第3話 一人で、見て回りたい
札幌で一夜を過ごしても、
特に何も起こらなかった。
窓の外は静かで、
遠くから車の音がするだけだ。
目覚めたとき、
自分が「占領都市」にいるという実感は、ほとんどなかった。
……それが、少し怖い。
身支度を整えて部屋を出ると、
廊下の先に彼女が立っていた。
いつからそこにいたのか分からない。
けれど、驚くほど自然に、そこにいる。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を交わすだけで、
それ以上の言葉はなかった。
昨日見た札幌は、
思ったよりも、ずっと普通だった。
だからこそ、
確認したいことが増えてしまった。
「……少し、一人で回ってみてもいいですか」
口に出した瞬間、
彼女の視線が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬。
見間違いかと思うほどの変化。
「理由を、聞いても?」
責める調子ではなかった。
事務的でもない。
ただ、確認する声だった。
「護衛がいると、
どうしても“見せたい部分”しか見えない気がして」
自分でも、随分と生意気な言い方だと思う。
それでも、引っ込めなかった。
彼女は、しばらく黙っていた。
札幌の街を管理している存在。
人間の自由を決められる立場。
本来なら、
即座に却下されてもおかしくない。
「……分かりました」
返ってきた答えは、意外なほどあっさりしていた。
「日中に限ります。
立ち入り禁止区域には、近づかないでください」
「それだけ、ですか?」
思わず聞き返す。
「それだけです」
彼女は、淡々と続けた。
「札幌では、
人間が一人で行動すること自体は、禁止されていません」
……自由。
その言葉が、頭をよぎる。
「連絡は、常に取れるようにしてください」
「はい」
「困ったことがあれば、すぐに呼んでください」
そう言って、彼女は一歩下がった。
まるで、
自由を“許可”する立場の人間みたいに。
その違和感に気づきながら、
俺は何も言わなかった。
外に出ると、
空気が少しだけ軽く感じた。
一人になるだけで、
こんなにも気持ちが変わるのかと、自分でも驚く。
通りを歩く人たちは、
昨日と同じように穏やかだった。
誰も、俺を気に留めない。
誰も、監視しているようには見えない。
「……本当に、自由じゃないか」
小さく、そう呟いてしまう。
昼まで、まだ時間がある。
どこへ行こうかと考えて、
ふと思い出した。
この街には、
大きな動物園があると聞いた。
管理された環境で、
安全に生かされている動物たち。
……札幌に、似ている気がした。
俺は、スマホで場所を調べ、
目的地を決める。
その時はまだ、
そこが、自分にとって
一番行ってはいけない場所だとは、思っていなかった。




