第75話 二ノ瀬逢華
『上條一矢、34歳男性。元ヤナギグループの専属整備士でしたが強姦の罪で服役中です』
それ以上の情報は出してくれません。
自身の脳にそもそも期待していない二ノ瀬逢華は、囚人と会話ができる面会室で待っていました。
「入れ」
警察官の合図と共に、小さな穴が無数に空いている防弾ガラスの向こう側から手錠をした男が現れます。
想像以上に長身で作業着を着た男でした。
監視をする警察官は誰も入ってきません。
扉が閉められた途端、男は軽々と手錠を引き千切り、ガラス越しに逢華と対面。
「上條一矢、女性を1人レイプした罪で帝都警察本部の刑務所にいる」
静かな低音で名乗った一矢は部屋の中央で逢華の問いを待っています。
「荒川先生について知りたいの、あの人は一体何の為に私の彼氏を殺したのか、どうして仲間を殺しているのか、些細な事でもいいから教えて」
逢華は単刀直入に尋ねました。
一瞬だけですが一矢は瞳孔を拡げてしまいます。
「荒川と仕事をしたのは今回が初めてだった。荒川に始末される前に七宮総司令官が俺を匿い、強姦罪として俺を服役させている。佐々木庸介を殺したのは……間違いなく俺と荒川だ」
淡々と説明をする一矢に、逢華は言葉よりも先に防弾ガラスを強く握りしめた右手で叩きます。
振動するガラスに右手を密着させて、逢華は力なく俯いていました。
たったそれだけの行為から伝わる逢華の感情を受け止めながら、一矢は続けます。
「佐々木庸介は人間じゃない、荒川の遺伝子から作り出された生贄のクローンだ。荒川は恐らく君と対峙しても真相は永遠に言わないだろうから俺が代わりに答えよう、愛菜を自殺に追い込んだ奴らを始末する為に君をサーガ被験者にさせ、佐々木庸介を引き金に覚醒させようと計画していた」
逢華は両膝を地面に着けて座り込み、顔を上げることができません。
「想定外だったのは君と佐々木庸介が付き合い、妊娠してしまったこと。新人類のサーガが排除すべきクローンの子を妊娠するなど有り得ない話だった。ヤナギに話が漏れてしまえば、厄介なことになると思った荒川は用済みになった佐々木庸介を条件付きで俺に始末させ、痺れを切らした荒川は君の祖父である二ノ瀬上級幹部を毒殺し、愛菜の死に関わった奴らを消していった」
「庸介を殺す必要なんかどこにもないじゃん! 最初から全部言ってくれれば……私は、私は言う通りにしてた」
唇から出血するほど噛み締めて、逢華は目を滲ませてしまいます。
後悔や憎しみをどこに置けばいいのか分からず、荒川の冷めた目つきが今も脳に浮かび上がります。
一矢は防弾ガラス越しから逢華の手と重ね合わせるように屈む。
ガラスが無ければ、一矢の大きな手は逢華の手を包み込むことができます。
「愛菜にそっくりだ、輪郭も手も髪質も。俺の汚れた手は君に触れることができない。俺の愛しい娘だ、君は」




