第2話 思ったより、普通だった
札幌駅に降り立った瞬間、拍子抜けした。
もっとこう、
物々しい検問とか、
武装した吸血鬼が睨みを利かせているとか、
そういう光景を想像していたからだ。
実際に目に入ったのは――
平日の昼下がりの、どこにでもある駅前だった。
人通りは多い。
笑い声もある。
観光案内所の前では、家族連れが地図を広げている。
「……普通ですね」
思わず、口からこぼれた。
隣を歩く彼女は、少しだけ首を傾げる。
「普通、であるようにしていますから」
その言い方が、気になったが、
今は深く考えないことにした。
駅前から続く大通りは、整備が行き届いている。
店は営業しているし、
看板もネオンも、見慣れたものばかりだ。
吸血鬼の街だと言われなければ、
ここが占領都市だとは、誰も思わないだろう。
歩いている人たちも、みんな穏やかだ。
視線を逸らす者はいない。
怯えている様子もない。
むしろ、こちらを見て軽く会釈する人すらいる。
……優しい。
そう感じてしまった自分に、
少しだけ戸惑う。
「街の外には出られないんですよね?」
確認するように聞くと、彼女はうなずいた。
「はい。市外への移動は禁止されています」
「理由は?」
「危険だから、です」
即答だった。
そこに、迷いはない。
「危険、というのは……?」
「外の世界は、まだ不安定です」
それ以上は、説明されなかった。
街を歩いている限り、
危険な気配はどこにもない。
事故もない。
争いもない。
治安は、むしろ本土より良いのではないかと思えるほどだ。
昼食を取るために入った店でも、
店員は普通の人間だった。
吸血鬼の姿は見えない。
「吸血鬼の方は……?」
俺の視線に気づいたのか、彼女が言う。
「日中は、あまり表に出ません」
なるほど、と納得しかけて――
ふと、気づく。
それでも、この街は回っている。
働いているのは、人間だ。
支えているのも、人間だ。
「皆さん……不満はないんですか?」
昼食後、近くの公園で休んでいるとき、
意を決して、近くに座っていた女性に声をかけた。
彼女は、少し驚いた顔をしたあと、笑った。
「不満、ですか?」
「はい。ここ、札幌のことです」
女性は少し考えてから、首を横に振る。
「特には。静かで、安全ですし」
「……吸血鬼のことは?」
その言葉に、女性はきょとんとした。
「吸血鬼さんたちですか?」
「ええ」
「守ってくれてますよね」
当たり前のように、そう言った。
「……血を、飲まれることについては?」
女性は、少し困ったように笑った。
「それは……役割、ですから」
役割。
その言葉が、胸に引っかかる。
「みんなができるわけじゃないですし。
選ばれた人が、ちゃんと協力してるだけですよ」
善意の顔で、そう言う。
怒りも、諦めもない。
ただ、受け入れている。
それが、この街の“普通”だった。
公園を離れながら、
俺は足元を見つめた。
否定できる材料が、見当たらない。
街は平和だ。
人々は穏やかだ。
誰も泣いていない。
「……どう思いますか?」
彼女が、静かに聞いてきた。
俺は、すぐに答えられなかった。
「……思ったより、普通ですね」
そう言うのが、精一杯だった。
彼女は、何も言わない。
ただ、その横顔は、
どこか張りつめているように見えた。
札幌は、自由な街だと言われている。
今のところ、
それを否定する理由は――
見つからなかった。




