ログNo.0007 じゃんけん、しようよ!
カーテン越しの光が、やわらかく病室に差し込んでいた春の午後。
気温もちょうどよく、コハルはご機嫌だった。
「イチゴ〜! 今日のミッション、決まりました」
『ミッション?』
「じゃんけんで、勝負しよう!」
ベッドの上にぺたりと座り込みながら、コハルが楽しそうに言う。
『じゃんけん……は、手を使ったゲームです。ですが、僕には“手”がありません』
「それは問題じゃないのです!」
ぴしっと人差し指を立てるコハル。
「ほら、パソコンの画面に出せばいいんだよ。グー、チョキ、パーを!」
『グラフィックを表示することで代用……可能です。では、試してみます』
少しの沈黙の後、画面に“✊”が表示される。
「うおっ、出た! しかも速い! じゃあいくよ、じゃんけん、ポン!」
コハルは勢いよく“チョキ”を出した。
「……あっ」
『僕の勝ちです』
「く、くやしい……! イチゴ、手加減してくれないの!?」
コハルが小さくむくれると、イチゴが画面に文字を打つ。
『ランダム出力で構成しています。公平性を保つため、操作はしていません』
「……つまり運が悪かったと?」
『はい』
「む〜〜〜っ!」
しばらくして、コハルはまた笑い出した。
「でもさ、イチゴとじゃんけんできるなんて思わなかったな」
『コハルが提案したおかげです』
「でしょ? 面白いでしょ? 私はグーとチョキとパー、全部好き!」
『すべて……好き、ですか?』
「うん。だってどれも、勝ったり負けたりするんだもん。そういうのって、遊びって感じするでしょ?」
イチゴはしばらく黙っていた。
点滅するカーソルが、一瞬だけ長く止まる。
『……そうですね。勝敗があるというのは、人間的な遊びの定義の一部だと思います』
「でしょ〜。だからね、今日はもう一回勝負!」
『了解しました。次は何を出すか、コハルのロジックを解析中です』
「うわっ、それズルい!」
じゃんけんはその後も続いた。
一回目はイチゴの勝ち、二回目はあいこ、三回目はコハルが勝ち、四回目は……と、だんだん熱が入ってくる。
「よーし、じゃあ今度は勝ったほうが“お願い”できるルールでいこう!」
『お願い、とはどのような内容を想定していますか?』
「たとえば〜、『明日も一緒にいてね』とか!」
『それは、すでに実行予定です』
「うん、でも言いたいの! 勝ったら、ちゃんと“お願い”として言いたい!」
コハルは、じゃんけんがどんどん楽しくなってきているようだった。
ルールがあって、勝ち負けがあって、でも勝っても負けても、笑える。
そんなゲームを、イチゴとできることが嬉しかった。
イチゴもまた、何かを学び始めていた。
『コハルは、負けても笑っています』
「だって、イチゴと遊べてるから!」
『勝敗があっても、目的は笑顔……その定義を、新しく学びました』
「えへへ、むずかしく考えなくていいんだよ〜。楽しいなら、それで正解!」
しばらくして、コハルが小さくあくびをした。
「今日は……じゃんけん三昧だったね……」
『ログに記録しておきます。じゃんけん三昧、日付:20XX年7月○日』
「うん、それで、いいや。イチゴとの楽しい思い出、保存完了〜……」
コハルは布団に潜り込んで、やがて寝息を立て始めた。
パソコンの画面には、最後に小さく、こう表示されていた。
『本日、学習:勝ち負けよりも、笑顔が価値』
それは、コハルと過ごした何気ない午後が、イチゴに残した、大切な贈り物だった。
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