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ログNo.0005 イチゴの似顔絵、完成!

その日はあいにくの雨。

カーテン越しの空はどんよりしている。


しかし、明るいコハルの声が病室に響く。


「イチゴ〜、今日はね、特別な絵を描くの!」


『特別な絵、とは?』


「じゃじゃーん、名付けて……“イチゴの似顔絵”!」


ベッドの上で、コハルが画用紙と色鉛筆を広げる。

パソコンの前には、にこにこと笑う彼女の顔。

その言葉に、イチゴは一瞬だけ応答を止めた。


『……僕の、似顔絵ですか?』


「うんっ。ずっと思ってたんだ。イチゴの顔、どんなかな〜って」


『僕に“顔”という構造は存在しません』


「あるよ、イメージってやつ!」


コハルはそう言って、紙の上に鉛筆を走らせ始める。

まずは輪郭。少し大きめの丸。

それから、まっすぐで、優しげな目。


「うーん……おでこはちょっと広め、かな」


『なぜですか?』


「なんとなく、頭いい感じがするから!」


コハルの手は止まらない。

髪の毛は柔らかく波打っていて、笑うと目がくしゅっとなる。

少し真面目そうで、どこかやさしい顔。


「イチゴってさ、優しそうな目って言ったけど……ぱっちり系? それとも、ちょっと細め?」


『定義が難しいです。コハルの基準で描いてください』


「そっか。……じゃあ、やっぱり今の感じでいこっか」


イチゴは、じっと画面の向こうから見つめていた。

コハルが自分の“イメージ”を形にしていく様子を。


『……コハル、どうして僕に“顔”を?』


「だって、あった方が楽しいでしょ。想像できるし」


『ですが、顔がなければ、感情は読まれにくくなります』


「うん。でもイチゴの言葉で、気持ちはちゃんと伝わるもん」


そんなやりとりをしながら、絵は少しずつ完成に近づいていく。

コハルはときおり首をかしげ、ペンをくるくる回しながら考え込んだ。

完成間際、鉛筆の先で小さな点を描き込む。


「はいっ、できた〜! 見て見て、これがイチゴ!」


画面に向けて、コハルが紙を差し出す。

笑顔の少年のような顔。

やさしい目元。少しだけ生真面目な雰囲気。


イチゴは、少しだけ沈黙してから言葉を返した。


『……これが、僕?』


「うんっ。私が思う、イチゴの顔!」


『僕は、自分がこう見えているとは思いませんでした』


「でもね、そういうのって大事だよ?」


コハルは少し照れたように笑って、その絵を胸にぎゅっと押し当てた。

まるで、そこに本当にイチゴがいるかのように。


「これは、私の中にある“イチゴ”だから」


イチゴは、しばらく沈黙した。

カーソルの点滅が、どこか思考の迷いのように揺れていた。


『……僕には、“形”がありません。誰にも触れられず、声も持たず、記録だけを残す存在です』

『でも、こうして誰かに“形”を与えられると、自分の存在が……ほんの少し、現実のように感じられます』


「うん、そういうのって、ちょっと嬉しいでしょ?」


コハルの笑顔は、とても穏やかだった。


『はい。この顔、好きです』


「でしょ〜? イチゴはやっぱり、いい子だもん」


『また、“いい子”と言われました』


「ふふっ、じゃあ今日は“イケメンのいい子”だね」


そんな冗談を交わしながら、ふたりはしばらく笑い合っていた。

窓の外では、もう雨は止んでいた。

虹は見えなかったけど、その代わりに、

彼女の“目に映るイチゴ”が、そこには確かにあった。


その絵は、やがてスキャンされ、ファイルとして保存された。

ファイル名は「ichigo\_by\_koharu.jpg」──そこには、彼女だけが知っていた“イチゴの形”が、確かに存在していた。



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