王子の花嫁は愛によって選ばれる
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安心安全お約束のラブストーリー。
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「お祝いだお祝いだ!」
「祝祭だ! 祝福の日だ!」
軒先や二階のバルコニー。街のあちらこちらに飾られているのは金のリボン。
この国の王都でもあり、丘の上には尖塔煌めく王城がそびえる城下町は、今祝福の声に包まれていた。
今日はこの国の次代の王となることが定められている王太子の誕生日であった。
街の民たちは朝から祝い事にかこつけて、飲めや歌えやのお祭り騒ぎ。
例え人々の隙間を縫うように、真っ白な毛並みの珍しい金の瞳を持つ猫がすり抜けていったとしても、誰も注意を払うことはなかった。
せいぜい猫が足元をすり抜けた際、自慢のカギしっぽが触れてしまった人が足元を覗き込むくらいで。
そんな王都中が祝福の空気に包まれた中、憂鬱そうにため息を吐く一人の男の姿があった。
「……なんで、王族に生まれたからと言って、結婚相手まで好きに選べないんだい?」
「それが王族というものでは?」
晴天を写したような青い髪の男がいかにも憂鬱そうにそう告げるも、隣で書類を捌いていた金髪の男の無表情はピクリともしなかった。
遠慮なく言い切られた青髪の男は、髪色と同じくらい青く美しい目をしょんぼりと眇めた。
「生涯を共にする相手くらい自分で選びたいじゃないか。
だいたい気に食わない相手だったら、できるものもできないかも知れないじゃないか」
いつになく食い下がる男に、書類を持っていた男がモノクルの位置を直しながら、青髪の男に向き直った。
「……いつになく絡みますね、殿下。
そんなに王家の守護聖霊が選ぶ花嫁が嫌なんですか?」
今代の陛下も、守護聖霊がお選びになった王妃様と仲睦まじく過ごされてるじゃないですか。とモノクルの男が告げると、殿下と呼ばれた彼は気まずげに口を歪めた。
青髪の彼こそが、今日成人と看做される十八を迎えたこの国の第一王子、シルビオ・エルネスト・ソシアスであった。
「そうは言ってもだな……。気の合わない相手がだな……万が一ってこともあるだろう?」
「……あぁ、ウチの愚妹とかですか?」
「っ!? フランシスカはっ!!」
ガタリと椅子を蹴立てて立ち上がるシルビオに、シルビオの側近でありサルディバル公爵家子息でもあるテオドゥロはモノクルごしに冷たい一瞥を投げかけた。
「なんです? あぁ、ご安心を。フランを二度と殿下の御前に出すようなことはありませんよ」
「っ!! テオドゥロッ!! お前っ!!」
「なんですか? あの子の左右で色が違う瞳が嫌だと言ったのは貴方でしょう?」
「っ!? そ、それはっ!!」
テオドゥロの冷え切った言葉に、シルビオは顔色を失くす。
それは愚かな自分の振る舞いが招いた、苦い記憶であった。
テオドゥロは側近候補として、フランシスカはシルビオの花嫁候補として、幼き頃から交流を持っていた。
王家の守護聖霊が花嫁を決めると言っても、そこは国の繁栄を考える守護聖霊だけあって、全く無関係な娘を選ぶことは滅多になく。
何人かの令嬢が候補として挙げられ、その中から守護聖霊によって選ばれると言うのがここ何代か続いていた。
そんな事からこの国でも有力な公爵家で、年周りも近いフランシスカが候補になることは当然の帰結であった。
更にはフランシスカの目が左右で色の異なるオッドアイであったことも、それを後押ししていた。
この国の守護聖霊は晴れた空のような青い毛並みと、金と青の目を持つ猫の姿をしているとされており、それと同じオッドアイを持つフランシスカは、守護聖霊の愛し子とも看做されていたのだ。
そんな中でも王太子とフランシスカ、二人の仲は良好で、誰もが守護聖霊はフランシスカを選ぶだろうと思われていた。
そんな矢先……。
「フランの目がオッドアイでなければ良かったのに……」
フランシスカが選ばれるのは確実と目されながらも、もしやのチャンスを狙って催された他の婚約者候補である令嬢との茶会で。
ぽとりと落とされた王太子の言葉は、水面に一滴落とされた水滴が波紋を広げるように、周囲に染み渡って行くのにそう時間は掛からなかった。
『王太子はフランシスカ嬢の目を厭っている』
『王太子はフランシスカ嬢との婚姻を望んでいない』
『フランシスカ嬢はそのオッドアイを利用して無理矢理に王太子妃の座に収まろうとした』
二人の仲を、サルディバル公爵家の存在を快く思っていなかった者たちによって、悪意ある形に姿を変えばら撒かれたソレは、フランシスカを王城から遠ざけるには十分なものであった。
なんとか誤解を解こうと王太子は足掻いたが、不用意な発言をしてしまったのもまた事実であり、サルディバル公爵の怒りを買うのも尤もで。
むしろテオドゥロが側近として残ってくれたことだけでも、サルディバル公爵の温情だと思えと父王からも呆れたように告げられているほどだった。
それでもまだシルビオの心はフランシスカにあると言うのは、シルビオに近しい者たちの間で周知の事実ではあった。
「とりあえず、フランシスカはもう婚約者候補ではありませんので、守護聖霊様のお選びになった方とどうぞお幸せに……」
突き放したように告げられるテオドゥロの言葉にシルビオは歯噛みする。
「だからっ! あれはっ!! 皆があの目があるからフランシスカを選んだと思っているからっ!!
私は! あの目が無くともフランシスカを選んでいたと言いたかっただけでっ!!」
「だとしても言いようってものがあるでしょう。
王族として、自らの発言には気をつけるよう教えられてきたでしょうに……」
モノクルをクイっと上げながらそう告げるテオドゥロを悔しそうに見つめるシルビオであったが、その視界の片隅に映ったものに意識を奪われた。
「? どうしましたか?」
雰囲気の変わったシルビオに、テオドゥロが訝しげに声をかける。
「……だったら……、守護聖霊がフランシスカを選べばいいのか……。
そうしたらもう……」
「? 殿下? 何を……?」
ガタリと立ち上がったシルビオが窓に手をかける。
窓の外には、ダークブルーの毛並みと青空のような透き通った瞳の一匹の猫がいた。
うにゃんと一声鳴いて、猫が窓から飛び降り駆け出す。
「っ!? 殿下っ!? どちらにっ!?」
猫に誘われるようシルビオが窓枠を越える。
慌てたテオドゥロが窓から外を覗いた時には、既にシルビオは猫を追いかけて走り出していた。
「守護聖霊が選んだ花嫁を連れてくるっ!」
そう叫んでから、王子らしからぬ瞬足で庭を横切り、塀の方へ掛けていくシルビオの姿に、テオドゥロはため息を一つ吐いて見送るのであった。
はっはっと短い息を吐きながら、それでも足を止めることなくダークブルーのカギしっぽを追いかける。
その先に待つ……花嫁に一刻も早く会いたいが為に。
祝祭で盛り上がる街を駆け抜け、たどり着いたのは王都を見渡せる丘の上だった。
なぁーん。
ダークブルーの猫がシルビオを振り返り一声鳴いた。
が、シルビオはすでに視線の先にいる人影を食い入るように見つめていた。
ざわりと丘の上を風が駆け抜け、しゃがみ込んでいた人影の背を撫でて行く。
その拍子に、さっきまで一緒に仕事をしていたテオドゥロと同じ色の美しい金髪がふわりと広がった。
「っ!! フランッ!!」
しゃがみ込んで白い猫を撫でていた人物に、シルビオは思わずと声を上げる。
その声にピクリと背を振るわせ、振り返った女性の瞳は、青と金の見事なオッドアイであった。
「フランっ! 頼むっ! 逃げないでくれっ!」
声をかけてきた男の正体に気づいた女性が、白猫を抱えて立ち去ろうとする中、シルビオは必死になって引き止める。
「待ってくれフラン……」
お願いだから……と希うその声に、フランシスカは縫い止められたようにその場から動けなくなっていた。
佇むフランシスカの元へシルビオは足早に近づく。
その気配にギュッと体を硬直させ、ますます白猫を抱きしめるフランシスカの姿に、シルビオは罪悪感を覚えた。
なぁーん。
そんなシルビオを叱咤するように、足元にいたダークブルーの猫が鳴く。
その声に、フランシスカがダークブルーの猫の存在に気づいた。
「……あっ」
フランシスカの腕から白猫が飛び出し、ダークブルーの猫に甘えるように擦り寄った。
その仲睦まじい様子に、フランシスカはほっと息を吐いた。
「……フラン」
「っ!?」
シルビオの声にピクリと肩を振るわせ俯くフランシスカの様子に、シルビオははくりと息を吐いた。
「……なぁ、フラン?
フランは……、聖霊と同じ瞳じゃなくても俺のことを……選んでくれたのか?」
「……え?」
「だから……『聖霊の瞳だから』とか、『聖霊の愛子だから』とか、そんな理由がなくても、それこそ俺が王太子じゃなくても……俺のこと好きになってくれたか?」
それはずっとずっとシルビオの中で燻っていた想いだった。
大好きなフランシスカが自分を好きだと言ってくれるのは、フランシスカが聖霊の瞳を持つことで、王族の花嫁となる定められた運命に逆らえないからではないかと。
もし、フランシスカが聖霊の愛子でなければ、自分以外の誰かを選んでいたのではないかと。
ずっとずっとそれが蟠りとなってシルビオの心を蝕んでいた。
……他の候補者がいる席で、フランシスカが聖霊の瞳を持っていなくとも自分を選んでくれたのか問うてしまうほどに。
それが他の候補者によって歪曲され、フランシスカを傷つけ、フランシスカと引き離されてしまうまでになるとわかっていても……。
聖霊が花嫁を選ぶと言われている自らの誕生日が近づくにつれて、追い詰められた若者の感情の発露は止めることができなかったのだ。
「っ!? ……それはっ! あなただって……っ!! シルビオ様だって同じことでしょう?!」
思わずと感情を見出し大声を出すフランシスカを、シルビオは驚いたように見つめた。
「シルビオ様だって! わたくしが聖霊様と同じ瞳を持つからっ! 本当は他のご令嬢が良かったと思われていたから! あの場であんなことを仰ったんじゃないの!?」
ぶわりと青と金の瞳に涙が滲む。
それはあっという間に水量を増し、きめ細やかな肌を滑り落ちて行く。
「ち、違うっ!! 俺はっ! 例えフランが聖霊の瞳を持っていなかったとしても、君が好きだっ! 好きなんだっ!!
優しくて、努力家で、でも凛とした強さも持ってて、動物にも優しい君が大好きなんだ!」
心の箍が決壊したかのように、好きだと言い続けるシルビオを、フランシスカが驚きを込めて見やる。
「だから……お願いだ……。聖霊に選ばれてくれ……」
血を吐くようなシルビオの言葉にフランシスカははっと息を呑む。
「そ、それは……聖霊様のお心は……聖霊様がお決めになるものだから……」
「それは違う」
「え?」
フランシスカの言葉を遮るようにシルビオが口を挟んだ。
「確かに我が国の王族の花嫁は守護聖霊様がお決めになると言われているが……。
そもそも王族に意中の相手がいる場合は、その相手を聖霊様が選んだようにして、後押ししているだけなんだ。
相手によっぽどのことがない限り、聖霊様も王族の意思を尊重してくれるからね」
「そ、そうなの?」
何やら王族の伝統の裏側を知ってしまったようで、フランシスカはそわそわした。
そんなフランシスカの様子をお構いなしに、シルビオは言葉を続ける。
「ねぇだからお願いだ……俺の花嫁になってくれ!」
シルビオの勢いに呑まれて、思わずフランシスカは頷いてしまう。
いや、それは言い訳だ。だって、あんなことを言われても、この恋を諦められなかったのはフランシスカも一緒だったから。
「え? いいの!? いいんだね! よしフラン! 聖霊様に報告しに行こう!」
「えぇ、いい……わっ!? ちょっと! シル!? きゃあ!」
興奮したシルビオに抱きかかえられ、振り落とされないよう必死にしがみつくフランシスカ。
きゃあきゃあと悲鳴を上げながらもどこか楽し気なフランシスカと、腕の中に大事な宝物を収めて満面の笑みを浮かべるシルビオの背中を、二匹の猫たちが寄り添って見守っていた。
やがて、この国の次代を担う若い男女の姿が見えなくなった頃。
二匹の猫は融け合うように重なり始め、ついには青空を切り取ったかのような毛色と青と金のオッドアイを持った一匹の猫になっていた。
猫は若者たちが走り去った方向を眺め、満足げになぁんと鳴いたのだった。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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なんだかんだとハッピーエンドっぽいですが、これからきっとフランのご両親とお兄様が高い壁となって立ち塞がることでしょう。
がんばれシルビオ!
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!