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不要な子供達  作者: 空き缶文学
第1章
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第12話 竹原修斗

 時刻は午後3時を過ぎました。

「修斗、また来た」

 男子禁制の女子寮にやってきた竹原修斗を横目で覗いて、すぐに教科書へと視線を戻す神山奈木。

 奈木は長い前髪で顔を隠しており、しっかり確認しなければ表情もわかりません。

 ですが、彼女は感情が乏しいのでよく見ても分かり辛いのです。

「部屋に戻りたくないから来たんだ」

 頬を膨らましながら修斗は遠慮なく部屋へと入ってきました。

「おじさんが暗証番号変えたのに……」

「えっ、そうなの? 気付かなかったや」

 膨らましていた頬をもとに戻して、無知で明るい漆黒の瞳を丸くさせます。

 指先を見ては首を傾げる修斗。

 部屋の中央に置かれた低いテーブルを挟んで向かい合った修斗と奈木はようやく視線が合いました。

「ねぇ、奈木は普通に入学したの?」

 顎をテーブルに乗せて修斗はだらしない声で奈木に質問をします。

「うん」

「俺も普通に入りたかったなぁ」

「修斗は今まで勉強してこなかったから普通に入れない」

 感情のないはっきりとした言葉に顔をテーブルへ埋めてしまいました。

 ふてくされながらも再度顔を上げて、奈木に潤んだ瞳で訴えます。

「ねぇ奈木」

「なに」

「ここに泊めてよ」

 小さな口を開けたまま奈木は修斗を見下ろしました。

 ここは男子禁制の女子寮だというのに、許可も無く立ち入りさらには泊まろうとしているのです。

 奈木は数秒の間を空けて、泣きそうな修斗を視界に映しこみます。

「うん…………わかった」

「ホント!?」

 何故泊まるのか、その疑問が思い浮かんだはずの奈木ですが口を一文字にして何も言いません。

 承諾を得るなり無邪気に喜ぶ修斗の姿をチラ見するだけです。

 単調な機械音がワンルームに響くと、奈木はすぐに教科書を置いて玄関の前へ。

 ドアの横に設置されているモニター画面を覗くと、奈木は一瞬だけ口元を上向きにして目を大きく開けました。

 応答することもなく訪問者を迎える奈木。

「奈木、竹原はここにいるか?」

「ううん…………いない」

 煙草の臭いが染みついた衣服を着ている神山雄一。

 いつもと変わらない無表情で大人しい奈木を怪訝な顔で見下ろしますが、わかりません。

 玄関に置かれた余分な革靴とシングルベッドの布団に怪しい膨らみがあり雄一は失笑してしまいます。

「竹原」

 呆れながらも落ち着いた声で修斗を呼びました。

 諦めたのでしょう布団から沈んだ表情の修斗が顔を出します。

「今は緊急事態だからお前がここにいるのは構わない。けどな、俺が寮から出るなって言ったのにどうして、寮から出た?」

「それは……その」

「はぁ、西京から連絡があったぞ」

「えっ?」

 修斗は思わず目を丸くさせてしまいました。

 睨みつけるようなつり目と目立つ金髪が脳内に浮かび上がります。

「直接謝りたいそうだ。今から寮に戻れ」

「でも」

 俯きながら修斗は手を後ろで組み、会うことに躊躇しています。

「せっかくできた友達だろ、電話越しでもわかるぐらい心配していたぞ。ほら、いけ」

 袖を掴まれて部屋から引っ張り出されてしまった修斗。

 姿勢が崩れながらも転倒しないように立ちなおすと、修斗はちらりと雄一を覗きました。

 雄一は手の甲を上に振ります。

 戸惑いつつも修斗は駆け足で夕方の道を走っていきました。

 ようやく女子寮から出て行った修斗を見送ることなく、雄一はため息を深く吐き出すと奈木へ。

「あんまりあいつを甘やかすなよ」

「甘やかしてない……修斗が望んだこと」

「それを甘やかすっていうんだよ。そういうことをしているとあいつが大人になったときずっとお前に依存することになる。あいつの為にも少しは鬼になれよ」

 奈木は首を傾げて数秒黙り込むと、小さく頷きます。

 返事がわかった雄一は優しい笑顔を残して寮から出ていきました。

 茜色の空に変わっている外の景色が眩しく、思わず雄一は目を細めます。

 女子寮の通路から大きな広い公園へ向かう途中にある急坂となっている階段。

 雄一とは反対側から歩いてくる1人の男子生徒がいました。

 小太りでまだ夏でもないのに少し汗を掻いています。

「おい鎌田、外出禁止ってメール読まなかったのか?」

「……」

 鎌田と呼ばれた男子は俯いたままで返事もしません。

「鎌田?」

「神山先生……ボク嫌なんです」

 見た目と反して高い声で2回目に返事をした鎌田。

「退学したいんです」

「退学ぅ?」

 雄一は思わず聞き返してしまいます。

 眉間に皺を寄せては良い顔ができない雄一は両腕を前で組んで鎌田を睨みました。

 怯えるように体を震わした鎌田の額からは大量の汗が溢れます。

「この前の夜、ボク見ちゃったんです。橘先生が、橘先生が……西京と保健室に入っていくのを、絶対、絶対何かありますよね? ボクにとって橘先生は綺麗で優しくて憧れの人なんです。そんな人が西京みたいな裏入学した奴と仲良くしているなんて……」

 両手を汗ばむほど握りしめた雄一は睨むどころか目を大きく開いて呆然と立ち尽くしていました。

 想像したくもない行為が嫌でも脳内に浮かび上がってしまいます。

 歯を噛み締めると鎌田の両肩を痛いくらいに掴んで顔を上げさせます。

「せ、先生?」

「条件付きで退学させてやるよ……鎌田」

 冷え切った瞳は静かに優しさのない笑みを浮かべて、怯える鎌田を映していました。

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