出会い
「――今日もありがとう、雪近」
「いえ、帝さま。感謝など畏れ多くごさいます。それでは、失礼致します」
冴え冴えと月の輝く、ある日の宵の頃。
清涼殿の一室にて、柔らかな微笑で謝意を告げてくださる30代前半の秀麗な男性。彼は帝さま――即ち、当国を統べる最も高貴な御方であり、清涼殿とは帝さまが日常生活をお送りになるための建物で。
そして、僕――雪近は、畏れ多くも帝さまに従者として仕えている20代前半の男性で。それも、とある事情ゆえ大変恐縮ながら彼の最もお傍でお仕えし、更には僕一人のお部屋すらも与えてくださっているという甚だ勿体なき計らいをしてくださっていて。
今一度、深く頭を下げる僕。そして、帝さまのお部屋を後にしほどなく自室へと。そして、ゆっくりと襖を閉じ――
「…………ふぅ」
そう、安堵の息を洩らす。本日も、どうにか隠しおおせたことに。そして、襟元を緩め深く呼吸を整える。十二単――即ち、女性装束の襟元を。
『――良いか、雪近。お前は、これから女子として生きていくんだ。お前ならできる。なにせ、男だと知っている私ですら時折分からなくなるほどに、本当に女と見紛うような顔をしているのだから』
あれは、もう八年も前のこと。
そっと僕の肩に手を置き、力強い口調でそう口になさるお父さま。まあ、お父さまも女性のような顔立ちなので僕もそうであっても不思議ではないけれど。
ともあれ、性別を偽り生きていくという、たいそう不可解とも言えようこの御命令の理由なのだけれど――端的に言うと、男性であることが辛いから。この頃、21歳から60歳までの男性(正丁)は重税や過酷な労役が課せられ、そのあまりの辛さに偽籍――即ち、性別を女性と偽る男性が後を絶たなくて。なので、僕のためを想いお父さまはこのような御命令をなさったわけで。
尤も、男性と女性のどちらが苦しいかなんて一概には言えないのだろうけど……それでも、実際に性別を偽ってまで男性であることを逃れたい人が数多いること、そしてお父さま自身の実感も踏まえた上での処置であることは間違いなくて。
そういうわけで、その日から僕は女性として生きることに。お父さまの仰った通り、女性用の衣服さえ纏っていれば男性だと疑われることは恐らく一度もなかった。
そして、偽籍から七年ほど経過したある日のこと――なんと、帝さまがお出掛け中に偶然にも我が家の前をお通りになって。そして、帝さまとお父さまがお話をしている最中、更に驚愕なことに――なんと、お父さまはかつて宮仕えをしていたのだけど、讒言により陥れられ宮中を追われていたことが判明して。それも、相当の官職に就いていたとのことで……うん、ほんとにびっくり。
そして、帝さま自身、お父さまを護れなかったことをずっと悔やんでいらしたとのこと。なので、この再会に感動なさった帝さまは、宮中にて再びお父さまに然るべき役務を、そして何と僕にまで従者としてご自身に仕える役目を与えてくださって。
それ以降、僕の生活は一変した。最初は右も左も分からず困惑することばかりだったけど……それでも、帝さまの勿体なきご配慮やご慈悲に僕はいつも支えられ、そして幾度も救われて。そして、いつしか――
……ところで、一つ大きな――それも、甚だ大きな問題が。それが、僕が本当は男性だということを未だに明かしていないということで。理由は……まあ、言いづらいから。退っ引きならない事情があるとは言え、当然のこと偽籍は違法――なので、お父さまも僕もどうにも言うに言い出せずそのままズルズルと早一年……うん、いつかはちゃんと明かさなきゃ。




