第31話 二ノ瀬逢華
二ノ瀬逢華は帝国高等学園の景観を外から眺めていました。
「なんか、半年ぶりに外から見たかも」
まだ1年生で在籍していた期間は短く、見送る神山雄一に呟きます。
「ま、短い学園生活だったな、自ら起こした殺人罪と不純異性交遊、しっかり反省してちゃんと働けよ。あとは仲間が車で送ってくれるから虎の町に着いたら幸福の館っていう孤児院を探して、そこで俺の名前を言えばいい。それとこれ」
雄一の手には銀色の小さなアタッシュケースが。
「あーそもそも銃なんているの? 違法とはいえ一応働くし、情報収集するのにも武器なんてあったら怪しまれるし」
怪訝な表情を浮かべる逢華に、雄一は鼻で笑います。
「ばーか、前の拳銃とは違う。グリップ部分にサーガの脳波に反応するチップを内蔵し、サーガ以外は撃てない仕様でさらに護身用のポケットサイズだ。そして、新しい許可証」
アタッシュケースを開錠してみれば、分厚いスポンジに包まれた掌に収まる小さな拳銃と予備の弾倉、それと一緒に許可証が入っていました。
「ちっさ」
見たままの感想を漏らす逢華。
「そりゃな、サイズの加減で弾頭や火薬が小さい分威力は低いけどあくまでも護身用だ。クローン撲滅も大事だけど、お前の場合色々心配なんだよな……一般人にも手を加えそうで」
心配する雄一を無視して逢華はアタッシュケースから小型自動拳銃一式を取り出してメッセンジャーバックに入れました。
「ねぇ、ちょっと訊いていい?」
「ああ手短にな」
「昨日のあれ、誰? 研究所にいた男子、急に頭がエラー発生とか言って気を失ったからいまいち覚えていないけど、何者?」
曖昧に映る男子生徒について、よく知っている雄一は軽く頷きます。
「2年生の竹原修斗君、だ」
「竹原って、裏入学者の1人だっけ……なんであそこに?」
「あいつもお前と一緒、それだけ。ほら、車が待ってるから早く行け。何か分かったら休みでも取って丑の町にある児童施設の院長に直接伝えといて」
手をひらひらと振って帝国学園内へ戻っていく雄一を黙って見送る逢華は溜息をついて道路の端っこで待機している自動車に乗り込みました。
中心の帝都から真横にある虎の町へは車で1時間ほど。
人通りは少なく2足歩行型の機械ばかりが警戒している帝都から長いトンネルを抜ければ景色は変わり、寂れた街並みに目がいきます。
自動車は入り口で停車し、運転手は簡単な地図を渡してきました。
「ここから歩いてくれ、これ以上は危険だから行けないんだ」
「ふーん、あっそ」
最初から期待などしてない、逢華は地図を手に自動車から降りて見送ることなく活気のない飲食街を眺めます。
手書きの地図はあまりにも手抜きで逢華はどの道を曲がればいいのか分かりません。
しばらく立ち尽くしていると、
「もしかして迷子?」
幼い少年の声が逢華へ。
横を向くと年下の少年が笑顔のない冷めた表情で逢華を見上げていました。
少年の胸で眠っている幼児も。
「迷子……っていうか初めて来たの、地図も意味ないし」
「どこ行くの? 案内するよ」
逢華は少年の顔をじっと睨み、脳に意識を集めます。
『苗字名前不明、情報がありません。危険率40パーセント、注意してください』
脳から響く女性の機械音声の情報に眉をしかめる逢華。
「名前なんだっけ、えっと、とりあえず孤児院ってどこ?」
「じゃあこっち来て」
少年は狭い路地へと入っていき、逢華はあとをついていきました。
建物間を通る度に上から複数の視線を浴びますが、逢華は触れることなく少年の背中を追います。
「君名前はなんていうの?」
「タケル」
「その子は弟? いくつ?」
「弟の大輔、1歳」
淡々とした会話はすぐに終わり、逢華はそれ以上訊きません。
何度も右や左に曲がって奥まで進んでいくと、少し広めの路地に到着。
中央には大きな布、隅には上半身だけ裸の男達が座って話をしています。
「お客さん」
タケルの一言で男達の視線は逢華に集まりました。
「これはまた極上な物連れてきたな、おいこれ受け取れ」
小さな袋をタケルに渡すと、背中を押して強引に帰らせた細身の男。
「お嬢さん……ここら辺のガキじゃ満足できないんだよねぇ。はぁーいい女の香りがする」
男達が息を獣のように荒くさせて逢華を囲みます。
逃げ場のない状況。
「最悪、臭いし気持ち悪いし、なんなの?」
「その強い口調は俺の大好物。いい感じに気分が高まってくる」
「可愛い顔……」
「いい体っぽい」
逢華の腕や手に触れる男達はブツブツと呟いていました。
「触らないでよ!」
伸びる手を弾くと、男達は一瞬で静かになり、
「優しくしてるのに、なんだその態度はぁ? こっちも我慢の限界なんだよぉ!!」
細身の男が突然叫びます。
強引に逢華を布が敷かれた中央に運びはじめた男達。
「ちょっ、なによ! やめてよ!!」
肩に掛けていたメッセンジャーバッグが落ちてしまいます。
押し倒された逢華は衣服を引っ張られ、男達の汚れた手が少女の柔らかな皮膚をベタベタと触ってきました。
「俺達の子供を産んでよぉ、誰が父親になるかなぁ」
その言葉を聞いた途端、逢華は抵抗する手を止めて突然真顔に。
沈黙を始めた逢華はたった一言、
「最悪」
と呟きました。
1歳の弟大輔を抱えている少年タケルは路地から抜けた広場で小さな袋を揺らしています。
「女を連れてきたのにこの程度のお金かよ……飲み物も買えないし、儲からない仕事。お腹空いた」
広場で幼い子供達が走っている姿を眺めて、タケルは溜息をつきました。
「なんか、変な女だったなぁ。可愛かったけど」
先程会った少女を思い浮かべていると、突然子供達が悲鳴を上げて広場から逃げ出していくのです。
「え、何?」
辺りを見渡すと、広場の中央には赤い液体を垂らす少女の姿が。
「あ、あ……あ」
タケルは絶句。
メッセンジャーバッグをしっかりと握りしめている少女は、先程会った逢華でした。
反対の手には真っ赤な鋭く尖った木の破片を持ち、液体が垂れて真下に水たまりを作っています。
怯えるタケルは眠る大輔と一緒に広場から逃げたいのですが、腰が抜けて動けません。
「あ、やっと見つけた」
逢華に見つかってしまったタケルは顔を引き攣らせて、体を震わします。
「何? なんていう顔してるのよ、さっさと孤児院の場所教えてよ」
顔も衣服も鉄分の臭いを充満させて、それが血だと認識できたタケルは普通に話す逢華の様子に何も言えず、無意識のうちにズボンが染みになっていきました。
「え、な、こんなところで何おしっこ漏らしてんの!?」
「お、お姉さん、こそ、なんでそんな、そんなに」
怯えるタケルに首を傾げた逢華。
「あ、そうだ思い出した。幸福の館っていう名前なんだけど知ってる?」
何度も頷きますがタケルは声が出せません。
とんでもない女と会ってしまった、タケルは涙目でそう思いました。




