余命一年(嘘)のわたくし、三年目に突入する
「まずいですわね」
デリーズ王国の第三王女アミラ・アルジェンス・デリーズは、自室のベッドに腰掛けながら頭を抱えていた。
「そりゃまずいわよね」
そんな王女にタメ口で同意したのは、アミラの二〇年来の親友であり、デリーズ王国指折りの天才医師として知られているミーシャだった。
「なんせ余命一年だったはずのお姫様が、もう二年も生きてるんだもの。ぶっちゃけ、まずいなんてもんじゃないわね」
歯に衣着せない親友の言葉に、アミラはますます頭を抱える。
然う。
アミラは、今人生三度目の余命一年を迎えようとしていたのだ。
「ていうか、なんであなたはそんなに落ち着いてますの!? あなたも共犯ですのよ!?」
「ご心配には及ばないわ。事が露見したら、お姫様の命令には従うしかなかったって涙ながらに訴えるつもりだから」
「こんの裏切り者ぉおぉおおぉぉおおぉおぉおぉっ!!」
というやり取りから遡ること二年前――
当時アミラには、思いを寄せている男性がいた。
名は、レダス・ギルスティン。
デリーズ王国史上最強と謳われる将軍として知られており、寡黙で強面なせいもあって、異性はおろか同性からも恐れられている漢だった。
そんなレダスに、アミラがなぜ思いを寄せているのかは今は脇に置いておくとして。
アミラがレダスと添い遂げるには、いくつかの障害があった。
その一つが、アミラの父親にしてこの国の国王であるデグラードだった。
デグラードは常日頃から、実子の結婚相手は王族以外にはあり得ないと言って憚らなかった。
いくら王国史上最強の将軍といっても、レダスの爵位は伯爵。
結婚など、許してくれるはずもなかった。
そしてもう一つの障害が、レダスがあらゆる縁談を断っている点にあった。
異性からも同性からも恐れられているとはいっても、王国史上最強という肩書きに惹かれ、娘の意向に関係なく縁談を組もうとする貴族の親は少なくない。
そうして組まれた縁談を、レダスは片端から断っているのだ。
仮に父の許しを得て縁談を持ちかけたとしても、他の貴族の令嬢と同じように断られてしまうのでは?――そんな恐れを抱いていたため、アミラはタップダンスを踊れるくらいに二の足を踏みまくっている有り様になっていた。
「そこで奥手で奥ゆかしいわたくしは考えましたの。わたくしの余命を一年ということにすれば、レダス様もお父様も、わたくしの結婚を断ったりはしないのではないのか……と」
王城の中庭で、ミーシャと二人きりでアフターヌーンティーに興じていたアミラが力説する。
その話を聞いた親友の反応は、
「半分脅迫みたいなことを考える人間を、奥手で奥ゆかしいとは言わないと思うんだけど」
当然のように冷たかった。
「デグラード様の方はともかく、あんたがレダス将軍に思いを伝えることができないのは、単にあんたがヘタレなだけでしょうが」
王女に対してあんまりにもあんまりな言い草に、アミラは顔を真っ赤にして反論しようとする。が、図星だったのか、口元をモゴモゴするだけで何も言い返すことはできなかった。
「ていうか、その余命一年って診断、あたしに下させる気でしょ?」
「テヘ」
「『テヘ』じゃないわよ。そもそも、そんなやり方でレダス将軍が結婚してくれたとして、あんたは本当にそれでいいの?」
「よ、良くはないですわ。けど、普通に思いを打ち明けて普通にフられたりなんかしたら……わたくし、向こう四〇〇年は泣き続ける自信がありますもの」
「言いたいことはわかったけど、余命が四〇〇倍になってるように聞こえるのは気のせい?」
「うっ……急に体調が……ゴホゴホ」
「……もう帰っていい?」
紅茶を一気飲みして立ち上がるミーシャを、アミラは慌てて呼び止める。
「まままま待ってちょうだい! 頼れるのはあなたしかいないの!」
「そりゃそうでしょうね。お姫様に嘘の余命の診断を下すなんて医師は、デリーズ王国中を捜してもいないでしょうからね」
「しれっと自分のことも含めてません!?」
「含めてるわよ」
にべもない親友に、アミラは「くっ……こうなったら」と呟いてから、ボソリと訊ねる。
「お父様のコレクション……あなたならご存じですわよね?」
国王デグラードはワイン好きとして知られており、王城の地下に設けられたワインセラーには、国王秘蔵のグレートヴィンテージコレクションが多数保管されていた。
ワインというか酒全般が大好物だったミーシャも当然そのことは知っており、アミラの言葉を聞いた瞬間、立ち去ろうとしていた足をピタリと止めてしまう。
「実はわたくしの二〇歳の誕生日に、お父様がコレクションの中から一本プレゼントしてくださったの。そのワイン、まだ栓も開けずに大切に保管しているのですけど……」
アミラは、悪魔じみた笑顔でニヤリと笑う。
「ここまで言えば、あなたならわかりますわよね?」
露骨に買収してくる第三王女に対し、ミーシャは諦めたように、深々とため息をついた。
その反応だけで親友が了承してくれたことを悟り、アミラの口の端がますます悪魔的に吊り上がる。
二年後、しっかりとワインを堪能しきったミーシャが平然と裏切ろうとするなどとは夢にも思わずに。
その数日後、アミラは迫真の演技力をもってデグラードの目の前で倒れ、デリーズ王国指折りの天才医師の診断を担保に、余命一年という無茶を信じ込ませた。
そしてアミラの狙いどおり、余命幾許もない(嘘)娘の説得に折れたデグラードが、アミラとレダスの結婚を了承。
肝心要のレダスの返事も、余命幾許もない(嘘)第三王女を憐れんでくれたのか、二つ返事で了承してくれた。
そして、時は現在に戻り――
「こんの裏切り者ぉおぉおおぉぉおおぉおぉおぉっ!!」
アミラに胸ぐらを掴まれてカックンカックンと揺さぶられながら、ミーシャは冷静に応じる。
「そもそも余命一年なんて設定自体、最終的には破綻することがわかりきってた話でしょうが。自信満々に話を持ちかけてきたから何かしら秘策があるのかと思ったら……まさか何も考えてなかったなんて、裏切られたと言いたいのはあたしの方だと思わない?」
「……テヘ」
図星だったのか「テヘ」で誤魔化そうとするアミラに、ミーシャは深々とため息をつく。
「もうこの際土下座で全部白状したら? 一応周りには、天才すぎるあたしがどうにか余命を伸ばしてるって吹聴してあげてるけど、それだってどこまで効果があるがわかったもんじゃないし」
平然と裏切ろうとしている割りには、知らないところでフォローしてくれている親友に、さしものアミラも口ごもってしまう。
「しかもあんた、設定上は余命一年の重病人のくせに、この二年の間にしれっと太ってきてるじゃない」
まさかの指摘に、アミラは「え?」と間の抜けた声を漏らす。
「『え?』じゃないわよ。ギルスティン家の人たちはほとんど毎日あんたと顔を合わせてるから変化に気づいてないけど、あんたこの二年の間に、ちょっとずつ顔つきが丸くなってきてるわよ」
そこまで言われてようやく事態を飲み込んだアミラは、色を失う。
「どどどどうして!? 普段の病人食じゃ物足りないから、お夜食にちょっとお菓子をつまんでいただけなのに!?」
「どうしても何も、それが原因でしょうが」
冷たくツッコみを入れるミーシャに、アミラは縋りつく。
「どどどうすればいいの!?」
「どうすればいいも何も、夜食をやめたらいいだけの話じゃない」
「イヤですわ!」
「……さすがのあたしも、馬鹿につける薬は何も思い浮かばないわね」
「そこをなんとか!」
あまりにも必死なお姫様に、ミーシャはもう何度目になるかもわからないため息を深々とついてから、おざなりに答える。
「筋トレでもすればいいんじゃない?」
「それですわ!」
言うや否や、アミラはベッドの上で仰向けになり、腹筋のトレーニングを開始する。
その速度たるや、よくこれで余命一年とかほざけたな――と言いたくなるレベルだった。
瞬く間に汗だくになるアミラを前に、ミーシャが、その熱量をもっと別のことに使った方がいいのでは?――と思っていると、
トントン。
控えめに扉をノックする音が聞こえてきて、二人してビクリと震え上がる。
「アミラさ――……アミラ。入っていいか?」
続けて、聞くからに武骨な男の声が聞こえてきて、アミラはすぐさま毛布を被って横になり、ミーシャは居住まいを正してベッドの脇の椅子に腰を下ろす。
「ど、どうぞ……」
直前までハードな筋トレをしていたせいもあって、アミラは呼吸を乱しながらも返事をかえす。
ほんのわずかな間を挟んで、扉が開く。
そうして部屋に入ってきたのは、巌のような体躯をした強面の大男――デリーズ王国史上最強の将軍にして、アミラの夫であるレダスだった。
レダスはベッドに歩み寄り、アミラの様子を見て眉根を寄せる。
「大丈夫か? ひどい汗だぞ」
そりゃ筋トレしてましたから――とは口が裂けても言えないので、アミラはいまだ整わない呼吸をそのままに答える。
「はぁ……はぁ……これくらい……なんとも……ありませんわ……」
そんなアミラを見て、レダスはますます眉根を寄せる。
「本当に大丈夫か? 随分と息苦しそうだぞ?」
そりゃメッチャ筋トレしてしましたから――とは口が裂けても言えないので、アミラに代わってミーシャが答える。
「汗が出ているのも呼吸が乱れているのも、先程軽い発作が出たせいです。もうすでに処置は終えていますので、アミラ様の容態もじきに落ち着くことでしょう」
誰だこいつ?――と口が裂けてでも言いたい気持ちを、アミラはぐっと堪える。
「天才医師ミーシャ」の外面は吐き気を催すほどに完璧だった。
「……そうか」
と、答えるレダスが、二の句をつげずにいるのを見て、ミーシャは訊ねる。
「席、外しましょうか?」
「すまない」
気遣いまでもが完璧な親友の外面に、いよいよ本格的に吐き気を催しそうになるも、レダスの手前、王女の嘔吐だけはやるまいと気力だけで堪えきった。
ミーシャが部屋を出たところで、粗方呼吸が整ったアミラが切り出す。
「それはそうとレダス様。またわたくしのことを『様』付けで呼びそうになりましたわね」
苦笑混じりに指摘すると、強面の将軍はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……第三王女であるあなたを呼び捨てにするのは、まだ慣れなくてな」
今でこそ普通に話しているレダスだが、結婚してから最初の一年は、アミラに対してずっと敬語で話していた。
二年経った今でも『様』付けで呼ぶ癖がなかなか抜けないものだから、アミラの苦笑は深まるばかりだった。
「それにアミラ……の方こそ、私のことをずっと『様』付けで呼んでいるではないか」
「それは仕方ありませんわ。レダス様はレダス様ですもの」
道理もへったくれもない言い分に、今度はレダスの頬に苦笑が浮かぶ。
「それはそうと、ミーシャに出ていってもらったということは……新作、できましたのね?」
レダスは首肯を返すと、懐から〝何か〟を取り出す。
〝何か〟は、強面将軍の懐から出てきたとは思えない、可愛らしいクマの刺繍が施されたワッペンだった。
「まあ! 今回はまた一段と可愛らしいですわね!」
屈託のない賛辞に、レダスは照れくさそうに微笑を浮かべながら、一言「そうか」と返した。
然う。
王国史上最強の将軍は、強面に似合わず手芸を趣味としていた。
しかも出来上がった作品は、このワッペンのように可愛らしいデザインのものがほとんどだった。
このことを知っているのは、ギルスティン家の人間と、アミラだけであることはさておき。
思い出されるのは五年前。
王城の廊下を一人で歩いていたアミラは、曲がり角を曲がった先にレダスが歩いているのに気づいて、つい足を止め、身を隠してしまう。
当時はまだレダスの見た目に恐れを抱いていたアミラは、彼とまともに顔を合わせることもできず、歩き去るのを待っていたが。
レダスの懐からヒラリと一枚のハンカチが落ちたのを見て、さすがに見て見ぬフリをするわけにはいかないと思ったアミラは、曲がり角から出てハンカチを拾った。
そして、そのハンカチに施された、いやに可愛らしいウサギの刺繍を目の当たりにして、思わず目が点になってしまった。
レダスに対する恐れ以上に興味が湧いたアミラは、ハンカチを拾ったついでにウサギの刺繍について訊ねてみたところ、レダスは照れくさそうな微笑を浮かべながら、自分の手作りであることを白状した。
強面将軍が可愛らしいデザインの手芸を趣味としているギャップにキュンときてしまったアミラは、気がつけば、レダスのハンカチの出来を褒めちぎっていた。
褒めれば褒めるほど照れくさそうにしているレダスが段々可愛く見えてきて……気がつけば、彼にゾッコンになっていた。
だからこうして、彼と結婚して、彼とともに過ごす日々は、本当の本当に幸せだった。
けれど――
(余命のことでレダス様を騙しているのは……さすがに胸が痛みますわね)
脳内で、親友の天才医師が「今さら?」とか「良心なんて持ってたの?」とか「熱でもあるんじゃない? 薬でも出そ――ああ、そういえば馬鹿につける薬なんてなかったわ」とか、ぶん殴りたくなるようなことを言ってきた気がしたが、今は悲劇のヒロインぶりたかったので無視を決め込む。
次の瞬間、脳内の親友が〝悲劇のヒロイン〟の末尾に(笑)を付け加えてきやがったが、それも無視を決め込んだ。
いずれにせよ、これ以上余命一年ネタで引っ張るのは無理がある。
ミーシャの言うとおり、余命一年が嘘だったことを白状する以外に道はないこともわかっている。
けれど、余命一年を倍以上引っ張る程度に図太い割りには、それを嘘だったと打ち明ける度胸がどうしても持てず。
そこからさらに一ヶ月ヘタれていたところで、アミラにとって信じられない――いや、信じたくない出来事が起きた。
余命一年(嘘)で体調が悪かった(大嘘)を理由に、久しく登城していなかったアミラは今、国王デグラードの私室を訪れていた。
そこでアミラは、デグラードの口から信じたくない言葉を聞かされることとなる。
「余命一年? お父様が?」
ベッドで横になっているデグラードに代わって、ミーシャが沈痛な面持ちで首肯を返す。
「はい……それも、長くて一年です」
普段ならば、外面全開で最早別人と化している親友に、脳内でツッコみを入れまくっているところだが、彼女から醸し出される雰囲気がかつてないほどに重々しかったせいか、半ば無意識の内に、縋るような問いをぶつけてしまう。
「嘘……ですわよね?」
自分と同じように余命一年だと嘘をついている――そんな淡い期待も、ミーシャが神妙に目を伏せ、かぶりを振る姿を見せたことで霧散する。
「……アミラ」
いつもよりもどこか苦しげな声音で呼ぶデグラードに、アミラはすぐさま縋り寄る。
「お父様……!」
「お前は……余命の二倍も生きている割りには……随分と元気そうだな……」
「そ、それは……」
さすがに表情から罪悪感が漏れ出るアミラに、デグラードは優しく微笑む。
「さすがに……とうに気づいておったよ……余命一年という話が……レダス将軍と結婚したいがためについた……嘘だということは……」
くしゃり、とアミラの表情が悲痛に歪む。
「すまなかったな……儂が……結婚相手は王族以外あり得ぬと言ったばかりに……お前に……そんな嘘をつかせてしまって……」
堪らず溢れ出てきた涙とともに、懺悔の言葉も口から溢れ出す。
「違います! お父様は何も悪くありません! 悪いのは! 悪いのは……嘘をついたわたくしなのですから……」
その言葉を聞きたかったのか、デグラードは安心したように瞼を閉じる。
「お父様!?」
「大丈夫。眠っただけよ」
まさしく、その言葉どおりなのだろう。
実質的にはこの部屋に自分とアミラしかいなくなったことで、ミーシャは普段どおりの物言いで話しかけてくる。
そんな親友の変貌ぶりを気にも留めずに、かつてないほど真剣な声音でアミラは訊ねた。
「お父様は本当に、長くないの?」
「……最大限の努力はするわ」
天才医師である親友が明言を避けた。
それだけで、父の容態がどれほど悪いのか察したアミラは踵を返す。
「アミラ、どこへ行くの?」
「……嘘をつくことをやめに」
決然と答えるアミラに、ミーシャはただ一言「そっか」とだけ答えた。
ギルスティン家の屋敷に戻ったアミラは、その足でレダスの部屋へ向かった。
そして、離婚を覚悟の上で、余命一年が嘘であったことを打ち明けた。
「本っ当にごめんなさいっ!!」
アミラはレダスに向かって頭を下げ、謝罪する。
だが、今レダスがいったいどのような顔をしているのかが、わからなくて、恐くて、下げた頭を上げることができなかった。
そんなアミラに対して、
「私こそすまなかった」
レダスは折り目正しく頭を下げ、謝罪した。
まさかの謝罪返しに、アミラは「へ?」と気の抜けた声を漏らしながら頭を上げる。
一方のレダスは、なおも折り目正しく頭を下げたまま話を続けた。
「実を言うと、あなたが嘘をついていたことは、余命の話を聞かされた時点で気づいていた」
「さ、最初からってことですの!?」
素っ頓狂な声を上げるアミラに、レダスは頭を上げて首肯する。
「戦場で多くの死に触れてきたせいか、どうも私は死相というものが見えるらしくてな。余命一年の話を切り出した際のアミラの顔からは、死の気配すら見えることはなかった」
「そ、それなのに、どうしてわたくしとの結婚を了承してくださったの?」
その問いに対し、レダスの頬に、注視しなければわからない程度の朱が差し込む。
「嬉しかったのだ。私がこの世で唯一お慕いしていた女性が、嘘をついてまで私と結婚したがっていたことがわかって」
アミラは、今のレダスの言葉を脳内で四回ほど反芻し、
「え~~~~~~~~~~~っ!?」
素っ頓狂な声を上げた。
「そそそそれってつまり、レダス様もわたくしのことが好きだったってことですの!?」
レダスが、先程よりもさらにちょっとだけ頬を赤くしながら首肯を返す。
「縁談を断り続けていたのも、わたくしのことが好きだったからですの!?」
根掘り葉掘り訊き始めたせいか、レダスはいよいよ顔を赤くしながら首肯を返した。
「自分で言うのも何ですけど、わたくしなんかのどこを好きになったのですの!?」
「王城で、あなたが私のハンカチを拾ってくれた時のことは憶えているか?」
「そりゃもうばっちり憶えてますわよ」
「あの時あなたは、私の手芸趣味を聞いても笑わず、あまつさえその出来を褒めてくれた。私にはそれがたまらなく嬉しかったのだ。私の趣味を知った者は、笑うか、似合わないと呆れるか……いずれにしろ、好意的に受け取る者が皆無だったのでな」
好きになったタイミングが自分と同じだった――その事実に感極まるアミラを尻目に、レダスは続ける。
「それからは、あなたのことが気になって気になって仕方なくなってしまったが……デグラード様が、実子の結婚相手は王族以外はあり得ないと常々仰っていたため、あなたと結ばれるなど夢のまた夢だと思っていた。だが……」
ふと、レダスの頬に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「どうしてもあなたへの未練が捨てきれなくて、誰とも縁談をする気が起きなかった。そんな折に、あなたが余命を偽ってまで私と結婚したいと言ってきたのだ。その日は嬉しくて嬉しくて一睡もできなかったことは、今でもはっきりと憶えている」
なにそれ可愛いですわね――と、ときめくアミラをよそに、レダスは言葉をつぐ。
「だから、あなたの嘘には初めから気づいていた。だが……情けない話、嘘を指摘したらあなたとの結婚がなかったことになってしまうのではないかと恐れて……何も言えなかった」
だから、本当にすまなかった!――と、レダスが頭を下げるのを阻止するように、アミラはレダスに抱きつく。
「レダス様は何も悪くありませんわ! だってレダス様……こんなにも……こんなにも、わたくしにとって嬉しいことを言ってくださってるんですもの!」
その言葉に、レダスは頭を下げようとしていた体の力を緩め、どこか嬉しそうな声音で呟く。
「そうか……そうなのか」
そして、ゆっくりとアミラの背中に手を回し、抱き締めた。
「こんな情けない夫だが……これからも一緒にいてくれるか?」
「むしろわたくしの方が聞きたいですわ。こんな、ろくでもない嘘をつくような女ですけど……これからも一緒にいてくれますか?」
二人は体を離すと、顔を見合わせ、笑顔で同じ答えを返した。
「「もちろん」」
その後――
晴れて、本当の意味で夫婦となったアミラとレダスは、急ぎ王城へ向かった。
事の顛末を父親であるデグラードに伝えたいという思いの他に、死相が見えるレダスならば、デグラードが本当に余命幾許もないのかがわかるのではないかという考えもあっての行動だった。
王城に着くや否や、二人は急ぎ国王の私室へ足を踏み入れる。
そこでアミラを待っていたのは、信じられない――いや、信じたくない光景だった。
「ドッキリ成功!!」
そんな文字が書かれた立て札を手に持ち、ニヤニヤ笑いを浮かべている父デグラードと、親友ミーシャが、アミラとレダスを出迎えたのだ。
すぐには事態が飲み込めなかったアミラは、頬を引きつらせながらレダスに訊ねる。
「レダス様……たぶん物凄く無駄だとは思いますけど……聞かせてくださいまし。お父様に……死相は見えますか?」
レダスは言葉で返そうとするも、なんとなく憚れるものを感じたのか、すぐに口を閉じ、かぶりを振ることで死相の死の字も見えなかったことをアミラに伝える。
次の瞬間、
「どういうことか説明しろぉおぉおおぉおぉおぉぉぉぉおおっ!!」
なんだったらデグラードを絞め殺しかねない勢いで取り乱したアミラが落ち着くのを待ってから、ドッキリを仕掛けた経緯についてミーシャが語った。
今より半月ほど前、余命一年の嘘に気づいていたデグラードは、アミラの親友であるミーシャにそのことについて問い詰めた。
下手にバラすと天才医師としての信用にも関わることなので黙っていたミーシャだったが、デグラードが、本当のことを話した見返りにワインのグレートヴィンテージコレクションの中から好きな物をプレゼントすると言ってきて、喜々全てを話した。
そして、話を聞き終えたデグラードは、アミラに嘘を認めさせるために一芝居打つことに決め、ミーシャもそれに協力したのであった。
「っていうわけ」
最大の当事者と言っても過言ではない立ち位置にいるくせに、他人事のように話す親友に、アミラは頬を引きつらせる。
「……まあ、嘘をついていたのはわたくしですし、お父様に対してとやかく資格がないことくらいは、まあ、わかってますわ。それはそれとして……」
アミラは、ますます頬を引きつらせながらミーシャを睨みつける。
「あなたルビで誤魔化しきれないくらい喜々として手伝ってるじゃないっ!! こんの裏切り者ぉおぉおおぉぉおおぉおぉおぉっ!!」
そんなアミラの魂の叫びはさておき。
アミラはその後、余命について嘘をついていたことを関係各位に打ち明け、謝罪した。
その際に返ってきた言葉は、
「知ってた」
「知っておりました」
「知らいでか」
「知らない方がどうかしてる」
「知ってたけど面白そうだから放置した」
「何なんですの!? この国はこんなのばっかですの!?」
「そりゃ、あんたみたいなのがお姫様やってる国だからね」
HAPPYEND(カナー?