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不要な子供達  作者: 空き缶文学
第1章
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第13話 竹原修斗

 帝都に存在する政府と深く関係のある帝国高等学園。

 広大な敷地をもつ学園はまるでひとつの街です。

 外部から一切の情報は与えられず、外部との接触も禁じられているのです。

 何が起きても、外に漏れることはありません。

 それが子供達にとって大惨事であっても、です。

 日が暮れて星も満足に光れない学園の夜。

 消灯時間も過ぎて生徒達は眠りについているはずですが、どうやら校則を破っている男子生徒が一人いました。

 無知な漆黒の瞳と誰よりも童顔な少年、竹原修斗。

 男子寮を抜け出して誰かを探しているのですが、目当ての人物はどこにもいません。

「西京さーん」

 何度も呼びかけていますが、返事がないので修斗は首を傾げてしまいます。

「ふひ、ふい」

 一般教養科棟の通路を歩いている途中に不気味な笑い声が響いてきました。

 棟内へ出入りできる扉から姿を現したのは猫背、小太りな男子生徒。

 手には小さな機械を持っていて、嬉しそうに笑っていました。

「誰?」

 顔中が汗まみれで制服も湿っています。

「あいつはもうすぐ終わる、あいつはもうすぐ終わる、あいつはもうすぐ終わる、あいつは」

 虚ろな表情を俯かせて、見た目に反して高いはっきりとした声で呟いていました。

 修斗に気付いていないのでしょうか、そのまま通り過ぎていきます。

「なんだろう」

 体に走る寒気に身を震わしながら修斗は再び歩きだそうとしたところ、またも棟内出入口から誰かが出てきました。

 金色に髪を染めている少年の目は周りを睨んでいるように映ります。

 彼こそ探していた人物でありました。

「西京さん!」

「あ、竹原。なんでここに、もしかして俺を探してたのか?」

 目を丸くさせて驚く西京に修斗は困ったのでしょう、なんとなく顔に笑みを浮かべさせます。

「う、うん」

 なんて言えばいいのか、修斗は手を背中に回して相手の顔を窺いました。

「今日は本当にごめん。わけのわからないことを言って、俺も怖くなってあんなことを、本当にごめん」

 どう返事をすればいいのでしょうか、修斗は彼を前に固まってしまいます。

「許してくれない、よな?」

 その言葉に修斗は慌てて何かを言おうと口を動かしますが、どうしても声が喉を通して出てきません。

「竹原?」

「さ、西京さん!」

 顔を真っ赤にしてようやく声が発せられました。

「俺の方こそ、ごめんなさい!」

 前屈のような姿勢となり、大きな声で謝ります。

 思わず口が開いたまま停止してしまった西京。

「本当にごめんなさい!!」

 さらに大きくなる声が校内に響き渡りました。

「わ、わかったから、静かにしろよ。今何時だと思ってんだよ」

「ご、ごめんなさい」

 修斗は前屈姿勢から直立に戻して再度謝っては辺りを見回します。

「とにかく、寮に戻ろうぜ。先生に見つかったら怒られる」

「うん、でもどうしてここに?」

 素朴な疑問を浮かべて修斗が質問すると、西京は笑顔で返すだけでした。

「さっきはそこから変な人が通っていったけど、何かあるのかなって」

「変な人?」

「うん、なんかあいつはもうすぐ終わるってブツブツ言ってた」

 両手を握りしめた西京は顔を俯かせました。

 修斗は何気ない一言と一緒に男子寮へ足を進めます。

「ごめん、先に行ってくれ。ちょっと急用ができた」

「えっ?」

 暗闇の校庭を走りだした西京を追いかけることもできず、ただじっと立ち尽してしまった修斗。

 ですが一般教養科棟に取り付けられた時計はもうすぐ午前に変わろうとしています。

 心配な気持ちを抱えたまま寮へ戻ろうと聖母像の噴水がある大きな公園へ。

 西京を探しはじめた時はまだ明るみのある夕方でしたが、今は深夜です。

 誰も通る気配もない公園に寂しげな風の音が草木を鳴らしていました。

 急坂の階段を下りれば男子寮へ着きますが、修斗は一段目で立ち止まってしまいます。

 街路灯に照らされている地面は未だに血痕が付着していました。階段近くまで走った記憶が脳内に浮かび上がり、思わず顔を引き攣らせます

 さらに先の男子寮の前にはまだ新しい渇いた血液が飛びっているのだと思い出し、全身を震わして両腕を掴みました。

 強く首を横に振っては反対側へと全力で走り出したのです。

 公園を抜ければ男子禁制の女子寮。

 暗証番号も難なく解除して、手慣れた様子で自動ドアを通りぬけて馴染みの部屋へ。

 扉を小刻みに叩いては部屋の主を落ち着かない態度で待ちました。

「修斗……なに?」

 相手が誰なのかを知っている様子で扉の隙間から顔を出した少女。

 修斗は用件もないまま取っ手を掴むと思い切り扉を解放させます。

「と、泊めて!!」

 漆黒の瞳同士、見つめ合った瞬間に修斗は震わした声を荒げました。

 室内照明によってようやく表情が鮮明に映ると修斗の顔が青ざめているのがわかります。

 シングルベッドの上でうつ伏せに横たわった修斗は沈黙を貫いて何があっても決して声を出そうとはしませんでした。

 室内へと入れた同級生の神山奈木は長い前髪で表情を隠して全く感情が伝わってきません。

 ワンルームの真ん中に設置された低いテーブルに童話の本を広げて柔らかな文体を読んでいますが、頁をめくるのが速いのです。

「友達に、謝った?」

「うん……」

 口数がいつもより少ない修斗に奈木は首を傾げています。

 童話の世界へ戻る奈木。

 沈黙が続く空間を破る者はいません。

 壁に掛けられた時計、1秒ずつ刻まれる秒針の音が鮮明に聞こえてきました。

 うつ伏せのまま顔を奈木に向けて目を細める修斗。

 無知で輝く漆黒の瞳は徐々に霞みはじめて、どうしても映る景色が嫌に思えてきました。

 そのなかに可愛い人形のように座っている奈木がいるのです。

 か細い体と白い肌、すっきりとした小顔に整ったパーツ。

 どんな景色よりも美しく映る彼女に修斗は口を小さく開けて放心状態のまま見つめます。

 開いた口からは透明の液体。

 同級生の遺体を深く記憶している脳に支配されて体中が痺れてしまいます。

 柔らかく温もりのある両腕に抱きしめられた感覚。

 脳内のどこかでノイズが響いてそのなかに機械音声が混じって聞き取りにくい状態で流れていました。

 混雑しているノイズが徐々に解かれていき、感情の込められていない女性の機械音声は修斗の耳に入り込みます。

『クローン発見、クローン発見』

「くろ、ん?」

 聞き慣れない単語に修斗は表情を歪めました。

『削除します』

 瞳から明るみが消えた途端、痺れがなくなりました。

 だからといって修斗が自由になったわけではありません。

「な、なに!?」

 肉体が言う事を聞かないのです。

 ベッドから起き上がった体は右手を握りしめて奈木へ振り翳しました。

 異変に気付いた奈木が顔を上げると、修斗の左手が彼女の襟を掴んで押し倒してしまいます。

「…………」

 馬乗りになった修斗は右拳を痙攣でも起こしたように震わして挙手したまま止めていました。

 額から溢れる汗と必死に歯を食いしばっている様子で、奈木はそれを下から無表情で見上げています。

『エラー発生、中断します』

「!? はぁはあぁ」

 突如体が解放されて大きく息を吐いた修斗。

「ごめん、ごめんね」

 力無く呟かれた謝罪と理解できない今の状態に修斗は頭を整理させますが、まだ落ち着きません。

 全身の力が抜けて奈木の胸へと顔を埋めてしまいます。

 心地よい石鹸の香りに思わず修斗は息を鼻から吸い込みました。

 赤ん坊のように甘える姿が奈木にはどう映っているのかわかりません。

「……どいて」

 奈木の声は修斗の耳に届いていませんでした。

 落ち着いた心拍音、息を吸って吐いてをゆっくりと繰り返しているのです。

 身動きができなくなった奈木は目を細めてなにもない真っ白な天井を見上げ、修斗の頭を撫でていました。

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