二部 第5話 どこにいるんだよ
札幌の“外れ”と呼ばれる区画は、地図には載っていなかった。
正確には、
載せる意味がない場所だ。
建物はある。
人もいる。
けれど、街としては機能していない。
働く必要のなくなった人間。
血を“定期的に供給される側”として管理され、
それ以上を求めなくなった人たち。
笑っている。
穏やかだ。
不満も、怒りもない。
それが、
一番おかしかった。
「……ここは」
俺の声が、妙に響いた。
隣に立つ彼女――転校生は、
視線を逸らしたまま答える。
「管理効率が、
最も安定している区域です」
安定。
その言葉を聞いた瞬間、
胃の奥がひっくり返る。
安定しているから、
もう“何も起きない”。
成長もしない。
疑問も持たない。
ただ、消費され続ける。
「……末期だろ、これ」
自分でも驚くほど、
声が荒れていた。
「完成形です」
彼女は、否定しなかった。
「札幌が目指した、
最も安全な形です」
俺は、何も言えなくなった。
安全。
自由。
共存。
全部、
保存されているだけじゃないか。
施設に戻ったあと、
俺は自室に閉じこもった。
管理下の部屋。
鍵はあるが、意味はない。
ベッドに座って、
頭を抱える。
「……会わせろよ」
誰に言っているのかも分からず、
言葉がこぼれた。
「会って、聞かせてくれよ」
両親の顔を思い浮かべる。
逃げた。
消えた。
理由も、行き先も、何も知らない。
「知らなかったんだよ……」
俺は、何も。
自分の血のことも。
世界のことも。
札幌がどこへ行き着くかも。
それでも選べと言われる。
知らないまま管理されるか。
知って、ここに残るか。
「……どうしろっていうんだよ」
そのとき、
通信端末が鳴った。
表示された名前に、
一瞬、息が止まる。
――祖父。
通話を繋ぐと、
懐かしい声がした。
「……生きとるか」
それだけで、
胸が痛くなる。
「生きてるよ」
「そうか」
短い沈黙。
俺は、堪えきれずに言った。
「なあ……
父さんと母さん、
どこにいるんだよ」
返事は、すぐには来なかった。
「……分からん」
知っているはずだ、と思っていた。
何か隠しているはずだと。
でもその声は、
嘘をついている人間のものじゃなかった。
「ただな」
祖父が、続ける。
「一つだけ、
気になっとることがある」
俺は、息を飲んだ。
「お前の両親が消える直前、
やけにお前のことを
誰かに確認しとった」
「俺のことを?」
「そうじゃ。
能力があるかどうかじゃない」
その言葉に、
心臓が強く脈打つ。
「……“まだ何も起きとらん”ことを、
何度も確認しとった」
起きていない。
その言葉が、
頭の奥で反響する。
「わしはそのとき、
過保護だと思っとった」
「でも今思えば……
何かと関係しとるのかもしれん」
通話が、途切れた。
部屋は静かだ。
俺は、しばらく動けなかった。
両親は、
俺を置いて逃げたんじゃない。
確認してから、逃げた。
何かが起きる前に。
俺が、
“まだ鍵を開けていない”うちに。
頭の奥で、
あの単語が浮かぶ。
—— speichern
保存。
切り替え。
特権。
俺は、まだ発音しない。
怖いからじゃない。
「……起きたら、
戻れなくなる気がする」
札幌の末期を、
もう見てしまった。
知らないまま生きる選択が、
どこへ行き着くかも。
それでも、
答えはない。
両親に会いたい。
真実を知りたい。
でも、
どこにいるか分からない。
俺は、
天井を見上げた。
「……父さん、母さん」
声は、
誰にも届かない。
ただ一つだけ、
はっきりしていることがある。
このままじゃ、
何も選べない。
そしてそれは、
選ばされるよりも、
ずっと残酷だった。




