第79話 二ノ瀬逢華
児童養護施設のベッドを借りて、二ノ瀬逢華と七宮和樹は松野の回復を待っていました。
施設長を幼いながらに務めている10歳未満の鈴木エリスは海軍のような敬礼をして部屋に入ってきます。
「金本がお医者さんをつれてきました!」
エリスに続いて入ってきたのは筋肉質で短髪の金本と町の医者。
「エリス施設長が随分と慌てていたので、何事かと思いましたが……松野刑事ですか。工場の火事に巻き込まれたとお聞きしました。先生に診てもらいましょう」
「病院は人員不足で閉鎖して充分な医療行為はできません、意識不明という場合は生存率が低いと思ってください」
「そんな……松野刑事」
和樹は深刻そうな表情を浮かべています。
不安を煽るような事を言う医者の隣には飛行型の小さなロボットがいました。
浮遊しており、松野の体を観察するように動いています。
「その間に二ノ瀬さん、お子さん達とお話でもどうぞ、会いたがっていますよ」
金本の勧めで逢華は通路へ。
扉の外には幼い少年少女達が逢華を待っていました。
口角だけが少し上がっている百合は、赤ん坊の唯を抱えて逢華の前に立ちます。
「唯、大人しい子です。ママが抱っこしてあげて」
「百合ちゃん……いつもありがとう」
百合の髪を撫でて、我が子を抱えた逢華は安心して眠っている唯の寝顔を覗きました。
「ママ、お乳、お乳」
突然逢華の足元で大輔が言うので、思考が止まってしまいます。
「え、あ、母乳のこと? あー栄養不足だし睡眠もろくにできてないから、医者に母乳出にくいかもって言われてたっけ」
未だに授乳をしたことがない逢華は今頃ですが医者に言われた事を思い出します。
「ごはん食べてないの?」
「ちゃんと寝なきゃダメ」
百合と大輔に注意され、逢華は苦笑い。
「お乳を飲んでいるところ見たい」
百合の後ろに隠れていた左袖を垂らすエナがぼそりと呟き、逢華は困惑してしまいます。
「えぇ、うーん」
廊下で話しをしていると、エリスと金本が医者と一緒に部屋から出てきました。
「金本さん、鈴木施設長、とりあえず様子観察でお願いします。あと、鈴木駿介君はここの関係者ですよね?」
この場にいない人物について医者は訊ねます。
「えぇ、管理者として在籍してもらっています」
「鈴木君の意識が回復しまして、傷ももうすぐ完治すると思います。閉鎖した病院に患者がいるのは色々とまずいので、引き取ってもらってもいいですか? 今車にいるのですが……」
傷、意識、思わぬ事態にエリスは言葉を詰まらし、俯いてしまいます。
「分かりました、何があったかは本人に訊いてみます」
代わりに金本が承諾し、医者は安心したのでしょう胸を撫で下ろして往診用の車へ。
その間に逢華は百合達と共にリビングへ。
「大輔君ってさ、いつの間に七宮君のことをパパなんて呼ぶ様になったの?」
素朴な疑問に百合は目を丸くさせていました。
「な、なんでだろう……大輔、刑事さんをパパって呼んじゃダメ」
「なーんで? かずきさんはパパでしょ。いつも会いに来てくれるもん」
「しーっ」
思わずエナは右の人差し指を口元へ。
「はぁ? 七宮君がなんでわざわざ」
初めて聞いた事実に驚きと更なる疑問を浮かべる逢華は百合に訊ねます。
「刑事さんはママと同じように心配してくれて、お勉強まで見てくれる。きっとパパってこんな感じなのかなって……思ったの。私達には本当のパパとママはいない、普通だって思ってた事が全部ママと刑事さんに会ってから変わった。でも、刑事さんはママにはひみつって言っていたの」
俯きながら恐る恐る話す百合の姿に逢華は優しく微笑みます。
「そっかそっか、別に悪いことじゃないし、隠すこともないけどね。七宮君がパパってなんとなく想像つくけど、私とってなると変な感じ」
いまいち納得できない構図に逢華は眉を顰めました。
「ママはけっこんしないの?」
「えぇまさか、有り得ないって」
逢華は苦笑いを浮かべてしまいます。
「二ノ瀬さーん。松野刑事の意識が戻ったよ!」
遠くから聞こえる和樹の喜々とした声に立ち上がった逢華は、抱えていた唯を百合へ。
「噂をすれば……ちょっと行ってくるね」
逢華は松野が休んでいる部屋に向かうと、和樹が安心した表情で待っていました。
呆れた逢華は、
「はいはい、パパさん。顔に色々出てて、うるさい感じ」
「パっ!?」
赤面する和樹の反応を面白がります。
「おう……和樹坊ちゃん、二ノ瀬、心配かけたな」
部屋に入れば松野がベッドに腰掛け、隣にはエリスも。
「無事で良かったです。すみませんでした、僕の我が儘に巻き込んでしまって」
「いいよ、気にすんな。それより、不審者はどうなった?」
「崩れ落ちた屋根に潰されて死んだってさ」
結果に松野は軽く息をつきます。
「まぁ事故死だな。丑の町警察署も火事だけで片付けるだろう……さ、ちょっと休んだら本部に戻ろうぜ」
早く帰ろうとする松野に、エリスは首を横に振りました。
「おいしゃさんが、安静だと言っていました。あと一日か半日、ようすを見ましょう!」
「さっきからお嬢ちゃんが言うんだ」
エリスを優しく見つめる松野の姿に、逢華は口角を下げて、
『鈴木エリス、8歳女性。詳しい情報はありません』
役に立たない脳内情報に溜息をつきます。
「そういや誰か来るんだっけ?」
「はい、鈴木さんもケガをしているので、ここでようすを見ます」
エリスの声から出た鈴木という名前に松野は目を大きく開けて立ち上がりました。
「鈴木、鈴木ってレヴェルの奴か? あいつがいるのか!?」
松野は表情を曇らせ、突然部屋から飛び出したのです。
追いかける逢華と和樹の耳に、
「てめぇ、鈴木の息子か!!」
松野の怒鳴る声が聞こえてきました。
玄関の前で松野と鈴木駿介が向かい合う状態。
「俺の娘と愛人契約をしたんだろう!」
「松野さん、どうしてここにいる? 今更何しに」
脇腹を手で押さえている駿介は目の前にいる松野に驚いていました。
「娘との仲を引き裂いて、家庭を壊しやがったお前とお前の父親を許すわけにはいかねぇ。ぶっ殺す!!」
腰から警察指定の自動拳銃を抜いた松野は安全装置を外し、構えると躊躇なく駿介に発砲。
鼓膜が壊れそうなほどの銃声に子供達は耳を押さえて、逢華と和樹は興奮する松野を止めようとしますが、駿介の腹部に直撃してしまいます。
「全部、親父と松野さん、あんたのせいでしょうがぁ……は」
駿介は出血する腹部を手で押さえながら内ポケットから取り出した自動拳銃を片手で構え、松野に銃口を向けます。
「お兄ちゃん!!」
血相を変えたエリスが、駿介のもとへと走っていくのを視界に映した松野はあ然。
「お、お兄ちゃんだとぉ? いつからお前が兄になったぁ!!」
エリスが辿り着く前に、松野はもう1発を駿介に放ちました。
駿介の手から自動拳銃が落ちる前に銃弾が放たれ、松野の胸へと着弾し皮膚を抉り内側へ。
血液を飛び散らし、駿介は目を半開きにさせて仰向けになって倒れます。
松野も唸りながら和樹に背中を預けて倒れてしまいます。
「はぁ……え、エリス」
何も喋らない駿介に言葉を失っているエリスに松野は声をかけました。
口から零れる血も気にせず、痛みを堪えて松野は、
「洋国に、行け、お前の母さんとおばあちゃんだ……じいちゃん、死んだってぇさ……このクズもなぁ」
自ら這って動き、呆然とするエリスを抱き締めたのです。
「大事な孫を、一目でも見れて、よか、た」
血を零しながら、松野は項垂れるように床へと倒れていきました。
「松野刑事!」
異変に気付いた往診の医者は急いで止血を施しますが、2人の意識が戻ることはありませんでした。




