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不要な子供達  作者: 空き缶文学
第1章
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第17話 竹原修斗

 隣の部屋は空き室になっていました。

 あれから1週間、竹原修斗は寮から出る度に隣室の扉を何気なしに叩いては、誰もいないことを確認しています。

 童顔な顔立ちをもつ彼の無知な漆黒の瞳は淀んで汚い。

 猫背になった姿勢で校舎を歩いていくと、今度は男子禁制の女子寮を見上げました。

 警備員が1人、女子寮の前で立っています。

 修斗を鋭く睨みつけて警戒をしている様子。

 臆したのか、俯きながら速足で一般教養科棟へと進んでいきました。

 2年の教室には空白の席がありながらも生徒は全員登校しています。

 誰も親しい人物はいません。

 最前列の席に力なく座ると、目の前には掲示板がありました。

 貼り付けられた数枚のポスター。

 そのなかにはピアノ演奏会と表記されたポスターもあり、修斗はそこへ視線を合わせます。

 今日の夕方、放課後に行われる予定でノートの切れ端に場所と時間を書いた修斗は授業を聞くこともなく退屈で何もない時間を過ごしました。

 どれだけ教諭に注意されても耳を貸さない修斗。

 周りの冷めた目でさえ気にもならない。

 ようやく授業が終わればすぐに教室から抜け出して、修斗は演奏会の場所へと走りました。

 大きな体育館、中はきっちりとパイプイスが並べられ、檀上には高価な黒いグランドピアノが置かれています。

 1番乗りだった修斗は背筋を伸ばして辺りを見回すと、見知らぬ人がいるのに気付きました。

 学園指定のブレザーの制服ではなくセーラー服を着た少女。

 長い黒髪を右側で結んで肩に垂らしています。

 檀上のグランドピアノを眺めているようで、修斗は首を傾げました。

「あの、こ、こんにちは」

 ようやく発した言葉が喉に詰まりそうで喉に手を押さえて声を出した修斗。

 誰かがいるのに気付いた少女は振り返り、入り口にいる修斗と目が合いました。

「こんにちは」

 優しさのある笑みと明るい茶色の瞳で返事をしてくれたことに修斗は小さく息を吐きます。

「あの、学園の人じゃないよね?」

「はい、私は帝都第三高校の白雪と申します。今日は演奏を皆様の前でさせて頂ける貴重な機会なのでとても嬉しいです」

 柔らかな言葉と品のある容姿と白い肌。

 両手を胸の前で重ねて嬉しそうに話している姿に修斗は釘付けとなり、淀ませていた瞳は次第に明るくなりはじめました。

「政府関係者って聞いていたから、もっと年配の人が来るのかと思ったよ」

「私のお父さんが政府の下で働いているひとなので、間違ってはいません。もしかして期待外れでしたか?」

 眉を下げて申し訳なさそうに問われ、修斗は力の限り首を横に振ります。

「ううん! なんか逆に嬉しい、同じ年頃の子がこうやって同年代の前でピアノを弾くんだから、凄いよ!!」

 白雪の両手を包み込んだ修斗の両手。

 嬉々として見つめる瞳に白雪を映しこみます。

「え?」

 目を丸くさせている白雪の様子に修斗はその目より下へと視線をおろしました。

 今、自分が掴んでいる彼女の両手に気付き、慌てて手を離します。

「ご、ごめんなさい!」

「いえ、その、すみません」

 体育館の真ん中で照れながらも笑顔を浮かべる2人。

「俺、全然友達とかいないから、あんまり話し上手じゃないんだ、ごめん」

「そんなことないです。えっと、まだお名前を聞いていませんね」

「竹原修斗、修斗でいいよ」

「え、えと修斗さん、私、人付き合いが苦手ですけど、修斗さんなら大丈夫な気がします」

 白雪の微笑みに修斗は困ってしまいます。

 さきほどまでの虚ろな瞳はどこにいってしまったのか、修斗は照れ笑いを惜し気もなく披露していました。

「修斗さん、私のピアノの音をよければ最後まで聴いてくださいね」

 白雪は後ろへと数歩下がると修斗に背を向けて檀上へと走っていきます。

 各学科の生徒や教諭達が体育館へと入ってきたのに気付いた修斗はすぐに最前列の席を確保しました。

 楽譜を確認している真剣な眼差し、涼しげな凛とした表情に変えた白雪。

 修斗はずっと彼女の姿を視界に映しては惚けていました。

 檀上以外の照明全てが真っ暗になったことも忘れ、司会の言葉でさえ耳に入らない修斗。

 全席とはいいませんが、ほとんどの席が埋められています。

 そんななか始まった演奏に皆が口を閉じて聴き入っていました。

 生徒達と年の変わらない少女が緊張も恐怖もなしに奏でている姿に惹かれていきます。

 凛とした表情から時折漏れる楽しげな雰囲気。

 リズムを刻むように体を揺らして指は滑らかに鍵盤をなぞっていく。

 夢中になるものはあっという間に終わってしまいます。

 白雪が立ち上がって観客席に向けて一礼すれば一斉に湧き上がった拍手。

 機械的な物ではない人間同士が共有できるものを感じているのでしょう、修斗は笑みを浮かべていました。

 そして、帰っていく生徒や教諭と簡単に握手と言葉を添えて交流している白雪。

 片付けをする為、追い出された修斗は体育館の外で待っていました。

 ずっと段差に座り込んでは、立ったり、歩いたりと落ち着きがありません。

「修斗さん」

 名前を呼ばれた修斗は慌てて後ろを振り返りました。

 髪とスカートを揺らしながら寄ってきた白雪。

「どうでしたか、私の音は」

「うん……凄く楽しそうで、こっちまで気持ちが入るぐらい、とにかく凄かった」

 修斗は自ら漏らした感想に苦笑。

「ありがとうございます」

 両手を胸の前で重ねて白雪は笑顔を浮かべました。

 今までの憂鬱な気分が吹き飛んだ修斗は久しぶりに人と話せたことに胸を高鳴らせます。

「あの、白雪さん」

「はい?」

「メール交換とか、してもいい?」

 不安なのでしょう、修斗はまっすぐにできず、視線をあちこちに動かしました。

 白雪は言葉を失い、ずっと修斗に視線を向けて瞳を揺らします。

「まだ早くありませんか? 会ったばかりで……その、お互いまだ、何も知りませんし」

 震えたような声に修斗は慌てて、

「だ、だからだよ、今度いつ会えるかわからない。これからメールをしてたくさん知ればいいんだ。だって、友達になりたいから」

 引き留めるように説得しますが、最後の言葉だけは小さく呟きました。

「とも、だち」

 言葉を繰り返した白雪に、修斗は小さく頷きました。

「そう、ですよね」

「いいの? 本当に!?」

 白雪が携帯電話を取り出すと、修斗は慌ててポケットから携帯電話を取り出します。

「アドレスを渡しますので、メールしてくださいね」

 お互いの携帯電話を密着させるだけで、修斗は口を上向きにさせました。

 受信完了という表記とともにお互いが離れ、白雪は笑顔のまま数歩下がります。

「うん、絶対する」

 笑顔止まらぬ2人。

 白雪は手を振りながら校舎へと走っていきました。

 彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振った修斗は未だ治まらない高鳴りに、胸を熱くさせます。

 そんな彼を、修斗を倉庫の壁際にもたれている2人が眺めていました。

 冷めた鋭い目つきをもつ体育教諭の橘恵。

 目を細めている数学教諭の神山雄一。

 2人は煙草を咥えていました。

「これで奈木やお前から離れればいい機会だし、いい進歩だよな」

「だといいが」

「なぁ恵、もし俺があいつに仕事をさせたらどうする?」

 その質問に恵は黙ります。

「二ノ瀬と同じでいずれは覚醒する。どうなってもお前と対立することになるさ」

 咥えていた煙草を恵は何も言わずに携帯型の灰皿へ捨てて、どこかへと歩いていきました。

 残された雄一は煙草を地面に捨てて革靴ですり潰します。

 大きく息を吐いて、体育館の通路で佇む少年へゆっくりと足を進ませました。

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