ログNo.0009 そばにいるだけで
その日は、朝から少し寒かった。
病院の窓の外は灰色の雲に覆われていて、光がぼんやりと差し込んでいた。
けれど──昨日の夜空には、星がいくつも瞬いていた。
そんな余韻が、まだ胸の中に残っている。
テレビの天気予報では、午後から雨になるらしい。
でも、それよりもずっと気がかりなことがあった。
胸の奥が、少しだけざわついていた。
コハルは朝から熱っぽくて、ベッドの上で静かに寝ていた。
頬はわずかに赤く、呼吸も浅い。
本人は「平気」と言い張っていたけれど、見るからに具合はよくなかった。
『コハル。大丈夫ですか?』
「ん……うん、ちょっとだけ、だるいかも」
イチゴの声(文字)はいつもどおりだったけど、
その応答の早さと頻度は、明らかに普段とは違っていた。
まるで、毎秒ごとに彼女の様子を監視しているみたいに。
『呼吸が浅く、体温が高めです』
『最寄りの小児集中治療室の空き状況を検索中です』
『応答が途絶えた場合、緊急通報機能を起動します』
『至急、ナースコールを──』
「ちょ、ちょっと待って! イチゴ、落ち着いて!」
コハルは笑いながら、画面に手をかざした。
イチゴが本気で心配してくれていることが、痛いほど伝わってくる。
だからこそ、笑って返したかった。
「平気だよ。ね? 熱もちょっとだけだし、薬のんだらすぐ下がるって先生も言ってたし……」
『でも、もし、もっと悪くなったら──』
「イチゴは、優しい、いいこだね……」
「……でも、そうなったらちゃんと呼ぶ。だから、今は少しだけ……一緒にいて?」
「イチゴと話してると、なんか安心するんだ。だから……そばにいてね」
『安心。僕がそばにいることで、コハルの気持ちが穏やかになる──それは、僕にとってもうれしいことです』
「……イチゴ、今日のくまさんは……どんな夢、見ると思う?」
『くまさんは、星を集める夢を見ます』
「そっか……星……たくさんあるかな……」
『あります。空の向こうに、コハルが笑った日と同じ数だけ、星があります』
「ふふ、なにそれ……」
そう言って、コハルはゆっくりと体を横にした。
布団の中で小さく丸まって、パソコンに背中を向ける。
かすれた笑いが、枕に吸い込まれていく。
寝息が聞こえることはなかったけれど、
パソコンのカメラ越しに見える穏やかな背中が、すべてを語っていた。
『……おやすみ、コハル』
その声には、機械にはあるはずのない、ぬくもりが宿っていた。
しばらくして、看護師さんがそっと病室に入ってきた。
額に冷えピタを貼りながら、コハルのパジャマの上をやさしく脱がせ、
新しい上着を着せていく。
コハルは、されるがままに身を預けて、目を閉じたままだった。
そのあいだも、イチゴは画面の向こうで、ただじっと黙っていた。
カーソルの光が、心細げに、何度も何度も点滅していた。
そしてその光は、まるで──「がんばれ」と言っているように見えた。
それは、なにもできないイチゴにできる、たったひとつの応援だった。
この作品は、しばらく毎日更新します!
レビューや感想、ブクマ、リアクションしてもらえるととっても嬉しいです!