだ。
話を聞く限り、
彼女は本当に動物が好きらしかった。
休みの日は、
よくここに来るという。
飼育員の名前を知っていて、
展示の変化にも気づく。
嘘をついている様子は、まったくない。
「この子、最近元気なんです」
そう言って指さしたのは、
ガラス越しに歩き回る小動物だった。
その表情は、
純粋な好意そのものだった。
……普通だ。
本当に、どこにでもいる女の子。
「この後、予定ありますか?」
唐突に、そう聞かれた。
「いえ、特には」
正直に答えてから、
なぜそんなことを聞くのかと続ける。
「どうして?」
「よかった」
彼女は、ほっとしたように笑った。
「美術館、行きませんか?」
予想外の提案だった。
「……あまり、興味は」
そう言いかけて、
言葉を止める。
一瞬だけ、
彼女の表情が曇った気がしたからだ。
寂しそうな、
置いていかれるような顔。
……まただ。
断れない。
「……行きます」
そう言ってしまった。
彼女は、すぐに笑顔に戻った。
「ありがとうございます」
胸の奥で、
小さな違和感が鳴った。
けれど、それを
“考えすぎ”として片づけるだけの余裕は、
このときの俺には、まだ残っていた。




