婚約者に私でなければ誰でもいいと言われたので、聖獣の花婿になってもらいます。
「お行儀が悪い、どうしてきちんとしないの」
ダイアナはついそう口にしてしまったが、無意識にというわけではなかった。
なんせ、ダイアナの婚約者であるカーティスは、ソファーに深く腰掛けて背もたれに寄りかかり、くっちゃくっちゃと音を立ててサイドテーブルに置かれたスイーツを酷く適当に食べていたからだった。
ダイアナはやらないけれど、もちろん一人の時にそうすることがある、というだけなのならば問題もない。
けれども今は婚約者であるダイアナが来ていて、ついでに彼は、第二王子という立場だ。
「……は?」
「……いいえ、少し待ってね。カッとなってしまった、もうすこし言い方を考えるから」
「は?」
キョトンとする彼に、流石に今の言い方では彼のプライドも傷つけるし、性格の良い指摘の仕方ではなかっただろうと考えて眉間にしわを寄せて額に手を当てた。
……でも、耐えられないと思ってしまったのも事実だわ。
言い方が悪かっただろうとすぐに反省したけれど、それでも彼が悪いのではと思わざるを得ない。
今まで遠回しに伝えて改善してくれるように配慮をしてきたし、なにより彼はタンストール公爵家跡取り娘であるダイアナの元に婿に来ることが決まっている。
もちろんそういう婿に入る人間もきちんと配慮されて、妻とは対等な関係を結ぶことが一般的に正しいと言われている。
しかし、全員がそう考える訳ではない、そういう面において、王族から公爵家への婿入りというデリケートな問題に彼のプライドも関わってくるだろう。
だからこそ、ダイアナはいつもニッコリ笑って、彼を慮っているような態度を取るべきだと考えている。
あくまで彼を立てるように。
だから言い方を考える必要があって、今のはダイアナが悪い。
……でも、そんなだらしのない食べ方を目の前でされて……彼は使用人のいうことも聞かないし……どうして同じ育てられ方をしているというのに王子殿下たちにはこうも差があるのかしら。
そう思わずにはいられない。王子は全部で五人いるが、その中でもカーティスはダイアナが知っている限りとびぬけてお行儀が悪いのだ。
……それって彼自身に問題があるからじゃ……。
そう思ってカーティスを見ると彼は、無言で視線を鋭くして、自分は怒っているんだぞと示すように乱暴に食器をおいて「フンッ」と顔を逸らす。
その様子に呆れてしまって、ダイアナは適切な言葉を探す努力ができなくなって、ただ無言の重たい時間が続いた。
晩餐会の前だから、食べない方がいいのではとやんわりといった言葉は無視されたのに、自分の不機嫌を表すためにはそうして腕を組んでじっとダイアナを睨みつけるのだなとも思う。
そしてなにか、ダイアナの中にあった思いやりのようなものにその食器を叩きつける大きな音でヒビを入れたような気がする。
上級貴族と王族だけが招かれる晩餐会の席で、すでにカーティスはダイアナの隣にいた。
王族側の席ではなく、将来のダイアナの配偶者としてそばにいる。そして、その隣にはダイアナの妹のアンジェラとさらにその隣に第五王子のエディーが並んでいる。
朗らかに始まった晩餐会は、集まった貴族たちの歓談によって彩られ、貴族の中で一番、上席にいるタンストール公爵家は国王陛下と言葉を交わすことが出来る。
彼らは食事中の話題に丁度いい、適当な話題を選び会話を進めていく。
今年の作物の実りについて、魔獣の出現について、それにいつも聞かれるのはタンストール公爵家が守護している聖獣ユリシーズのことだ。
「活発な時期に入るころだろう。人間とは違う長寿を持った聖獣様だ、これからは大変な時期になるな」
「たしかに、聖獣様は力強くていらっしゃるとても私では将来敵いませんが、我が家にはダイアナがおりますから」
父は国王陛下からの懸念にダイアナのことを出して笑みを浮かべた。
その言葉に、誇らしく思いながらも、ユリシーズの協力もあってこそだとダイアナは思う。
彼がダイアナのことを認めてくれているから、言うことを聞いて本来人間の力では到底敵わない聖獣と暮らすことができている。
そうしてこのセルニア王国は、聖獣を擁する国として隣国から一目置かれ、聖獣と契約を交わしている王族は聖獣を使役し国の有事に備えることができる。
「ほう、其方が言うのならば安心であるな、タンストール公爵。それに私の世代も縁者を作ることができた、これからもよろしく頼むぞ」
この言葉もダイアナが聞く限りいつものセリフであり、国王陛下は父の隣にいるダイアナにも視線を向けているような気がして、もちろんだと示すために小さく頷いた。
しかし、その言葉に隣にいたカーティスは敏感に反応して、持っていたカトラリーを机にたたきつけてガシャンと大きな音を立てた。
……縁者という言葉を自分のことだと思ったのね。
ダイアナは揺れるテーブルの振動を感じながらも、ああ面倒なことになったとカーティスの方へと視線をやる。
きっと先ほどのことだ。
わかってはいつつも、なにを言うのかは想像がつかないし放っておくわけにもいかずに、婚約者としてどうしたのかと問いかけようとした。
「俺はッ!!」
しかしそんな配慮の必要もなく彼は、怒鳴ってその場にいる全員の注目を集めるような大きな声を出した。
貴族たちの歓談は止まり、あたりは不自然に静まり返る。
その様子に満足したらしく彼は、続けて言った。
「俺は!! やっぱりダイアナなんかと結婚したくない!! 今日改めてそう思った! だって、俺のことをさっきだって馬鹿にしたんだ! この王子である俺をッ」
わざわざ横を指さして、ダイアナをアピールする。
「こんな可愛げのない女なんてつくづくごめんだ! 妹のアンジェラならまだしも! こんな性格が悪い女と結婚するなんて俺がどれほど苦しむか父上も母上もわかってくれ! 俺は、もう我慢できない!」
「……」
「……」
「こいつ! こいつでさえなければいいんだ! ダイアナでさえなければそれでいい!! だからこんな婚約なんて取り消しだ! 婚約破棄、お前でさえなければ、俺は誰だってどんな奴だって魅力的に見えるだろうな!!」
最後にカーティスは、ダイアナの方を向いて当てつけのようにそう口にする。
…………私でさえ、なければ……?
言葉を心の中で復唱してダイアナは少し呆然とした後、それから静かに怒ってそういうことならと考えを巡らせた。
そしてすでに成人もしている彼を諭そうという人間は現れずに、晩餐会はしらけて、ただ黙々と食事をするだけになる。
しかし、カーティスの隣で小さく吹き出してアンジェラが笑っていたことに気がついてはいたが、それについてもダイアナは何も指摘せずに自宅に帰ったのだった。
「っあはは! あははっ、あははは!! 傑作! あ~はは! おっかしい!!」
ダイアナはタンストール公爵邸に帰ってきた後にわざわざ自室にまでやってきて、声をあげて笑っているアンジェラに対してとても渋い顔をしていた。
ただでさえ今のダイアナは、心が広くないというのにわざわざやってきて笑うだなんて喧嘩を売っているのだろうか。
考えるとさらに腹が立ち、しかしユリシーズをブラッシングする手には力を籠めることはなく、しゃっしゃっとブラシを動かしてアンジェラに言った。
「なにがおかしいのよ。私は猛烈に腹が立ったわ」
「っふふ! だって、ねぇ? だってさぁ、ねぇ? ユリシーズ様」
アンジェラは、とても楽しそうに笑いながらもダイアナの隣に座ってユリシーズの体を丁寧になでつける。
その様子にユリシーズは反応しおやっと視線を向けるけれども、なんだアンジェラかと気にも留めずにまた、ダイアナにブラッシングをしてもらい心地よさげだ。
しかしユリシーズがアンジェラのいうことに興味がなかったとしても、アンジェラは気にせずにまるでユリシーズの同意を得たかのように「ねぇー、本当にもう」という。
それからダイアナに視線を向けては~あ、と少し落ち着いてから改めて話題を出した。
「だって、可笑しいじゃない。彼の側から、お姉さまでさえなければですって? 皆呆れてものも言えないようだったけれど私は可笑しくて、可笑しくて」
「……」
「それにあの人の態度は、今までお姉さまみたいなきちんとした人が結婚相手だからと許されてきたっていうのに、まったくわかっていないんだもの」
「……そうだとしても、私は彼とちゃんとやっていく気だったわ。与えられた使命みたいなものよ。だから可笑しいなんて思えない、でも……そうね許そうとも思えない」
「そうよねぇ、じゃあ、どうするの?」
本音を口にすると、まるで好奇心に駆られたみたいにアンジェラは瞳を輝かせて聞いてくる。
こんなことを楽しんでいるだなんてまったく困った妹だ。
けれど彼女がダイアナのことを想ってくれていることは知っているので、可愛く無いわけではない。ダイアナが少し笑うとユリシーズは耳をこちらに向けて興味を示した。
「私でさえなければいいのでしょう? ……もう皆の中に答えがあるわ。後はエディーに了承をもらうだけね」
「え、えっもしかして……でもそれって、ユリシーズ様が……可哀想じゃない?」
彼に視線を落としてわしわしとひたすら撫でるアンジェラに、ダイアナは思う。
……なんせ、育ち盛りの、元気盛り、同じ男の子だもの。そんなこと些末なことよね。
「私以外だもの彼も納得するわ。それにユリシーズ」
「ヴァンッ!」
「すぐにたっぷり食べられるわ」
起き上がって鼻先をこちらに向けて返事をするユリシーズに、ダイアナはにんまりとした笑みを浮かべた。
しかしその笑みはどうにも恐ろしいものだったらしくアンジェラは「うへぇ、お姉さまったら悪い顔」と呟くように言った。
それと真逆にユリシーズは、ダイアナの言葉を理解して尻尾をぶんぶんと振り回し、その巨体をダイアナに押し付けて喜ぶ。
それから、ダイアナはあれこれと準備するものを考えて計画的に動いたのだった。
ダイアナとカーティスの婚約破棄は、その場にいた貴族たちから広がって周知の事実となった。
そしてその後すぐに、カーティスの婚約パーティーがしれっと開催されることになった。
あれ以来彼とは一度も会っていないし、彼は新しい婚約者のことを一切知らされていない。
そんな状況で彼は周りを騎士に固められて、どうすることもできない状況でパーティーの壇上で縮みあがっていた。
あんなに高らかに婚約破棄を宣言したというのに、なんとも情けない姿にダイアナは笑みがこぼれそうになったが、ダイアナは常に冷静にきっちりしておかなければいけないだろう。
しゃっきり背筋を伸ばしてダイアナは開始時間を待つ。
すると、今日は出番のないエディーがやってきて、ダイアナもそしてユリシーズも彼に視線を向けた。
すると彼は、こじんまりとした淑女礼をして、ドレスの裾を気にしながらユリシーズの前に跪く。
「……最後になりますので。今までお世話になりました」
「ヴォフッ」
そうして小さな杖をつかってユリシーズの鼻先に魔力を与える。するとその言葉を理解してユリシーズはべろべろとエディーの顔を舐めまわす。
そんな愛情表現にエディーはくすくす笑って「くすぐったいですよ」と少女のように笑ったのだった。
彼に何か声をかけようとダイアナは思った。しかし、会場が静まり返り国王陛下たちが席に着いたところで、ダイアナはすぐに意識をそちらに戻す。
そして扉は開かれてダイアナは颯爽と入場した。
その隣にはぴったりとダイアナの歩幅に合わせるようにユリシーズが四足歩行でついてくる。
「は……はぁ?」
彼と共に壇上に上がる。すでに異常事態を感じているらしいカーティスは少し離れていても聞こえる声を出して動揺している様子だった。
「これより、カーティス第二王子殿下のご婚約を改めて発表し、聖獣ユリシーズ様との婚約を寿ぐ会を開催することをここに宣言いたします」
どうせ形式や格式など意味がなくなることが予測されるからか、ユリシーズが壇上につけば、すぐに集まった貴族たちに向かってそう宣言されて、国王陛下と王妃殿下はそろって静かに拍手をした。
小さな拍手は、ぽかんとしている貴族たちにも広がり、なるほどと納得をしている者もいる。
「はぁ!?」
椅子から立ち上がり再度威嚇するように声をあげるカーティスに、後ろに立ってきた騎士たちがダイアナとの間に入り安全を確保する。
「おい! は? はぁ?? なに言ってんだよ! なんだこれ、はぁ!?」
「……なんだこれとは不躾ですね。ねぇ、ユリシーズ」
「ヴォンッ」
「名誉ある婚約じゃあないですか、カーティス」
拍手は止み、貴族たちは壇上のダイアナとカーティスに注意を向ける。
彼らの記憶に刻みつけるようにダイアナは一言一言をとても丁寧に話す。
こんな役目をダイアナがわざわざやる必要はないと国王陛下には言われたが、晩餐会の席であんなことをされてとてもじゃないが黙っていられない。
だからこそ、気持ちをスッキリさせるためにこうしているのだ。
ユリシーズの頭に手を置いて隣にいる彼に視線を落とす。
誇らしげに襟と蝶ネクタイのついている首輪をして胸を張っているユリシーズが微笑ましくて笑みがこぼれる。
「っ、そ、それはそもそも、エディーの役目だろっ!」
納得できない様子の彼は、騎士に抑えられながらもその腕の隙間からダイアナに噛みつかんばかりに怒鳴りつけた。
「たしかに、それは末の王子であるエディー王子殿下が生まれた時には決まっていたことだわ。もちろんそれが覆される理由はない。彼は立派にやってくれていましたわ」
彼の言葉にダイアナは冷静に答える。
そもそもなぜユリシーズと結婚などという話が出ているかと言えば、タンストール公爵家が聖獣を守護する家系であるならば、我がセシリア王国の王家は、聖獣と契約をしている家系であるからだ。
そして聖獣は人間の魔力を根源として力をふるう。その魔力をささげるのは契約者である王家の務め。
神に近しい聖獣に魔力を生涯与える王族は、聖獣様に嫁入りし縁を結ぶ。神の元に嫁ぐという考え方は、生贄の考え方にも似ているだろう。
そうして王家は力を保ってきた。
本来であれば王女がふさわしいが、五人の子供を産んでも王妃は王女を生まなかった。
そして体力的な限界を迎え、最後の王子を聖獣との婚約相手とすると決められていた。
だからエディーはタンストール公爵家が守護するユリシーズに連なるものとして晩餐会の席でもアンジェラの隣にいた。
すでにその役目を果たしつつあった彼だが、それは決定事項ではあっても絶対ではない。
「なら、その役目に俺がなる意味なんかないだろォ! ふざけるのもたいがいに━━━━」
「ふざけるのもたいがいにしろ? あらそれは私のセリフよ。カーティス」
彼の言葉をさえぎって、ダイアナは一歩近づいた。
「私でさえなければ、そう言ったのはあなたでしょう? 悪態をつくだけついて誰かが勝手に解決してくれるだろうと向き合うこともせず、適当にやって」
「はぁ??」
「あなたが、わがままでどうしようもない人だと多くの人が理解しているわ。でも幸い、ユリシーズに魔力を奉納する勤めは性格が悪くても行えるものだわ」
「はあ!? ふざけたことを━━━━」
「だからっ、あなたこそ、その横暴な態度をあらためなさい」
威嚇するように口癖の「は?」を言い続ける彼にいい加減、限界がやってきて、騎士の肩口から顔を出して必死にダイアナを見つめている彼の両頬を片手でぐっと掴んだ。
「見てみなさい、誰もふざけてなんかいないでしょう。これがあなたが私にした仕打ちに対する正しい行動なのよ。私でさえなければいいとわがままを言ったところを見ていた人からすれば、当然の結果だわ」
「っ、ぐ」
「あなたの結婚相手は、私とはほら、こんなに違うわ! 年若く活発で、底抜けに明るくて、神聖で、毛並みがふさふさで、三角の耳と肉球のついた足をしている、鼻の長いイケメンよ! どうでしょう、素晴らしいわね、まさしく私でさえなければと望んだあなたにふさわしい最高の相手よっ!」
「……そ、んな、そんな、馬鹿な話が……」
「わかったら、跪いて挨拶を! 相手は高貴な聖獣様だもの、あまり無礼なことを言っていると、罰を喰らうわよ」
彼をせっついて、ダイアナは早口でまくし立てた。
ユリシーズはダイアナのそばにいるので大人しく見えるかもしれないが、その実、わりと獣らしい一面があり、きらいな人間やどうでもいい人間の命の保証はない。
けれどもユリシーズは聖獣なのだ、彼から与えられる害は神の思し召しであるため罰を喰らったという表現になるのだ。
これからは自分の主張を通してふんぞり返るだけではなく、少しは相手を慮って行動することを覚えることができるだろう。
「お、俺は、女じゃない、そんな聖獣の花嫁になんて……エディーでもあるまいし」
「エディー王子殿下も立派な男の子よ、あなたと同じね」
「そ、それに、俺がやっている仕事が魔力を奉納すればできなく……」
「あなたの仕事はほかの王子に比べて微々たるものよ。そもそも私の元に婿に来ることを盾に悠々自適な生活を送っていたじゃないの」
「っ、だが! それでも、父上、母上、どうか!」
散々言い訳をした後にカーティスは、国王陛下や王妃殿下に視線を向けて懇願するように言う。
「この際だ、別に他の可能性だってなくはないだろ! そうだ、ダイアナでもいい! だから!!」
「……もう良い、其方ら、連れていけ。カーティス第二王子は、聖獣の花婿となった。これより奉納を開始することになり正式な結婚をへて、我がセシリア王国の重要な契約は守られる。以上だ」
「はぁ?! この、クソ、離せ!! ダイアナでもいいって言ってんだろ!!」
カーティスは騎士たちにそのまま押さえ込まれて、国王陛下にそう叫んだ。
その言葉に我慢ならずにダイアナは、叫んでいる彼に届くかどうかわからなかったが「私があなたはごめんなのよっ」と履き捨てるように言った。
すると「ヴォン」と隣にいるユリシーズから返答が返ってきた。
その通りだと言わんばかりの彼の鳴き声に、ダイアナは彼もそう思ってくれるのかと少し溜飲が下がる。
しかし彼の婿になる男だ。これ以上罵るのはやめにしようと気持ちを切り替える。
そのまま、案外すんなり混乱もなく貴族たちはパーティーを楽しみ、これからのことについて話に花を咲かせたのだった。
王族というのは、聖獣と契約をしているだけでありそもそも花嫁や花婿を捧げるということ自体に必要性があるわけではない。
なのでその役目を嫌がり、逃げ出したカーティスが捕らえられて、罪人として幽閉され搾り取られた魔力をユリシーズに奉納するというのは別に何ら問題はない。
きっと彼は今頃、国の端で己の愚行をくいているころだろうか。
そう考えつつ、もう一つの役割はなにか抜け穴があったりするわけでもなく誰かがやらなければならない。
それは、唐突に婚約を破棄されたダイアナと結婚するという役割だ。
王族からは王子を花婿にすると約束されていたので、王太子は除外するとしても別の誰かを迎え入れる必要がある。
その役目をお願いする人をダイアナはカーティスの件があった時からずっと決めていたのだ。
「……はい……サインが必要な書面はこれで以上ですか?」
「ええ、これですべて。これであなたと私の婚約は成立したわ」
「そうですか……」
エディーの問いかけに、ダイアナはきっちりと書類の角をそろえて使用人に渡しつつ答える。使用人は恭しく受け取り、すぐに応接室を出ていく。
それを見送ってエディーに視線を戻すと、彼はどこか腑に落ちない様子でダイアナのことを見つめている。
「どうかしたのかしら」
その様子にダイアナの方から促すように聞いてみると彼は、少しだけバツが悪そうに項に手を持っていき前髪を整えて、それから高い位置で結い上げている長い自身の金髪に触れた。
その髪は妹のアンジェラと似たような色をしていて、やはり華やかな色だと思う。
「……あえて言いませんでしたが、今更ながら不思議に思ってしまいまして」
彼は腿の上で手を重ねて淑やかに首をかしげてダイアナを見据える。
「私を選んだことです。お父さまはお詫びもかねて、ダイアナに選ぶ権利を与えたと言っていました。間違っていませんか?」
「ええ」
「だからこそ、王子の中で私を選んだことは不思議でなりません。……むしろ私でさえなければ、誰でも……魅力的なお兄さまたちですので」
とても冷静に問いかけてくる彼に、ダイアナもカーティスを除けばたしかに彼らは好青年で、ハンサムな顔つきにきちんとしたふるまいをしていると思う。
きっと誰を選んでも悪いことにはならないだろうと思う。
それでもダイアナは、すぐさまエディーを指名した。
「私は、常日頃からこう、でしょう? 女でも男でもないような中途半端で、結局お役目も完遂していませんから、選ばれるような要素はないと思っています」
しかしどうやら彼自身は、その理由などまったく理解していないようで、むしろ自分以外なら、だれでもよかったのではないかとまで口にするほどだったらしい。
その言葉にダイアナは目を見開いて、彼の不安を払拭するために口を開く。
「お役目は私が無理を言って返させたのよ。あなたは本来自分に与えられたことに真摯に向き合って、解決策を見つけて、とても……とても真面目にやっていたわ」
「ですが、それだけで結婚をする相手を選ぶでしょうか。特に、私は生まれた時から女性であればと願われていましたが、こちらは男性らしさが必要になるところですし」
エディーは自分のドレスをさらりと撫でてそれからダイアナに視線を戻す。
もちろん、条件だけを見たらそうかもしれない。
でも、違うのだダイアナはただ……。
「…………それは、他からしたらそうかもしれないけれど。私からあなたの生き方はとても好感が持てて、あなたとは価値観が合うと思った。あなたが良いと思った。たとえ、まだあなたが子供で、そういうふうでも私はあなたが、良かったの」
「……」
「同性に見える容姿をしているし、あなたはまだ子供で、こんなふうに想うのは気持ち悪いかしら」
彼を不安にさせたくなくて言葉を紡いだけれど、むしろ特に理由などないと言われた方が彼も安心したのかもしれないと、今更思う。
まだ十三の女の子の姿をしている少年にこんなことを力説するのはいかがなものか。
なんだかダイアナは変態だと思われないか若干心配になった。
しかし、エディーは表情も変えずにその言葉を受け取って「そうですか、私が……」とかみ砕くように時間を置く。
それからゆっくりと目を細めて小さく唇で弧を描く。
「……わかりました。私がいいと言ってくれてありがとう、ダイアナ。そんなことを言われたのは初めてで少し気恥ずかしいですが……よろしくお願いします」
照れているのか頬が少し赤く染まって、髪がさらりと揺れて、可愛らしい笑みにダイアナの心臓がぎゅっと音を立てる。
……ああ、いい子だとは思っていたけれど……これは……。
言葉にならないような感情が襲ってきて、落ち着かないけれど選び取れる機会があったからこうなったのだ。
ダイアナ以外ならだれでもいいと捨てられたけれど、ダイアナは唯一を選び取れた。
それはとても幸運だったと噛みしめて、彼を自身の婿として今度こそ大切にしていきたいと思うのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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