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作者: パンディ
掲載日:2025/12/23

9年前、8500万円の住宅ローンを引き受けた。父と叔父と叔母の住宅ローンだ。

彼らは高齢のため、ローンを組むために条件が付けられた。

父が債務者、兄である叔父が連帯保証人、そして父の子供3人全員が保証人となることだった。


父から姉への保証人になれという連絡を断つため、私自身が債務者となった。


父は中学校卒業後、一年制の専門学校を出て、兄が継いだ家業のクリーニング店で働き始めたため、外の社会経験がないとういうこともあり、言語能力、コミュニケーション能力が低かった。また人によって態度を大きく変えるという性質を持っていた。近所の人、クリーニング店で共に働いている叔父や叔母には腰が低かったが、家庭内では違かった。


機嫌が悪いから暴力を振るうというようなことはない。ただ自分の要望が通らない、相手の言っていることが理解できない場合には大声を出し、同じことを繰り返し言うことしかできない。それでも相手が批判的な態度である場合には暴力に及ぶ。

命に関わるような暴力ではない。しかし罵声を浴びせられるという日常は、薄い毒として母に流れつづけた。


母は、私が小学校中学年頃から精神的に不安定になり始めた。特にモノが捨てられないという症状として顕著に表れた。私が小学校6年生頃には、母は精神的に幼くなりはじめた。

姉が幼い頃は、父からの罵声、暴力に対して、姉が泣いて謝ることで決着がついていたが、成長すると次第に逃げるようになり、さらに成長し中学3年になる頃には暴力に対して暴力で対抗するようになった。

すると父は、親に暴力を振るう精神障害者として姉を施設に入れた。役所に相談したり、病院で診断書をもらったり、ずいぶん手間をかけて入れた。母がそれを止める事はなかった。

私は姉が精神障害者ではないことを知っていた。だが声を上げることはしなかった。


私は姉から嫌われている。中学3年生の姉を、中学1年生の私は助けなかったのだから当然だ。妹は姉から嫌われてはいない。妹は小学4年生だったので助けを期待される存在ではなかったからだ。

妹は父から、姉は頭がおかしい、虚言癖がある、家で暴れるから施設に入れたと言われ続けてきた。姉から、父に虐待されていたと言われても信じてよいのかわからないという。


ずいぶん大人になってから、どちらが本当の事を言っているのか分からないと妹が私に聞いた。

私は丁寧に説明した。それでも父の言葉は、妹と姉の間に薄い毒として流れ続ける。


私は自分の人生を犠牲にしない範囲で、父の日常に薄い毒を流し続ける。幸せだと感じる時間が1秒でも短くなるように、惨めだと感じる時間が1秒でも長くなるように、私は父に対して行動する。なるべく具体的に行動する。どんなに小さくても積み重ねる。それが勝手な使命感なのか、姉への懺悔なのか、分からない。


私は今日も近所の人に笑顔で挨拶をし、柴犬を散歩し、小さな店を切り盛りしながら、機会を見つけては父に対して行動する。どんなに薄くても、彼に毒が流れていくように。それは私の小さな祈り。

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