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第7話 夜明けの炎華、絆の誓い

 ヴィオレットが放った「極大氷葬・絶対結界」は、凄まじい冷気の奔流となってグスタフの張った邪悪な魔法障壁に激突した。バチバチと空間が歪むような音を立てて障壁に亀裂が走り、グスタフが掲げる黒い水晶の禍々しい輝きが一瞬揺らぐ。しかし、その代償は大きく、ヴィオレットは強烈な魔力枯渇感に襲われ、思わず膝をつきそうになるのを必死に堪えた。

「まだよ…エリナを…あんな下劣な者たちに、渡してたまるものですか!」

 彼女は歯を食いしばり、凍えるような魔力を再びその細身に滾らせ、蒼白な顔を上げた。その瞳は、決して諦めないという不屈の光を宿していた。


 その姉の悲痛なまでの叫びと、自分を守ろうとする強大な魔力の奔流を、エリナは闇に沈みかけた意識の底で確かに感じ取っていた。「お姉さまが…私のために…戦ってくれている…!」

 胸に抱いていた「太陽の絵」の温もり。いつか姉がくれた、氷の結晶のペンダントが放つ清らかな光。そして、一緒に炎の蓮華を咲かせようと約束した、優しい姉の笑顔。それらがエリナの中で一つになり、か細いながらも強靭な意志の光となって、彼女を内側から照らし始めた。

(お姉さまを助けたい! こんな力に、負けたくない!)

 エリナは心の底から叫んだ。その瞬間、彼女の内に秘められた、そして無理やり暴走させられようとしていた膨大な生命魔力が、奔流の向きを変えた。それは破壊の力ではなく、守護の力へ。エリナの体が温かい光に包まれ、まるで彼女自身が小さな太陽になったかのように輝き始めた。そして、その光は、儀式の祭壇となっていた温室の中央、ヴィオレットが希望を託して植えた一株の「炎の蓮華」の蕾へと、奇跡のように注ぎ込まれていった。

 蕾が、ゆっくりと、しかし力強く膨らみ始める。同時に、エリナの周囲に形成された優しい光のバリアが、グスタフたちの邪悪な魔力を押し返し始めたのだ。


「馬鹿な! ありえん! 制御不能のはずの力が…自らの意志で…!?」

 エリナの予期せぬ変化に、グスタフと配下の魔術師たちが動揺の色を隠せない。ヴィオレットはその一瞬の隙を見逃さなかった。

「今よ、アルフォンス!」

 残る力を振り絞り、ヴィオレットは氷の槍を連続して放ち、グスタフの側近魔術師たちの動きを封じる。アルフォンス率いる騎士たちも、その機を逃さず果敢に切り込み、数に勝る敵を次々と無力化していく。アルフォンス自身は、怒りに燃える雄叫びと共に、首魁たるグスタフへと猛然と斬りかかった。


 追い詰められたグスタフは、それでもなおエリナの魔力を利用しようと、砕け散りかけた黒い水晶を再び掲げた。だが、ヴィオレットはエリナの放つ守護の光に包まれながら、最後の力を込めた一撃――氷の細剣から放たれる純白の閃光――を、寸分の狂いもなく黒い水晶へと叩き込んだ。

 パリンッ!という甲高い音と共に、邪悪な力の源だった黒い水晶は木っ端微塵に砕け散った。それと同時に、温室全体を覆っていた禍々しい魔法陣の光が急速に失われ、エリナを縛り付けていた魔力の枷が霧散する。

「おのれ、小娘どもがああああ!」

 グスタフは断末魔のような叫びを上げ、最後の力を振り絞ってエリナに襲いかかろうとした。だが、その瞬間、エリナの瞳がカッと見開かれ、彼女から放たれた温かくも強大な生命力の波動――それはまるで、無数の花々が一斉に咲き誇るような優しくも圧倒的な力――が、グスタフを吹き飛ばした。力なく床に叩きつけられた彼を、アルフォンスの剣が容赦なく押さえつけた。

「ロザリア様…必ずや、この屈辱を…晴らして…」

 グスタフは呪いの言葉を吐きながら、ついに意識を失った。


 戦いは終わった。ヴィオレットはふらつく足でエリナのもとへ駆け寄り、その小さな体を力の限り抱きしめた。エリナもまた、姉の温かい胸の中で、堰を切ったように泣きじゃくった。

「お姉さま…ありがとう…ごめんなさい…私が、私の力が…」

「いいのよ、エリナ。あなたは何も悪くない。よく頑張ったわね…本当に、よく…」ヴィオレットの声もまた、涙で震えていた。「もう大丈夫。もう二度と、あなたを一人にはしないと誓うわ」


 その時、崩壊しかけた温室の天井の隙間から、夜明けの最初の光が、一条の帯となって差し込んできた。その神々しい光は、姉妹が抱き合う姿と、そして温室の中央で、まるで奇跡を祝福するかのように凛として咲き誇る一輪の真紅の「炎の蓮華」を、ドラマティックに照らし出した。エリナの生命力と姉妹の絆が、絶望の淵で不可能を可能にしたのだ。


 騎士たちが残党を掃討し、グスタフとその一味は厳重に拘束された。朝日が昇りきる頃には、アールディーン城は嵐の後の静けさを取り戻しつつあった。

 ヴィオレットとエリナは、手を繋ぎ、美しくも痛々しい姿となった温室の中で、咲き誇る炎の蓮華をじっと見つめていた。エリナの魔力はまだ不安定な気配を残してはいたが、以前のような邪悪な暴走の兆候はなく、むしろ周囲の植物に生命力を与えるような、温かく優しい波動へと変わり始めていた。

「お姉さま、この花…」

「ええ、炎の蓮華よ。私たちが一緒に咲かせた、希望の花」

 ヴィオレットは微笑んだ。アールディーン領の未来、エリナの力の完全な制御、そして何よりも、ロザリアとその背後にいるであろう真の敵との戦いは、まだ始まったばかりだ。だが、今はただ、妹と共に掴み取ったこの小さな、しかし何よりも尊い希望を胸に抱きしめていたかった。


「ここからが、私たちの本当の始まりよ、エリナ」

 ヴィオレットの言葉に、エリナは力強く頷いた。その瞳には、もう怯えの色はなく、確かな光が宿っていた。二人の侯爵令嬢は、夜明けの光の中で、固い絆で結ばれた手と手を見つめながら、新たな未来へと歩み出す決意を新たにするのだった。

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